声明・見解

2008年4月25日

【声明2008.04.25】医療の安全の確保に向けた医療事故による死亡の原因究明・再発防止等の在り方に関する試案-第三次試案-への意見

2008年4月25日
全日本民主医療機関連合会
会長 鈴木 篤

はじめに

 私たちは、今回発表された「第三次試案」について、「第二次試案」に対して各界から寄せられた意見や、全日本民医連がこれまで主張してきた内容が一定程 度ふまえられたものと受け止めています。今、医療安全調査委員会(以下、委員会)の実現にむけて、国民や医療関係者の幅広い意見を集め、建設的な議論を進 めていく時期にあると考えます。
 民医連は、一貫して「医療事故を取り扱う第三者機関」を要望してきました。
 私たちが第三者機関に求めているのは下記の5点です。

  1. 医療機関・患者双方から相談を受け付ける相談窓口の確立(①医療安全支援センターの充実強化、②死亡事例の届出は警察ではなく専門の機関に)
  2. 被害者の救済制度の創設
  3. 裁判外紛争処理機関の設置
  4. 医療事故を調査し公開し、原因究明・再発防止に役立てる機関の設置を
  5. 自律した行政処分を行う機能の確立を

 私たちは、医師法21条にもとづく警察への届け出が、刑事責任追及のための警察捜査の端緒 となり、個人の責任追及のみに終始し、原因究明、再発防止、安全性の向上、遺族との良好な関係づくりのいずれにもマイナスであることを痛感してきました。 そして「医療事故を取り扱う第三者機関」の設立が急務であると考え運動を進めてきました。従って、第三者機関の機能の一部(上記の4.)を有する委員会の 設立は、大きな前進であると考えます。しかし、委員会の設立によって、医療事故問題すべてが解決するわけではありません。全日本民医連は、引き続き、医療 事故問題の解決のために、国が責任をもった総合的な機能の整備を求めていきます。以上の視点から、「第三次試案」に対していくつかの意見を述べます。

【委員会の設置】について

(1)委員会の目的は原因究明・再発防止である
 委員会の目的を、「原因を究明し再発防止に資する」ということに絞り、明確にしたことに賛成します。
(2)内閣府の下に委員会の設置を
 委員会の設置場所について「医療を主管する厚生労働省に設置すべきである」(8条機関)という意見と、「内閣府の下に独立行政委員会として設置すべきで ある」(3条機関)という意見があります。現在、国土交通省の下に設置されている航空・鉄道事故調査委員会は、近い将来、海難審判庁と一体となり、内閣府 の下に設置される動きがあります。医療事故調査は、日本におけるさまざまな事故調査の一部分であり、事故調査体制のあり方に関する共通の議論を前提にすす めていく必要があります。独立性を保ち、各省庁に対して率直に提言を行っていくためにも「3条機関」として委員会を設置することが望ましいと考えます。
(3)地方委員会は、将来、各都道府県に設置することが望ましい
 国民が制度を活用しやすくするために、制度の発展段階に応じて、将来的には各都道府県に委員会を設置することが望ましいと考えます。

【医療死亡事故の届出】について

(1)医師法21条について
 医師法21条の改正を明記、ならびに委員会へ届け出た場合、「医師法21条に基づく異状死の届け出は不要」としたことは、多くの医療従事者の期待に応えるものです。
(2)届け出を義務とする範囲は限定し、受け付ける事例はひろ
第三次試案では、医療機関が委員会へ届け出るべき事例として、

  1. 誤った医療を行ったことが明らかであり、その行った医療に起因して患者が死亡した事案(その行った医療に起因すると疑われるものを含む)
  2. 誤った医療を行ったことは明らかではないが、行った医療に起因して患者が死亡した事案(行った医療に起因すると疑われるものを含み、死亡を予期しなかった ものに限る)

を提案しています。
 しかし、この制度を積極的に医療安全の向上に役立てるためには、医療者は上記1.2にとどまらず死因や経過を第三者によって十分に検討してもらいたいと 思う死亡事例を積極的に届け、委員会はそれらを広く受け付ける必要があります。
(3)遺族からの調査依頼の受付を歓迎
 遺族からの調査依頼についても受け付けるとしています。これは私たちが要求してきたことでもあり、歓迎します。
(4)スクリーニングの仕組みを
 届出受け付け後の、スクリーニングの仕組みが重要です。場合によっては院内調査に差し戻すものもありえますし、遺族の話を聞く、病院に出向いて状況を把 握する、など多岐にわたる役割が想定されます。知識と経験を有した人材の確保と養成が必要です。

【地方委員会による調査】【院内調査委員会と地方委員会との連携】について

(1)事故分析の専門家の参加を
 医療事故の多くは、個人の責任に帰することのできない組織事故であると考えます。改善のためにシステムや医薬品、医療機器・機材の問題に迫ることが必要 です。正確な事実調査と適切な改善策立案のために、中央・地方・個別事例ごとの調査チームに事故分析の知識と経験を有する人が加わる事が必要です。
(2)地域ネットワークの充実を-院内調査委員会の援助と解剖体制の整備
 委員会が調査を円滑に実施するためには、地域ネットワークの充実が不可欠です。私たちは、2月14日付けの声明「医療事故を取り扱う公正中立な第三者機 関の実現をめざして当面強化すべきこと」の中で、院内事故調査委員会の充実のために「地域の医療ネットワークで、外部委員や適切な専門家の派遣など、院内 事故調査委員会の活動を援助する仕組み」「速やかに解剖できる体制を大学病院、基幹病院を中心に地域ごとに整備すること」を求めています。これらは、委員 会の活動を支える土台になるもので、十分な財政的・人的支援を行い、整備していくことが必要です。

【捜査機関への通知】について

(1)委員会の任務は調査報告書作成まで
 委員会の目的は、原因究明・再発防止であり、調査報告書作成までを任務とすべきです。報告書は当事者(遺族、医療機関)に公開されますので、公開された 報告書をもって民事・刑事に訴えることは当事者の判断にゆだねることが妥当であると考えます。
(2)捜査機関への通知は、「重大な過失」を削除し「故意」や「診療録の改ざんなど悪質な事例」に限定する
 故意が明らかなものや診療録の改ざんなどが、犯罪として捜査の対象になることに異論はありませんが、問題になるのは「重大な過失」です。委員会から警察 に通知する必要のあるものとしては、「重大な過失」を削除し、「故意」「診療録の改ざんなど悪質な事例」に限定するべきです。調査報告書はあくまでも今後 の再発防止に生かすことを目的にまとめるべきであり、個人の責任追及に結びつく可能性が残されていると、報告書の作成そのものに支障をきたします。
 第三次試案では、「『重大な過失』については結果の重大性ではなく、専門家の目から、医療水準に照らしてあまりにも逸脱しているものを想定している。シ ステムエラーなどは該当しない。」とありますが、その場合も、常に線引きの問題が発生します。何が「重大な過失」に相当するかは、その時々の医療の発展段 階や、個々の事例の諸条件によって判断は一律ではありません。委員会は、調査の過程で、医療水準に照らして医学的評価を当然行いますが、「重大な過失」を 捜査機関に通知することは、実質的に委員会が刑事責任の有無を判断することにつながりかねません。
 また、「リピーター」といっても同様に、その判断は一律ではありません。再教育を中心にした行政処分による対応が基本であり、捜査機関への通知が必要なものは、「故意」に近いものなどに限定されると考えます。

【捜査機関との関係】について

 委員会は「専門家による調査が終わるまで、警察は動かない仕組み」とされています。このことは大変重要で、趣旨通りの運用をするために、医療死亡事故はまず委員会で扱うのだということを、各省庁との関係で明確にするなどの制度設計をすべきです。
 たとえば、遺族から警察に直接訴えがあった場合、警察から、「まずは委員会への届け出を勧める」ということを、医師法21条改正等とともに明記する必要があります。

【行政処分】について

  これまで、自律的な行政処分の機能が不十分だったために、国民感情として刑事手続きに訴えざるをえない側面があったことは否めません。また、現在の行政処 分の在り方は刑事判決・民事判決の後追いで、医療界の自浄作用を発揮しているものとはいえず、このままでは国民的信頼を得ることができません。
 医療従事者に対する苦情を広く受け付け、独自に調査し、行政処分をおこなうことのできる機能を再構築すべきです。そこで肝心なことは、目的は処分そのも のではなく、医師をはじめとする医療者全体のモラルと医療水準を高めることにある、ということです。
 外国の例でも、多くは再教育や行為の制限(難度の高い手術はできない、実施する場合は上級医師が必ずつくなど)を中心に運用されています。
 国民の信頼をかちとるために、医師会・各学会・病院団体などが協力して専門職自らが互いを律する流れをつくっていくことが求められます。

おわりに

(1)将来展望をもった制度設計が必要
 医療事故問題の解決のために、委員会は重要な一歩になると考えます。しかし、死因究明制度そのものの充実、再発防止策の徹底、被害者の救済制度、紛争解 決など、克服すべき課題はたくさんあります。将来展望を明確に持った制度設計のもとで、委員会を位置づけることが必要です。
 制度そのものが趣旨通り機能するために、十分な財源確保と人材養成(解剖医(法医、病理医)の養成、必要な数の解剖担当者の育成、調査活動に参加する臨 床医や調査を円滑に進めるためのメディエーターの育成など)は不可欠です。厚労省や医師会等の説明では、年間2000例、1例あたり100万円として20 億円を試算しているようですが、モデル事業等の経験からすると極めて財源不足であると考えます。

(2)公的医療費抑制政策の転換を
 公的医療費抑制政策の下、勤務医や看護師は人手不足の中で現場の医療を必死で支え、疲労困憊しています。公的医療費抑制政策が医療の安全性を阻害し、医 療を崩壊させる根本的な原因です。調査委員会に参加する医師の活動を保障するためにも絶対的医師不足を解消し、少なくともGDP比でEU並の公的医療費が 必要です。
  これまで日本では「医療者はミスを犯してはならない」という考えのもと、医療機関の根強い隠蔽体質がつくられ、患者・被害者が苦しい思いをしてきたことも 事実です。しかし、カルテ改ざん・証拠隠滅など悪質な場合を除けば、刑事介入が必要な場合というのはごくまれであると考えます。
 近い将来、「医療事故・医療過誤に刑事責任の追及はなじまない」という考え方が国民の当たり前の感覚=文化になることをめざすために、医師を始めとする 医療従事者は自ら自浄作用を発揮するよう努力し、患者・国民が協力し、相互理解・国民的な理解をえるよう、つとめていくことが必要です。
 私たちは、引き続き公正・中立な「医療事故を取り扱う第三者機関」の実現を求めて力を尽くしたいと思います。

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