いつでも元気

2010年5月1日

特集1 新綱領手に憲法輝く福祉国家へ 2010.2.25~27  全日本民医連第39回定期総会開く

総会のポイントは 新会長に聞く

 「今、変革の時代!」「憲法九条・二五条が輝く新しい福祉国家めざし奮闘しよう!」とのスローガンを掲げた、全日本民医連第三九回定期総会が二月二五~二七日、京都市で開かれました。
 全国の民医連から代議員六一一人が出席。共同組織活動交流全国連絡会の委員も二五人が参加。全体会と分散会がおこなわれ、のべ九二六人が発言しました。
 今総会では、民医連綱領を四九年ぶりに改定。「運動のなかで大きな役割を果たしている介護分野にも光を」などの意見を受け、一部修正の上、圧倒的多数で新しい綱領を採択しました。
 総会で打ち出されたことは何か。総会で選ばれた藤末衛新会長(51、兵庫・神戸健康共和会理事長、医師)に、代議員として参加した宗吉隆志さん(29、神奈川・せいきょうあつぎ診療所、事務)が聞きました。

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聞き手 宗吉隆志さん 藤末 衛 会長

 

「構造改革」の10年と民医連

総会スローガン

★今、変革の時代! 大同団結で、「構造改革」路線を転換させ、憲法9条・25条が輝く新しい福祉国家をめざし奮闘しよう!
★貧困と格差に立ち向かい、権利としての社会保障の実現、医療・介護の実践と医師養成の成功を一体のものとして民医連の真価を発揮しよう!
★明日の時代を創る新しい民医連綱領のもと、団結をかため、新たな展望をつくりだそう!

宗吉 活気にみちた総会でしたね。
藤末 そうですね。今総会の特徴のひとつは、最近一〇年間の社会情勢と民医連の歩みをふりかえり、自分たちがはたしてきた役割を確信にしたことです。
 この一〇年、「構造改革」のもとで社会保障が削られ、医療や福祉までもうけの対象にする政治に国民は苦しみました。ここ数年は医療崩壊、介護崩壊が広が り、国民の安心・安全が脅かされるとんでもない事態がすすみました。
 しかし民医連も黙っていたわけではありません。医療崩壊を打開しようと、各地で自治体病院や医師会、大学関係者、医学生、開業医など、これまでにないは ば広い人々と手をつなぎ、とりくんできました。後期高齢者医療制度でも廃止を求めて共同組織はもちろん、老人クラブなどとも協力し、怒りの声をあげてきま した。
 こうした国民のたたかいの広がりと世論が新政権誕生の力になりました。自分たちのがんばりで、一歩ずつ社会を変えてきたことを確認した総会だといえると思います。

新綱領めぐり、熱い討論

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圧倒的多数の賛成で運動方針、綱領を採択

宗吉 新しい綱領も決まりましたね。私が生まれる二〇年前に改定された綱領を四九年ぶりに変えるということで、総会では代議員として大きな責任を感じました。
藤末 民医連で定年まで勤めても、一度経験できるかどうかの貴重な体験ですよ(笑)。
 その四九年間に、民医連も大きく変わってきました。民医連は医療から始まりましたが、最近では介護や福祉分野にも事業を広げて発展しています。
 患者さんと医療従事者の関係も変わっています。がんも告知し、患者も家族も納得の上でおこなう医療が当たり前になりました。
 こうした変化をふまえて、いまの若い世代が今後も民医連に確信を持ってがんばっていける綱領にしようと、総会では積極的で熱い討論がおこなわれました。
宗吉 全国の代議員が、綱領の一言一句に思いを込めて議論していたのが印象的でした。
藤末 とくに「介護現場で働く人たちに光を当てるためにも『介護』という言葉を綱領に入れてほしい」という意見が多く出されました。私はこの自覚がすごく嬉しかったのです。
 全日本民医連理事会は、綱領改定案で「福祉」と記した部分に関し、「介護は福祉という言葉のなかに含まれている」と説明し、介護という言葉を入れていま せんでした。しかし「私たちの羅針盤になる綱領に『介護』という言葉を入れることで力が出る」と多くの代議員がいってくれました。綱領は正確なだけでな く、職員の情熱を引き出すものでなければいけないことが示されたと思います。

変革の時代! 新たな展望つくり出そう

権利としての社会保障とは

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ネットカフェの集まる東京・蒲田駅前で大田病院の青年医師たちが健康相談(09年12月)

宗吉 総会では、「権利としての社会保障の実現」を掲げましたが。
藤末 この言葉には、二つの意味を込めています。
 一つめは権利ですから、すべての国民にあたえられたもので、国が責任を持って守らなければならないものだということです。侵害された場合は裁判など法的な手続きによって回復されるということです。
 二つめは、残念ながらいまの日本社会では、黙っていては権利は守られません。「社会保障を守るためには、たたかわなければいけない」という意味を込めています。
 国が自己責任論を流布し、「貧しいのは個人が悪い」という気持ちが国民の中に沈殿しています。「自分が悪い」と思っていれば、その人は社会保障の受給や改善を主張できません。
 病気や失業のときは、社会や政治が責任を持つべきです。労働者の賃金切り下げや首切りがまかり通る。社会保障も切り捨てられています。個人の努力で解決 できない社会構造を問題として、社会保障は誰の持つ権利なのかをはっきりさせ、日本社会と政治に浸透させる必要があります。憲法二五条に健康で文化的な生 活を営む権利が記されているのですから。

政治の根幹に国家ビジョンを

宗吉 運動方針で「福祉国家」をめざすとした点にも通じますね。
藤末 いま新政権は国民生活にかかわる問題や、普天間基地の問題などで揺れに揺れています。そして財源確保だといって、消費税を上げる議論を一気に始めています。一方で、医療費の国の負担は引き上げない。明らかに公約違反ですよね。
 なぜこうなるのか。政策の根っこに、どのような国をつくるのかという基本的な理念がないからです。
 これからも好況・不況の波はあるでしょう。大規模な自然災害が起こるかもしれません。こうした困難に直面したとき、誰を真っ先に守る国家をめざすのかはっきりしていないと、すぐに政策があっちにいったり、こっちにいったりする。これがいまの新政権だと思います。
 だから私たちは国のビジョンとして、真に人権が保障される国家=福祉国家(福祉最優先の財政)をめざすことを国づくりの根幹にすえようと提起したのです。
 いま、全国で自主上映されている「いのちの山河 日本の青空II」という映画があります。いまから五〇年前に六〇歳以上の医療費を無料にした、岩手県沢 内村が舞台です。村長は「お金がないから、収入を確保してから健康を守る」のではなく、健康づくりがいちばんだとはっきりさせた。老人医療費の無料化を実 現し、国に「それは国民健康保険法違反だ」といわれても、「憲法には違反していない」と貫きました。このような、何をいちばん大事にするのかというビジョ ンが国に必要です。

健康権は国際標準

宗吉 「健康権」も新鮮でした。
藤末 運動方針に掲げた健康権というのは、医療を受ける権利もふくみますが、健康に生きる権利ですから、より積極的です。憲法二五条に記されていることです。
 世界に目を向けると、健康権は国際人権規約に明記されています。そもそも世界保健機構(WHO)は、すべての世界の人々が健康に生きていく権利を持って いるという精神から生まれました。国際人権規約では、すべての人がその人が到達できる最高の健康の状態を享受できる権利を持っているとうたっています。つ まり健康権は、国際標準なのです。
 しかし日本では健康権という考え方は根付いていない。すすんだ国では、「貧困率を何%以下にする」など、具体的な指標を掲げています。日本では憲法に書 いてあるのに、実践するための法律が整備されていない。教育基本法はありますが社会保障基本法や医療基本法はない。こうした点も問題にする必要があると考 えたのです。

次世代の幹部養成が急務

宗吉 次世代の幹部養成にも討論が集中しましたね。
藤末 団塊の世代が定年を迎え、大量に退職しています。次の世代の幹部が必要ですが、足りないのが現状です。
 民医連ができたばかりのころは医師、看護師、事務、全員が二〇代で診療所を開くことが珍しくありませんでした。
宗吉 それはすごいですね。
藤末 当時は上の世代がいませんから(笑)、自分で先頭に立つしかなかった。
 しかしいまは、すべての世代に職員がいますから、上の世代についていけばなんとなくやっていけるという風潮がどうしても生まれる。ですから幹部は自然に生まれない。特別のとりくみが必要と考えています。
 全日本民医連は、全国の力で次世代を育てていくとりくみを提起しています。とくに事務幹部が不足しているため、事務幹部養成学校という連続講座を開催しています。宗吉さんもぜひ挑戦してください。

新綱領、多くの人に伝えて

宗吉 熱心な討議で新綱領が決まり、新しいスタートを切れた感じがしました。最後に、読者のみなさんにメッセージを。
藤末 民医連の羅針盤ですからね。この新綱領を、多くの方に伝えたい。そして実践につなげたいと思います。
  いま、地域で医療崩壊・介護崩壊が問題になっていますが、どのような地域をつくるのか、地域からどんどん発言していくことが大事です。行政や一部の人たちだけが考える地域づくりは、結局失敗する可能性がある。
  新綱領では共同組織を明記し、安心して住み続けられるまちづくりをともにすすめようと掲げました。新綱領を伝え、この『いつでも元気』を大いに広げ、仲間を増やし、まちづくりをともに考え、発信してほしいですね。
宗吉 若い人たちも昨年の総選挙で、自分たちの生活に関わることも、投票で変えられると実感したと思います。
  ことし七月の参議院選挙でも多くの国民が「政治を変えるのは自分たち」だと自覚をもって投票すれば、社会は少しずつ変わるのでは。変化を逆戻りさせるわけにはいきませんね。

写真・豆塚 猛

【総会発言から】

全国で広がる共同

富山の山本美和代議員は、県内の全医師に呼びかけた医師増員を求める「医師・医学生署名」のとりくみについて報告。県医師会長、富山大学医学部長などが署名の呼びかけ人になるなど共同の輪が広がり、全医師の約30%にあたる800筆余りが集まったと話しました。

茨城の中山弘子代議員は、県看 護協会などといっしょにとりくんだ「看護のよろこびと医療の未来を考えるフォーラム」(2009年10月)について報告。講演に加え、看護のよろこびや感 動した体験を語り合い、共感の笑いや涙を誘った集会のようすを語りました。来年以降も続けて開催し、看護師が交流する場をつくろうと計画中です。

北海道の堀口信代議員は、道立 江差病院の民営化計画が浮上したことをきっかけに、民営化反対の地域医療を守るとりくみが広がった経験を紹介しました。地元の友の会が呼びかけて開いた集 会(2008年5月)には、住民の6%にもあたる550人が参加。会場最前列に並んだ道庁幹部に、江差病院長が現場の状況を生々しく訴えたことを語りまし た。

 

【総会発言から】

人権のアンテナを高く

岐阜の土井正則代議員は、 2009年6月から岐阜勤労者医療協会の1病院3診療所で開始した、無料・低額診療事業について報告。深刻化する利用者の状況を紹介し、「最近は県庁や市 役所からの紹介が増えている」と。事業をきっかけに、 最後のよりどころ″としての評判が地域で高まり、患者増、診療所の経営改善にもつながっていると語 りました。

酷寒の1月、JR苫小牧駅 構内で倒れた青年(25歳)の事例を紹介した村口一耕代議員(北海道)。青年は愛知の建設現場で仕事がなくなり、知人を頼って苫小牧市へ。食費を切りつめ て体重が15キロ減り、相談に立ち寄った警察では「君の来るようなところでない」と一蹴されたといいます。苫小牧病院は、無料・低額診療事業を使って青年 を治療し、いのちを救いました。同病院は校長会や町内会の役員会などにも出席、同事業を知らせています。

福岡の緒方弘征代議員は、 全日本民医連ソーシャルワーカー(SW)、部会が実施した「生活保護受給者老齢加算廃止後の生活実態調査」を活用したとりくみを報告。生存権裁判でも証拠 として提出、新潟地裁の証人尋問では大阪・耳原総合病院のSW庄司美沙さんが、憲法25条の精神を守りぬく立場から堂々と証言しました。全国の民医連SW から「民医連だからこそできたこと。勇気がわいた」などの声が寄せられたことが紹介されました。

 

【総会発言から】

次世代にバトンをつなぐ

和歌山の久保田泰造代議員は、医学生確保のとりくみを報告。へき地の保健師訪問や、“自殺の名所”白浜三段壁で活動する「白浜レスキューネットワーク」へのフィールド・ワークなど、「貧困と格差」の実態にせまる企画が医学生をひきつけていることを紹介しました。

東京の櫛田葉子代議員は、 都内の“看護師争奪戦”を報告。都内で実質7500人もの看護師が不足しており、都立看護学校の定員を6割も減らした石原知事の責任を問いました。東京民 医連の看護奨学生合宿の実施、奨学金の増額、助産師・保健師研修コースの開講など、多彩な看護師確保のとりくみを報告しました。

兵庫の瀬井宏幸代議員は、事務管理者育成のとりくみを報告。「事務長育成塾」と題して、月2回ずつ半年間のカリキュラムで、先輩職員や組合員が講師に。実践のなかから自信も生まれ、修了者の自覚や決意を引き出し、診療所事務長が誕生した経験を述べました。


49年ぶりの綱領改定

11箇所の修正後、採択

 二年前の第三八回定期総会(08年2月)でしめされた民医連綱領の改定草案。民医連との出会い や自分史を語る「私と民医連」や「綱領を語るつどい」などが全国でおこなわれ、討議を重ね、総会当日を迎えました。総会当日も熱心な討論が続き、「『医療 実践をおこない』というのは言葉が重なっている」「『医療機関、施設、行政などとの協力』というが、施設とは何の施設? 行政はどんな行政でも協力するの か」などの意見が。
 とくに議論が集中したのが「共同のいとなみとしての医療と福祉をすすめ…」「医療・福祉従事者の生活と権利の向上をめざします」など、「福祉」という言 葉。東京の菊地雅彦代議員は総会一日目の全体会で、「民医連の中で比重が大きくなってきた介護の職員を力づけるためにも、『介護』の文言を明記すべき」と 発言。これを受け、翌日の分散会でも「介護職員はたいへんななかでがんばっている。光を当ててほしい」などの発言があいつぎました。一方で「このままでよ いのでは」との発言もあり、意見は分かれました。
 これらを受け、全日本民医連理事会は総会二日目の夜遅くまで修正を協議。一一箇所の修正をおこない、最終日の三日目に再提案。修正案を受け取った代議員 に驚きと感動が広がり、圧倒的多数の賛成で新綱領が採択されました。「最終日、会場に来てみるとイスの上に、討議修正された『綱領案』がおいてあった。赤 字で『介護』の文字が飛び込んできたとき、『驚き』と『震え』が襲ってきました。日本中の現場で働いている介護の仲間に伝えたい。民医連の職員として綱領 採択に立ち会えたことを誇りに思います」などの感想が寄せられました。

民医連綱領

 私たち民医連は、無差別・平等の医療と福祉の実現をめざす組織です。
  戦後の荒廃のなか、無産者診療所の歴史を受けつぎ、医療従事者と労働者・農民・地域の人びとが、各地で「民主診療所」をつくりました。そして1953年、 「働くひとびとの医療機関」として全日本民主医療機関連合会を結成しました。
  私たちは、いのちの平等を掲げ、地域住民の切実な要求に応える医療を実践し、介護と福祉の事業へ活動を広げてきました。患者の立場に立った親切でよい医療 をすすめ、生活と労働から疾病をとらえ、いのちや健康にかかわるその時代の社会問題にとりくんできました。また、共同組織と共に生活向上と社会保障の拡 充、平和と民主主義の実現のために運動してきました。
  私たちは、営利を目的とせず、事業所の集団所有を確立し、民主的運営をめざして活動しています。
  日本国憲法は、国民主権と平和的生存権を謳い、基本的人権を人類の多年にわたる自由獲得の成果であり永久に侵すことのできない普遍的権利と定めています。
  私たちは、この憲法の理念を高く掲げ、これまでの歩みをさらに発展させ、すべての人が等しく尊重される社会をめざします。

一. 人権を尊重し、共同のいとなみとしての医療と介護・福祉をすすめ、人びとのいのちと健康を守ります
一. 地域・職域の人びとと共に、医療機関、福祉施設などとの連携を強め、安心して住み続けられるまちづくりをすすめます
一. 学問の自由を尊重し、学術・文化の発展に努め、地域と共に歩む人間性豊かな専門職を育成します
一. 科学的で民主的な管理と運営を貫き、事業所を守り、医療、介護・福祉従事者の生活の向上と権利の確立をめざします
一. 国と企業の責任を明確にし、権利としての社会保障の実現のためにたたかいます
一. 人類の生命と健康を破壊する一切の戦争政策に反対し、核兵器をなくし、平和と環境を守ります

 私たちは、この目標を実現するために、多くの個人・団体と手を結び、国際交流をはかり、共同組織と力をあわせて活動します。

2010年2月27日
全日本民主医療機関連合会 第39回定期総会

 いつでも元気 2010.5 No.223

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