いつでも元気

2011年9月1日

特集2 東日本大震災後の心のケア 被災地での健康管理 若年中高年には仕事を、高齢者にはふれあいを

 7月号に続く「東日本大震災後の心のケア」、第2回目は阪神大震災を経験した医師から見た被災地に求められる支援と、南相馬市で「心のケアチーム」の一員として活動した医師の話です。

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上田耕蔵
兵庫・神戸協同病院(院長)

 7月17日、DNSO(注)が支援する気仙沼市面瀬中学校を訪問しました。4月28日に訪れたときには、体育館で236人の方が避難生活を余儀なくされていましたが、56人にまで減っていました。
 一方、中学校の校庭に仮設住宅が153戸建設され、入居された方の生活が始まっていました。
 仮設住宅は、高齢者にとって住みやすい環境ではありません。砂利道のため歩行器を押しにくく、玄関には段差があります。厳しい避難生活だったため、これ まで元気だった高齢者でも体調をくずされている方が少なくありません。仮設住宅での生活がさらに足腰を弱らせる可能性もあります。
 仮設住宅に入居できるかどうかは抽選で決まります。避難所では弁当などが提供されていましたが、仮設住宅では食事の支援がないことで、食費や水光熱費も 負担しなければなりません。仕事を失い収入が途絶えているため、仮設住宅に当選しても入居を躊ちゅう躇ちょする人もいます。被災地では漁業、農業など零細 自営業の人が多く、事態はより深刻です。将来の見通しがたてば、現在の苦境にもなんとか耐えられますが、見通しがたたないと心はあせり、“消耗”してしま います。自殺も心配されます。
 常駐していた市の職員に「困っていることは何ですか」と聞くと「失業者が多い事です。人口7万人のうち、8000人が職を失いました」と話してくれまし た。仮設住宅に入居し、やっとプライバシーが保たれるようになった方も、いまだ心と身体の平安は得られていません。

どんな人でも体調くずす

 地震が起こるたびに、私は中越地震(2004年)の2カ月後、現地に高齢者の支援に出かけたときのことを、いつも思い出します。
 仮設住宅の入り口に着いて、中年の男性の方に「神戸から来ました。高齢者の方で身体の調子の悪い人はいませんか?」と聞くと、「地震の後、みんな調子が 悪い。俺も妻も体調が悪い」と言われ、ショックを受けました。大災害の後は精神的ストレスとその後の環境悪化のため、高齢者だけでなく、どんな人でも体調 を崩します。また、病気の人も増えます。
 阪神大震災の2年後に行った健康調査では、高血圧症の人が地震前と比べて32 %も増えていました。病気を悪化させるなどして亡くなる震災関連死も少なくありません。

疲労蓄積のサイン

 疲労が蓄積してくると、心は不調になります。カラ元気になったり、逆に気分が沈んだりします。そして身体も体調不良のサインを出すようになります。代表 的なサインは不眠、頭痛、食欲不振、全身倦怠、記憶力低下、血圧上昇などです。いずれも黄信号です。いつも以上に健康に気をつける必要があります。また 「おかしい」と思ったら、すぐに受診することが大切です。あるいは身近な人が普段と様子が違う(頭痛が突然起こるなど)なら、病院に連れて行きましょう。 特に、中年の男性は自分の身体に無頓着なことが多いため、周囲が気を配ることが必要です。

ストレスの原因は年代で違う

 ところで、ストレスの原因は年代によって違います。若年や中高年では「仕事がない」ことがストレスの主な要因です。自宅の再建、仕事への復帰を「一刻も早く」と目指すのですが、遅々としてすすまない現実とのギャップに苦しみ、精神的につらくなっていくのです。
 高齢者のストレスの主要因は、仮設住宅での生活に適応できないことでしょう。歩きにくい砂利道、住宅が使いにくい、知り合いがいない、などです。住みにくい環境と交流のないことが、さらに足腰と脳を弱らせていきます。

心身の疲労を解消するには

 最も大事なのは、睡眠時間の確保です。そして寝る前にものを考えないようにすることが大事です。寝る前に頭を使うと、脳は興奮して寝る態勢に入りませ ん。寝ようとしても寝られないし、睡眠は浅くなります。寝る2時間前から、あれやこれや考えるのは厳禁です。また、過労を避ける必要があります。なぜなら 疲れ過ぎると、神経が休まらず、脳も休まらないのです。過労を避け、就寝2時間前からリラックスするように心がけても不眠が続くようなら、受診して睡眠薬 を処方してもらうといいと思います。
 2つ目に大事なのは、孤立しないことです。ひとりぼっちだと途方に暮れるだけでなく、ストレスに過剰に反応するようになり、よけいに心が疲れます。ひと りより2人、2人より3人、3人より4人、多い方が心は落ち着きます。そして、みんなで近況や生活のことなど情報を交換しましょう。
 3つ目は頑張りすぎないことです。お互いにぐちを言い合い、1日に何度も肩の力を抜きましょう。
 ところで私は、しょっちゅうため息をついています。看護師さんには「先生、ため息をつくと幸せが逃げて行くよ」と言われるのですが、私は笑っています。ため息は、目標を下げて現実とのギャップを減らす呼吸運動で、自分の心をリラックスさせてくれるからです。
 4つ目は、やはり仕事の再開です。今回の震災は、個人の努力で解決できる範囲をはるかに超えていますので、この点は国と行政の支援が求められます。仕事さえあれば、苦悩の大半は減るのではないかと思います。

高齢者への支援

 高齢者へは、病気、けが、認知症などの危険が高い人を把握し、フォローすることが必要です。要介護者はデイサービスを十分に利用してもらいましょう。入 浴、食事、リハビリなどを受け、心身の維持を図りましょう。体が弱っている高齢者は、グループホーム型福祉仮設住宅を活用しましょう。宮城県では14棟 124戸の開設が計画されています。
 高齢者が自立し、生き生きと生活していくためには、交流のサポートも必要です。
 ボランティアの支援も受けつつ、茶話会などの交流をおこないましょう。仮設住宅の周囲に花壇、畑などをつくり、高齢者の利用をすすめ、生きがいを見いだしていただくことも重要です。
 私は6月13~17日まで、福島県南相馬市に精神科の医療支援にいってきました。福島県立医大が中心となって編成している「心のケアチーム」に、民医連の精神科スタッフもチームを組んで参加し、私もその一員として活動しました。
 南相馬市には、精神科の入院を受け入れる病院が2カ所ありましたが、震災で病棟は閉鎖。精神科のクリニックも3つありましたが、いずれも外来診療は不可 能となり、6月13日時点で2つの医療機関が外来を再開したのみとなっていました。入院患者だけでなく、それまで通院していた多くの外来患者も通院できな くなったなどの現状を踏まえて、「心のケアチーム」がつくられ、活動がおこなわれたのです。民医連以外にも、多くの医療関係者が全国からかけつけ、チーム の活動にくわわりました。

東日本大震災後の心のケア
誰にでもできる“心のケア”がある
「心のケアチーム」に参加して

保健師と連携した活動

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近藤 悟
京都民医連第二中央病院(精神科)

 私たちのチームが南相馬市でおこなった主な活動は、地元の保健師の活動を精神科の立場から助言 し、支えることでした。保健師は、被災者のもとに直接出向き、広く健康相談活動をおこなっていました。一般的な健康状態のほか、精神状態や、よく眠れてい るかということなどをつかむのですが、気になる点がある人については、私たちが精神科専門の立場から相談にのり、援助の方向性を探るのです。
 震災と原発事故の影響により、さまざまなネットワークが分断され一人ひとりが孤立し、情報も行き届きにくくなった状況の中では“人と人とのつながりをつなぎ直す”という点でも個別の訪問活動は重要です。
 実は、私たちのような外部の支援者が、しかも「心のケア」というデリケートな問題で援助に入ろうとすると、被災者の方にいぶかしがられることも少なくあ りません。その点、地元の保健師は素性もはっきりしているので訪問される方も安心でき、一般的な健康相談のなかで精神面での変調にも留意した聞きとりや、 調査、相談活動をおこなうことができます。
 また、保健師は地域の実情や活用できる制度・サービスに詳しく、同じ顔ぶれで継続的に関われる点も長所です。保健師と私たち精神科専門家チームは、いわ ばお互いの長所を発揮し合い、短所を補いあって活動したのです。

被災者を訪問してアドバイス

 ところで、震災後に駆けつけた支援者が被災地や被災者を目の前に「無力感」を感じると言われますが、私自身も支援前には「被災した人を前にして私は何をなし得るのだろうか」という不安を持っていました。
 被災者と私の間には体験の質と量で明らかな違いがあり、被災者に対する「共感」や「体験の共有」も容易ではない現実があるからです。しかし考えてみれば どんな場合でも、同じ体験をした人が支え合える良さもあれば、異なった立場からアドバイスしたりサポートする良さもあります。これは日常の診療でも同じこ とです。そう考え直したとき、私は「やれることをやろう」「癒しがあるとすれば、日常生活の回復や、もともとあったコミュニティーの持つ力、同じ体験をし た人同士の支え合いが中心になるはずだ」という思いに至りました。ある保健師に「いま、大変だからね。全国から応援に来てもらっているの」と笑顔で私たち のことを紹介していただいた時には「すっ」と力が抜けたように感じました。

「心のケア」の重要性

 今回の震災では、発生直後からマスメディアでも医療関係者の間でも「心のケア」が必要であるとの意見がよく聞かれました。多くの人が阪神淡路大震災など の災害を通じて、災害時には物資の支援や生活再建の援助とともに「心」に対するケアも必要であることを学び、それを当然のことと考えられるようになったの だと思います。これは前進だと言えますが、一方、特別なケアや治療法があるわけではないことも知っておく必要があるとも感じます。
 たとえば、被災者の精神面について、いわゆる精神医療の専門家が集まって集中的にケアをすれば事態が改善する、と考えるのであれば誤りでしょう。もちろ ん専門家の助言や治療は当然必要なのですが、悩みや苦しみに耳を傾ける広い意味での「心のケア」は本来誰もができることです。また心の健康のためにはさま ざまな面でニーズ(要求)が満たされる必要があります。
 身の安全や安心、ゆっくり眠れる場、働く場、プライバシーの保てる空間など、生活環境を整えることがまずは重要です。そういう援助をしながら、あわせて心理的な援助をおこなうことが必要です。誰もが「心のケア」の担い手となりえるのです。
 また被災者自身や家族、地域など、さまざまな人や組織が本来持っていた自助の機能を回復させ、おたがいが手助けしあえるようにするお手伝いが重要だと思います。
 県外に避難した後、南相馬市に戻り、仮設住宅で生活を始めた方の言葉が記憶に残っています。「県外の避難所でもみんな優しいし、よくしてもらって何も心 配はなかったけど、やっぱこっちに帰って知った人と一緒にいると、なんか安心してねえ。気持ちがゆるむのかよくしゃべるわ」と。これはなじみの関係や環境 が持つ“癒しの力”を示しているのだと感じます。

今後の課題は継続した支援

 最後に原発事故が被災者の心にもたらす影響について述べたいと思います。私自身は、被災者の方がたから原発に関する思いを詳しく聞く機会はありませんで したが、それでも話の端々から「取り残された」「見捨てられた」という気持ちや、今後どうなるのか見通しの立たない不安といったものが感じられました。私 も含め、放射能に対する感じ方や処し方は個々人で違いがあります。そういった違いが人々の生活のあり方や人間関係にあたえる影響を考えると、おそらく簡単 には言葉にできない複雑で深刻な思いを被災者は感じられているのではないかと想像しました。
 今後も被災地のニーズを汲み取りながら、他の機関、専門家などと協力しながら継続した支援をすることが私たちの大きな課題です。

いつでも元気 2011.9 No.239

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