声明・見解

2007年11月5日

「診療行為に関連した死亡の原因究明等の在り方に関する試案」に対する意見

全日本民医連第三者機関プロジェクト

 全日本民医連は、「診療行為に関連した死亡の死因究明等の在り方に関する検討会」のパブ リックコメントに対する総合的な意見を提出するとともに、並々ならぬ関心をもって「検討会」を傍聴してきました。また、三度目となる「医療事故を取り扱う 第三者機関の早期実現を求める要望書」(2007年6月)を厚生労働省に提出し、事故調査のあり方について次のように提言しました。

 「医療の安全性・質を向上し、国民の医療に対する信頼を取り戻すために、医療機関自らの努 力が必要であることはいうまでもありません。しかし、日本では、医療事故問題に対する国家レベルの対策が、立ち後れているといわざるをえません。国・行政 が責任をもって医療事故問題の解決のための施策を行なうことが求められています。とりわけ、医療事故に対する警察の介入、医療事故が業務上過失致死傷罪に 問われる今の日本の実情は、諸外国と比較しても異常な事態です。
 例えば英国圏のオーストラリア・ビクトリア州などでは、コロナー(検死官)制度のもと、司法関係者と法医・病理医が協力し、医療関連死を解剖し臨床評価 を行ない、死因を究明し再発防止に生かす仕組みが確立しています。また患者の苦情を受付け、調停を行なう仕組みも機能しています。」
 そして(1)医療機関・患者双方から相談を受け付ける相談窓口の確立(2)被害者の救済制度の創設(3)裁判外での紛争処理機関の設置(4)医療事故を 調査し公開し、原因究明・再発防止に役立てる機関の設置を(5)自立した行政処分を行う機能の確立という5つの機能について解明し、『おわりに』で次のよ うに述べています。
 「全ての機能をカバーする機関の立ち上げは相当の困難が予想されます。機能別に組織を整備し連携をはかることや、既存の組織の充実強化も含め、柔軟に検 討していくことを求めます。実効性ある『第三者機関』のためには、十分な財源を確保することが必要です。粗い試算で、数百億円の財源が必要と思われます。 そして特定の団体の影響を受けず、独立性・中立性を保つこと、患者の声を反映すること、必要な人材を確保・育成することが求められます。いま、日本におい ては医療費抑制政策の下、医師・看護師の数は絶対的に不足しています。労働強化が極限に達し、医療の現場では安全性や質が保てない状況が生まれています。 その中で医療事故問題、とりわけ警察の介入が拍車をかけ、医療従事者の士気の低下が指摘されています。医療の安全性・質を高め、国民の医療に対する信頼を とりもどしていくために、そして医療従事者が誇りをもって働いていくために、以上述べた機能をもつ「第三者機関」の実現は急務です。厚生労働省がイニシア チブを発揮し、公的医療費抑制政策を抜本的に転換し、『第三者機関』の早期実現のために力を尽くされることを要望いたします。」

 今回、厚生労働省の「診療行為に関連した死亡の死因究明等の在り方に関する試案」について のパブリックコメント募集に対して「課題と検討の方向性」に対する全日本民医連の意見ならびに2007年6月の全日本民医連の厚生労働省への要望書に基づ いて、あらためて以下意見を表明します。

1.「はじめに」について
 1)前回、「安全・安心の医療は患者家族と医療従事者の共通の願いであり、国民的な要求である。」そして、医療事故の調査・原因究明、事故の再発防止の ために「国や自治体が責任を持つ公正中立な第三者機関が求められている。」と訴えました。基本的にこれらの視点が取り入れられたと考えています。しかし、 「医療費抑制政策下の医師不足と医療従事者の過重労働で患者の安全が脅かされている。」という視点については不十分です。「医療従事者が萎縮することなく 医療を行える環境」とは、医療費抑制政策と決別し、医師を増やし、過重労働をなくすことが出発点であること、診療関連死は、医療事故調査委員会において優 先的に死因究明等の調査をおこない、警察による犯罪捜査と切り離すことが必要であることを強調しておきたいと思います。
 また、予期しない死亡が発生した場合の遺族の願いは、まず何より「なぜ死亡したのか原因を知りたい」ということにあります。それは「基礎」というより、 全ての「出発点」となるものです。したがって、遺族の願いは「原因究明(真相究明)、反省・謝罪、・・・」と記述とするのが適切だと思います。さらに「責 任の追及」という表現も、ことさら遺族と医療機関の対立を描き出す表現であり、「責任を明らかにする」などの表現とすることが望ましいと考えます。
 2)前回、診療関連死の死因究明等の在り方を検討する際、中長期の総合的な施策の中に位置づけて制度設計を行うことの重要性を強調しました。
 諸外国との比較でみても、日本は国としての対応の遅れ、不十分さがあり、そのことが今日の事態をより深刻にしている最大の要因です。設置される機関は、 先進的な諸外国に学び、予算や人の配置を十分に行ない、国や自治体が責任をもつ組織とすることが必要です。前回、オーストラリアの調査から、必要な予算の 概算を提案しましたが、報道されている厚労省の試算(年間60億円)ではとても足りません。さらに今回の制度を設計する上で考慮すべき3つの問題点を指摘 しておきます。
 (1)第三者機関について:診療関連死の死因究明を行う 組織は医療事故を取り扱う第三者機関の一部分であるという点です。公正中立な第三者機関の確立のためには、ほかに被害者の救済制度の創設、裁判外での紛争 処理機関の設置、自立した行政処分を行う機能の確立が必要です。全日本民医連の「医療事故を取り扱う第三者機関の早期実現を求める要望書」(2007年6 月)を参考にしていただければと思います。
 (2)死因究明制度について:診療関連死の死因究明は日 本における死因究明制度の一部分であるという点です。犯罪性の有無のみに焦点を当てる現在の死因究明制度から国民が安全で安心して生活し働けるようにする 死因究明制度への抜本的な改革が求められています。少なくとも、英国圏(イギリスやオーストラリア・ビクトリア州など)並みの死因究明制度への転換が求め られます。全日本民医連が編集した「医療関連死を科学する」(かもがわ出版)を参考にしていただければと思います。また今後、日本における死因究明制度が 司法解剖・行政解剖・承諾解剖・診療関連死の解剖などと複雑となり混乱しないように、英国圏のコロナー解剖に学び、法医解剖として統一するなど全体の制度 設計のなかに位置づけて、死因究明制度そのものを統一的に前進させることが重要であると考えます。
 (3)事故調査体制のあり方について:最近、那覇空港に おける中華航空機炎上事故、JCOウラン加工工場臨界事故、JR西日本福知山線脱線事故、パロマガス湯沸かし器による死亡事故など国民を不安に陥れる事故 が多発し、鉄道航空事故調査委員会などによる事故調査のあり方が注目されています。診療関連死等の死因究明の調査の制度設計をする際に重要なことは、これ が日本における事故調査の一部分であり、事故調査体制のあり方などに関する一定の国家的なコンセンサスを求める議論のもとに行う必要があることです。日本 学術会議は平成17年に「事故調査体制のあり方に関する提言」を行っています。どのような診療関連死の死因究明調査体制が国民の命と健康を安全に導くのか について「医療に関わるすべての人の」国民的な合意を作り上げることが必要です。

2.診療関連死の死因究明を行う組織について
 (1)組織のあり方について
 試案では、いわゆる8条機関として厚生労働省内に設置する組織が提案されています。私たちは、国が責任を持つ、例えば航空鉄道事故調査委員会などと同等 の組織を求めてきました。より強い権限と独立性を有する3条機関(食品安全委員会、中央労働委員会など内閣府のもとにおく)を求める意見もあると思いま す。重要なことは、必要な予算と人材を配置し独立性と中立性・透明性を保つ組織として出発することであると考えます。
 (2)委員会の構成について
 再発防止に生かすという目的から事故調査の専門的知識、経験を有する者を加えるべきと考えます。「遺族の立場を代表する者」について、一般的な市民的立 場の者を指しているとすれば意味がないと思います。検討会では「調査のプロセスの中で遺族とのコミュニケーションを取りながら進めていくことが必要なので はないか」という意見が大勢であったと受け止めています。メディエーター的な役割を果たせる者を調査の手続き・プロセスの中に位置づけることの方が有益 で、調査委員会のチーム構成の中に「遺族の立場を代表する者」を位置づける必要はないと考えます。

3.診療関連死の届出制度の在り方について
 1)「届出を怠った場合には何らかのペナルティを科すことができることとする」とありますが、罰則を設ければ届け出が進むと考えるのはあまりにも安易で あり適切ではありません。先に述べたとおり、死因究明の制度そのものは、被害者の救済制度の創設や裁判外での紛争処理機関の設置、自立した行政処分を行う 機能の確立など医療事故を取り扱う第三者機関の制度が総合的に整えられてこそ、本来の目的に沿った運営ができるものですし、また、届け出の基準を明確化し たとしても、医療の特殊性からみて判断に迷う事例がなくなるとは考えにくいからです。その点から考えれば、実際に制度の運用をすすめながら、国民や医療従 事者の制度に対する信頼を高めていくことにこそ全力を注ぐべきであって、医療機関に対してのみ「ペナルティ」を与えるようなやり方はやめるべきです。「届 け出の促進」という点では、届け出を義務化することである程度の強制力は発生するのであり、現状行われている「医療監視」などの場を利用してチェックを強 化していけばよいと考えます。
 (4)で「・・・届出を受理し、必要な場合には警察に通報する(・・・・・警察に対して速やかに連絡される仕組みとする)」と述べられています。本制度 に基づく届出と医師法21条に基づく届出の在り方について整理するとも述べられていますが、(4)の記述では、モデル事業と同様に届出と調査の開始が警察 への通報が前提になる印象を受けます。これでは本制度は成功しません。届出以前、または調査の過程で明らかに犯罪と認定される場合は、当然警察への捜査に 委ねられますので調査委員会への届出の時点での「警察への通報」は不要です。また、本制度に基づく届出がされた場合、医師法21条に基づく届出は不要であ ることを明記すべきです。
 もし、届出を受理した時点で「必要な場合は警察に通報する」ことに固執するとすれば、この「必要な場合」がどのようなものを指すのか、明確にして改めて 議論すべきです。届出事案を過去に警察が立件したものと同等に考えるのは誤りであります。また、明らかな過誤事例であっても、大半はシステムエラーに起因 するものであり、診療関連死で本来刑事責任を問われなければならないようなケースはごくまれであると考えます(参考:「病院」6月号神谷恵子氏の論文)。 医療事故の対応で必要なことは誠実な説明と謝罪、原因究明、再発防止であり、届出を業務上過失致死傷の捜査の端緒として警察が介入することに反対します。 警察の介入は極力謙抑的であるべきです。尚、その旨を医師法21条の運用にあたって明記すべきです。

4.委員会の調査のあり方について
 調査の手順で、解剖の前に全例全身CTの撮影が必要です。CTでは空気塞栓症や通常解剖されない部位の異常の発見などに威力を発揮します。マルチスライ スで最低16列、できれば64列CTで全身のスキャンをしておくことを求めます。

5.院内事故調査委員会
 院内事故調査委員会の調査・評価はきわめて重要です。外部委員を加えることは、事故調査に公正さと中立性を与えるものです。しかし、現実には、多くの医 療機関が外部委員の選任に苦労しています。特に地方では大変です。委員会の地方ブロック分科会または、必要な組織が外部委員の斡旋ないし紹介をおこない、 院内事故調査委員会の充実を図れるように積極的な援助が必要です。外部委員として事故調査に参加する事故調査専門家の養成も必要です

7.行政処分、民事紛争および刑事手続きとの関係
 事故・ミスは個人の過失というよりもシステムエラーのひとつの現れであり、同じような事故は必ずまた起こりえます。再発防止のためには「死因(原因)の 究明」を優先すべきであって、「過失」の有無の判断(過誤の認定)を調査目的に入れるべきではありません。過失の有無の判断を調査目的に入れると、むしろ 再発防止の取り組みを阻害する危険性の方が大きく、結果として制度そのものがうまく機能しなくなります。
 調査報告書の使用制限を明確にすべきです。調査報告書にもとづいて法的責任を問うことは「百害あって一利なし」であり、死因究明・再発防止の制度そのも のが成り立たなくなることを、英国圏など他国の経験の調査をふまえてあらためて強調しておきます。
 (1)行政処分については、医道審議会が、独立性と透明性を確保し、独自の調査システムを持つ医道審議会として再出発するなど、抜本的な見直しが必要で す。現在の案は、これまでの刑事事件判決の後追いの延長線としか考えられません。調査委員会が受け付けるのは当面死亡事例に限られます。諸外国の例に学 び、独自に医療者の「不適切な行動」を把握し、刑事・民事と切り離して再教育制度を軸にした自律した行政処分の在り方を確立する必要があります。日本で は、行政処分の仕組みが機能していないことが刑事介入を少なくすることが出来ない大きな理由の一つになっています。
 (2)裁判外紛争処理について、「民間のADR機関を活用すること」としていますが、民間任せではなく、国の責任として機構の確立、整備をはかっていくべきであり、その予算化を求めます。
 (3)刑事手続きについて、(1)調査開始に当たって、委員会が調査の優先権を有することが必要です。診療関連死と認められる場合は原則、調査委員会の 調査を優先しておこなうべきであることを規則等に明記し、警察に遺族や一般市民から通報があった場合もその旨を通報者に周知徹底すべきです。(2)個人の 責任は追及しない前提から、委員会の調査報告書は基本的に刑事手続きへの活用は不可とすることは必須です。最終調査報告書の公開のあり方にも関わると思い ます。広く一般に公開される範囲のもの(誰でも入手できるもの)は使用に制限を設けることはできないと思いますが、関係者のみ(遺族や当該病院など)に開 示される調査内容や、調査の過程で収集された情報などは、一切刑事手続きに使用してはならないと考えます。(英米圏でも、裁判に利用できるのはコロナーの 決定のみです。)

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