いつでも元気

2011年3月1日

特集2 “こころの健康”危機打開をめざして 「こころの健康政策構想実現会議」による歴史的挑戦

精神疾患を3大疾患の1つに

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伊勢田堯
こころの健康政策構想実現会議共同代表
東京都立松沢病院 非常勤医員
代々木病院 非常勤医師

 わが国は「こころの健康危機」というべき深刻な状況にあります。一生の間にこころの病を体験す る人は少なくありません。人口のおよそ15%と推計されるうつ病や、300万人以上と推計されるひきこもりのほか、不安障害、虐待、アルコール、ドラッ グ、リストカットなどの自分を傷つける行為、自殺などが大きな問題となっています。自殺者も13年連続で年間3万人を超えています。こころの病で治療を受 けているのは、国民の40人に1人というのが現実です。
 いま、私たち「こころの健康政策構想実現会議」(以下、「実現会議」)は「こころの健康を守り推進する基本法」の制定を求める署名にとりくんでいます。 わが国の精神疾患は、WHO(世界保健機関)が提唱する指標(D・LY)を用いると、がんや、心筋梗塞・脳卒中などの循環器の病気を抜いてトップです。 「実現会議」はこの現実から、(1)精神疾患を3大疾病のひとつとして位置づけ、国の重点施策にすること、(2)国民のすべてを対象とした、こころの健康 についての総合的で長期的な政策を保障する「こころの健康を守り推進する基本法」の制定の2点を国に求めて、100万人を目標とする署名活動を展開してい ます。

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患者家族に責任を負わせるわが国の精神医療の現状

 わが国の精神病患者と家族は、社会的に差別され、人間の尊厳を奪うような行政・医療体制のもとで、社会的に孤立し、声をひそめて生活することを余儀なくされています。
 そのおおもとには1900年に制定された精神病者監護法という法律があります。この法律は精神病の治療やリハビリテーションが目的ではなく、「社会に迷 惑をかけない」ために精神病患者を座敷牢や精神科病院に隔離・収容し、家族にその監護責任を負わせるという、ひどいものでした。その後、何度も法「改正」 されましたが、恐ろしいことに制定後1世紀以上経った今日に至るまで、家族に責任を負わせるという点もそのままで、その根本的性格は引き継がれているので す。
 わが国の医療法には、精神科病棟の医師配置数は一般科病棟の3分の1でいいとする差別的な定めまであります。“精神病は不十分な医療でよい”と言わんば かりです。諸外国では、精神科の入院ベッド数は人口10万人に10床以下(イギリスでは5床)に抑えられていますが、わが国では28床と突出しており、こ の30~40年間ほとんど変化していません。隔離・収容に偏った精神医療の現状が垣間見えます。
 患者さんの声に耳を傾けると、いまでも続く差別的な隔離・収容によって「刑務所のような保護室に入れられて、人間としての尊厳を100%失った」との声 が聞かれます。また、精神疾患患者を抱える家族は、年間何十人もの人が患者によって命をおとす事態も生まれています。家族に対する支援・ケアが必要なので す。
 約33万の入院患者さん・ご家族の多くは、こころの病のために人生を失っていると言っても、言い過ぎではありません。日本の精神病対策は世界的に見ても はるかに遅れています。私は患者さんや家族の声に真摯に耳を傾けて、その声にこたえる医療をどうつくりあげるのか、いま真剣に考えなければいけないと思い ます。治療スタイルも、これまでの「病院での診療」から「病院に来られない患者さん宅を訪問する」ものへと大きく変える必要があるでしょう。
 厚労省が提言する「健康日本21」でも、生活習慣病が中心で、「精神保健」はその治療の一環とされ、従属的な扱いです。こころの健康が大きな問題となっているのに、優先順位は低いままなのです。
 これに拍車をかけたのが保健所の削減です。保健所の数は1997年度以降、約半分に削減されており、保健師の家庭訪問が影をひそめ、精神保健サービスが衰退しています。
 一方で、精神科の医療関係者も当面の経営維持が中心になり、患者・家族の求める医療体制を発展させるための研究開発や改革に充分挑戦してこられなかったことも、日本の精神医療の鎖国的遅れをもたらした主な要因といえます。
 患者・家族の求める治療や支援を発展させるために、建設的で精力的なとりくみをただちに進めることが必要です。それは私たち医療関係者の歴史的使命だと思います。

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「自殺防止」を国家目標に掲げたイギリス

 日本は、13年連続で自殺者が3万人を超しています。自殺対策は国の重点政策となっており、2010年に若干減りましたが、依然として数は多く、「自殺大国」の汚名返上に至る兆しすら見えてきません。
 自殺対策という点では、イギリスが先進的なとりくみをおこない、成果をあげています。イギリスでは「病院で患者を待つのではなく、地域に訪問して、保健 や医療サービスを届ける」という「アウトリーチサービス」などの精神保健サービスを充実させています。1999年から精神保健改革10カ年計画がはじま り、「自殺防止」が国家目標7つのうちの1つに掲げられました。
 わが国の自殺率は人口10万人に対して24.8人(2010年速報値)ですが、イギリスでは7.8人(2005~2007年の平均値)となっており、9年間で15.2%減らすことに成功しています。
 こうしたイギリスの対策は、NHK「クローズアップ現代」でも紹介されました(2009年12月1日放送)。
 2010年4月に、NHKの取材をうけてイギリスの対策を紹介した東京都立松沢病院の岡崎祐士院長が座長となり、「こころの健康政策構想会議」を立ち上 げて「地域ケアを中心とする精神保健医療改革が必要だ」とする提言を作成。同年5月末、長妻昭厚労大臣(当時)に提出しました。この提言をもとに、「ここ ろの健康を守り推進する基本法(案)」を作成しています。

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精神保健医療改革「提言」の骨子は

 提言の骨子は以下のとおりです。
(1)精神保健改革
 あらゆるこころの問題の相談を受けて解決を図る。人口10万人あたり10人の職種の異なる専門家による「地域こころの健康推進チーム(仮称)」を創設す る。このチームを公的な機関としてすべての自治体に設置し、365日無料であらゆる精神保健問題の相談・支援にあたる。
(2)精神医療改革
 「地域こころの健康推進チーム(仮称)」の創設により、外来30分診療、訪問医療の実現、救急医療の充実・専門医療の普及という3つの精神医療改革をお こなう。丁寧・親切で時間をかけた地域医療サービスと、安心できる快適な医療環境での最少期間の専門的入院医療を実現する。社会復帰への期間が短くなるよ う支援する。医療法においては、他の診療科と同水準の人員配置基準や診療報酬(医療保険からの医療機関への支払い)とする。こうした改革の実現のなかで精 神病床を半減させる。
(3)家族支援
 家族全体を支援する。そのために、情報提供や医療保険サービスにつなげる支援にとりくむ家族支援専門員制度をつくり、家族の相談対応や家族への説明を位置づける。
 現在は本人が望まない場合でも、家族の同意があれば法律の措置制度によって入院させることができるが、これを改善し、本人の納得を入院の要件とする。それができない場合にあっても患者家族に頼りきった「保護者制度」の廃止にとりくむ。
(4)当事者・家族・住民の参加
 国や自治体が計画を策定し施策を実施するにあたっては、当事者や家族を始めとする国民のニーズが反映する仕組みを定め、当事者・家族・住民の参加を保障する。
(5)これら(1)~(4)を実現するため、「こころの健康を守り推進する基本法」を制定し、計画的に改革をすすめる。

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こころの健康は国民的課題ぜひ署名にご協力を

 「実現会議」がとりくんでいる署名は、今年1月中旬現在で約20万筆集まっています。昨年12月11日には、新宿駅前に200人近い当事者・家族・関係 者が全国から集まって、街頭署名活動をおこない注目されました。今年3月21日には、全国一斉署名活動を予定しています。約1世紀にわたる隔離・収容政策 を解消して、ふだん患者・家族が暮らす生活の場にとけこんだ「地域ケア」を本格的に導入しようという私たちの提言は、わが国ではじめてのもので、歴史的挑 戦といえます。精神病を患う当事者や家族の真の声に耳を傾け、関係者と国民が一体となったとりくみによって「入院による治療」と「地域に出向く支援」の双 方を視野に入れ、バランスを確保することが必要です。
 こころの健康を考えるとき、家庭内暴力、子どもの虐待、学校や職場でのいじめなども避けて通ることはできず、社会全体で考えていかなければならない問題 です。精神医療の充実と発展は、すべての国民の課題であると同時に、「安心して住みつづけられるまちづくり」をすすめる民医連や共同組織の方がたのとりく みとも共通する課題であると考えます。幅広い草の根の共同のとりくみによって、精神医療の新たな時代を切り開きたいと思います。

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「こころの健康政策構想実現会議」のホームページ
http://www.yadokarinosato.org/cocoro-syomei-p/index.html
http://www.cocoroseisaku.org/
■イラストはすべて「こころの健康政策構想実現会議」作成の提言書より引用しています。

いつでも元気 2011.3 No.233

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