いつでも元気

2010年8月1日

二宮教授にきく 憲法生かす“福祉国家”の視点で政治をみると

 「強い社会保障」「強い経済」「強い財政」を打ち出した菅政権。社会保障と財政強化のために、超党派で消費税増税の検討を、と呼 びかけた。それは本当に仕方ないことなのか? 「それは間違った方向。国民が安心して暮らせる国づくりの方法はほかにある」と、神戸大学の二宮厚美教授は 指摘する。「新・福祉国家構想」の検討を、労働組合や市民団体などといっしょにスタートさせた研究者のお一人だ。新聞やテレビではなかなか聞けないお話 を。

(聞き手・木下直子記者)

――「新福祉国家構想」の研究会とは?

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二宮厚美(にのみやあつみ)さん
神戸大学大学院人間発達環境学研究科教授
著書多数『新自由主義の破局と決着―格差社会から21世紀恐慌へ』『日本経済の危機と新福祉国家への道』など。

 憲法を社会のすみずみに生かせる福祉国家のビジョンを検討する場です。
 いくつか目的はあるのですが、一つは「老いも若きも安定的な生活が送れる仕組みを、急いで考えねば」というもの。小泉内閣の聖域なき構造改革は、社会保 障制度の縮小だけでなく、不十分だった社会保障に代わり、多くの人の生活をささえてきた日本独特の仕組みまで破壊したのです。年功制賃金で生活できた企業 依存型社会は労働市場の規制緩和で非正規労働者が増えて成り立たなくなりましたし、農村部では、公共事業に依存しつつ血縁地縁の支え合いでなんとか維持し ていた生活も破壊されました。
 二つめは、新政権に対し、憲法を暮らしに生かす側の路線をはっきり示す必要性が出てきたため。構造改革の「痛み」の結果、脱構造改革を求める世論が出て きて、それを公約に反映させて民主党は政権をとりましたが、限界があるのです。
 三つめに、いま保育や障害者、医療、年金…社会保障や環境保全を求める様々な市民運動が、小泉構造改革の対角線上で一定前進している時期でもあります。 さらに進めるために、各分野の制度改革の提言などを、総合的なビジョンのもと寄せ合おうと考えました。私たち研究者のほか、社会保障問題にとりくむ市民団 体や労働組合、民医連も参加しています。

――その「福祉国家」を目指す立場から、菅内閣をどうご覧になりますか?
 国の責任を投げ出し、経済も社会保障も市場まかせ、という新自由主義的な構造改革を前面に掲げる内閣といってよいでしょう。
 鳩山氏と菅氏、個々人で大きな違いはないんですが、菅政権は小沢一郎氏を切って誕生したので、反小沢派が政権の中枢を握りました。顔ぶれは、前原誠司や 仙石由人、事業仕分けの枝野幸男など「七奉行」と呼ばれたような構造改革派です。
 ちなみに、民主党の支持率がV字型に回復したのは、「小沢切り」効果です。鳩山内閣が辞任に至ったのは、「政治とカネ」の問題も確かにありましたが、本 当の原因は昨年のマニフェストで普天間基地の解決や社会保障再建などの脱構造改革をいいながら、その路線を行き詰まらせたから。それを小沢氏が悪玉役にな り、内閣の問題を個人の罪のようにして退場し、問題を「すりかえ」たのです。マスコミも全力でそのように報道しました。

消費税と地域分権「2つのレール」

 そんな菅政権は「二本のレール」を強調しました。一本は「強い経済、強い財政、強い社会保障」 のかけ声で消費税増税。自民党も一〇%への引き上げをいい、新党の目玉商品も消費税増税。参院選を「消費税増税をいかに早くすすめるか」というレースの場 にしてしまった。マスコミも消費税増税論を応援する論調です。しかし、消費税増税では、強いどころか「弱い経済、弱い財政、弱い社会保障」になる。それは 後でお話しします。
 もう一本のレールは「地域主権国家構想」です。
 国民には、憲法で保障された生存権があり、それに基づいて国は、医療や介護、保育、教育などという分野の最低保障・ナショナルミニマムに、責任を持たね ばなりません。この地域主権国家構想は、国が責任を負う諸制度を地域単位に再編成し、自治体に責任を丸投げして、事実上無くしてしまおう、というもので す。
 そして、自治体の多くが財政難ですから、国が規制緩和で基準を無くしたり、ゆるめたりすると、最低保障として維持されていた医療や教育などのレベルが下 げられてしまう…。福祉国家を「分権」の名で解体にもっていこうとする路線です。これもひとつの構造改革の形です。これは自民党の安倍内閣時代から出てき た構想で、それを民主党は受け継いだ。
 消費税増税路線も分権化路線も、社会保障をゆがめたり、きわめて弱いものにしてしまいます。

――医療・福祉の再生を願う者には、迷惑としか思えない「目玉商品」です。民主党は急に変わったようにみえますが…。
 そうですね。しかし、かりに鳩山内閣が続いていたとしても、いずれはこういう政策が出されていたはずです。そういう性格を民主党は持っていたのです。

民主党の「上半身」と「下半身」

 〇六年四月以前の民主党は、新自由主義に立脚する岡田・前原両代表がとりしきっていました。小泉政権時代で、自民党と構造改革の推進を競う政党でした。
 ところが、小沢民主党の時期から、政権をとるために、構造改革と縁を切り、脱構造改革の方が票を集めるぞと作戦を切り替えた。国民に見える「上半身」の 部分として、後期高齢者医療制度の廃止や子ども手当など、国民から支持されるマニフェストが出されました。
 しかし、新自由主義的な性格は「下半身」に残っていました。下半身は上半身より強く、またなかなか国民には見えにくい。そしていま、鳩山内閣の時にも存 在していた新自由主義的な性格が、菅内閣で表面に躍り出た、という具合です。

民主の路線は“国民総痛み分け”これでは解決しません

消費税はなぜダメか

――構造改革派の本当の顔の方が出てきたんですね。消費税増税が当然のように言われていますが、庶民の実感では増税は無理。それを「超党派で検討」なんて。
 消費税増税の問題は大きく三つあります。まず消費税そのものが収入の低い層ほど負担が大きい「反福祉」の税金だということ。弱者を傷めつける税収で弱者を助けようというのは矛盾した話です。
 なお、救済策で「低所得層には税金を戻す」などの税額控除制度などもいわれていますが、これには要注意です。あまりにも低所得者の痛みがひどいから、少 し和らげてやる、というものですが、それにあてる税金は中間所得層から取る。全国民の痛みの緩和にはなりません。また、払い戻せるだけの税収を確保するに は、消費税率を大幅に上げないと無理。例えば税率二〇%くらいには。
 二つめは、消費税を「社会保障税」に衣替えする問題点。社会保障の財源を消費税と固く結びつけてしまうと、国民の中で「ガマン比べ」がおこってしまいま す。社会保障を多少良くしようと思ったら、高い消費税率をガマンすることになり、そのガマンが無理なら低福祉でガマンせよとなる…。「高い消費税率は反 対」という声が、社会保障の充実を押さえ込むことになる。社会保障を安定させるどころでなく、動揺しやすく、基盤も弱くしてしまうのです。
 三つめは、財政学の理論上の問題です。
 財政学には「憲法が保障する人権実現上の課題は、一般的な租税財源で保障する」という原則があります。政府は、国民の人権のために税金を調達するんで す。社会保障は、憲法の生存権を保障するための、まさに人権実現制度です。だから、目的税などという条件つきの税金をあててはいけません。
 これは、政府税調の専門家委員などでもおわかりのはずです。もし「消費税を社会保障目的税にし、将来の福祉をささえる」などと正式文書が出たら、財政学の常識に逸脱した構想だと、はっきり言えるんです。

 世論になんとなく「消費税増税しかないか」という雰囲気があるのは、メディアの影響です。朝日 新聞などは、一貫して消費税増税論。二月にも「鳩山内閣は消費税増税論議を封じこめるな」という社説が出て驚きました。多くのメディアが消費税増税をい い、世論は深い根拠もなく、その方向に動員されているわけです。

社会保障が日本の困難解決のカギ

――消費税増税は道理としてもダメだと。ですが日本が「暮らし」「財政」「経済」すべてで行き詰まっているのは構造改革推進・反対の別なく確かで…解決の糸口は?
 格差と貧困がすすむ社会は、所得や富が大企業や資産家など「上」の富裕層に集中し蓄積して、「下」では貧困が拡大してゆくしくみです。いまの日本もそう。
 そこで出番なのが社会保障です。社会保障の役割は、上にたまった富を下に流す「垂直型の再分配」です。
 これを逸脱しているのが菅政権の打ち出す消費税増税や、地域に福祉の責任をかぶせる路線。「垂直」ではなく、国民相互の「水平的な再分配」であり、「国民総痛み分け」の構造でしかない。

 日本は財政難と言われていますが、実はあり余る資金が、庶民の目の届かないところでためこまれているんです。不況期の特徴を分かりやすくいえば、「金持ち連中は、金をつかいたいが、つかいようがない」という状況です。
 いま、輸出が回復し、大企業などの企業収益は猛スピードで回復しています。しかしその企業の利潤は、儲けの見込みがないから次の投資に向かいません。
 「つかいようがなくて、ダブついているお金」、これが内部留保=企業に貯め込まれた過剰資金になります。そしてこの過剰資金が、実は国の借金の元手に なっています。四三・四兆円も借金がありながら日本の国債が売れるのは、この資金があるからなんです。

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財政問題、日本とギリシャは違う

 日本の財政難を語るときに、ギリシャの財政破綻がよく引き合いに出されますが、日本とギリシャでは事情がまったく違うんです。
 ギリシャでは国内に資金がなくて外国に借金していました。だから国の財政危機=国家破産の危機に直結し、欧州の信用不安をひきおこした。しかし日本の場 合、借金は九五%以上国内からのもので、外国からはほとんど借りていない。
 では、国内の誰が国債を持っているかというと、我々庶民ではありませんよね。銀行や法人関係の、いわゆる「機関投資家」です。不況で銀行の金利が低いの で、銀行よりマシな国債に、行き場を失った金を流し、利息を稼いでいるんです。
 そんなにダブついた資金があるなら、税金として集めて低所得者層に回せば、国内の需要も高まり、経済も内需に依拠して発展するんです。その逆をいく消費税増税などは、アホな話です。
 政府が上にたまったお金をちゃんと吸い上げるしくみをとれば、経済の回復とともに税収も好調に伸びるし、そこに依拠して社会保障も充実できるんです。こ の構造をとると、強い経済、財政、社会保障をつくることができる。これが、最初にお話しした新福祉国家構想の基本になっていくのですが。

 選挙後は「強い経済、強い財政、強い社会保障」が「消費税増税」や「地方分権化」で本当に可能か? ということが菅政権に突きつけられていくことになると思いますし、それが政権の弱点になります。
 私たちにも、憲法を生かした福祉国家づくりの道を語ることが、ますます求められていくと思います。
――ありがとうございました。

写真・豆塚猛

いつでも元気 2010.8 No.226

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