いつでも元気

2010年12月1日

特集1 国民皆保険制度の現実 「3割」重荷で治療中断、死亡例も 国民健康保険

窓口負担の軽減を

 国民健康保険が崩壊の危機にあります。保険料の滞納が増え続け、四四五万世帯(〇九年六月現在)に達しています。国保加入世帯の二〇・八%にあたり、大阪府の全世帯数(約三六五万、二〇〇五年度国勢調査)を優に超える数です(図1)。
 保険料滞納が原因で保険証を取り上げられて受診できず、亡くなる人まで出ていますが、問題はそれだけではありません。保険証を持っていても三割の自己負担が払えないため、治療を中断する患者が続出しているのです。

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3割負担はずっしりと重い(中野共立診療所で)

 「国保証があっても経済的に厳しく、受診を控える人が増えてきたというのが実感です」と話すの は、中野共立診療所(東京)の医療ソーシャルワーカー、日下浩二さんです。「慢性疾患で『お金がないから』と受診を控え、病気を悪化させるケースが目立ち ます。糖尿病でインスリンを注射している患者さんなら、一カ月の自己負担は三割で一万円をすぐ超えます。三割の負担は重い」と日下さん。
 ある糖尿病の六六歳男性は五年前に九・三だったHbA1c()が六・三に改善しましたが、ことし七月、診療所に来なくなりました。看護師が電話をしてもつながりません。受診を呼びかけるハガキを出したところ一〇月に診療所に来てくれましたが、HbA1cは七・三と悪くなっていました。
 日下さんが受診中断の理由を聞くと「診察代が払えないから」と男性。六〇歳まで勤めた後、アルバイトで生活をつないできましたが、いまは不況で「アルバイトさえ見つからない」と訴えました。
 アパートの家賃は月四万六〇〇〇円で、貯金を取り崩しながらの一人暮らし。頼れる身内もおらず、命綱の貯金が減っていく不安が治療中断の理由でした。


)HbA1c 血中ヘモグロビンのうち、ブドウ糖と結びついたヘモグロビンの割合。過去1カ月間の血糖が高いほど高くなる。5.8%以下が正常、6.5%以上を糖尿病と診断


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収入の半分が家賃に消えて

 痛風と蜂窩織炎(皮下組織が炎症を起こし、化膿する病気)を足に抱え、治療を受けていた六三歳男性は、ことし五月に治療を中断してしまいました。
 男性の職業は大工。やはり不況で「週三~四日しか仕事がない」と。妻と二人暮らしですが、月収はあわせても約一二万円にしかなりません。家賃は月六万五 〇〇〇円。収入の半分が家賃に消えてしまいます。国保料も二年前からの滞納分があり、生活で目一杯。治療にまわせるお金がなかったのです。
 日下さんは「これらの事例は診療所が患者さんに話を聞くことができた一部にすぎない」と強調します。
 「経済的理由で受診を中断したと思われる方でも、電話がつながらなかったり、家を訪ねても会えず、事情を聞けない方もいる。『職が決まりそうだから、決 まれば健康保険証がもらえる。そうしたら受診できる』といっていた男性が、音信不通になったこともあります。男性が『決まりそうだ』といっていた会社に問 い合わせても『そんな人は知らない』と。結局どこへいったのか、いまでもわかりません」
 直接会って話せても、「生活保護は嫌だ。自分でがんばりたいという人が多い」と日下さん。保険料を少しずつでも払っていれば、滞納があっても国保証を発 行している自治体は少なくありませんが、それだけで医療費の自己負担が払えるようになるわけではありません。
 生活保護を受けない限り、医療費の自己負担はつきまといます。しかも、その生活保護は、国の指導で抑制されているのが実態です。

自己負担が払えず死亡した例も

 自己負担が払えなかったため、亡くなった人もいます。
 全日本民医連が〇九年一月~一二月の事例をまとめた「国民健康保険など死亡事例調査」(ことし三月発表)では、国保証を持ちながら亡くなった例が七例報告されています。
 岐阜の五九歳男性の例では、他院で膵臓がんと診断されながら受診を中断。その後、強い腹痛を訴えて民医連の病院に来院し、二カ月も経たないうちに亡くなった例がありました。
 この男性は〇八年末、「医療費が払えない。助けて欲しい」と市役所に足を運んだにもかかわらず、そのまま返されていました。検査を受けるようにいわれな がら経済的理由で受けられず、治療を中断していたことを悔やんでいました。

国保、「無職」が半分以上

 自己負担が重荷となり、受診を控えるのは珍しいことではありません。
 病院・医科診療所、歯科診療所あわせて二八二九施設分を集計した、全国保険医団体連合会の調査(ことし六月発表)では、半年以内に治療費負担が重いな ど、患者側の理由で治療を中断したことがあると答えた医療機関が三九%もあったといいます。
 さらに国保加入世帯の平均所得(〇八年度)は、一三八万七〇〇〇円(速報値=一〇年二月厚生労働省発表)にしかなりません。〇五年には「無職」が五三・八%、なんと半数以上です(図2)。保険証を持っていても、三割の窓口負担が払えない人がいて当然です。
 低所得者が多いのに、保険料には「無料」がない。やっとの思いで保険料を払っても医療費の自己負担が払えなければ医療を受けられない。ここに国保が抱える、最大の問題点があります。

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保険料が国保加入を阻む

 被用者保険に加入していない人は国保加入が建前ですが、保険料がハードルとなって、加入できない人もいます。
 〇九年一一月、大阪市内のある診療所を訪れた五九歳男性。アルバイトでしたが勤務時間が長くなったため、「被用者保険への加入が必要」と勤め先にいわれ て健康診断のため受診。結果は糖尿病で腎不全。胸部X線検査では異常な影が。男性は経済的理由から国保に加入せず、糖尿病の治療を中断していました。「健 康保険証ができるまでは、お金がない」からと受診を拒み、生活保護をすすめられても断りました。
 ところが、健診後二週間経っても、健康保険証は発行されないまま。その後、電話をかけてもつながらず、年明けの一月に電話に出たのは女性でした。女性 は、男性が一二月に職場で倒れて入院したことを告げました。意識がなく、「回復は難しいといわれた」と。「自分でがんばりたい」と努力した結果でした。
 前述の全日本民医連の調査でも、経済的事情で医療を受けられず死亡した例が全部で四七人、そのうち二三人が国保にそもそも加入していない「無保険」でした。

保険料引き下げに国が「待った」

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中野共立病院・共立診療所は有志で10月から月一回の「なんでも相談会」を街頭で開催。雇用・健康・介護など、地域の困難に寄り添い、少しでも力になれれば、との試みだ(10月16日、中野駅近くで)

 政府は、国保加入者にさらなる追い打ちをかけようとしています。
 国保単独では財政が赤字の自治体が多いのが現状です。保険料を抑えるために一般会計からお金を補てんしている市町村も少なくありません。にもかかわら ず、厚労省は“一般会計から国保にお金を出すな”と通達しています(ことし五月)。
 国民健康保険への国庫負担は、四九・八%(一九八四年)から二四・一%へと半減(二〇〇八年)。これが大きな原因となり、国保料は平均で一人あたり約三 万九〇〇〇円から九万円へと倍以上になっています。通達は、保険料の滞納世帯をさらに増やし、国保と国民皆保険制度を破壊することにつながりかねません。
 民主党政権は、将来的に市町村国保を都道府県ごとの国保に統合し、自治体の一般会計からの繰り入れをやめさせることをねらっています(国保広域化)。通達は、この広域化を念頭においたものです。

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国庫負担増やし、自己負担軽減をgenki230_02_06

 国民健康保険法第四四条には、特別な理由があり、医療費の支払い困難な場合には、医療費の窓口 負担を減免できるという定めもあります。しかし四四条に基づき、減免制度を設けている自治体は五六%(〇九年四月現在、厚労省)。厚労省は四四条に基づく 制度をつくるよう自治体に求めているものの、国保財政が厳しいところが多いため、なかなかすすんでいません。
 しかも、制度はほとんど知らされてない上、申請しなければ減免を受けられません。「窓口負担の減免制度があっても医療費の自己負担が払えない人は、保険 料の滞納がある人も多く、引け目に感じている人が多いんです。それだけで役所にはなかなか足を運べないという人もいる」と冒頭の日下さん。さらに、国保広 域化が実現すれば、自治体ごとに設けられた減免制度は、なくなってしまう可能性もあります。
 深刻な病気にかかったときに、医療費を払えないことを「非常に不安」に思っている国民が四二・七%、「ある程度不安」もあわせると八七%もいるという日本の現実(図4)。
 全日本民医連は、▽国庫負担を増やし、国保料を引き下げること、▽短期保険証、資格証明書の発行をただちに止めること、▽窓口負担を軽減すること、など を求めてとりくんでいます。先進諸国の中でも格差と貧困が広がっているといわれる日本でこそ、医療費の自己負担ゼロの国に学んで、政策を転換することが必 要です。
写真と文・多田重正記者

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いつでも元気 2010.12 No.230

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