いつでも元気

2013年9月1日

特集2 緩和ケアとは 正しく理解していただくために

がんによる苦痛に対する全人的医療

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久保 周
東京・みさと健和病院
(緩和ケア科)

 みなさんは「緩和ケア」ということばを聞いたことがあると思いますが、どのようなイメージをお持ちでしょうか。
 「治療ができなくなった末期のがん患者さんのケア」「末期がん患者さんの辛い症状を和らげる治療」など、終末期医療のイメージを持っている方が多いと思 います。医療者のなかにもそう考えている方が多いのですが、実は少し違うのです。
 今回は当院の緩和ケア病棟でおこなっている内容をご紹介することによって、緩和ケアとは何か、どのような医療なのか、ということについて理解していただければと思います。

緩和ケアとは

 中世のヨーロッパには、体調の悪くなった旅人や巡礼者をケアする小さな教会があり、これがホス ピスの原形になりました。現在のホスピスは、1967年にシシリー・ソンダース(1918~2005)という医師が、ロンドン郊外につくったセントクリス トファーホスピタルに端を発しています。
 わが国では1973年、柏木哲夫氏によって淀川キリスト教病院にホスピスがつくられ、1981年に長谷川保氏によって聖隷三方原病院に独立した緩和ケア病棟がつくられました。
 1996年には、ホスピスケアをさらに発展させる目的で第1回日本緩和医療学会(柏木哲夫会長)が開催され、2004年には「第3次対がん10カ年総合 戦略」のなかで、全国どこでも標準的ながんの専門治療が受けられるようにすること(均てん化)と緩和ケアの必要性が掲げられました。このような時代の要請 を受けて緩和ケアは急速に普及し、2012年11月時点で5101床の緩和ケア病床が厚労省に認可されています。
 WHO(世界保健機関)は2002年、「緩和ケアとは、生命を脅かす疾患による問題に直面している患者とその家族に対して、疾患の早期より痛み、身体的 問題、心理社会的問題、スピリチュアルな問題に関してきちんとした評価をおこない、それが障害とならないように予防したり対処したりすることでQOL(生 活の質)を改善するアプローチである」と定義しています。1990年のWHOの定義は「緩和ケアは治癒不可能な状態にある患者を対象とする…」だったの で、大きく変更されたことになります。
 また2002年の定義では、患者さんとともに家族もケアの対象になりました。患者さんが衰弱していくのを目の当たりにすると、家族は動揺します。そして 家族が動揺すると、患者さんも「自分のことでつらい思いをさせてしまっている」と考えてしまい、苦痛を感じてしまいます。
 ですから「緩和ケア」とは、がん患者さんの身体的苦痛に対してだけでなく、「がん」と診断されたときから生じる精神的・心理的苦痛、社会的な苦痛に対し て、その家族まで含めておこなう「全人的医療」(人を病気だけでなくまるごととらえておこなう医療)であると言えます。

当院の緩和ケア病棟

 実際の緩和ケアはどのようにおこなわれているのか、知りたい方も多いでしょう。当院の例をご紹介したいと思います。
 当院の緩和ケア病棟は2009年5月、「緩和ケアにしっかりとりくみたい」という多くのスタッフの長年の願いが実り、全室個室(20床)で開設されました。
 当院では週2回、緩和ケア外来をおこなっています。外来で得た情報をもとに週1回「入退棟検討会」を開いて、入院を決めていきます。ほかの病棟から紹介 されて緩和ケア病棟に移るケースは約3割です。そのなかには緩和ケア外来を受診する前に病状が悪化して緊急入院となり、救急病棟から緩和ケア病棟へ移る ケースも含まれています。このような入院は患者さんや家族にかかる身体的・精神的苦痛が大きいため、減らそうと努力しているところです。
 緩和ケア病棟への入院については各施設で基準が設定されています。当院は開設当初から在宅診療に力を注いできた経緯があり、現時点では次のような入院基準を設けています。
(1)がんにともなう身体的・精神的な苦痛症状がある
(2)苦痛症状が緩和されて病状が安定すれば在宅診療を受けられるように調整する
(3)患者が病名・病状を理解している
(4)抗がん剤治療や輸血は原則おこなわない
(5)人工呼吸器装着、透析患者は原則入院を受け入れない
(6)急変時に蘇生処置をおこなわない
ただし、在宅診療中に起こる家族の介護疲れに対しては、1~2週間の期限付きで「レスパイト(介護休養)入院」を受け入れる
 なお、WHOの定義に「緩和ケアは生命を脅かす疾患が対象」と明記されているように、緩和ケアは本来「がん」だけに限られたものではありません。「が ん」はわが国の死因のトップであり、苦痛をともないやすいことから、緩和ケアの対象となっていますが、いずれは「がん以外」の患者さんに対する緩和ケアも 認可されていくと思われます。

■みさと健和病院 緩和ケア病棟の理念と方針

【理念】
私たちは、病院憲章に基づき、患者さん一人ひとりの気持を尊重いたします。
また、最期の時まで望まれる生き方をご自宅においても送れるよう、在宅スタッフと連携し、途切れることなく支援します。
【基本方針】
1. 患者さんのがんの痛みやその他の苦痛を、お気持ちに寄り添いながらやわらげます。また、悩みや不安をうけとめるとともに、趣味や自由な時間を確保し、望まれる生活を送れるよう支援します。
2. ご家族には、患者さんが入院されているときをはじめ、退院後においてもケアを継続いたします。また、ご家族の体調不良やさまざまな都合により、入院を希望される場合も、可能な限りご要望にお応えします。
3. 医師、看護師、相談員など、すべての職種とボランティアが、チームとなって関わり、どこで療養されていても、安心してケアが受けられるように支援します。
4. 在宅療養を希望される場合は、生活の場を整え、安心して生活できるように、在宅スタッフと連携をもちながら、継続したケアを行います。
5. 入院前や退院後においても、ご心配なことがあれば、いつでもご相談に応じます。

■入院費用は

 「緩和ケア病棟へ入院すると、通常の病棟より多額の費用がかかるのではないか」とご心配される方もおられると思いますが、一般病棟での入院費用と同じです。
 70歳未満の場合は3割負担(ひと月約43万1000円)、70歳以上の場合は1割負担(ひと月約14万3000円)です。「高額療養費」を申請すれば、次の金額を超えた部分が返還されます。
【高額療養費の基準】
 (上位所得者や生活保護者を除く)
〈70歳未満〉8万1000円+{(かかった医療費の総額─26万7000円)×1%}
〈70歳以上〉上限4万4000円
 高額療養費の申請は、健保の方は勤務先に、国保の方は各自治体にお問い合わせ下さい。ただ、差額ベッド代(当院ではいただきません)と1食260円の食事代が別途必要になります。
 また、入院期間が「9月29日~10月20日」のように月をまたいだ場合は、月ごとの精算になりますので、注意が必要です。

当院緩和ケア病棟の現状

 緩和ケア病棟への入院の目的は大きく4つに分けられます。
(1)症状を和らげ、コントロールする
(2)在宅診療の環境が整うまでの入院
(3)レスパイト(介護休養)
(4)最期の看取り
 入院中は患者さんや家族の苦痛が緩和され、入院の目的が達成されるように、多職種(医師、看護師、薬剤師、リハビリ、MSW(医療ソーシャルワー カー)、栄養科スタッフ、ハウスキーパー、ボランティアなど)で、日々のケアをおこなっています。
 患者さんや家族の思い、要望をききとる「傾聴」や「共感」などを重視した医師・看護師の回診、清潔ケア(入浴、清拭、陰部の洗浄など)、介助(食事、トイレ、歩行など)などをおこないます。
 そのほかには、腹水や胸水を抜きとる処置や褥瘡の処置、点滴の管理やリンパ浮腫のケア、アロマオイルを使ったマッサージなども積極的におこなっています。
 また、多くの患者さんは苦痛を緩和するために、医療用麻薬の投与を受けています。原則は経口投与ですが、苦痛症状が強くなってくると、PCA(患者自己 調節鎮痛)ポンプという特殊な点滴の装置によって投与するようにしています。
 PCAポンプは、がんによる痛みを和らげるために24時間持続的に一定量の医療用麻薬を注入する装置です。さらに痛みが強いときに患者さん自身がレス キューボタンを押すことによって、薬剤を一時的に多く注入できるようになっています。
 また、多職種によるカンファレンス(症例検討会)も定期的におこない、スタッフがチームとしてどう患者さんや家族にアプローチするか検討します。職種に よって考え方や注目点などが異なるため、患者さんや家族がおかれている状態を適切に評価する重要な機会になります。
 2週間に1回、院外のスタッフ(医師、看護師、ケアマネジャー)も招いた「緩和ケア対策チーム会議」をおこなっています。客観的な意見が出されるこの会 議は今後の方向を修正する重要な機会であり、患者さんに関する情報交換もおこない連携を強化しています。
 また、患者さんや家族との面談も重要です。面談によって患者さんや家族は病状を適切に認識して不安感を軽減することができ、最期を迎えるまでの間、どの ように「よりよく生きる」のか、意思決定する際の準備ができるようになります。スタッフは面談を通じて患者さんや家族の揺れ動く気持ちを理解し、個々に 合った援助方法を見出すことが重要になります。

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「患者さんやご家族がリラックスできるように」とつくられた屋上庭園

 在宅診療を受けることになれば関係スタッフが病院に集まり、「在宅調整会議」を開いて、在宅での支援方法を検討します。患者さんや家族を中心にして、病 棟主治医、看護師、リハビリスタッフ、MSW、外部からは担当ケアマネジャー、在宅診療医と看護師、訪問看護師、介護福祉関連業者など、多いときは20人 以上が一堂に会し、患者さんが有意義な在宅診療を受けられるよう、それぞれの専門分野から意見を出し合って検討します。

 

 

今後の課題

 「がん」と診断されたときから最期を迎えるまで、患者さんの尊厳を尊重し、その人らしく命を まっとうできるよう手をさしのべることが、私たち緩和ケアスタッフの使命です。その使命を達成する場所は、自宅、緩和ケア病棟、一般病棟など、患者さんが 望む場所であればどこでもよいのです。患者さんが望む場所こそが、患者さんにとっての「ホスピス」になります。
 緩和ケアをさらに充実させるために、私が今考えていることをいくつか紹介します。
(1)メディカルカフェ
 「がん」に関連した悩みを持たれている方々に緩和ケア病棟のロビーに集まっていただき、カフェで過ごすようにお茶を飲みながら、病院スタッフやボラン ティアといっしょにお話ししようという企画です。月1回程度を考えています。
(2)緩和ケアチーム
 当院で「がん」と診断されたときから、その患者さんに対する治療を緩和ケアと位置づけて関わる、多職種のサポートチームです。「がんサポートチーム」と命名して発足させたいと考えています。
(3)キャンサー・ボード
 最適で包括的ながん治療を実践し、医療の質を上げるために必要な多職種による議論の場です。他科とも連携をとりつつ立ち上げたいと考えています。
(4)地域住民への広報活動
 まだまだ緩和ケアに対する誤解があります。広報活動や住民向けの公開講座を通じて、地域住民に緩和ケアの必要性を訴えていきたいと考えています。

  当院の緩和ケア病棟は開設して5年目を迎え、原点を振り返る時期になっています。患者さんとその家族に安心をあたえられる緩和ケア、地域に密着した身近な 緩和ケアをめざして、さまざまな立場の方からのご意見・ご要望もお聞きしながら、スタッフ一同がんばっていきたいと思います。

いつでも元気 2013.9 No.263

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