いつでも元気

2009年11月1日

元気スペシャル 混迷するアフガニスタン 米軍による「復興支援」の実態は…

白川 徹
ジャーナリスト(アジア・プレス)

“医療支援”しながら民家を捜索 住民をデータベース化

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まだ10代の新兵。大学進学を夢見て入隊する貧しい若者が多い(パキスタン国境ホスト州)

 寒さで目を覚ますと、鼻腔に砂、硝煙、男たちのすえた匂いが飛び込んできた。五〇人からの兵士がすし詰めで寝ている。タリバンから米軍が奪い取った民家だ。
 寝袋から出て陣地をぐるりと回ると、寝ずの番をしていた兵士が見張り小屋で眠そうな顔を武器の間から覗かせていた。二〇歳にもなっていないだろう。おは よう、と声をかけると蚊の鳴くような声であいさつを返した。昨夜は気温が氷点下まで下がった。そのせいだろう、頬がリンゴのように赤くなっている。
 私は、パキスタンとの国境から数キロの地点、ホスト州スピラ地域に展開するアメリカ陸軍攻撃部隊“アルファ”に、取材のため従軍していた。

7割がタリバンの勢力下に

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バグラム基地の便所の落書き。ISAF(国際治安支援部隊)にひっかけて、「戦いにはうんざりだ」と書いてある

 アフガニスタンの状況はここ数年で大きく変化してきた。二〇〇一年のアメリカ侵攻により壊滅したと思われたタリバンが、〇四年から急速に勢力を伸ばした。〇八年の英国シンクタンクの報告では全土の七割がタリバンの勢力下にあるという。軍事的に、米軍は失敗しつつある。
 〇九年、アメリカの政権はブッシュからオバマに変わったが、米軍は二万一〇〇〇人が増派され、現在のところブッシュ時代よりさらに苛烈な攻撃をしかけている。国防長官もゲイツ氏のままだ。
 日本でも政権交代し、民主党は新テロ特別措置法による給油を来年一月で終了するとしている。日本とアフガニスタンの関わりが大きく転換するときを迎えた。

貧者と貧者が殺しあう

 私は見張りに立っている少しぶっきらぼうな若い兵士に話しかけた。
 彼はスピラに来るのは二度目で、前回来たときには、二度攻撃があったといった。それだけ答えると、彼は私の質問に聞こえないふりをしだした。戦闘のこ と。なぜ軍隊に入ったのか…。話題を変えて、彼の家族について聞いてみた。彼の警戒していた表情が少しゆるんだ。
 「正直にいうと、妹がすごく心配しているんだ。いつもだよ」
 お互いの家族の話に花が咲いた。彼は軍務が来年には終わり、大学に行くという。歳を聞くと、私と同じ二三歳だとわかった。「同い歳だね」というと、彼はふいと表情を曇らせた。
 「あんたは記者。俺はアフガニスタンで兵隊。比べようもない人生さ」
 彼はそういうと黙ってしまった。
 兵士の多くが二〇歳前後だ。「入隊すれば、国防省が大学の学費を出す」と軍に勧誘され、卒業後すぐに軍隊に入る高校生が少なくない。
 タリバンも貧しいが、それと戦う世界最強国の兵士も、貧しい若者だ。貧者と貧者が殺しあっている。この戦争を始めた人はここにはいない。どこにいるのだろう?

住民の網膜を写真に撮って

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家畜を米軍に奪われるのではないかとおびえる家の主人(ホスト州)

 私の従軍していた部隊には人道医療支援チームが同行していた。PRT(地方復興支援)の一環だという。日本も今年一月から、西部ゴール州チャグチャランに展開するリトアニア軍のPRTに文民を派遣している。
 医療チームも、外見では戦闘部隊と見分けがつかない。リュックには医療器具や薬が入っているのだが、肩には大きなM16ライフルをぶら下げている。
 彼らが近隣の集落に医療支援に行くというので同行した。護衛部隊も加わった。前線基地から歩いて五分の距離に四、五軒の民家があった。
 家の主人は、私たちが近づくのが見えたのだろう、玄関で待っていた。
 隊長が、軍医が診察にきたことを告げると、主人は「どうぞ」といった。目を上げると二階に護衛部隊の姿が見えた。武装勢力が隠れていないか捜索している ようだ。アフガンでは家族以外は、客間より奥には入れない。主人の「どうぞ」は、客間までという意味だったのだが、その文化を無視して入り込んでいるの だ。
 兵士が家の中に入っている間、主人の顔はおびえきっていた。
 家の外では、護衛兵たちが家の男たちを壁に並ばせ、カメラのようなものを男の顔に当てていた。機械の液晶画面には男の目が映っている。何をしているのか、と護衛兵に聞いた。
 「網膜の写真を撮って、住民をデータベース化しているんだ」
 何のためか、と聞いても彼は答えなかった。写真を撮られている男はおびえた表情をしている。
 部隊長が話す。「タリバンと地元民との見分けはむずかしい。だが地元民を味方につければ、敵がどこにいるかを伝えてくれる。これは最終的な目標の一つだ」
 そのための支援だが、診察の脇で住民のデータベースを作る。「支援」といっても事実上は武装勢力の捜索だ。「支援」という美しい言葉でくるまれた軍事活動で、本当に支持が得られるのだろうか…。

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ブルカを着た女性が道行く人に物乞いしていた。戦争で夫を失うとほかに生きる道はない(カブール)

“新しいタリバン”は組織ではない。
抵抗意識に燃えた若者だ ムトワキル氏

いまは“新しい”タリバンが

 いったい、米軍の戦っているタリバンとは何者なのだろうか。私は、旧タリバン政権で外相の地位にあり、〇二年まで米軍に拘束されていたワキル・アフメド・ムトワキル氏との接触に成功した。
 自宅を訪ねると、ムトワキル氏はゆったりと椅子に座っていた。握手をするとその手はゴツゴツと硬く、農具を持っていただろう跡があった。恰幅のよい体躯 に、ピッとした白いアフガン服。目からはなかなか警戒の色が消えない。
 「タリバンの定義自体が変わったのです。アメリカの侵攻前、タリバンという言葉は“学生”という意味以上のものではありませんでした。けれど、現在タリ バンとは“アフガニスタンの平和と独立のために戦う戦士”になりました」
 ムトワキル氏はできの悪い生徒を諭すように話す。
 「アメリカは火を消すのに、火を用いている。どうして、そんなに軍隊を送る必要があるのだ。タリバンはアフガニスタンの一部だ。消し去ることはできない」

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米軍の主力ハンヴィー装甲車。街中では一日中この車両が走り回っている(ホスト州)

 また、現在攻撃をしかけているタリバンは、〇一年まで政権にいた“本家”のタリバンとは関わりがないという。“本家”は、拠点をパキスタン側に移し、攻撃の際はパキスタンから越境してくる。
 「今、実際に攻撃をしかけているのは“新しいタリバン”です。彼らは“本家”とは関係がない。空爆の被害者や、抵抗意識に燃える若者です。彼らは命令系統なしに少数で自立的に活動しています」
“新しいタリバン”は組織ではない、という。オバマ大統領は、アフガンにいる「穏健派」のタリバンとの対話を目指すというが、組織ではない彼らと、どうやって対話するというのだろうか。

和平のイニシアを日本こそ

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アフガニスタン最大の外国軍基地・バグラム空軍基地の飛行場。爆弾をF15戦闘機に積み込む。1日10回以上爆撃に飛びたった

 アフガニスタン情勢は混迷の一途を辿っている。米軍の迷走、タリバンの急激な勢力拡大。アフガンの平和と独立のために戦うという人々は、増え続けている。しかし、情勢を一気に安定化させる逆転ゴールを決める方法もある。
 タリバンとの和平の実現だ。
 そのイニシアチブを握れるのは日本である。アフガニスタンでは、平和憲法を持つ日本は中立というイメージが、まだ強い。米軍の撤退を前提に、タリバン と、アメリカの傀儡と見られている現政権の間を取りもつことは十分に可能だ。
 一一月には東京で、和平にむけての国際会議が開かれる。「地球規模問題に取り組む国際議員連盟」と「世界宗教者平和会議」の各日本委員会の主催で、民主党の一部を中心に超党派の議員が準備中だ。
 給油という、戦火を拡大させる「アフガン支援」から抜け出す可能性が広がる今、われわれが何をなすべきか、考えるときにきている。

いつでも元気 2009.11 No.217

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