いつでも元気

2009年6月1日

特集1 なぜいま病院・ベッド廃止? 病院つぶす「公立病院改革」

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江合川のほとりに立つ鳴子温泉分院

 地域から病院がなくなる事態が、全国で起きています。しかも住民の守り手であるはずの自治体 が、公立病院の入院ベッドの削減・廃止、さらには病院そのものをなくす計画を打ち出すことが珍しくなくなっています。救急受け入れ先が見つからず、患者が 亡くなるという不幸が続いているのに、なぜ?

全入院の2割支える「分院」

 宮城県大崎市は、〇六年に一市六町が合併してできた市です。〇七年九月、市は突然、大崎市民病院が持つ三つの「分院」(鳴子温泉分院、鹿島台分院、岩出山分院)の入院ベッドをなくし、診療所にする計画を打ち出しました。
 しかし鳴子温泉分院は、「分院」という名から想像されるよりもはるかに規模が大きい。合併前は鳴子町の町立病院だったからです。当初、
国立病院として誕生し、ベッド数は一七〇床。岩出山分院も九五床、鹿島台分院が七〇床で、やはり岩出山町、鹿島台町の町立病院でした。

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鳴子温泉街。ここから病院が集まる旧古川市街まで列車で約50分かかる

 大崎市は死亡率が非常に高いのも特徴です。二〇〇五年度の死亡率は、人口一〇万人あたり一〇三一人。県平均七八六人に比べて一三一%もの高さ。三分院は、この大崎市で全入院の約二割を支えています。この入院ベッドがなくなれば、住民への影響ははかりしれません。
 また、交通が不便で医療機関に行くのも一苦労という地域が少なくありません。大崎健康福祉友の会の千葉一雄さんも岩出山分院が頼り。旧岩出山町では「バ スやタクシーで通院する人がほとんど」と千葉さん。最寄り駅も、一時間に一本程度しか列車が走っていません。
 「医療費以外に交通費もかかってたいへん。この上、分院からベッドがなくなったら、救急はどうなるのか。この地域で土日も救急を受け入れてくれるのは、岩出山分院しかない」

入院ベッド廃止計画を撤回させた

宮城県 大崎市

友の会も立ち上がって

 入院ベッドをなくす計画に、住民は猛反発。旧岩出山町と旧鹿島台町では、有権者の九割の反対署 名が集まりました。旧鳴子町でも「一〇日間で有権者の七割の署名が集まった」と大崎健康福祉友の会の佐々木利一事務局長。大崎地方社会保障推進協議会会長 で古川民主病院名誉院長の松浦真吾さんも、「ベッド廃止計画に対する、住民の危機感を感じた。予想以上の大きな運動になって驚いた」と。
 署名運動は、友の会はもちろん、合併に際して市が旧市町単位でつくった住民自治組織「まちづくり協議会」なども巻き込んで広がり、市長は〇八年三月、診療所化計画の撤回を表明せざるをえませんでした。

とまらないベッド削減計画

 病院の入院ベッド廃止の動きは、大崎市だけではありません。
 岩手県では、ことし四月から五つの診療センター(各一九床)を入院「休止」に。来年は県立沼宮内病院(六〇床)の入院を「休止」する計画です。
 長野県の上伊那地域(伊那市など二市三町三村)でも、三病院の入院ベッド削減を県が計画。辰野総合病院(町立)を一三〇床→一〇〇床に、昭和伊南総合病 院(四市町村でつくる「行政組合」が運営)は三〇〇床→二二〇床、駒ヶ根病院(県立)は二三五床→一二九床にすることを計画しています。
 病院そのものをなくす動きも。山梨県は〇八年一二月、都留市、大月市、上野原市の三つの市立病院を一病院にする構想を発表。東京都はことし三月、八王子市、清瀬市、世田谷区にある三つの都立小児病院を統廃合する条例案を可決(時期は未定)しました。
 千葉県銚子市では市立病院存続を公約して当選した市長が、病院を昨年九月末で休止。一億円のカンパを集めるなど、住民・病院関係者による病院存続の努力が続けられていた最中でした。

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「病院つぶし」の音頭とる国

genki212_03_04 なぜ入院ベッド削減や、病院の廃止・統合が続くのか。表向きは医師不足、病院の経営難が理由です。しかし本当の理由は別のところにもあります。国が「病院つぶし」の音頭を取っているのです。
 自治体病院を管轄する総務省は〇七年、「公立病院改革ガイドライン」を策定。総務省は各都道府県にガイドラインに沿って「公立病院改革」の計画をつくらせ、ことし三月までに提出するよう要求しました。ガイドラインは、主に次の点について、検討を求めています。

 ■経営の効率化
 経営の改善目標を設定。ガイドラインは、三年連続して入院ベッドの利用率が七〇%以下の病院は、「病床数の削減、診療所化等の抜本的な見直しを行うことが適当」とまで明記。
 ■医療機関の「再編・ネットワーク化」
 二次医療圏(一般の入院医療を提供する体制の確保を図る区域)ごとに、公立病院を民間病院も含めて統廃合する。診療科の「重複」を省く、医師を一部の医療機関に集める、病床削減など。
 ■経営形態の見直し
 医療機関の運営方法、運営主体を変更する。▽「地方公営企業法」を全部適用する、▽地方独立行政法人にする、▽公立病院のまま民間企業に経営を任せる(「指定管理者制度」)、▽民間へ譲渡する。
 「必要な医療供給体制の確保を図る」というガイドラインですが、財政収支面から計画を立てさせる姿勢が突出。ガイドラインは病院経営を民間に任せること まで提示しています。しかし、採算が厳しいへき地医療などに民間が責任を持つとは限りません。公立病院はへき地、母子医療、救急・災害医療などでも大きな 役割を果たしています(円グラフ)。
 最寄りの医療機関まで車で一時間~二時間という地域が珍しくない北海道でも、「ガイドライン」を受けて、道は「自治体病院等広域化・連携構想」(〇八年一月)を策定。何と三八病院について「診療所化」を含めた検討が必要だと主張。
 総務省調査(四月二八日発表)によれば、全国で一五九病院が病院や診療科の統廃合を計画しているといいます。
 三月に東京都内でおこなわれた全日本民医連主催のシンポジウムで、全国自治体病院協議会の邉見公雄会長(兵庫・赤穂市民病院院長)は、「病院がない地域 は絶対寂れる。(同じ命を守っているのに)警察や消防が赤字とか黒字とかいわんでしょう?」と指摘。公立病院だけを「不採算部門」とし、ねらい打ちする国 の政策に、異を唱えています。

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「病院守れ」の声を全国に

「考えはまったく同じ」と

 大崎市では、大崎市民病院の三分院の診療所化計画が撤回された後も、市長が大崎市立病院本院の全面移転もありうるとの態度をくり返し表明。本院は老朽化 して建て替えが必要ですが、市議会の病院建設特別委員会は財政上「現在地建設以外にありえない」としていました。全面移転すれば、現在地建設よりも一〇〇 億円も経費が増え、本院だけでなく分院の存続もあぶなくなります。
 地元の住民自治組織「古川西部コミュニティ推進協議会」の呼びかけで「大崎市民病院の現在地建て替えをもとめる連絡会」が結成され、党派を超えた運動に。三人の市議会議員が連絡会の事務局をにないました。
 大崎社保協は、市民病院管理部や大崎市医師会に地域医療確保のため、本院の現在地建て替えと三分院の存続を強く要請し懇談。「考えはまったく同じだと歓 迎された」と松浦さん。市長が任命した「大崎市民病院改革プラン等策定委員会」でも、医師会代表は現在地建て替えを主張。〇八年九月、市長は現在地建て替 えを約束しました。

市を動かした住民の力

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老朽化し、建て替えが課題となっている本院。宮城県北部の救命救急の要だ

 たたかいをふりかえり、「現在地建て替えをもとめる連絡会」事務局長をつとめた小沢和悦さん(日本共産党大崎市議会議員団長)は、「経営を分析し、本院と分院を一体のものとして守る提案、運動をしてきたのが重要だった」と強調。
 大崎市民病院は本院と分院全体で〇六年度は一二億円の赤字でしたが、〇八年度は三億円にまで回復しました。「本院で黒字を出し、赤字の分院を守る。本院 だけ残す選択肢はなかった」と小沢さん。医師や看護師の人事異動、工事費節減などの提案をしてきたといいます。
 千葉さんも、「署名活動は大きかった。市長も態度を変えざるをえなくなりました。住民の力で、市の態度を変えることができると実感した」と。
 市は岩出山分院に続き、他の二分院についても〇八年一二月議会で経営形態の移行を断念。しかし今後の経営いかんでは予断を許しません。千葉さんはにこや かに「分院を守り、育てていきたい」と決意を話してくれました。 
文・多田重正記者/写真・五味明憲

いつでも元気 2009.6 No.212

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