医療・福祉関係者のみなさま

2010年12月3日

【2010.12.03】介護保険部会「介護保険見直しに関する意見」について

2010年12月3日
                       全日本民主医療機関連合会 会長 藤末 衛

(1) 11月30日、厚生労働省は、社会保障審議会介護保険部会がとりまとめた介護保険の見直しに向けた最終報告(「介護保険見直しに関する意見」、以下「意 見」)を発表しました。厚労省が19日に提案した「素案」に対して、認知症の人と家族の会をはじめ多数の異論が出される中、25日の会議で部会長預かりと なり修正を加えたものです。しかし、批判の強かった一部の提案を両論併記に改めたり、出された意見を追記した箇所はあるものの、利用者・家族の介護、生活 よりも財政事情を優先させ、さらなる「給付抑制と負担増」をはかる方向であることに変わりはありません。

(2)「意見」では数々の利用者負担の引き上げが提案されています。ひとつは「一定の所得が ある者について利用者負担の引き上げ」です。負担割合について「例えば2割負担」などと例示されており、「一定の所得」とは、「第6段階(収入で年320 万円、所得で200万円以上)」と説明されています。ふたつめは、「施設の多床室の給付範囲の見直し」です。従来の水光熱費に加え、「減価償却費相当額を 保険給付対象外とする見直しが必要」としています。反対意見が付記されているものの、多床室利用者についても、個室入所者に合わせて居住費の徴収(月5千 円程度)を基本的に実施する方向です。さらに、施設入所者(低所得者)を対象とした「補足給付の支給」について、保険者がその適否について「家族の負担能 力等を把握し、勘案して判断する仕組み」にすることを打ち出しています。「施設入所者前世帯の所得等を支給要件に追加可能」とされており、入所の際に「世 帯分離」をしても支給の判断で考慮しないことを意味します。
 「素案」の段階で実施することが提案されていた「ケアプラン作成等のケアマネジメントへの利用者負担の導入」は「意見」で両論併記となりました。「制度 の基本を揺るがしかねない」「利用の抑制により重度化につながりかねない」など反対意見を紹介する一方、導入した場合の負担額として「居宅介護支援(ケア プラン)月1000円、予防支援(予防プラン)月500円」を提案しています。「要支援者・軽度の要介護者の給付」も両論併記です。「(ヘルパーの)生活 援助などは要支援者・軽度の要介護者の生活に必要なものであり、加齢に伴う重度化を予防する観点からも給付を削減することは適切でない」という「強い意 見」を盛り込む一方、賛成意見として「例えば2割に引き上げ」を提案しています。「生活援助」については、すでに厚労省が、現行の地域支援事業の一環とし て生活援助をふくむ「予防・生活支援のための総合的なサービス」(対象は、要支援1・2、介護予防事業対象者)を創設し、その実施の判断は市町村に委ねる 方向を提案しています(第29回介護保険部会)。両論併記とはいえ、軽度者の給付をいっそう縮小する方向を色濃く打ち出していることに変わりはありませ ん。
 なお、「廃止」「区分の見直し」の意見が出されていた「要介護認定について」は、事務の簡素化を実施するものの根本的な検討は「先送り」、「区分支給限 度額」の引き上げについては、対応を介護給付費分科会に委ねるとし、「意見」では判断を回避しました。基盤整備に対するいわゆる「総量規制」方針は「その まま維持する」方向が示されています。介護療養病床については、転換促進とともに新規開設は認めないとしており、廃止方針がそのまま堅持されています。

(3) 他方、財源見直しの課題として多くの委員や関係団が強く求めていた「公費負担割合の引き上げ」は、「財政事情の影響を受けやすくなり、社会保険制度の利点 を失う」などを理由に、「素案」の段階から「見直しは困難」とされました。論点として提起されていた「総報酬割の導入」(第2号被保険者保険料について、 総所得の高い医療保険者の負担割合を引き上げ)には反対論が強く、「被保険者範囲の拡大」(介護保険料の払い手の年齢引き下げ)は今後の検討に付されてい ます。
 同時に新たな施策として、「地域包括ケアの実現」に向けて、「24時間対応の定期巡回・随時対応サービス」「複合型のサービス」「リハビリテーションの 推進」「住まいの整備」などが打ち出されています。さらに、処遇改善への新たな対応として、「介護報酬の引き上げ」(介護職員処遇改善交付金を介護報酬に 組み込むことにより+2%程度)のほか、グループホームやユニット型個室の費用負担軽減などが盛り込まれています。「意見」では、これらの新たな施策と介 護給付費の自然増により、第5期(2012~14年度)の65歳以上の介護保険料が1人月額5200円程度(全国平均)になる見通しを強調し、「保険料は 月5000円が限界」という意見を紹介しながら「介護保険料の伸びをできる限り抑制するよう配慮することも必要」としています。

(4) 今回示された「意見」の特徴は、新たな財源は確保できないことを前提にした上で、地域包括ケアの実現や介護保険料の抑制など新たな施策・対応を講じること と「引き替え」に一連の「給付抑制・負担増」を提言している点にあります。これは、財政運営戦略の「ペイ・アズ・ユー・ゴー原則」(歳出増又は歳入減を伴 う施策の新たな導入・拡充を行う際は、原則として恒久的な財源を確保するという考え方)に基づくものです。
 また、提案されている「給付抑制・負担増」によってどれだけ国庫負担が削減できるかを示した「財政影響試算」も添付されており(例えば、ケアプランの有 料化で国庫負担で90億円削減、介護保険料ベースで20円程度引き下げ可能など)、厚労省は、すべて実施すれば月4800円前後に介護保険料を抑えられる と説明しています。
 「意見」は、「ペイ・アズ・ユー・ゴー原則」を土台に、財政上の帳尻を合わせることを基本にすえ、高齢者・国民に「介護保険料の値上げか、給付の抑制 か」に二者択一を露骨に迫るものとなっています。その背後には、こうした“兵糧攻め”によって「これ以上のサービスの削減や負担増を避けるために消費税の 増税を」という世論をつくっていこうという国のねらいが透けてみえます。

(5) 私たちが先日とりまとめた「介護保険10年事例調査報告」(11月18日マスコミ発表、全日本民医連HPに掲載)では、利用料や保険料をはじめとする重い 費用負担を理由に、必要なサービスであっても利用を手控えたりとりやめる事例が多数寄せられました。集約した事例の半数で利用困難な理由に「費用負担」の 問題をあげています。現在、高齢者全体の6割が市町村民税非課税であり、「国民生活基礎調査」によれは高齢者世帯の2割強(女性の独居世帯では5割)が生 活保護基準以下の収入で生活しています。収入が低い層ほど要介護の出現率が高いという報告もあります。見直し案が打ち出した利用者負担の引き上げは、介護 保険サービスをより必要としている低所得層の利用をいっそう困難にします。とりわけケアプランの有料化は、制度の入り口で排除されてしまう高齢者を大量に 生み出すものとなるでしょう。補足給付や多床室の費用負担の見直しは、低所得者に退所をせまるとともに、入所費用を工面できないため「待機者にすらなれな い」事態をいっそう広げるものです。
 また、軽度に判定されて予防給付に移され、訪問介護(生活援助)の回数や時間が削られたことで生活の上で様ざまな支障を来たし、状態の悪化や閉じこも り、家族の介護負担の増大をまねいている事例が報告されました。現状の支給限度額では十分なサービスを受けられない重度利用者のケース、家族の介護が限界 になっても施設に入所できず、今後の行き場・行き先を見いだせないケースなど介護保険制度をめぐる深刻な事例が報告されています。
 「意見」が示した見直しの方向では、利用者・家族が現状で抱えている困難を打開することはできません。そればかりか、制度からますます遠ざけられ、日々 の介護・生活にさらなる困難を生じる高齢者をいっそう増大させることになるでしょう。利用の抑制は状態の悪化・重度化をまねき、中長期的にみればかえって 介護給付費が増大することにつながります。これは厚労省自身の思惑にも反するものです。利用困難の拡大やサービスの縮小は、事業者にとっても事業の存続自 体を左右しかねない影響をもたらします。新たな処遇改善策として、現行の処遇改善交付金を廃止し介護報酬に組み込むとしていますが、わずか「2%の引き上 げ」では、介護現場の困難や慢性的な人手不足を抜本的に打開することにはならないでしょう。
 いったい誰のための介護保険制度なのか、何のための「持続可能な制度」なのか、改めて問われなければなりません。

(6) 私たちは、介護保険制度の見直しは、何よりも制度の「当事者」である利用者・家族が現実に抱えている困難から出発したものでなければならないと考えていま す。高齢化がいっそう進展していく中で、介護・生活上の様ざまな困難を抱え、社会的な支援を必要とする高齢者がさらに増えていきます。「安心して老後を送 りたい」はすべての高齢者・国民の願いです。「自己責任、家族責任の介護」から「社会で支える介護」へと本格的に転換させる制度改革が求められています。 そのためには、何よりも公的責任とりわけ国の責任を抜本的に強め、介護保険財政に公費を大幅に投入することが必要です。それによってこそ、2025年に向 けて新たに提案されている地域包括ケアも、真に高齢者・国民の願いに適うものとして実現されるでしょう。
 なお、今回の見直しの前提とされている「ペイ・アズ・ユー・ゴー原則」は、小泉構造改革時代に打ち出された「予算見合いの原則」(新規施策の計上にあた り、既存施策の廃止・縮減を行う-骨太方針2004)の焼き直しです。11月25日の部会に出席した民主党出身の政務官は、「ペイ・アズ・ユー・ゴー原則 の財政的制約がある中で議論してもらってきた」と発言しており、民主党政権下においても、自公政権時代の基本的な財政上の枠組みが引き継がれていることを 示しています。そもそも「ペイ・アズ・ユー・ゴー原則」は、社会保障に適用すべきものではありません。個々の施策の検証もないまま、財政事情の一点のみで 一方的に給付を切り捨て、国民に負担を転嫁する考え方は即刻取り下げるべきです。
 民主党は、昨年発表した参院選挙マニフェストで、小泉政権時代の給付抑制策を批判し「介護保険制度の抜本改革」を掲げました。介護保険2011年改定に 対する政権与党としての民主党のスタンスが正面から問われています。

(7)今後、介護保険部会「意見」をふまえながら、来年の通常国会に上程される介護保険法改法案の策定作業が進められていきます。政府に対して改めて以下の点を強く要請するものです。

 見直しに際して、「ペイ・アズ・ユー・ゴー原則」を撤回し、前提としている財政制約の枠組みを撤廃すること

 「意見」で提案されている利用者負担を実施しないこと、生活援助は縮小せず拡充すること、利用者・家族の現状をふまえ、「給付は必要に応じて」「負担は支払い能力に応じて」の原則に基づく制度の再設計を大胆に行うこと

 介護報酬の大幅をふくめ、介護従事者の抜本的な処遇改善策を講じること

 以上を実現するために、介護保険財政に対する公費負担の割合、とりわけ国 庫負担の割合を大幅に増やすこと、財源は、低所得層の生活困難を加速させる消費税の増税によるのではなく、認定システムなど介護保険の運用コストの見直し と合わせ、財政のあり方を根本的に見直すことを通して確保すること

 

以  上

(PDF版)

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