MIN-IRENトピックス

2015年12月29日

特集 世界が見た“平和ブランド” 新春対談・紛争地と日常結ぶ想像力

谷山博史代表(JVC) 藤末衛会長(全日本民医連)

 世界で地域で、ともに「人権」をキーワードに活動してきた日本国際ボランティアセンター(JVC)と民医連。政府は安全保障関連法の強行に続き、今年は憲法改悪をもくろみます。私たちは時代をどう捉え、何にとりくめばいいのか。全日本民医連の藤末衛会長と、JVCの谷山博史代表が対談しました。

文・新井健治(編集部)/写真・井口誠二(編集部)

藤末会長

藤末会長

藤末 あけましておめでとうございます。今日は「安心して暮らせる世界へ」を本誌で連載していただいているJVCの谷山代表と、憲法を軸に平和と社会保障について考えたいと思います。
谷山 この対談にあたり、パンフレット『新しい時代を民医連綱領とともに』(写真)を読み、改めて民医連の歴史を知りました。民医連は戦後の混乱期に、貧しい人たちに医療を提供することから始まったのですね。驚いたのはサービスの提供にとどまらず、住民と共同して地域の健康づくりをしてきたこと。さらに医療や福祉を受ける権利を政府や自治体に要求しています。自立した地域づくりをしてきたからこそ“抵抗”もできる。実はこれはJVCが紛争地で実践していることと同じです。
藤末 私たちの地域のパートナーが共同組織です。本誌は共同組織と職員をつなぐ機関誌です。

「新しい社会保障運動を構築」(藤末)

9条と25条の解釈改憲

写真谷山 世界の先進国は今、経済成長の限界を軍事力で突破しようとしています。その流れに乗って出てきたのが、安保法制とTPP。この二つは切り離しては考えられません。先進国に資源を収奪された途上国では不満が鬱積し、ときに暴動が起きる、それを“テロリスト”として鎮圧する。先進国の“国際秩序の維持”との名目には、そういう側面もあります。安保法制は国際秩序の維持に「貢献」することになります。TPPは、多国籍企業がこれまで以上に自由に資源を収奪することを可能にする条約でもあるのです。
藤末 昨年は安保法制だけでなく、「医療保険制度改革関連法」も五月に強行採決されました。同法は社会保障を国民の権利(憲法二五条)から、「国民相互の助け合い制度」に変質させるもの。二〇一五年は憲法九条も二五条もないがしろにする“解釈改憲”の年でした。
 安保法制の反対運動では、「立憲主義の蹂躙を許さない」という大きな動きが世代を超えて生まれました。一方、同じ解釈改憲でありながら、社会保障はあまり話題になりませんでした。政府が分かりづらい制度改革を議論の中心にし、財政危機を逆手にとって宣伝したことが大きいと思います。
 今年三月に福岡で全日本民医連の総会を開き、二年間の方針を決めます。今後は安保法制の廃止とともに、より広い世論に依拠した社会保障運動を構築しなければなりません。
谷山 平和や人権をないがしろにする政策に対して、腹を据えて抵抗の仕組みを考える時です。視点は“足元”から、いわゆる“地域”からではないでしょうか。

改めて安保法制を考える

谷山代表

谷山代表

谷山 安保法制の国会審議を聞くと、政府は紛争地の実情を全く知らない、あるいは知らないふりをしている。南スーダンを見れば明らかなように、現実は政府と反政府勢力が対立し混沌としています。自衛隊がどちらかに銃を向ければ、その時点から敵として扱われ、無関係の日本人やNGOも攻撃の対象になる。また、「後方支援は武力行使にあたらない」なんて言うのは、実態を知らない政治家が作り出した危険な言葉遊びですよ。
藤末 日本人の戦争記憶は空襲や原爆など、肉親を失いひどいめにあったという「被害者」の側面が強い。安保法制の目的は、自衛隊が米軍とともに海外で武力を行使することです。当該国や国民から見ると加害の側に立つということ、私たち自身が加害者になることに想像力を働かせるべきです。
谷山 民医連の皆さんは日本人だけでなく、世界の人々の命に対しても感性が強いと思います。
藤末 グローバリズムの時代に、一国だけで平和や社会保障は守れません。私たちの日常の平和や医療、介護と世界がつながっているという認識を持つことが必要です。
谷山 そうですね。イスラエルが二〇一四年七月から、パレスチナのガザ地区で空爆と地上戦を繰り広げました。二一〇〇人以上が亡くなり、半数以上は女性と子どもです。
 同じ二〇一四年の四月に、日本は武器輸出三原則を撤廃、直後の五月にイスラエルのネタニヤフ首相が来日しました。日本が共同開発したF 35戦闘機が、イスラエルに導入されることも決まっています。戦闘機を使うのはガザです。日本が開発に携わった戦闘機がガザの人たちを殺すことになる。こうした事実を知り、紛争地の人々に思いを巡らすことが必要かと思います。

途上国の資源を奪う日本

藤末 昨年一〇月に開いた全日本民医連学術運動交流集会では、韓国とフランスの医療団体を招いて国際シンポジウムを開きました。各国に共通しているのは、医療も含め多国籍企業の利益を肥大化させる動きが顕著であること。TPPは多国籍企業の利益を最大限に確保するのが目的です。谷山さんは「TPPと安保法制は切り離せない」と指摘しました。
谷山 地球資源が枯渇するなか、先進国や新興国が途上国の資源の争奪に走り、そのツケを地域住民が被っています。TPPによって国際資本と地域住民との紛争が激化するのは目に見えています。
 食糧危機を乗り切ろうと、日本企業はアフリカのモザンビークで大規模農業開発を始めました。日本の耕地面積の三倍にあたる一四〇〇万ヘクタールの広大な大地に、輸出用作物を作らせようとしています。そこで暮らす農民は独自の作物体系と土地の共同利用のもと、豊かに暮らしてきましたが、その生活を日本企業がまったく変えてしまおうとしているのです。
 農民たちは大反発し、全国規模で反対運動が起きています。もしこれが紛争になれば、食糧の輸入は止まります。そこで将来、紛争を抑えるために自衛隊が出てくる可能性があります。安保法制を巡る国会審議では、「エネルギーが止まれば存立危機事態だ」と言いました。そのうち、食糧が止まっても存立危機事態だと言い出すかもしれません。

「抵抗は“地域”から」(谷山)

権利としての社会保障

藤末 三月の総会方針を前に、私たちは社会保障の問題について、もう一度原点に帰って認識すべきと思っています。
 社会保障が今現在困っている人だけのためにあるとの認識にとどまっていては、大きな運動をつくることはできません。社会保障が権利であって、九九%の人が貧困に陥ることなく生活するための仕組みだということ。そしてそれは、長年の運動で勝ち取ってきたという歴史を知ることが必要です。
谷山 冒頭に紹介したように、JVCは民医連の共同組織と共通する活動を展開しています。途上国を支援するうえで、単に支援を続けるだけでは本当の解決にはならない。たとえば、アフガニスタンでは住民の中からヘルスワーカーを育成し、地域レベルで予防医療をできる体制を整えます。すると医療や保健が地域再生のひとつの柱になります(本誌一二月号参照)。
 一方で、医療を受ける権利を人権と考えれば、必ず政府の責任があるはずです。最初は住民自らがやっていた活動も、国が立ち直ってきたら国の責任でやらせる。住民も「国に要求ができるんだ」と意識を変えなければいけません。
藤末 私の知人でWHOやユネスコで働いていた医師がいます。彼は「支援した国の政策に抵触するような提言をすると、政府からストップがかかる」と話していました。
谷山 途上国では政府の批判をすれば潰されるし、私たちがいなくなったら住民が弾圧を受ける可能性もある。地域の有力者を巻き込み、住民の自覚を促す活動を取り入れる理由はそこにあります。国に変革が起きるまで持ちこたえなければならないなかで、自治体を巻きこむことは大きなカギです。住民に一番近い行政である地方自治体に、地域の有力者とともに働きかけます。海外の紛争地でも「地域」はキーワードです。
藤末 たしかにその通りです。二年ほど前に、「医・食・住・環境の再生をめざすシンポジウム」を全国各地で呼びかけました。農協をはじめ各種団体に参加してもらって各地で開催し、民医連に関わる地域の人に確信を与えました。
 単にサービスを提供するのではなく、地域で日常的に住民とともに保健や福祉を組み立てていく。その経験が権利としての社会保障を相互に実感することになるのではないでしょうか。
谷山 「ライツ・ベース・アプローチ」という考え方があります。住民には医療や教育を受ける権利がある。権利があるということは義務も負っていますが、それは誰なのかという認識を地域で共有します。すると、住民が「自分たちにも義務があって、できることはやろう」となると同時に、国の義務もはっきり要求できるようになります。民医連がやっていることですね。

医療の役割とは?

谷山 私たちはパレスチナのNGO「パレスチナ医療救援協会」と共同で、東エルサレムで健康教育や検診活動をしています。最初は住民へのサービスとしての支援でしたが、今は地域の人が自らとりくむようになりました。
 今後は地域のレジリエンス(抵抗力・耐久力)を、どのように高めるかが課題です。いつ紛争や衝突が起こるかわからない状況下、自分たちで応急救護手当てができるようにもなっています。若者たちが医療や福祉を受け継ぐ運動の芽が育ってきました。民医連の六〇年の歴史と同様のことを目の前で展開しているわけで、パレスチナの人たちに通じるものがあるのではないでしょうか。
藤末 今の医学生は専門医になるために「早く独り立ちをしなければ」という焦りが強く、誰のために、何のためにということが置き去りになりがちです。医療の役割は、地域住民の幸せと関わるなかで実感できます。NGOの方と民医連職員がその実感を共有できるような交流が実現すれば、医学生にとっても非常に良いことだと思います。
谷山 社会が発展するほど分業化がすすみ、社会の中での自分の役割が見えにくくなります。逆に、物が不足してサービスもない地域ではすべてが切り離せない状態で存在している。医療も農業も教育も、政治も全部つながっています。海外との接点を持ちながら、地域を見直すことは大事なことです。

権利を学び世界を知る

藤末 仕事の分業化が進むなかで専門性を追求しようとして、希望を見失う職員もいます。自分たちの職業と社会の関係をつかみ、人間的なやりがいを実感できる職場づくりをすすめたい。そのためにも、世界の実態を知ることが大切ですね。
谷山 私は若い頃、ずっと海外にいました。この歳になって改めて国内に目を転じると、途上国で起きていることと私たちが抱えている問題が通底していることが見えてきました。
 社会の価値観は確実に変わってきている。経済成長を軸として人生を組み立て競い合う社会は、限界に来ています。殺伐とした社会で目標を見いだせない若者は、人と人とのつながりや自然とのつながりに目を向け始めています。
 市場経済が極限状況のなかで、民医連はそれに代わる新しい価値を創造している。これからも健康を軸に自立した地域づくりの事例を示し、社会に希望を与えていただければと思います。
藤末 二〇一六年は「地域のつながり」がますます重要になる年でしょう。平和や社会保障の運動でも、医療、介護の活動でも、いっそうの共同・連携をめざして地域へ出ていきます。JVCは世界から地域へ、民医連は地域から世界へ。ともにがんばりましょう。

いつでも元気 2016.1 No.291

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