いつでも元気

2010年11月1日

特集1 介護保険はいま 10年を経て問われていること

 介護保険施行からまる10年が過ぎた。最近目につくのは、介護殺人や心中など介護をめぐる事件だ。「介護は社会で担う」という制 度導入の目的はどうなっただろう? また、厚生労働省は2012年を目指し、制度見直しを始めているが、その内容は私たちの不安を拭うものになるのか?  11月11日「いい介護の日」を前に。
木下直子記者

身近に遭遇した介護事件

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栗山さんの地域の団地

 民医連の友の会員の川田さん(仮名)は、介護タクシーの運転手をしているが、この夏、思いがけない事件に遭遇した。担当していた利用者宅で起きた介護事件だ。寝たきりの母親(80代)に、介護者である息子(50代)が手をかけた。
 川田さんは驚いた。事件が起こる一時間前に、そのお宅からタクシーの予約が入ったばかりだったからだ。行き先は介護施設。電話をかけてきた息子は、翌日 から母親がショートステイを使うと話し、とくに変わった様子はなかった。
 「衝動的な行為だと思う」と、川田さんはいう。この親子を知って数年だが、息子から「若い頃に苦労をかけた母を大事にしたい」と聞かされたことがあった。
 公営団地に親子二人暮らし。倒れた母親を介護するため、息子は仕事を辞めていた。介護して約一〇年、介護ノートなども熱心につけ、「よくやっている」と 周りがいうほどだった。近隣のお年寄りのゴミ捨てなどを引き受けたりする人の良さもあった。罪を軽くしてやってほしい、という声もあがっているそうだ。

夫が認知症の妻を

 川田さんのような報告は、他からも複数あがっている。読者の栗山さん(仮名)の地域の団地で も、八一歳の夫が八二歳の妻を殺害する事件が。介護保険は利用せず、夫が認知症の妻をみていた。事件直前、夫に病気が見つかり、入院・手術が必要といわれ ていたことがわかった。「ご主人は『自分の身に何かあれば、妻もダメだ』と思い詰めたようです」と、栗山さん。
 事件後半年ほどで出た判決には執行猶予がついた。それからほどなく町内会のある役員宅を、釈放された夫が訪れた。その人は町内会活動を通じて夫婦と知り あいで、夫の逮捕後にも面会しようとしていた。しかしこの時は突然すぎてひと言も話せなかったそうだ。その後すぐ夫は部屋を引き払った。行方が分からず、 近隣の人たちには心残りがある。

 介護事件には公式統計がないが、こんな報道もある。「介護保険開始の二〇〇〇年から〇九年一〇月までに、高齢者介護をめぐる家族や親族間での殺人、心中 などで介護される人が亡くなる事件が少なくとも四〇〇件。殺人は五九%(うち承諾六%、嘱託三%)、傷害致死一一%、保護責任者遺棄致死四%、心中は二 四%。〇六年からは年間五〇件を超すペース」。なお、被告(加害者)の四一%が執行猶予つきの判決だった(「東京新聞」)。

家族は制度に「追いつめられて」

家族にのしかかる介護

◆「介護で仕事続かず」年10万人超…家族介護 や看護のため離職や転職をした人が年間10万人を超えた(厚労省)。02年10月から1年間の離・転職は7万9400人だったが年々増加、06年10月か らの1年間では12万9400人。このうち8割が60歳未満、介護問題が現役世代に深刻に影響している。60.2%(7万7900人)が40~59歳、 15~39歳が20.3%(2万6300人)、60歳以上が19.5%(2万5200人)。

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 冒頭で紹介した事件は、息子が介護事業所に「やってしまった」と電話をかけてきて発覚した。事業所関係者は「いまの介護保険制度は、介護の必要な人、介護を支えている人たちに圧倒的に足りていない。介護者は追いつめられていったように思う」と、取材に答えてくれた。
 母親にはお腹から栄養をとるための胃ろうが設置されており、介護度も重かった。この家庭は、在宅での介護を選んでいたが、そもそも胃ろうや痰の吸引な ど、医療上の管理が必要な人は、施設が受け入れないことも多い。介護報酬が低いため、経営を維持するにはギリギリの人手で運営するしかないからだ。かと いって、介護保険外の自費のサービス利用は、介護で仕事を辞めた身では考えようがない。
 事件発生の数カ月前から息子に明らかな介護疲れが出ていた。事業所でも気にして、地域包括支援センターや自治体窓口に事情を話し、対応を求めていた。
 事件当日、息子は早朝「母の調子が悪い」と、泣きながら電話をしてきたそうだ。緊急に訪問したスタッフは「もう、看られない」という言葉も聞いた。 ショートステイもそんな状態の介護者を休ませるため、この事業所が受け入れ施設を探し、頼みこんで手配したものだった。しかしその夜、事件は起きてしまっ た。
 事業所が事件を自治体に報告した際、担当者は「家事援助のヘルパーが使えていれば…」と反応したそうだ。家族が同居の場合、炊事などの家事援助サービスが使えない問題に触れた発言だ。
 「SOSは出ていたのに…」と事業所の管理者。「介護する人に配慮したサービスはもっとあっていい。事件の原因を介護者や事業所に求めると事の本質を見 誤る。国は介護現場の悲鳴から逃げないでほしい。そして、そもそも介護殺人や心中のニュースをみて『他人事じゃない』『身近で起きても不思議はない』とい わねばならない状況があること自体、恐ろしいと思いませんか?」記者にもこんな言葉が投げかけられた。

利用「できない」「させない」保険

 全日本民医連では、利用者・介護職員の両方の立場から介護保険制度の問題点を発信し、改善を求めてきた。介護保険一〇年の現状を「利用できない・利用させない介護保険」だと、全日本民医連の林泰則事務局次長は評価する。
 制度発足から三度の見直しがあったが、そのたびに国民の費用負担が増え、サービス利用が抑制され、事業所が受けとる介護報酬も下がった(資料)。
 介護は「社会で担う」どころか、崩壊の危機にさらされた。前段で紹介した介護事件の発生などは、それが最悪の形で表れたひとつではないか。
 利用者や介護者をおきざりにし、「制度の維持」だけ重視された背景には、〇二年から小泉内閣が強行した、社会保障費を毎年二二〇〇億円削減するという政策があった(〇二年度は三〇〇〇億円)。

資料

介護保険10年

2000年

四月に介護保険制度が施行
準備不足の「見切り発車」で利用者、事業所、自治体は混乱
◇小泉内閣発足 [01年]
◇社会保障費毎年二二〇〇億円削減 [02年]

2003年

初めての制度見直し
介護報酬マイナス二・三%、施設づくりなどへの国庫補助が減額・廃止
「給付適性化」対策が始まり、同居家族のいる人への生活援助の抑制

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◇改正介護保険法が成立。「制度の持続」が最大の目的にされた [05年]

2006年

二度目の見直し・改正介護保険法が施行。介護報酬は二・四%のマイナス。「予防給付」の名で軽度者から介護のとりあげ。
一〇月から要介護1以下の軽度者への福祉用具の利用制限
※コムスンの不正事件が発覚

◇民医連介護一〇〇〇事例調査 [08年]
次のような特徴が浮かんだ
高齢者の厳しい経済状況…介護費用が負担できず、サービスが受けられない
給付の抑制が影響…サービス利用を控えたり、やめたりする傾向が強まり、利用者や家族の生活に支障
行き場がない…何年も施設入所待ちが。医療の必要な人が施設利用や入所を断られる

2009年

三度目の制度見直し。初めて介護報酬がプラスになったが、三%止まりで底上げにならず。要介護認定制度見直しで判定が軽度化の傾向に。
介護職員の処遇改善交付金が開始に
◇特養ホームの待機者四二万人と発表
※総選挙で民主党政権が誕生
所在不明高齢者が社会問題に [10年]
◇二〇一二年にむけ制度見直し論議開始


介護は私たちの「権利」です

どうなる? 介護保険見直し

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この秋広げる介護改善チラシ

 介護保険の次の改定は二〇一二年。この間、厚労省では専門家や介護者などによる審議会がもたれてきた。結果が「答申」として出るのは一一月。それを受け、来年(一一年)の国会に改正法案提出→成立→一二年四月に施行、というスケジュールですすめられる。
 審議の中心は「持続可能な制度の構築」と「サービス体系のあり方」。介護崩壊の現状を踏まえ、少しは良いものが出されるのだろうか?
 「残念ながら、〇五年時と視点は変わっていない。介護者や家族をどう支えるかでなく『財政』が最優先。給付抑制や負担増が先行しています」と、林次長。
 ことし一月の講演で厚労省の官僚は「介護保険料徴収の対象年齢を二〇~三〇代に拡大」「利用料一割負担を二割に」「軽度者を介護保険から除外」「生活援 助は保険外」などの方向性を語っている。また、介護保険への国民の「意見募集」では政府の考えが露骨に垣間見えた。「費用負担」の考えを聞く項目で示され た選択肢は「介護サービスの維持・充実のため保険料値上げ」か「保険料は値上げせず介護サービスを削る」という、どちらも選べないようなシロモノだったの だ。
 また、介護サービスのあり方として打ち出されたのは「地域包括ケア」という構想。二四時間巡回型の訪問サービスや、お泊まりデイ、医療と介護の連携を強める、など魅力的な文言が並ぶ。
 「高齢者の願いを反映している面はありますが」と、林次長は問題を指摘する。ここには介護保険一〇年の検証がいっさいないうえ、「公」の担う比重を減ら し、近隣の助け合いや自己責任を強調するのが構想の「理念」。低所得者がいま以上に介護から排除される恐れがある。

介護を「産業」とみる菅政権

 菅政権の「新成長戦略」では、「介護」はマーケットと雇用を創出する「産業」に位置づけられている。今回の見直しにはいままでないほど財界の意向が反映されたのも特徴。同時期に経済産業省が出した「産業構造ビジョン」は「公的保険の依存からの脱却」とまでいっている。
 一二年は介護と同時に診療報酬の改定も予定されている。一〇年、二〇年先の高齢者の増加を見越して医療・介護の供給体制を「安上がりに」切り替えたい政府には、絶好のチャンスというわけだ。

 「介護は憲法二五条も保障する私たちの権利です。この秋は、介護保険を抜本改善させる運動をすすめる私たちにとって大事なんです。政府の『見直し』の問 題点を知らせていきたい。利用者や共同組織のみなさんと力をあわせて現場から介護保険一〇年を検証し、声をあげていく『介護ウエーブ』を大きくしたい」
(林次長)

いつでも元気 2010.11 No.229

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