いつでも元気

2009年4月1日

特集1 無料低額診療制度ひろげて 北海道勤医協 いのち守るネットワークを地域に

 無料低額診療制度をご存じですか。生活困難で医療費が払えない人を対象に、医療費を無料、または軽減する制度です。
 しかし利用できるのは、行政に認可された一部の病院や診療所、老健施設などに限られており、認可施設がひとつもない県もあります。全日本民医連は昨年三 月の総会で、蕫認可を受けていない事業所は挑戦を﨟と方針に掲げました。
 この制度を必要としている人は地域にあふれています。制度の認可を受け、とりくんでいる北海道勤労者医療協会(勤医協)の二病院を訪ねました。

会社勤務でも「無保険」

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受付そばに張り出されたポスター(中央病院)

 昨年八月、札幌市。直腸がんで倒れた六〇代の女性が、夫の車で勤医協中央病院に。夫は建設会社につとめていますが、無保険でした。すぐに入院となり、無料低額診療制度が適用されました。
 「建設業界も苦しく、医療保険に加入していない事業所が多い」と中央病院医療福祉課課長の田中裕司さん。
 「従業員は市町村の国民健康保険に入るしかないのですが、男性の月給は約二〇万円。保険料を払う余裕がなく無保険でした。妻が直腸がんで抗がん剤治療が 必要になりましたが、月三~四万円の治療費がかかるため受診できずにいた。月二〇万円あれば、ふつうに生活できると思う人もいるでしょう。しかし抗がん剤 治療などをきっかけに、生活が立ち行かなくなる人は多いと感じています」
 昨年九月にも、受診を中断していた糖尿病の六〇代男性が「四〇〇〇円の範囲で検査をしてほしい」と丘珠診療所を訪れました。持っていたのは短期保険証。 話を聞くと、国保料を滞納して保険証を取り上げられている間に具合が悪くなり、五〇〇〇円を持って区役所に。一〇〇〇円を納めて短期保険証を受け取り、残 りのお金を持ってきたというのです。同じ法人の中央病院に紹介され、制度適用になりました。
 この男性は夜間警備の派遣社員。二〇代の息子二人と同居していましたが、息子も派遣社員で、それぞれ月約一〇万円という低賃金でした。
 「父親を別世帯にして、生活保護を申請することも考えた」という田中さん。「しかし別世帯にすれば、息子たちの生活が成り立たない。家賃や水光熱費を 払ったら暮らせなくなる」。貧困から抜け出せない典型例に悔しさをにじませます。

一見元気な子どもに貧困が

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保険があっても、医療費負担は厳しい(中央病院で)

 勤医協苫小牧病院では昨年、地域の学校を訪問しました。小中高あわせて七校をまわり、「お困り のときは勤医協へ」と制度を紹介。「こんないい制度があるんですか」と話題になりました。養護教諭だけでなく、校長や教頭にも歓迎され、地域に広がる困難 や貧困が浮き彫りになりました。
 「ある中学校では、健康診断で尿糖が出ていることがわかり、再検査が必要な生徒がいたそうです。しかし親が障害で歩けず、行かせられない。養護の先生が 説得して受診したときは手遅れ寸前で、すぐに入院になったそうです」と、苫小牧病院事務長の村口一耕さん。
 勤医協苫小牧友の会の菅野義正事務局長(北海道勤医協友の会連絡協議会会長)も「全校生徒のうち、四割以上が生活保護・就学援助という学校もあったそうです」と驚きを語ります。
 「仕事で親の帰りが遅く、子どもとの夕食は毎日夜一一時すぎ」という家庭、医療費が払えずに熱が出ても子どもを病院に行かせない家庭も。「子どもは一 見、元気だが、貧困が広がっているというのが先生方の共通の声でした」と村口さん。

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制度適用が急増

 北海道勤医協が無料低額診療制度を地域に広め、積極的に活用しようと決めたのは、昨年五月の総会。ポスターやリーフレット、ワッペンを作成。一〇月~一 一月の共同組織活動強化月間では健診のお誘いと制度紹介を柱に、職員・友の会で一万二五〇〇件の地域訪問をやりとげました。中央病院・札幌東友の会では、 約三五〇〇件を訪問。同時におこなったアンケートには五五一人が答え、一六%が「受診を我慢したことがある」、五割近くが「医療費が高い」と回答しまし た。
 「ぜん息の子どもの医療費を優先し、親は受診を我慢しているという声もあった」と中央病院地域医療課課長の三上淳子さん。月間中におこなった中断患者訪 問で看護師が訪れると、腎不全の患者が自宅で動けなくなっており、すぐ入院になったことも。「タクシー代が高くて受診できず、動けなくなってもまだ受診せ ず我慢していたのです」と三上さん。
 とりくみを通じて職員にも変化が。苫小牧病院では、医師・看護師から相談がよせられ、外来から制度適用につながる事例が増えました。
 中央病院でも救急外来を中心に相談・適用例が増え、「職員の構えも変わってきた」と田中さんはいいます。
 「以前は生活が苦しいのは、本人の生活のしかたにも問題があるという受け止めが一部にありました。しかしいまは、そうはいっても仕事がない、医療費が高くなっているという目で患者さんと向き合うようになってきたと思います」
 一一月には「生活保護基準の一二〇%以下は医療費無料、一四〇%以下は医療費減額」と基準を明確にしました。これで適用が急増。中央病院では昨年度の三 〇件未満から今年度は二月時点で七〇件を突破。苫小牧病院でも昨年度は〇件、今年度は同時期に三〇件に達しました。法人全体では二四〇件を超えています。
 モデルケースを示したチラシも作成。「これでどんな人が対象になるかわかりやすくなった。もっと制度を広めたい」と札幌東友の会の佐藤広美副会長は意気込みを語ります。

広がる制度取得への挑戦

報道で知り相談に来る例も

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制度を利用した入院も増えている(中央病院)

 勤医協の無料低額診療は、地元マスコミでもとりあげられています。新聞やテレビで見たという人 が相談に訪れ、制度に救われる事例も。ことし二月には〇七年末から仕事がないという男性が、中央病院に。新聞記事を手にしていました。「仕事が見つから ず、兄弟の援助を受けて生活していました」と同病院の医療相談員、本間絵里子さんは話します。男性は椎間板ヘルニアと思われる腰痛に苦しんでいました。
 一月末にも「テレビで見た」と三〇代の女性が中央病院に。バセドウ病の治療を中断。数年前に離婚、二人の子どもを抱えていました。一二月で「派遣」を切 られ、一月から無収入。一二月までの月給もわずか一〇万円で、国保証は持っているが医療費が払えないとの訴えでした。

「さあどうぞ」だけでは来ない

 「本当に困っている人は、まだまだ病院に来られていない」と菅野さん。「お金がない」「苦しい」となかなかいえない、貧困特有の難しさを語ります。
 「友の会員がリーフレットを渡して、病院に行っておいでと送り出したことがありました。ところが病院で何もいえず、帰ってきてしまったのです」
 制度の適用になってもなお、自己負担が無料になるとは信じられず、何とか医療費を払おうとする人もいます。
 菅野さんは「ある患者さんが退院するときに『医療費はいくらですか。月賦で払います』といったのです。何度も私が医療費は要らないと説明していたのに信 じない。ですから『人権のアンテナ』を高くして『さあどうぞ』といっても、それだけでは本当に制度が必要な人は来られません。いっしょに連れてくるぐらい でないと」と。

生存権の実現迫るとりくみを

 道北勤医協の一条通病院も昨年一一月に無料低額診療を開始。地元新聞に「(病院の)英断は行政の対応を超えたもので、感動した」との投書も。
 民医連の制度申請のとりくみは、全国に広がっています。〇八年、本間病院(山形)が無料低額診療(入院)を開始。尼崎医療生協(兵庫)も申請が認めら れ、ことし三月、病院・診療所で無料低額診療を始めました。「申請は受け付けない」という東京都に何度もはたらきかけた大田病院も二月、申請を認められる ことに。
 この制度について厚生労働省は「社会情勢等の変化に伴い、必要性が薄らいでいる」とし(二〇〇一年、厚労省通知)、いまも認識を変えていません。しかし 社会の状況は、まるで逆さま。「派遣切り」「正社員切り」が追い討ちをかけ、貧困は拡大しています。厚労省は申請受理は「窓口となる都道府県・中核都市の 判断」と姿勢をいくぶんやわらげましたが、自治体も「申請があれば受け付ける」「申請は認めない」「制度をよく知らない」など対応はさまざまです。全日本 民医連の室田弘事務局次長は、「制度申請は、憲法二五条に定められた生存権の実現を迫るとりくみです」と。制度申請を民医連以外の病院にも広げようととり くんでいます。

存在意義を発揮するとき

 「本来なら国民年金でひとり暮らしの人はほとんどこの制度の適用になる」と村口さん。「この制度は、病院にとっても大きなマイナスにはならない。最初にかかった医療費は病院の負担になりますが、その後は約半数が生活保護に結びついています」
 「いまの医療制度はめちゃくちゃです。保険があっても病院にかかれない」という札幌東友の会の庄子國夫会長は、「無料低額診療のとりくみを、民医連・友 の会がしなくて誰がやるのか。民医連と友の会の存在をもっとアピールしなければ。サーカスの空中ブランコが安心して演技できるのは、下にセーフティネット があるから。そういうネットに友の会がなりたいね」と力強く語ってくれました。
文・多田重正記者/写真・五味明憲

いつでも元気 2009.4 No.210

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