いつでも元気

2009年7月1日

都政から考える なぜ入所者は命を失ったか 「静養ホームたまゆら」火災

 三月一九日に発生した火災で一〇人が死亡した、群馬県渋川市の高齢者入所施設「静養ホームたまゆら」の事件。詳細が明らかになる につれ、単なる火災ではないことがわかってきました。亡くなった一〇人のうち六人が東京・墨田区、一人が三鷹市から生活保護を受けていました。また、施設 にいた二二人中一五人が墨田区の紹介で入所していました。「起きるべくして起きた。都政が高齢者福祉を切り捨てた結果だ」という声も。なぜ入居者たちはこ んな形で命を失うことになったのでしょうか。

「無届け施設」での被害

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遺影代わりの水彩画

 「たまゆら」には、認知症や障害があり、生活支援の必要な人たちが入っていました。違法な建て 増しを重ね、施設の構造が複雑だった上に、スプリンクラーなどの防火設備はありませんでした。生活の場は三棟に分かれていましたが、当直の職員は一人だ け。認知症の人の部屋に外からカギをかけていました。
 本来は有料老人ホームにあたる施設とみられていますが、いわゆる「無届け施設」です。長期間入浴させない、寝たきりの人に食事介助はないなどの問題も発覚しました。

追悼会に来た墨田区職員は

 火災からちょうど一カ月になる四月一九日、「たまゆら火災事件犠牲者を悼む都民の集い」が開かれました。犠牲者が行き場のない都民だったと知った困窮者 支援団体や医師、宗教者などの有志が呼びかけたもの。遺影代わりに飾られていたのは、たまゆらの近所に住む主婦が、故人を思い出して描いたという水彩画、 遺骨のひきとり手がない人もいます。
 施設の近隣に住む人も駆けつけていましたが、参列した人たちのほとんどが、犠牲者たちを知りません。
 僧侶たちの法要が終わると、会を呼びかけた人たちが発言しました。貧しい高齢者を食い物にするような悪質な施設・いわゆる「貧困ビジネス」への怒り、施 設の状況をつかんでいなかった墨田区の対応の不備、療養型病床の削減政策などの影響を指摘する医師も。やがて、うなずきながら話をきいていた参列者たち が、驚いたように顔をあげました。墨田区の職員が発言をはじめたからです。
 「たまゆら」にお年寄りを送った責任を問われていた当の区職員が、なぜこの場に? 墨田区職労の田中芳雄書記長です。「もうこんな事故を繰り返したくない」が第一声でした。

施設が足りない!

 「身よりのない、貧しい高齢者は増えているのに、その人たちを受け入れる施設が圧倒的に足りません。一〇年前は、区内外の病院に受け皿があり、緊急避難 的に入院し、その間に入所できる施設を決めていました。それが、相次ぐ医療改悪で、入院できるベッドが減り、さらに病院そのものがなくなって、都外を探す ようになりました。特養ホームの入所待ちは墨田区だけで九〇〇人を超えています。有料老人ホームはあります。ただ、入居に何百万円、月々二〇万円という費 用が払える高齢者がどれだけいるでしょうか?」
 区内の生活保護受給者は増え続け、〇八年度には一二年前の二・四倍に。全体の八割が単身世帯です。そしてその特徴は、何かあればすぐひとり暮らしが困難になる人たちが多いこと。高齢者世帯五七・四%、傷病世帯二六・八%、障害者世帯一〇・五%という内訳です。
 後日、取材した墨田区の福祉事務所職員は、こう語りました。
 「介護度は軽いが認知症などがあって見守りが必要、でも世話ができる家族や親族はいない、といった人がとくに厳しい。施設のパンフレットの束を頼りに問 い合わせ、とにかく受け入れてくれるかどうかが最優先。放置して路頭に迷わせるよりは…と無届け施設を含めて頼らざるをえなかったのが現状です」
 また、職員の増員がすすんでいないことも困難に拍車をかけている、と。職員一人あたりが担当する保護世帯の平均は一〇五件、一二年前の五九件の倍近くに。
 「激務です。社会福祉法の『八〇件』という基準を大幅に超え、都や厚労省から是正を求められても区は改善しない。自治体は財政のムダをなくせという話に 異論はありません。だが、福祉や医療は削ってはならない分野。本来なら住民の生存権を守るやりがいあるはずの職場が、行きたくない部署トップになってい た」
 自治体職員も苦しんでいました。

東京に集中 なぜ?

図1 生活保護受給者、多くが都外に──
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図2 待機者急増なのに 特養ホーム整備費10年で3分の1に減!?
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 都民が群馬県の施設にいたこと、これは珍しい話ではありませんでした。都の最近の調査によると、都外の有料老人ホームに入居している都民は七六九人にのぼっています。このうち、たまゆらのような「無届け施設」にいる人は四七七人(図1)。
 また、厚労省の調査では無届け施設にいる生活保護受給者の数は全国に一万四二六八人。そのうち今回の例のように県外の施設にいる人は六一七人、そしてなんとこの約八割が東京のケースだったというのです。

「施設待ち4万人」…なのに

 東京都で特養ホームの入所を待つ人は約四万人にものぼります(〇八年、都調査)。二三区の特養ホーム整備率は、全国平均の一・五六%を下回る一・〇四%(六五歳以上の人口あたり)、にもかかわらず、施設整備の方はすすんでいません(図2)。
 それどころか、都は増設を抑制。三八六人を受け入れていた三カ所の都立老人ホームを廃止、特養ホーム運営補助費の打ち切り(二〇〇〇年)、さらにこの三月には、特養ホームの建設用地を購入する区市町村や社会福祉法人に出していた用地費助成制度まで廃止しました。

徹底した福祉切りの10年が犠牲をうんだ

全国2位から最下位に

図3 都営住宅、石原都政は新規建設ゼロ
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 「石原慎太郎知事の一〇年間、『福祉改革』の名で、徹底して福祉が切り捨てられました。とくに高齢者分野がひどいんです」
 都議会でこの問題をとりあげた都議の吉田信夫さん(日本共産党)は、都政の問題をこう指摘します。
 「施設が足りないのに、在宅介護も削られてきた。在宅で介護をしている人に支給していた老人福祉手当・月額五万五〇〇〇円も廃止に。施設でも在宅でも袋 小路に追い込むような仕打ちです。結果、この一〇年で、老人福祉費の予算にしめる割合が、全国二位から最下位にまで転落しました。低所得者の住をささえる 都営住宅の新規建設も、石原都政ではゼロ(図3)。この矛盾が集中的に出たのがたまゆら事件。この現状を放置するわけにいきません」
 一方で、石原都政はオリンピック誘致を口実にした大型公共事業には積極的。世論の反対で凍結していた高速道路計画も復活させました。一メートルの建設費が一億円というしろものです。
 五月一日、二三区の区長でつくる特別区長会も、都知事に「在宅介護の困難な低所得者向け福祉施策の充実を」と緊急要望しました。都市部で不足している受 け皿を充実させる制度改善や財政支援の強化を、というものです。たまゆらの事件を受けても、手が打てず、無届け施設の利用を続けている区もあるのです。
 一〇人の犠牲を本当に悼み、ムダにしないためにも、都政の転換はまったなしに必要、そう感じました。

 七月には東京都議会議員選挙がおこなわれます。東京民医連は、「都政を変えよう」というアピールを発表。
 「東京は救急車が病院に患者を搬入するまでの時間も四五分と日本最低。福祉切り捨て都政の根本転換を、都議選で実現したい」と、同県連の千坂和彦事務局長は決意を語っています。
 文/写真・木下直子記者

「無届け施設」

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無届け施設の部屋の図(例)。照明は天井に一つ。ベニヤで区切って一部屋に四人。家賃6万円(吉田信夫都議提供)

 高齢者を住まわせ、食事や介護、家事、健康管理のうち、1つでもサービスを提供している施設は、有料老人ホームとして都道府県に届け出る義務がある。し かし、届ければスプリンクラーなどの施設整備をはじめさまざま規制が発生するため、無届けでいる施設も。また、有料老人ホームの自覚がない場合もある。
 必ずしも「無届け=悪」ではないが、生活保護費をあてにした「貧困ビジネス」も少なくない。「1室をベニヤで区切り、4人を収容。壁も天井までない」 「男女同室」「マンション1戸に9人」「お風呂に入れない」「満足な食事を提供しない」など、劣悪な環境に詰め込んでおきながら、家賃や食費が月十数万円 と、生活保護費のほとんどを吸い上げるケースも。
 なお、厚労省は4月30日時点で、無届け施設が全国34都道府県で、446施設と発表した。

いつでも元気 2009.7 No.213

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