いつでも元気

2009年3月1日

特集1 介護が届かない! 職員が発信する介護保険利用者の実態 元気ネットワーク 「介護1000事例調査」

民医連の介護職員らがとりくんだ「介護一〇〇〇事例調査」がまとまりました。
昨年から全国で大きく展開された介護改善を求める介護ウエーブ運動とともにすすめてきた調査です。
二〇〇〇年にスタートした介護保険は四月から一〇年目に入ります。
介護の手は助けの必要な高齢者に十分行き渡っているのでしょうか?
介護する家族の負担を軽減しているのでしょうか?
調査は、困っていても声に出せない利用者や家族に代わって、その現状を発信し、制度改善に何が必要かを社会に問うものになりました。
介護職員たちの願いは、自分たちの仕事を「食べていける」「働き続けられる」ものにしたいということと同時に、日々接している高齢者の人権を守りたいとい うことでもあるのです。

■9つの困難がみえてきた

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記者会見。利用者の立場から介護保険を検証する、これまでにない調査だと、注目を集めた(08年11月)

 調査は民医連の各施設・事業所を利用する人が抱える「困難」の内容をレポートする形でおこなわれました(〇八年五~九月末)。全国から寄せられた事例七二八件を分析すると、「困難」は九つに分類できました(別表(1)~(9))。ここから浮かんできた特徴は大きく三点ありました。
 一つめは、高齢者・高齢世帯の経済状況の厳しさ。費用負担ができないために、介護サービスが受けられないという事例です((1))。
 二つめは、給付を抑制する制度のしくみのせいで、サービス利用を控えたり、やめたりする傾向が強まり、利用者や家族の生活に支障が出ていること((2)~(5))。「要介護認定」「予防給付」「支給限度額」「サービスの提供基準」と、そのハードルも一つではありません。
 三つめは、行き場がない事例。施設入所を何年も待っている。医療の必要な人が施設利用や入所を断られるなどです。この数は過去の民医連の調査と比べても目立って多くなっています((7)~(9))。
 「これまでなかった貴重な調査」と、雑誌にも大きくとりあげられました。

調査が示した「9つの困難」(要約)

(1)重い費用負担でサービス利用を断念したり控えたりしている
(2)認定結果と本人の状態がかけ離れる傾向が強まり、サービスにも制約が出る
(3)「予防給付」への移行で軽度者の福祉用具利用が制限、その結果、状態悪化に
(4)支給限度額の範囲ではサービス不足。限度額を超えると多額の負担が発生
(5)家族との同居を理由にした生活援助の打ち切りなど、自治体の独自判断によるサービスへの制約が起こっている
(6)施設入所ができず、家族介護や費用負担が増大
(7)医学的管理が必要な人の行き場がない
(8)独居・老老世帯に特に困難が集中
(9)重い認知症の生活・介護が深刻化

 

■「訪問すると、タオルで首を…」

 調査に参加した山梨勤医協の介護事業所で話をきくと…。
 雨宮光枝さん(ヘルパーステーションすずかけ主任)、長田泰子さん(共立介護支援センター所長)、花輪啓子さん(甲府訪問看護ステーション・ヘルパーステーションすずかけ所長)の三人から、次々と利用者さんの話が飛びだします。
 配食サービスを三食から一食に減らし、それを分けて食べている、電子レンジもないのでご飯はコタツであたためている。
 二週間ぶんの食事を五〇〇〇円でやりくりしてほしいと頼む利用者さん、ヘルパーも一〇〇円で何を買うかで悩みながら、限られた時間で一円でも安いものを求めてお店をハシゴしています。この種の話は珍しくありません。
 介護保険料を滞納していたため、「ペナルティ」として利用料が三割負担になった人。保険料を払えなくて利用料を払えるわけもなく、介護サービスが受けられません。心配しながら手が出せません。
 施設入所まで「あと一人」といわれてから一年半待った人もいます。
 介護度5の男性は、胃ろう(チューブで直接胃に栄養を入れる)をつけていることを理由に、ショートステイの受け入れ先がありません。夜間のコールは数十 回、妻と息子夫婦で二年間休みなしで介護しています。息子が仕事から戻るのは毎晩一時~二時、それから父親の体位交換をするのが日課。家族の負担が重すぎ ることも心配で施設入所も検討しましたが、一家の収入を考えるとそれもできません。四人家族で働き手が一人、お父さんが家にいれば入る障害者手当や年金約 一〇万円が家計には欠かせないからです。
 先行きに絶望し、不自由な体で自ら命を絶とうとする方さえ。雨宮さんは訪問先でそんな場面に遭遇しています。片マヒでほぼ寝たきりの利用者を訪問すると、動く方の手でベッド柵にタオルをかけ、首にまいておられるところでした。
 「『自殺なんてダメ!』という言葉もかけられませんでした。妻は認知症、自分も脳梗塞を発症し、夫婦で重度、という世帯です。そこに頼りの息子さんまで 病気になりました。ご本人の気持ちがわかるだけに、ここまで追いつめられていたのかと。それから、この方の手の届く範囲に長いものを置かないよう職員で申 し合わせています」(雨宮さん)
 一〇〇〇事例調査で寄せられたようなケースは、日本のいたるところで起こっていると痛感させられるばかり。「介護を社会で担うために」と、始まった介護保険はこの春で一〇年目になりますが、当初の目的をどこに置き忘れてきたのか。

■「お金がないと使えない制度だ」

認定調査をしている読者から、こんな投稿も

調査員が認定結果に「どうして?」

 認定調査をしています。介護サービスを受けるのに必要な介護度を決めるための調査です。日常生活でどのような支障があるかや、認知の状態などをつかむ仕事ですが、初めて会う方のすべてを短時間で確認することはできないのが実情です。
 調査の記録は、お会いした方の実態を反映するよう全神経を集中して作り、毎回祈るような気持ちで提出しています。認定結果が予想していたものとかけ離れ た、驚くようなものだと、「どうして」とガックリします。申請者の顔が目に浮かび声が聞こえるような気もします。
 新年度から認定が見直しされ、「ますますわかりにくくなるのでは」と心配です。利用者も家族も事業所も悲鳴をあげています。 
東京都・田中愛(仮名)

 現場の実感はどうでしょう。
 「介護事業所も、介護サービスの種類も増えて、重症の人が在宅ですごせる条件ができたにはできた。でも、それはお金がないとダメ。『貧困』がからむと、 とたんに機能しなくなります。介護保険開始の瞬間はホッとしましたが、制度見直しがされるたび、使えない制度になった。利用料の高い訪問看護などは特に」 と、花輪さん。
 「介護保険がはじまる前、看護師三人がかりで寝たきりの患者さんを外に連れだしたら、それまでしゃべれなかったおばあちゃんが花を見て『きれい』といえ たんです。うれしくて、家族といっしょに泣いたこともありました。今は三〇分、六〇分、九〇分と滞在時間も制限され…そんな余裕はありません」
 自費でもいいから必要な看護をしてほしい、という利用者がいたそうです。必要だと判断した週三回の訪問看護が介護保険の限度額に収まりませんでした。自己負担額は月一二万円になりました。
 「これは年金暮らしの方には、普通むずかしい額でしょう?」
  ケアプランを作成している長田さんも「『この人にはもっと支援が必要なはずなのに、それができない!』という利用者さんは数え切れません」と。

「利用者不在」をたださなければ

■介護崩壊を止めようと動く

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いまも国会に介護改善署名が続々と寄せられている(1月21日)

 長田さんたちは、介護現場の実情を伝え、介護崩壊をくいとめようと、地域のほかの介護事業所や医療機関、介護者家族などとともに動き始めています。
 昨年一一月には「やまなし介護フォーラム」を開きました。県や地元メディアなどからの後援もとりつけ、参加者の半数が民医連外からというものに。
 「利用者の負担は増やせない」と、〇六年の改悪で保険から外された食費を据え置くため、「職員が給食用の野菜をつくっている。倒れるまで利用者を守る」 と発言する施設もありました。実行委員会ではその後、介護改善の要求もとりまとめ、山梨県へ陳情もおこなっています。
 「私たちはお年寄りが好き、介護が好きでこの仕事をしています。だからこそ、必要な介護も受けられず困っている利用者をみるのがつらい。私たちの働きがいのためにも、安心して介護が受けられる制度への改善は必要です」(雨宮さん)

■民医連の緊急提言と介護報酬改定

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「お金を心配せず介護したい」
この文句は切実だ。
タミばあちゃんは、国会前で訴えた(昨年11月)
※本当は宝塚医療生協の職員・山下久美子さん

 調査を踏まえ、民医連は緊急の改善を厚生労働省に提言しました。
 ▽利用料、介護保険料などの負担軽減、▽本人の状態が正確に反映されるような認定制度への改善、▽支給限度額の大幅な引き上げと要介護度5の人の支給限 度額の廃止、▽「予防給付」の人も必要な介護サービスが使えるようにする、▽施設を増やし介護する家族をささえる環境整備、▽地域ごとの独自ルールで利用 抑制がおこらないよう国の指導を強める、▽介護報酬の大幅引き上げ、そして▽全体の改善を実現するために介護保険に対する国の負担を増やす、などです。
 調査結果を携え、厚労省と懇談もしましたが、厚労省の反応は、「利用者の困難は認識していない」というものでした。
 「利用者不在なんです」と全日本民医連の林泰則事務局次長は指摘します。
 「四月から介護報酬が改定されますが、そこにも強く出ています。介護労働者の待遇改善のために報酬を三%アップした、と政府は説明しますが、その上げ幅 ではとうてい足りないばかりではなく、調査が明らかにしたような利用者の困難には何ら手が打たれていません。報酬が上がれば、そのまま利用料の負担も増え てしまいます。報酬は上がっても利用者がこれ以上負担できるのか、事業所はすでに悩んでいます。支給限度額も増やされないので、保険で受けられるサービス がますます制限されるという事態にも。介護する事業所や労働者が倒れるか、利用者が倒れるか、そんな『究極の選択』を迫られることになる。決して許されま せん」
文・木下直子記者

いつでも元気 2009.3 No.209

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