事業所のある風景

2014年4月15日

東京/小豆沢病院 みんなに優しい病院づくりに

 小豆沢病院のある東京都板橋区は東京23区の北部に位置し、中山道、環七通り、環八通りなどの幹線道路や首都高速5号線が通っています。また、鉄道は都営三田線、東武東上線、JR埼京線があります。
 板橋の名の由来は、鎌倉時代の軍記「延慶本平家物語」に源頼朝が、「『武蔵国豊島ノ上滝野川ノ板橋』に布陣した」とあります。ここに「板橋」が初めて登 場します。江戸時代に入ると、整備された五街道の1つ、中山道の1番目の宿場が「板橋」に置かれ、大江戸の出入口として繁栄しました。
 明治期から軍需中心であった板橋区の工業は終戦を境に精密機械を中心とする平和産業に変容しました。また、昭和30年代まで東京の穀倉地帯と称された 「徳丸たんぼ」には1966(昭和41)年から日本住宅公団(当時)の手により、高層住宅が相次いで出現しました。「高島平団地」の出現は、板橋が都市化 へ向けて出発する第一歩となりました。
 現在では、社会情勢に違わず高齢化が急速に進んでいます。一方で板橋区の都営三田線沿線は比較的家賃が安価なこと、また、同線は他県から乗り入れがな く、区内の西高島平が始発でラッシュアワーも比較的緩やかなため、20?40代の年齢層の人口も近年増加していることが特徴的です。

地域の人々に支えられながら

 東京板橋の地に1946年、東京自由病院が開設しました。これが小豆沢病院の前身です。その10年後、1956年に地域住民からの基金を元に、医療法人財団健康文化会小豆沢病院が設立されました。以降地域の人々に支えられながら、50数年のときを経て、現在に至ります。
 当院は2年後には開設60周年を迎えます。板橋区は複数の大病院が林立し、救急車搬送台数が23区内でも常にトップクラスの医療の集積地です。その中で 小豆沢病院は134床の病床を有し、地域の医療機関・介護事業所との連携を重視して、在宅も含めた地域医療を担っています。

「医療活動3カ年計画」遂行中

 小豆沢病院は現在「医療活動3カ年計画」の2年目にあたり、その遂行に努めています。
 メーンテーマは「高齢者に優しい病院づくり」です。高齢者に優しい病院は、子どもを含めたすべての世代に優しい病院ということです。
 以下が3つの重点課題です。
 ・病院の在宅支援機能も含む強力な在宅医療の構築
 ・あらゆる場面でのリハビリテーションの展開
 ・HPHとしての役割を強化し、職業性疾患へのとりくみをすすめる
小豆沢病院 事務長 須田 夏生)

「民医連事業所のある風景」 『民医連医療』2014年4月号.No.500より

お役立コンテンツ

▲ページTOPへ