いつでも元気

2010年3月1日

元気スペシャル 平和をつくるひとしずく カレーズクリニック

アフガン通信(1)

 昨年12月末、レシャード・カレッド医師に同行し、アフガニスタン第2の都市カンダハールを訪れた。「オバマの戦争」になってしまったアフガン戦争。平和への出口はあるのだろうか。4回連載。
森住 卓(写真家)

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患者でいっぱいの診察室。診療するレシャード医師(右端)と若い医師(中央)  

日本に帰化したアフガン医師

 パキスタン国境に近いカンダハール。タリバンの影響力が最も強く、危険な地域だ。連日、米軍の空爆や戦闘で一般市民が犠牲になっている。
 レシャード医師は一九六八年から日本に留学。ソ連のアフガン侵攻(七九年)で祖国に帰れなくなり、日本に帰化し静岡県島田市で医院を開業した。二〇〇二 年、アフガニスタンに医療支援をするNGO「カレーズの会」をつくり、カンダハールに「カレーズクリニック」を開設。毎年年末に故郷に戻り、診療してい る。
 クリニックには現在一九人のスタッフがいて、年間二万人以上を診療している。

患者が遠い村からも

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「出産後、出血が止まらない」と16歳の女性が連れてこられた

 朝八時五〇分、カレーズクリニックの門前にはたくさんの人が受付の順番を待っていた。カンダハール中心部から車で三〇分、静かな住宅地にある診療所には、毎日たくさんの患者が評判を聞きつけてやってくる。ボランティアの運転で、遠い村からくる人もいる。
レシャード医師の姿を見つけ、二人の男が車いすの女性を連れてきた。女性は一六歳。真っ青な顔でぐったりしている。「出産後二週間になるのに出血が止まらない」、夫か兄弟か、険しい顔で説明する。
すぐに、診療所ただ一人の女医とレシャード医師が診察を始めた。女性の目線まで腰を落として話を聞いている。蚊の鳴くような声で「母乳が出ない。近所で赤 ちゃんのいる女性から母乳をもらって育てている」という。女性は極度の貧血と、子宮に感染症をおこしていた。
「ここに来れば助かると、評判を聞いて来るんですよ」とレシャード医師。女医さんに指示を出し診察室を出ると、ひどい火傷を負った女の子(8)が連れられ てきた。顔や背中がただれ、右目はふさがっている。日本なら大変な重傷だが、ここでは驚いていられない。

親身な診療に安堵感が

 ようやく朝の打ち合わせをすませ、レシャード医師が診察室に入る。待っている患者や子どもにも挨拶をし、スタッフに握手を求める。女性がためらわずに応じるのが、男女差別の厳しいこの国では珍しい光景だ。
 レシャード医師と若い医師が診療を始めた。八畳ほどの女性用の診察室は、患者で一杯になった。床に座って順番を待つ女性はブルカ(ベール)で、表情がわからない。しかし手のしぐさや小さな声で会話する姿に、不安な表情が想像できる。
 レシャード医師は患者をわけへだてせず、親身になって訴えに耳を傾けている。そんな医師に出会うのは初めてなのだろう、安堵感がブルカを通してもわかる。患者の約七割が女性と子どもたちだ。
 「ここにはタリバンも来るでしょう。でもここに来る人はどんな人でも患者として平等に扱う」という。

戦争と貧困の暗い影が

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愛らしい子どもたち。元気に育ってほしいが…

 長年の戦争と貧困がさまざまな暗い影を落としている。
全身けいれんを起こしている老婆(80)は、二カ月前、村が米軍に空爆され、逃げるとき転んで大腿骨を骨折。歩けなくなった。その後、PTSD(心的外傷後ストレス障害)でけいれんが止まらない。
生後二カ月だが下痢が続くという赤ちゃん。やせたその子を抱いた母親の腕も、折れそうなほど細い。母乳が出ず、お金もなくて粉ミルクを買えない。安く手に 入る薬をのんで母乳を出し、その母乳を飲ませたら下痢が始まったという。
「下痢の原因は薬の副作用です」とレシャード医師は顔を曇らせる。ポケットから一〇〇〇アフガニーを取り出し、母親の手にそっと握らせた。母親は背筋を伸ばすと、うれしそうに手を握り返した。
「赤ちゃんだけ診ても原因はわかりませんよ。母親の生活も見ないと判断できない。病気だけ診ていてはダメです。人間を丸ごと診なければ」
ここでは医療とは何か、その根本がいつも問われているような気がした。
途切れることなく患者が押し寄せ、診療が終わったのは二時過ぎだった。

州立病院は野戦病院に

 レシャード医師についてカンダハール州立病院に行った。外科の集中治療室には戦闘に巻き込まれた負傷者がたくさんいた。その日も、血だらけの負傷者が救急車で運び込まれてきた。
 両手と腹を負傷しているファイズ・モハンメッドさん(34)は二週間前、麦刈りをしていたとき米軍に空爆され、休憩のお茶を運んできた四歳の長男と、一二歳、一四歳の甥は殺された。
 「タリバンとは関係ない。ただの農民だ。なぜ私たちが殺されなければならないんだ」と痛みをこらえて訴えた。
 地雷に触れ手足をもがれた少年、戦車に轢かれた老人、空爆で負傷した青年…。
 「私たちのおじさん(米軍)がくれた贈り物でみんな殺されたんです」と外科部長のサイード・ラスールさんは皮肉たっぷりに米軍の無差別殺戮を非難した。ここはまさに最前線の野戦病院だ。
 アメリカの「テロとのたたかい」は、無実の人々を殺し続けている。被害者の憎しみは増幅し、さらなる抵抗を生み出す。オバマ大統領が米軍三万人を増派 し、力で抑えようとすればするほど、アフガニスタンの平和は遠のいてゆく。

平均寿命44歳の不公平

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治安の悪いカンダハールに日本からの支援を公然と掲げる立て札が立っているのは驚きだ。地元の人々から、いかに支持された活動をしているかの証である

 WHOの二〇〇八年世界保健統計によればアフガニスタンの乳児死亡率は一七%、低体重児三九%、五歳以下の死亡率二五%。さらに平均寿命は四四・六歳だ。日本人の半分しか生きられない。なぜこんな不公平がつくられるのか。
 長年の戦争と貧困がもたらす無数の死。この数字を見据えれば、いま何をすべきであり、何をしてはいけないのかが見えてくるはずだ。世界で最も貧しい国に、最新ハイテク兵器を駆使しても勝てないアメリカの戦争。何の意味があるのだろうか?
 かつてアフガニスタンには地下水脈が縦横に流れていた。その地下水脈は乾いた大地を緑でおおい、命を育くんできた。この命の水をカレーズと呼ぶ。
 レシャード医師は信じている。「ひとしずくの水がやがて大きな流れとなり、人々を助け、戦争で荒れ果てた祖国に平和をつくる大きな力になる」と。
 祖国アフガンで、レシャード医師の活動が続く。

カレーズの会 1054-255-7326
会費(年5000円)、募金の送り先は
郵便振替:00850-3-97962(カレーズの会)
http://www.chabashira.co.jp/~evolnt/karez

レシャード医師の近著に『知ってほしいアフガニスタン』(高文研)があります。

いつでも元気 2010.3 No.221

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