いつでも元気

2009年1月1日

特集2 健康は自己責任?! 生活・労働環境が大きく影響

“ハッピーファクター”に注目しよう

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莇 也寸志
石川・城北診療所内科

 日本では倒産、失業、貧困などが深刻になっていますが、「自分で解決しろ」「あなたの努力が足りないからだ」といわんばかりの自己責任論が横行しています。
 そして「自己責任」「規制緩和」「民営化」を掲げた小泉構造改革以来、政治の責任を放棄し、何でも民間企業の競争に委ねようとする「市場原理主義」(新自由主義)がのさばっています。
 健康問題でもインターネットで検索すると、医療の専門家が「自分の健康は自分で守る時代である」と盛んに吹聴しています。
 しかし「健康であり続けるのも、病気になるのも自己責任」とすませてしまってよいのでしょうか。私たちをとりまく家族環境や人間関係、生活・労働のあり 方、経済状況なども、私たちの健康や病気にずいぶん影響をあたえているのではないでしょうか。

「コンビニ受診」というけれど

 夜間や休日など、診察時間外に救急外来を受診する患者を「コンビニ受診」と呼んで、マスコミが 問題視しています。24時間・年中無休のコンビニエンスストアで買い物する感覚で受診するようなものだ、医師不足や救急診療体制の不備に追い打ちをかける 身勝手な行為だというわけです。
 ですが、私が日直・当直をする中で出会う患者は、「コンビニ受診」とはかなり違うという印象を持っています。最近、城北病院の救急外来に来た、2人の患者さんを紹介します。

〈事例1〉トラック運転手
 トラック運転手の30代男性。胸部圧迫感を訴えて、日曜日午前に救急外来を受診しました。診察し、心電図、胸部レントゲン検査などを実施しましたが、緊急治療を必要とする状態ではありませんでした。
 ところがお話をうかがってびっくりしました。その患者さんは金沢~大阪間を週3往復する業務に5年間も従事していたのです。
 月曜日の午前中に金沢を出発し、午後11時に大阪へ到着。約5時間大阪で仮眠をとり、火曜日の午前8時から荷物のおろしと積み込みをしながら大阪各地をまわります。
 午後7時30分に荷物を積んで大阪を出発。水曜日午前0時ごろ金沢に帰り着き、午前1時30分に仕事を終えてようやく帰宅。しかし、その日の午前11時には再び大阪へ出発します。
 その後、同じ仕事のサイクルを2回繰り返し、休日は日曜日のみ。驚くべき長時間・過重労働です。とても十分な睡眠と休養がとれているとは思えません。ま た、このような働き方では、健康を害しても診療時間内に受診できません。
 トラック運転業の長時間・過重労働は、運転者の過労死や健康障害を生んでおり、大きな問題となっています。私は、この患者さんの胸部圧迫感も、ストレスによるものではないかと考えました。

〈事例2〉保険証交付されず
 調理師の20代男性。「咳や痰が1カ月間続いている」と訴えて、平日の午後9時ごろに救急外来を受診しました。診察と胸部レントゲン撮影を実施し、気管支炎と診断しました。
 ところが、この患者さんは無保険でした。「国保料を滞納していた」という話ではありません。5年前から従業員30人程度の飲食店(チェーン店)で正規雇 用されていたにもかかわらず、健康保険証を交付されていなかったのです。
 雇用主に保険証の交付を依頼しても対応してもらえなかったそうです。「保険証がほしいといいすぎると解雇されるのでは」と怖くて、無保険のままになって いたといいます。そして、無保険なので受診費用が払えないと考え、受診せずに我慢していたのです。

 この2人のように、健康を害しても長時間・過重労働などの理由から診療時間内に受診できない人 や、雇用条件・経済的条件などが原因で、病気が悪化して我慢できなくなってからようやく受診する人などが時間外に訪れています。「コンビニ受診」とはまっ たく違った理由による救急外来受診者が目に付きます。

生活・労働などが健康に影響

 患者さんの生活・労働環境などが病気の悪化の原因となっていないか、二つの調査結果から考えてみたいと思います。いずれも多くの要因を検討し、浮かび上がってきたものです。

(1)民医連の全国調査から
 全日本民医連全国糖尿病追跡調査会は、1995年~2003年に、無床診療所から400床規模の病院まで、全日本民医連に加盟する127の医療施設に通 院中の2型糖尿病患者(男性、女性ともに1446人)を対象に、平均5・8年間、追跡調査しました。
 この調査で、職業を持つ男性患者1124人では、自営業に従事している人がその他の職業の人と比べて2・5倍も死亡率が高く、悪性腫瘍にも1・7倍かかりやすいことがわかりました。

(2)城北診療所の調査から
 城北診療所では2007年4月に、20歳以上の糖尿病患者423人(男性271人、女性152人)を対象として、血糖コントロールに影響している要因を調査しました。
 HbA1c()を高めるライフスタイルは、午後10時以降に夕食を食べる、午前0時以降に就寝することでした。逆にHbA1cを低くするのは、糖尿病や健康について気軽に話し合える友人・知人がいることと、患者会へ入会していることでした(図1、2)。

図1 糖尿病や健康について気軽に話し合える友人・知人の有無とHbA1c 図2 患者会入会とHbA1c
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 65歳以下で就業中の男性糖尿病患者126人では、HbA1cを低める要因として、知人・友人がいることが重要でした。逆にHbA1cを高めるのは、1人暮らし、労働による1日の拘束時間が長いことでした(図3)。
また、1カ月の医療費の負担額が多い人、医療費に対する負担感をもつ人ほどHbA1cが高いこともわかりました(図4)。

図3 1日の労働による拘束時間とHbA1c 図4 医療費の負担感とHbA1c(70歳未満)
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)HbA1c:糖化ヘモグロビン。最近1~2カ月間の血糖値を反映し、高くなるほど血糖値が高い状態が続いていたことを示す。正常値は4・5%~5・5%。

健康格差の原因は

 このように、先ほどの救急外来の患者さんの例や糖尿病患者さんの調査からいえることは、健康であり続けるためには食習慣の改善や体を動かすなどの個人の努力だけでは困難だということです。
  健康には経済的条件、社会的なネットワーク、長時間労働や仕事のストレスなどが、大いに関係しています。つまり社会環境や労働環境によってライフスタイル が決められ健康に影響するというだけでなく、直接的に精神的なストレスとなって、健康や疾病に大きく影響していると考えられるのです(図5)。

図5 社会環境・労働環境と疾病・健康との関係
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(1)経済的条件
 先ほど紹介した患者さんの例からもわかるように「お金がない」など経済的条件によって医療機関への受診が遅れ、病気が悪化してからようやく受診する人によく出会います。
 また、糖尿病では高額な医療費に対する不安を抱えている患者さんが多く、このような経済的な不安感が、病気のコントロールにも悪い影響を及ぼしていることがわかります。

(2)社会的なネットワーク
 健康について気軽に話し合える友人、知人をもっている人や患者会などの集まりに参加している人は、糖尿病のコントロールがよいという結果でした。また、療養における患者会の果たす役割も大切です。
 このように人間的なつながりをたくさん持っている人は、病気になっても、病気をコントロールできるということがいえます。

(3)長時間労働や仕事のストレス
 民医連の全国調査が実施された1995年~2003年は、バブル経済破綻後の不況が続き、とくに中小零細業者にそのしわ寄せが集中した時期でした。不況 のもとで「休めば、仕事が来なくなるかもしれない」などの不安から病気でも休むことができず、医療機関への受診が困難であったり、仕事に関連したストレス などが、糖尿病を持つ「自営業者」の健康に大きく影響したと思われます。
 また、城北診療所の調査からは、就業中の男性について見ると、夕食が遅くなる、就寝時間が遅くなる、朝食をとらないなど、糖尿病患者にとってよくないと いわれるライフスタイルよりも、労働における長時間の拘束が血糖コントロールを悪くしていました。
 長時間労働によるストレスやリストラ解雇・失業不安など、働き盛りの世代の労働者が直面する問題が、糖尿病にいかに大きく影響しているかが見てとれます。

ハッピーファクターを大切に

 私たち医療従事者は従来、患者さんに対して禁煙、節酒、体重減量、カロリー・脂肪摂取制限など、いわゆる生活習慣病のリスクファクター(危険因子)を排除することを指導してきました。
 しかし先ほど見たように、調査からは人間関係、生活・労働のあり方などが健康にとても大きく影響していることがわかります。
 すなわち、地域・家庭・職場・町の環境、親子・夫婦・恋人などの人間関係、労働・余暇などの社会生活の質を改善すること(ハッピーファクターといいま す)が健康にとても大切なのです。患者さんや地域の人たちが、リスクファクターの排除だけではなく、ハッピーファクターを大切にしていく、育てていくこと が健康増進につながると考えられます。

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ディーセントワークの実現を

 そこで注目したいのが、国際労働機関(ILO)が提唱する「ディーセントワーク」です。ILOは、働く人びととその家族が健康で安全な生活を送ることが でき、働く人びとの権利が守られ、職場以外の人びととの対話にも参加できる、そうした仕事のあり方を「ディーセントワーク」と呼んで目標に掲げています。 このディーセントワークの実現が、働く人びとの健康増進につながると思われます。
 団塊の世代の患者さんには、定年退職で長時間・過重労働から解放されたことがきっかけで健康を取り戻し、地域でさまざまな活動に参加している人がたくさ んいます。そのような人たちに自分が経験した労働実態と、健康を取り戻した貴重な体験を共同組織や患者会の中で大いに語っていただきたいと思います。
 また、私たち医療の専門家に求められているのは、長時間労働によるストレスなど労働環境が、働く人びとの健康に大きく影響をしていることを、もっと多くの人に知ってもらえるような調査・研究だと思います。

共同組織と患者会の役割

 社会的なネットワーク(知人、友人などとのつながり)が豊かな人と比較して、社会的に孤立した人の健康は、身体的にも心理的・精神的にもよくないこと が、これまでの研究でもわかっています。健康について気軽に話し合える環境や、食事・運動などライフスタイル改善に向けたとりくみを、いっしょに実践して いく仲間づくりがとても大切です。
 個人の自己責任による健康観にとらわれず、地域のみなさんや患者会の人たちと健康づくり運動を展開することを民医連はめざしています。この視点から、 もっと共同組織と患者会の役割を重視し、とりくみを広げていきましょう。
イラスト・井上ひいろ

いつでも元気 2009.1 No.207

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