いつでも元気

2010年4月1日

特集1 中小病院だってがんばってる 医師研修制度「見直し」に異議あり

 二〇〇四年に始まった医師の臨床研修制度。専門だけでなく、幅広い診療能力を養うことが目的。すべての医師が免許取得後、大学病院か厚生労働省認可の臨床研修病院で、二年間研修(初期研修)するよう義務づけられました。
 ところが〇九年、国は制度を「見直し」、「基幹型」臨床研修病院(注)から「新入院・年間三〇〇〇人」未満の中小病院をはずしました。“医師不足・医療 崩壊への対応”などがその理由。必修科目も七科目から三科目に削減され、小児科や産婦人科などもはずされました。
 これで日本の医療が守れるのか。全日本民医連は「中小病院でこそできるよい研修がある」と声をあげています。

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週1回の研修医カンファレンス。3年目となった德重さんら後期研修医(手前の2人)の提案で始まった。「こんなに研修医の声を聞くところはない、と他の病院の研修医に驚かれる」と德重さん。右端が高田さん

 宮崎市にある宮崎生協病院も基幹型臨床研修病院。研修を受けられるのは内科・小児科・外科で、他の診療科は同病院に所属しながら他の病院で研修します。
 入院ベッド数一二四、年間の新入院は約一八〇〇人。過去に研修医を受け入れた実績を考慮され研修指定を認められていますが、あくまで“激変緩和措置”。 厚生労働省医道審議会は、二〇一二年度の研修医受け入れを最後に「三〇〇〇人未満」は資格を取り消す意向です。そうなれば宮崎生協病院は、独自に研修医を 募集できない「協力型」臨床研修指定病院への変更などを迫られます。
 同様の「三〇〇〇人未満」の基幹型臨床研修病院は、全国に九二(一〇年度)。そのうち約三分の一が民医連の病院です。民医連の基幹型臨床研修病院は現 在、全部で五七のため、「見直し」が機械的に実施されれば、民医連の基幹型臨床研修病院は半数以上が研修医を迎えられなくなります。
 宮崎県内は大学病院と基幹型臨床研修病院をあわせ、わずか六病院。これを減らすことがなぜ医療崩壊の対応策なのか。

中小病院だからこそ

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宮崎生協病院

 宮崎生協病院で初期研修を終えた三年目医師、德重枝里子さん(27)は「中小規模の病院だからこそ患者さんをトータルに診る研修ができる」と強調します。
 同病院の初期研修医は、入院で診た患者さんを外来や往診でも診療。退院後は再入院しないよう考えるなど、入院時とは違った視点から診るねらいです。
 同病院の研修委員長・高田慎吾医師は、「初期研修では、患者さんに密着した研修、全身を診る研修を心がけている」と。
 「毎日診察します。最初は一日一人から。『前日、異常がなかったところはもう診ない』のではなく、もう一度全身を診る。患者さんが訴えていないところも問診し、診察するよう指導しています」
 大病院では外来研修がないところが多く、「専門の科が細かく分かれているところが多い」と 重さん。「大病院ほど、その科のことしか学ばない傾向が強 い。たとえば消化器科の研修中は、消化器科のことだけ。これでは『自分の専門以外は診ない』医師が育ってしまうのでは」

研修医を病院全体で

 宮崎生協病院の研修を通して德重さんは、「研修医を病院全体で育てる姿勢」も肌で感じています。同病院は研修委員会を設け、月一回、研修医が経験してい ない病名などを点検します。德重さんがやけどを診ていないとわかったときも、医師全員で「やけどの患者さんがいたら德重先生を呼ぼう」と意思統一。「それ で、やけどの診療を経験できたんです」
 「大きくない病院だからこそお互いの部署の顔が見え、研修医を育てようとみんなが意識してくれるのでは。研修医がいま、何を学びたいかも知っていてくれ る。指導医以外の先生も、科に関係なく研修医に意見をくれます。私たちも遠慮せずに質問しています。もう少し遠慮しろよっていうくらい」
 こういって笑う德重さん。「厚労省が初期研修で経験すべきだと決めている病気は網羅できました。あとは経験を積み重ねるだけ」と胸を張ります。「新入院が三〇〇〇人以上ないと指定を取り消すなんて、何でそんなことするの? それが正直な気持ちです」
 高田さんも「初期研修は病院の規模とは関係ない。大事なのは所見から診断し、治療方針を判断する力」といいきります。
 「画像検査をし、悪いところを見つける医療ばかりの研修では、器械がなければその医師は医療ができない。患者さんの話を聞き、考えられる病名を挙げ、診 断を絞りこむ。わからないときはどこまでわかったか専門医療機関に伝え、患者さんを紹介できる。そうした力の養成が初期研修に求められていると思います」

本音は大学への医師集中

 「見直し」の背景には何が。全日本民医連の遠藤隆事務局次長は「一部の大学関係者、政治家の意向が働いている」と。
 「国立大学の独立行政法人化(〇三年)以降、私立をふくめて大学・大学病院に対する国の交付金は削減され続けています。教育費も医療費も削減する政策の もとで、大学も教育・研究・診療という役割の維持が困難になっているという声が大学関係者からも強くあがっています」
 それならば教育費や医療費の削減政策をあらためるべき。日本の医師数はOECD(経済協力開発機構)加盟国平均の三分の二。高等教育予算も同じく平均の 半分(国内総生産比)。しかし一部大学関係者の「医師を大学に集中させたい」思惑が優先され、研修制度や研修医の質の評価はされないまま、臨床研修病院の 基準が変えられました。
 大学の医師引き上げで、閉鎖や診療科縮小に追い込まれる病院が拡大。その原因を「臨床研修制度で学生が研修先を自由に選ぶようになり、大学の外に出て行ったから」という主張も喧伝されました。
 研修の必修科目も、七科目(内科、外科、救急・麻酔、小児科、産婦人科、精神科、地域保健・医療)だったものが、三科目(内科、救急、地域医療)に。 「早く専門研修をさせたい一部大学側と『(研修期間の)二年を一年にすれば八〇〇〇人の医師が増え、即効性があるのでは』(〇八年一〇月、当時の舛添厚労 相)とした政治家の思惑が一致した結果ともいえる」と遠藤さん。
 この四月からの研修で「三科目のみ必修」を選んだ研修医は、全体の五〇%超。これでは専門しか診られない医師が増え、かえって医療崩壊は加速しかねません。

反対の声は審議会にも

 「『見直し』はおかしい」。全日本民医連は〇九年三月、厚労省交渉を実施、一九人の医師たちが駆けつけました。同年三月~四月には厚労省が公募したパブリックコメント(意見)を全国から送るようとりくみました。宮崎医療生協理事、木津節子さん(67)もその一人です。
 「研修医が生協病院で育つのを見て、うれしく思っています。保健学校にも講師で来てもらって仲良くなって、生協病院の先生よ、と自信をもっていえる。こ んな先生にやさしく見守ってもらい、最期を看取ってもらえたらいいねと組合員同士で話していたんです。そこに『見直し』が出た。私たちは『おらが町』で 育った医師に生命を預けたいのです」
 各県でも動きが。愛媛生協病院は済生会松山病院など八病院長と愛媛大学医学部研修センター長の連名で「見直し」反対の要請書を県に提出。和歌山生協病院も地元の国会議員(民主党)にはたらきかけ、ことし二月、同議員が病院を視察。
 前述の医道審議会でも二月三日、「三〇〇〇人以上でなければ研修病院として適切ではないという議論の根拠は? 検証すべきだ」「私のところにも反対の意 見が届いている」との発言が続出。二月一七日、同審議会は二〇一二年度で蕫激変緩和措置﨟を打ち切るとしたものの、「見直し」反対の声は確実に国へ届いて います。

これからも声をあげて

 医師不足解決には、医師数を増やすことこそ必要です。民医連もとりくんだ、医師増員を求める「医師・医学生署名」が昨年一二月、参議院で採択されました。
 この署名にとりくんだ宮崎大学医学部学生会(自治会)の黒木史仁会長(四年生)も「日本の医師がOECD平均に満たないことも知らない学生が多かった」といいます。「制度『見直し』は、研修医の満足度もふまえて慎重に検討してほしい」
 全日本民医連理事でドクターウエーブ事務局長の増田剛医師(埼玉協同病院副院長)は「医師研修は国民のためにある。臨床研修制度が幅広い力を身につける ことを目的に始まったのもこのため。地域に密着した民医連の中小病院でこそ、そうした研修が立派にできる」と力を込めます。
 「民医連は医療を受ける側とともに医療をつくり、医師を育てようととりくんできた。医師だけが医師を育てるわけじゃない。患者さん、共同組織のみなさん といっしょに育つのです。地域医療をささえ、患者さんが気軽にかかれる中小病院だからこそできる研修があります。これからも民医連は声をあげていきたい」
文・多田重正/写真・五味明憲

いつでも元気 2010.4 No.222

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