民医連新聞

2004年6月7日

“関係ないヨ”と 思ってない? 医療倫理のはなし(5)

「知らないでいる権利」の尊重とは

 前回は「ガンの告知、非告知」についてお話しましたが、関連して、今回は、患者の「知らないでいる権利」を尊重することの重要性についてお話したいと思います。

 五四歳女性、もともとうつ傾向があり、頭痛、めまい、動悸などの不定愁訴で内科外来を受診し、抗不安薬などの投与を不定期に受けていた。診察では神経系 には異常所見は無く、頭部CTでも異常はなかったので、本人には「脳に器質的な疾患はないだろう」という説明がされていた。たまたま頭痛とめまいが持続し たため、他院の脳ドックを受診したところMRIで右中大脳動脈に直径8mmの未破裂動脈瘤が見つかった。
 動脈瘤と患者の訴えとは関係がないと考えられたが、脳外科医師からは年齢、動脈瘤の大きさなどから手術を勧められ、患者はパニック状態になってしまっ た。紆余曲折を経て手術は無事に行われたが、術後に患者のうつ症状が悪化し、精神科に入院した。

 最近、脳動脈瘤の発見を目的とした脳ドックが盛んです。自治体によっては、補助を出しているところまであります。脳ドック受診者は当然のことながら、 「検査の結果、異常はありませんでした」という診断が返ってくることを期待して受けに行くわけですね。

まだ少ない検査実施前のIC

 一般に、ドック後の事後指導には十分注意がはらわれていますが、検査実施前に未破裂動脈瘤が発見された場合、ど のように考えるのか、きちんとした説明がなされていることはまだ少ないようです。健康な人の中から未破裂動脈瘤が発見される頻度(約三%)、未破裂動脈瘤 の年間の破裂率(約一%)、破裂した場合の死亡率(三〇~四〇%)、手術に伴う合併症発症率(死亡率一%、合併症率は四%程度)などについて説明を受け、 「手術したくない」と考えた人は、ドックの受診を考え直す選択肢があるはずです。
 気楽にドックを受けて、万一動脈瘤が見つかり、手術しないと決心した場合、その人は一生、動脈瘤の破裂を心配して生きていかなければなりません。現実 に、二〇〇〇年六月の脳ドック学会でも未破裂動脈瘤が発見され、そのショックで自殺した、というケースが報告されています。
 遺伝性の神経疾患に「ハンチントン舞踏病」というものがあります。優性遺伝で成人になってから痴呆と運動障害を発症してきます。難病で治療法はありませ んが、今日の医学の進歩で発症前に遺伝子診断が可能になりました。しかし、欧米二一カ国で行われたハンチントン舞踏病の発症前診断に関する大規模調査によ れば、発症前診断を受けた計四五二七人のうち四四人(〇・九七%)が、検査後に自殺や、入院を要するような精神異常をきたしたとのことです。
 したがって、こうした家系の方が診断を希望された場合、検査を実施する前に、「知る権利」と同時に「知らないでいる権利」があることを十分理解してもらう必要があります。
 治療に関するICは一般的になっていますが、診断学の進歩に伴って検査に関するICも重要な時代になっています。(安田肇 全日本民医連医療倫理委員)

(民医連新聞 第1333号 2004年6月7日)

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