いつでも元気

2011年2月1日

「お父さん」はなぜ死んだのか? 救済すすまぬアスベスト被害

 「石綿による健康被害の救済に関する法律」が3月に改正されます。公害にまで拡大したアスベスト被害を「すき間なく救済する」はずの制度ですが、被害者などは抜本改正を求めています。クボタショックからことしで6年。アスベスト問題について考えます。
文と写真・木下直子(民医連新聞)

 アスベストによる健康被害は「戦後最大の作業関連疾患であり公害だ」といわれ、建設労働者に集 中しています。アスベストが断熱材などの建築資材につかわれてきたためです。このほど厚生労働省が発表した統計でも、〇九年度にアスベストの健康被害で労 災認定された一〇七一人のうち、建設業が五四二人と過半数を占めました。なお、一〇〇〇人超えは四年連続です。
 しかし、肺がんを発症しても、アスベストとの関連に気づかず、労災などの救済が届いていないケースも多くあります。いわゆる「埋もれた被害」です。

労災とは気づかず…

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1000人で鎖「被害、風化させない」
クボタショックの地元・尼崎では、被害発覚五年の行動がおこなわれた
(2010年5月30日、撮影・豆塚猛)

 二年前に六〇代の夫を肺がんで亡くしたAさんも「埋もれた」一人になるところでした。「アスベストはニュースで知っていました。でも、夫の肺がんとの関係を夢にも考えませんでした」と。
 Aさんの夫は健診で肺に陰影がみつかり、がんを告知されました。進行がんで手術もできず、治療手段が限られる中、四年の闘病の末、亡くなりました。
 仕事は、ビルやマンションなどのエアコンの設置や修理などを四〇年近く続けてきました。労災申請につながったのは、建設労働者の組合で活動する親族がいて、「アスベストではないか?」とたまたま助言があったからです。
 「いわれてみれば父の仕事は、天井の穴やボードをこじ開け、そこに頭をつっこんで作業するというものでした。そういう建材にアスベストが含まれていたん ですからね」と息子さん。「子どもの頃は家にいた記憶がないくらい朝から晩まで日曜もなく働く父だったから、その分危険にさらされていたと思う」。勤勉で 明るく、がっしりした体格の人でしたが、闘病で半分ほどに痩せました。最後は眠れぬほど苦しみ、「殺して」とまで訴えた姿を思い出すと家族はやりきれませ ん。
 「でもなぜ? 父たちは危険を知らずに働いていた。国が推奨していた建材に、こんなに危険なものが含まれているなんて、ふつう誰も疑いません」父を亡くしてから、アスベストの問題について調べたという息子さんは、こう口にしました。

 日本政府がアスベストの使用を全面的に禁止したのは二〇〇六年。人体への有害性は、一九六四年に発表されていました。WHO(世界保健機構)と ILO(国際労働機関)の専門家会議が発がん性を指摘したのは七二年、国会でも日本共産党の衆院議員が質問しています。またILOは、八六年にアスベスト のなかで最も毒性の強い青石綿の使用や、吹付け作業を禁止するなどの条約を採択しましたが、日本の批准は〇五年七月。二〇年近く安全対策を放置したばかり か、通算一千万トンの大量輸入を続けたのです()。アスベストを使った建築資材も使用を義務づけていました。
 Aさんには、一二月から労災の補償が支給されるようになりました。「助かりました。夫が身を粉にしてつくった蓄えも、四年の治療で消えて。その後、月三万円の私の年金収入だけで、この先どうしよう、と内心思っていた」とAさん。

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被害、掘り起こしても壁

 Aさんの労災申請は一年がかりでしたが、「うまくいったほう」と支援してきた神奈川土建一般労働組合の書記長・杉沢潤さんはいいます。アスベストが原因と思われる肺がんが見つかっても、労災が下りる条件がととのわない場合も少なくありません。
 事業主や一人親方など「労働者」ではない身分で退職した人は労災の対象外。特例として、雇用されていた時にアスベストにさらされた証明ができれば労災適 用されますが、曝露(さらされること)から発症までの期間が二〇~四〇年と長いだけに、事実を証明する人がみつからないなど、申請の壁があるのです。「六 〇~七〇代の人が二〇代のころ働いた会社をたぐるだけでも、大変さがわかるでしょう?」と杉沢さん。「建設現場でアスベストに曝露し被害を受けたすべての 建設従事者が労災補償を受けられるべき」と、全国建設労働組合総連合(全建総連)は、認定基準の改善などを求めています。

救わない「救済法」

 労災では補償されないアスベスト被害者を救う制度の一つが、三月に見直しになる「石綿による健康被害の救済に関する法律(以下、石綿救済法)」です。
 尼崎などのような環境汚染で曝露した人や、労災申請できなかった事業主、アスベストで汚染された作業服などを経由して曝露した労働者の家族などが対象。
 しかし「すき間ない救済」として創設したにしては、不十分すぎる内容。〇八年と一〇年に改正されたものの、救済給付の対象となる病気が労災で認定される 病気より狭い、労災と比べ圧倒的に給付が低く闘病中の生活支援や遺族への補償には足りない、肺がんの認定要件が労災保険より厳しい、など「救済」には遠い もの。
 申請した人も一二四四件だった〇六年以降激減し、〇九年は一三七件。申請に必要なカルテなどの書類が、法的な保存期間を過ぎて廃棄されると申請さえできない、といった問題もあります。

根本に責任認めぬ国の姿勢

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ケベック州(カナダ)でアスベスト鉱山再開の動きが。途上国への輸出に抗議する被害者たち。「日本政府も抗議してほしい」と、泉南訴訟の原告(2010年12月7日、ケベック州駐日事務所前)

 昨一〇月三〇日に開かれた「国は基本法制定を! 石綿救済法改正要求シンポジウム」では、救済法の問題点を共有し、被害者や国民の立場での改正方向が話 し合われました。医師や弁護士、建設労働者らシンポジストが揃って強調したのは、「アスベスト対策基本法」制定の必要性。そして救済策の不十分さの根本 に、被害の責任を認めていない国の姿勢があるという指摘でした。

 大阪・泉南地域の国家賠償訴訟では、昨年五月に国の加害責任を認める一審判決が出ましたが国は控訴。尼崎での裁判でも国は責任を認めていません。首都圏でも〇八年、建設労働者が国と関連企業に対し、国賠訴訟を起こしています。
 「同じように苦しんでいる被害者はたくさんいるはず。全員救って」前出のAさんは大きな目にいっぱい涙をためていました。一家のお父さんは戻りません。
 改めて、アスベスト被害者への補償の底上げが必要だと感じました。アスベストの疾患が拡大することは確実です。二度と同じような被害を出さないためにも。

日本がアスベスト公害を輸出

バングラデシュレポート

報告 森 裕之(立命館大学教授)

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 「公害輸出」という言葉をご存じでしょうか。カナダがいまも発展途上国にアスベストを輸出している話は典型ですが、実は日本も「公害輸出」をしています。
 それは、老朽化した船舶の「輸出」です。古くなった船舶を解撤し、そこから出るあらゆる物品が発展途上国でリサイクルされています。その中に、かつて船 の材料として大量に使われてきたアスベストが含まれているのです。

解体の船舶 6割超が日本国籍

 世界の大型船舶の約半数が解体されているバングラデシュを夏にみてきました。解体作業はチッタゴンという同国第二の都市でおこなわれていますが、そこで扱う老朽化船舶の六〇~六五%が日本籍。バングラデシュのアスベスト汚染に、日本は大きく関わっているのです。

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 船舶解撤業は、もっぱら人力です。労働者たちは、たいへんな危険にさらされながら働いており、アスベストの吸引もその危険の一つです。
 解体される船舶の壁やボイラー・エンジン部分に、断熱材としてアスベストが使われています。解体現場には、ボイラーの一部らしき金属部分に、アスベストとみられる断熱材が巻き付いたままでした。また、剥がされたアスベスト状の繊維もあちこちに散乱していました。

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衝撃的な光景。労働者の頭にはアスベスト状の断熱材

 アスベストが人体に与える危険性は、この国の大手企業経営者も知っています。アスベスト対策の研修をしている企業もありますが、実際の現場にいる 労働者たちはマスクなどつけていないのです。
船舶解撤業者は大小さまざまで、その数約一八〇。従事する労働者は約一〇万人。一家族を仮に五人とすれば、五〇万人(チッタゴン市民の一〇%以上)が船舶解撤業で生活していることになります。

 

断熱材の再利用現場で…

 解体した船舶から出た断熱材は、さまざまな用途に再利用されています。
 たとえば、ソファーやベッドなどの材料、ガスケット(配管などの継ぎ手)製造、さらにはバングラデシュで船舶を製造する材料など。地域には船舶解体事業所を取り囲むようにして、船舶リサイクル商店が無数に広がっています。
 これらの商店群の中には断熱材取り扱い業者がいくつもあり、労働者がアスベスト状の断熱材を無防備に切断・加工していました。

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通学路の横に断熱材リサイクル商店

 さらに、リサイクル商店群の通りは、トラックや自動車がひっきりなしに往来するだけでなく、通学路にもなっていました。子どもたちの粉じん曝露が日常的 に起こっています。 日本は国内でアスベストを禁止しましたが、海外での規制はありません。船舶の解体は、アスベストを扱う作業に制約がある先進国でおこ なうより、バングラデシュの方がよほど安上がりですむのです。
 使用済みのアスベストから発生する「ストック公害」の被害に、バングラデシュの人たちはさらされています。これは、日本の私たち自身の問題だと、多くの人に知ってほしいと思います。

 

いつでも元気 2011.2 No.232

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