声明・見解

2008年8月26日

【声明2008.08.26】医療安全調査委員会設置法案(仮称)大綱案に対する意見

2008年8月26日
全日本民主医療機関連合会
会 長  鈴木 篤

<はじめに>

 全日本民医連は、一貫して「医療事故を取り扱う第三者機関」の創設を要望してきました。私たちが「第三者機関」に求めているのは下記の5点です。

  1. 医療機関・患者双方から相談を受け付ける相談窓口の確立((1)医療安全支援センターの充実強化、(2)死亡事例の届出は警察ではなく専門の機関に)
  2. 被害者の救済制度の創設
  3. 裁判外紛争処理機関の設置
  4. 医療事故を調査し公開し、原因究明・再発防止に役立てる機関の設置
  5. 自律した行政処分を行う機能の確立

 医療事故を公開し、原因を究明し教訓を導きだし再発防止に生かす「医療事故を取り扱う第三者機関」の設立は急務です。私たちは、医療事故に対する警察の 介入が、個人の刑事責任追及のみに終始し、原因究明、再発防止、安全性の向上、患者・家族との良好な関係づくりのいずれにもマイナスであることを指摘して きました。
 従って、「第三者機関」の機能の一部(上記の4.)を有する医療安全調査委員会(以下、調査委員会)の設立は、大きな前進であると考えます。しかし、こ れだけで医療事故問題のすべてが解決するわけではありません。全日本民医連は、引き続き、医療事故問題の解決のために、国が責任をもった総合的な機能を整 備することを求めます。
 昨今、医療事故が刑事事件として取り扱われることが増えてきましたが、カルテ改ざん・証拠隠滅など悪質な場合を除けば、刑事介入が必要な場合というのはごくまれであると考えます。
 近い将来、「医療事故・医療過誤に刑事責任の追及はなじまない」という考え方が国民の当たり前の感覚=文化になることをめざすためには、医師を始めとす る医療従事者が自ら自浄作用を発揮するよう努力し、患者・国民との信頼関係を確立していくことが必要です。医療界が主体的に医療事故をなくす総合的な取り 組みを強化し、専門家として自らを律するため、再教育を中心とする自律的な行政処分を行う機能の確立に踏み出すことが、今こそ求められています。

 以上の視点から、大綱案に対する意見を表明します。

I.<基本的な立場と具体的な項目への意見>

 第三次試案と大綱案の関係についての厚労省の説明「(第三次試案)の内容を踏まえ、法律案の大綱化をした場合の現段階におけるイメージである。」をうけ、基本的な立場と、いくつかの具体的な意見を述べます。
 今回大綱案として示された内容には、第三次試案についてのこれまでの厚労省の説明と矛盾する点がいくつか見受けられます。大綱案が、第三次試案を法案化 した「イメージ」である以上、矛盾点を解消し、より国民的な合意を得られる調査委員会の設置を目指すために、大綱案に対して改めて意見を述べます。

具体的な項目に対する意見

1.内閣府のもとに「 3条機関」として調査委員会の設置を求めます。〔大綱案のII 設置および所掌事務務並びに組織など  第3 設置〕
 設置する省について空白となっていますが、独立性を保ち、各省庁に対して率直に提言を行っていくためにも内閣府のもとに「3条機関」として委員会を設置することが望ましいと考えます。

2.警察への通知について〔大綱案のIV 雑則  第25 警察への通知〕
(1)警察へ通知する対象から「標準的な医療から著しく逸脱した医療」と「類似の医療事故を過失により繰り返し発生させた疑いがある場合」を除き、故意の殺人やカルテ改ざんなどに限定すべきです。

 大綱案では次の場合に該当すると思料するときは、直ちに警察へ通知しなければならない、とあります。
 (1)故意による死亡または死産の疑いがある場合
 (2)標準的な医療から著しく逸脱した医療に起因する死亡または死産の疑いがある場合
 (3)当該医療事故死等に係る事実を隠蔽する目的で目的物件を隠滅し、偽造し、または変造した疑いがある場合、類似の医療事故を過失により繰り返し発生させた疑いがある場合

 (2)について、第三次試案で警察に通知する対象としてあげられていた「重大な過失」につ いては削除され、「標準的な医療から著しく逸脱した医療」と文言が修正されました。しかし、本質的な内容は変わっていません。何が「標準的な医療から著し く逸脱した医療」に相当するかは、その時々の医療の発展段階や、個々の事例の諸条件によって判断は一律ではなく、しかも調査委員会の判断に一任されます。 委員会は、調査の過程で、医療水準に照らして医学的評価を当然行いますが、その評価は医療の安全性・質の向上に生かすことを目的とするものです。捜査機関 に通知することは、実質的に委員会が刑事責任の有無を判断することにつながりかねず、適切ではありません。
 また、(3)「類似の医療事故を過失により繰り返し発生させた疑いがある場合」について「いわゆるリピーター医師」との注がありますが、その判断はやは り一律ではありません。再教育を中心にした行政処分による対応が基本であり、捜査機関への通知が必要なものは、「故意」に近いものなどに限定されるべきと 考えます。

 よって、警察に通知する対象(1)(2)(3)から「(2)標準的な医療から著しく逸脱した医療に起因する死亡または死産の疑いがある場合」および(3)の「類似の医療事故を過失により繰り返し発生させた疑いがある場合」を削除し、
 (1)故意による死亡または死産の疑いがある場合
 (2)当該医療事故死等に係る事実を隠蔽する目的で目的物件を隠滅し、偽造し、または変造した疑いがある場合、その他重大な非行のある場合
が妥当ではないかと考えます。

 第三次試案では【地方委員会による調査】の項目で、「医療従事者等の関係者が地方委員会か らの質問に答えることは強制されない」との記述がありました。大綱案ではその部分について明記されておらず、V 罰則 第30で医療事故調査に対して虚偽 の報告をした場合などの罰則について定めているのみです。
 本来、関係者が自ら事実を明らかにすることなしに、原因究明・再発防止のための事故調査は成り立ちません。第三次試案では調査委員会の目的を「医療関係 者の責任追及ではなく原因究明・再発防止を行い、医療の安全の確保を目的にした」ものとしています。調査協力が義務づけられ罰則まで科せられている一方 で、積極的に調査に協力し真実を述べた結果、刑事責任の追及につながりかねないというのでは、本来の目的からかけ離れた制度にしかなりません。

(2)警察への通知は、調査委員会の調査結果をもとに慎重に決定すべきです。
 警察への通知について「次の場合に該当すると思料するとき直ちに~」とありますが、「直ちに」とは報告を受理した段階なのか、報告書がまとまった段階な のか、大綱案からはどちらとも解釈できます。また、「思料するとき」という表現の意味するところは非常にあいまいです。警察への通知は、調査委員会が集団 的に検討した結果をもとに慎重に決定すべき事項です。
 厚労省はこれまで、「調査が終わるまで警察は介入しない仕組み」と説明してきました。故意やカルテの改ざんなどは、調査の途中でも警察に通知する場合がないとは言えませんが、基本的には調査の過程で警察が介入することのないよう、明文化すべきではないでしょうか。

3.医師法21条に「診療行為に起因した死亡は除くものとする」と明記し改正を求めます。
〔大綱案のVI 関係法律の改正 第33 医師法21条の改正、および第32 医療法の一部改正 (3)病院等に勤務する医師が当該病院等の管理者であるときの医療事故死等に関する届け出義務等〕

 第三次試案の段階では、診療関連死について調査委員会に報告することによって21条にもとづく届け出は不要になる、と説明されており、私たちは賛意を表明しました。
  そもそも医師法21条は医療事故による死亡を想定して作られた法律ではありません。厚労省の答弁ではその立法主旨は公衆衛生上の必要と犯罪捜査への協力である、としています。
 大綱案の「ただし、当該死体または死産児について第32の(2)の1の報告または第32の(3)の1もしくは2の届け出を24時間以内にしたときはこの限りではない」 という但し書きでは、診療行為に起因した死亡を医師法21条の届け出対象であると明確に認める形になり、24時間以内の報告先が病院管理者か、調査委員会 か、警察かという問題になってしまいます。そしていずれかに届出なければ直ちに医師法21条違反となり、実質的に医師法21条の改悪となるのではないで しょうか。「診療行為に起因した死亡は除くものとする」という但し書きを明記し、改正することを求めます。

 大綱案の記述によれば、病院管理者(院長)や診療所所長、開業医自らが当事者で医療事故死 に遭遇したときは、24時間以内にすべて調査委員会に報告しなければならないと解釈できます。検討会の議論では、「医療事故による死亡を院内の事故調査委 員会などで集団的に協議し、最終的に管理者の判断で国の調査委員会に報告する」ということが到達点でした。病院管理者(院長)や診療所所長、開業医自らが 当事者になることは多々あります。大綱案の(2)の記述では、「病院や診療所の勤務医が診療行為に関連した死亡に遭遇した時は、管理者に報告し、院内の医 療安全委員会や事故調査委員会などで検討し、管理者の判断で調査委員会に報告する」と考えることができます。院長等が当事者の場合も、同様に「院内の医療 安全委員会や事故調査委員会などで検討する」手続きを保障する必要があります。

4.届け出を促進する制度設計を求めます。
〔大綱案のVI 関係法律の改正 第32(2)~(4)〕

 届け出を義務化する対象は限定するとしても、届け出全体を絞り込むのではなく、促進する方 向で制度設計することが必要です。医療安全の向上に役立てるためには、誤った行為の有無だけでなく、医療者側から見て死因や経過を検討する必要がある事例 についても届けることが望まれます。
 受け付け後のスクリーニングの仕組みが重要です。対応にあたっては多岐にわたる役割が想定されますので、知識と経験を有した人材の確保と養成が必要です。

5.罰則については、その濫用を防ぐため、丁寧な記述を求めます。
〔大綱案のVI 関係法律の改正 第32(9)罰則 1(5)の1(届け出義務違反に対する体制整備命令等)または(6)(システムエラーに対する改善命 令)の命令または処分に違反した者、は6月以下の懲役または30万円以下の罰金。〕

 (6)の「病院等におけるシステムエラーに対する改善計画等に対する違反」とは、どのレベルを想定しているのでしょうか。改善策が徹底するには一定の時 間がかかります。また、対策をとっていても同様の事故がおきる場合もありえます。罰則が濫用されないよう、丁寧な記述を望みます。

II.<調査の優先権についての意見>

 調査の優先権は調査委員会にあることを明記すべきです。
 遺族から直接警察へ訴えられた場合であっても、調査委員会の調査が優先される必要があり、制度上その旨を明示すべきであると考えます。

III.<再教育を中心とする自律的な行政処分の機能の確立についての意見>

 調査委員会は原因究明と再発防止を目的とする組織であり、責任追及の組織ではありません。重大な過失やリピーターの問題など責任追及は別の体系で行うことを求めます。
 これまで日本では、自律的な行政処分の機能が不十分だったために、国民感情として刑事手続きに訴えざるをえない側面があったことは否めません。現在の行 政処分の在り方は刑事判決・民事判決の後追いで、医療界の自浄作用を発揮しているものとはいえず、このままでは国民的信頼を得ることができません。
 医療従事者に対する苦情を広く受け付け、独自に調査し、行政処分をおこなうことのできる機能を再構築すべきです。そこで肝心なことは、目的は処分そのも のではなく、医師をはじめとする医療者全体のモラルと医療水準を高めることにある、ということです。諸外国の例でも、多くは再教育や行為の制限(難度の高 い手術はできない、実施する場合は上級医師が必ずつくなど)を中心に運用されています。専門家として自らを律するために、独立性と透明性を確保し、再教育 を中心とする自律的な行政処分の機能の確立に、医療界を挙げて踏み出すことが必要です。

<おわりに>

 医療事故問題の解決のために、調査委員会は重要な一歩になると考えます。しかし、死因究明制度そのものの充実、再発防止策の徹底、被害者の救済制度、紛 争解決など、克服すべき課題はたくさんあります。将来展望を明確に持った制度設計のもとで、調査委員会を位置づけることが必要です。
 制度そのものが趣旨通り機能するために、十分な財源確保と人材養成(解剖医(法医、病理医)の養成、必要な数の解剖担当者の育成、調査活動に参加する臨 床医や調査を円滑に進めるためのメディエーターの育成など)は不可欠です。厚労省や医師会等の説明では、年間2000例、1例あたり100万円として20 億円を試算しているようですが、モデル事業等の経験からすると極めて財源不足であると考えます。
 公的医療費抑制政策の下で、勤務医や看護師は人手不足の中で現場の医療を必死で支え、疲労困憊しています。調査委員会に参加する医師の活動を保障するた めにも、絶対的医師不足の解消が急務です。公的医療費抑制政策を抜本的に転換し、少なくともGDP比でEU並に引き上げていくことが必要です。
 私たちは、引き続き公正・中立な「医療事故を取り扱う第三者機関」の実現を求めて力を尽くしたいと思います。

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