いつでも元気

2010年4月1日

元気スペシャル 日本の医療を学びたい イラク・ラマディから川崎協同病院へ 医師一家がやってきた

文・高遠菜穂子(イラク支援ボランティア)/写真・森住 卓

genki222_01_01 genki222_01_02
エコー(超音波検査)の使い方を学ぶシェイマ医師(29) 顕微鏡を見るアンマール医師(30)。後ろが佐々木医師
genki222_01_03
毎朝、1歳と2歳の子どもを保育所に送って病院へ

 一月八日、イラク西部アンバール州の州都ラマディから、ある家族が日本にやってきた。父は小児科医のアンマール医師、母は産婦人科医のシェイマ医師。二人は全日本民医連の招聘で来日し、川崎協同病院(神奈川)で診療見学している。
 同行した幼い息子たちは院内保育所で“文化交流”に励んでいる。愛くるしい笑顔で学生ボランティアをとりこにした長男アブドゥルラフマン。一歳とは思え ないずっしりとした体格と適応力の高さで大物感ばっちりの次男アハマド。「アリトー(ありがとう)」といってお辞儀をする二人は、完璧な親善大使。一家の 来日を、私は心からうれしく思う。

米軍が病院内で医師を拘束

 昨年四月、五年ぶりにラマディを訪れた。ラマディ母子病院は問題山積だった。
 ベテラン医師の多くが、殺害あるいは脅迫されて第三国に避難し、医師不足であること。宗派意識の強い中央政府から疎まれているこの地域では、医療配給が いまだに滞りがちであること。出生異常は明らかに激増しているが、データ収集ができていないので、国際社会にアピールすることさえできていないこと…。
 それでも、患者が病院に来られるようになっただけ、状況はよくなったといえる。それまでの数年間、病院の手前に設けられた米軍の検問所で、行く手を阻ま れて命を落とした人がどれだけいるか。陣痛が起きるまで引き止められ、病院までの七〇〇神を歩かされて、路上で出産した妊婦がどれだけいるか。
 病院内では、医師たちが米兵の妨害と屈辱的行為に苦しめられていた。アンマール医師も例外ではない。
 「病院は一年半近く、米軍の狙撃基地になっていました。あるとき私は病院内で米軍に拘束されました。米兵は私を窓際に立たせ、私の肩にマシンガンをのせ て狙撃したのです。かと思うと、外から病室の窓に向かって発砲してくることもありました。患者を搬入するときは、白衣を白旗代わりに振り回していました」
 手術中に米兵がいきなり押し入ってきたことも。アンマール医師が注意すると、米兵は「ここは俺の病院だ。どこに行こうと俺の勝手だ」と怒鳴ったそうだ。

1つ残った血圧計も壊れて

genki222_01_04
「出産が1日に40~50件、うち先天性異常が2~3件」というアンマール医師の話に、驚きの声が(川崎協同病院での報告会で)

 病院から占領軍の姿が消え、状況としてはマシになったが、病院は機能不全に陥ったままだ。そんななかで医師たちは奮闘している。分娩室を担当するシェイマ医師は、病院の荒廃ぶりを嘆く。
 「病院の屋上や裏庭には、今でも米軍が病院を占領したときに捨てた医療機器などが山積みされ、多くの書類が焼失しました。三〇〇床規模の病院ですが、 残ったベッドは半分以下、血圧計は一つだけ。その血圧計も壊れてしまいました」
 来日前、彼らに日本での見学で何を期待するか聞いてみたが、どうも答えにくい質問だったようだ。日本の医療レベルが高いと漠然とは知っていても、具体的には想像できなかったのかもしれない。
 事前に川崎協同病院の写真をいくつか見せたが、まず分娩室の天井が青空模様の壁紙であることに驚嘆していた。「出産の苦しみを和らげるためでしょう」と いうと、「そんな発想は初めてだ!」とアンマール医師は叫んでいた。

病床の白いシーツにも驚き

 無事に日本到着後、施設見学をすることになり、私も立ち会った。分娩室見学では、「青空」を見上げてはしゃぎ、小児用の聴診器や黄疸チェッカーなどを見てうらやましがっていた。ずっとカタログを見て、欲しかったのだそうだ。
 ベッドにシーツが敷かれているなんて私たちには当たり前だが、ラマディが最も酷い状況だった二〇〇六年に、医師として現場に入った彼らにとって、シーツさえ物珍しいものになっている。シェイマ医師が現場の困窮ぶりを説明する。
 「現存する医療機器もほとんど壊れていて使い物にならないのです。使い捨てのチューブは、少なくとも一週間使うのは当たり前。滅菌や消毒器も壊れているので、水洗いだけですませます」

衝撃的な数字と汚染の関係は

 見学五日目。病院職員や学生ボランティアを対象に、ラマディ母子病院に関する報告会を開いた。二人の話は衝撃的な数字のオンパレードで、驚きの声があがった。日本ではありえない数字だ。
 一日の出産が四〇~五〇件。これは、川崎協同病院の一カ月分以上にあたる。うち帝王切開は二〇件。四台ある分娩台は常にフル回転。病室のベッドで出産する場合もある。そして毎日、二~三人の先天性異常児が生まれるという。
 新生児の七割が病棟に入院する。その他、外来から毎日三〇~四〇人が救急室に搬送され、救急室では月に五五~八〇人が死亡。出生から七日以内の死亡が、病棟、救急室、新生児室を合わせて一六〇~二四〇件と、尋常ではない数字だ。
 これには、医療設備の崩壊、感染症などさまざまな理由が考えられる。しかし米軍が使用している劣化ウラン弾やその他得体の知れない兵器の影響を、疑いたくなるのは私だけではないだろう。
 すでに、イラク環境省が全国五〇〇カ所でおこなった劣化ウランと毒素による汚染調査の報告書の中でも、ラマディは“ハイリスク地域”として指定された四 二地域の一つにあげられている(一月二二日付「英ガーディアン紙」)。ラマディで起きていることを知らせるためにも、さらに詳細なデータ収集が必要だ。

設備なく症状と診察だけで

 指導担当の佐々木秀樹医師(小児科)は、アンマール医師の理解力が高いと評価する。また、十分な設備のない状況で医療をしてきたアンマール医師と接するなかで、新たな発見もあったようだ。
 「検査に頼らずに、症状と診察所見だけから診断していく医療スタンスに注目です」とのこと。そのすべてが適切とはいえない部分があるにしても、この医療スタンスは、検査頼みの最近の日本の若手医師が忘れがちなことだという。
 佐々木医師の引率で訪れた神奈川県立子ども医療センターのNICU(新生児集中治療室)の見学には、二人ともずいぶん感激したようだ。先端医療を目の当 たりにして興奮したようすが電話口から伝わってきた。新生児の心臓外科手術も見てみたいと、具体的な要望も出てきた。

すぐに現地で活かせることも

 シェイマ医師は、超音波検査が気に入ったようだ。イラクにある旧式のものとはまるで別物だったらしい。使い方も理解したが、残念ながら今のイラクでは手 に入らない。そのほか新薬、血液分析などの技術、手術方法なども大いに刺激になっているようだが、これらがすぐに現地で活かせるかといえばそうではない。
 ほかに彼らが注目していることは、徹底した感染予防、カルテの管理、医師と看護師のコミュニケーションだそうである。こういうことなら、現地ですぐにフィードバックできそうだ。
 最後に日本のみなさまにお願いです。彼らを応援してください。どんな困難なときにもそこに留まって命を救おうと懸命だった彼らを褒めてあげてください!

パレスチナ・イラク・アフガニスタン難民「人道・医療支援」募金を実施中。郵便振替口座:00110-5-19927、口座名義:全日本民主医療機関連合会

いつでも元気 2010.4 No.222

リング1この記事を見た人はこんな記事も見ています。


お役立コンテンツ

▲ページTOPへ