いつでも元気

2014年4月1日

特集2 脳の健康を保つ 生き生きと長生きするために

脳卒中の危険を抑え、「2つの栄養」を重視

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今田隆一
宮城・坂総合病院院長
(脳神経外科)

 日本は、世界でも有数の長寿国です。特に女性は平均余命(現在ゼロ歳で生まれた人が今後生存できる平均年)で、世界一の座を長く保ち続けています。
 健康寿命(自立した生活が可能な寿命)も、同様に世界有数です。
 このように日本が長寿国となり、健康寿命も長くなるなかで、重要な関心事となっているひとつが、「脳の健康」ではないでしょうか。

長寿を実現するには

 人間が年齢を重ね、自立を阻害される際の最大の要因は、脳卒中などの血管病です。逆に、血管病の原因となる高血圧症・糖尿病・脂質異常症(悪玉コレステロールや中性脂肪が高い)や心臓病などの生活習慣病を適切に予防・管理できれば、脳卒中の危険も抑えられます。
 この生活習慣病とともに死因のトップを占めるがんをあわせて考えると、青年期からの生活習慣や、中年期からの健康管理が長寿につながるものと言えるでしょう。
 ところで、このような努力の結果、自立した生活が送れると、90歳以降の方の直接の死因は、肺炎などの急性疾患や老衰などが目立つようになっていきます(図1)
 脳は本来、心臓や腎臓など他の臓器や筋肉などと比べて、機能を長く維持できるようになっています。このことは、認知機能障害の出現率を見ることで推測できます。
 年代別に見ると、急性死が増える90歳代でも認知機能障害がある人は3分の1で、残り3分の2は健全だと言われています。この割合は100歳になると逆 転します。つまり認知機能面からは、多くの方が100歳まで正常に働き続ける能力を持っていると考えられているのです。

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(拡大する)

脳のしくみ

 脳は、外から入る情報(映像や音、温度、感触など)を認知して情報をとりまとめる役割や、外部から得た情報にもとづいて身体の機能を動かすプログラムを 作成して実行する司令塔などの役割を果たしています。そしてプログラムを実行した結果、自分と周囲に起こった変化をふたたび情報として得て評価し、次のプ ログラム実行へとつなげるわけです。
 よく知られているように、脳は場所によって受け持つ機能が分かれています(機能の局在)。しかし機能がばらばらのままでは外部で起こったことを総合的に 正しく認知できません。身体機能を働かせる上でも、ばらばらでは困ります。そのために、脳には個別の機能を統合して、おたがいの機能が協同して働くように とりまとめる部分も存在しています。
 これを認知面から見てみましょう。見る・聞くなどの情報は、眼・耳などから入って脳の深部にとりこまれた後、それぞれ後頭葉、側頭葉(図2)に伝えられて処理され、認識されていきます。気温などの外部情報と、筋肉や関節などから来る体内の情報は、脊髄を通ってやはり脳の深部に伝えられた後、頭頂葉に伝わって処理されて認識されます。
 これらの感覚情報はその後、頭頂葉で総合的に処理されます。情報の一部は、側頭葉内側の海馬という部分に伝わって記憶の情報に変換されて側頭葉内に保存され、必要なときに取り出せるようになります。
 脳は内臓を動かしたりコントロールする役割も持っていますが、内臓から得られる情報の一部は、自律神経を通じて脳の深部にある大脳辺縁系(図3)という場所に到達し、「快・不快」「怒り」「悲しみ」などの原始的な感情(情動)を作り出すもとになります。この大脳辺縁系は海馬の近くにあるため、情動は記憶の処理にも大きな影響をあたえます。
 脳の機能を保つとは、このような局所的な機能を保つとともに、情報を統合して処理するために必要な前頭葉の機能を守ることと言えます。 前頭葉は統合さ れた情報をさらに振り分けて優先付けしたり、不要な情報は抑えて、最終的に「今、何をすべきか」という答えを準備するほか、行動の動機付け(これを意欲と 言います)もおこないます。

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脳の機能を保つには

 では、どうしたら脳の機能を維持できるでしょうか。「脳の栄養」を2つの面から考えるとわかりやすいでしょう。1つは「情報」、もう1つは「酸素と血糖」です。
 まず情報ですが、脳に「入力」するだけでなく、とりこんだ情報をプログラム化し、正しく「出力」することです。そして出力された情報が、外部の環境や体 内に望ましい変化をもたらし、その結果がまた情報として入力される「よいサイクル」をつくり出し、回していくことが、脳の健康を保つ上で重要です。
 くわえて、脳に悪影響をあたえるものから遠ざかることが大事です。

(1)質の良い情報を入力しよう

 情報が入力される脳の場所は、情報の種類によっても異なることは、先ほど述べたとおりです。左脳に関連の深い言語情報については、すでに多くのことが市販の書籍で語られていますので、ここでは音楽と咀嚼を例にとってみましょう。
 音楽を聴き、楽しみ、歌う働きは、右脳にあります。ですから音楽を楽しむのは、右脳への大きな情報入力になります。特に音楽を「楽しむ」ことが重要で す。「論理脳」とも呼ばれる左脳に対し、右脳は「感情脳」とも呼ばれるくらい、情動や感情と関係が深い脳です。「楽しむ」ことで右脳に質のよい情報がとり こまれ、ひいては前頭葉に関連の深い意欲を引き出す源となるのです。
 続いて口は、唇・口腔粘膜・舌・歯・歯茎などで構成されていますが、頭頂葉にはこれらの刺激を受け止める広い場所(感覚野)があります。口を使う──た とえば話す、食べる、口の中の手入れをする(歯磨きなど)ことは、頭頂葉の広い範囲に情報を入力することになります。しっかり咀嚼することは「あじわう」 こととあわせて、脳への大事な情報供給源となっているのです。

(2)脳から情報を出力させよう

 「頭の中で考えるより、実際に体を動かしてやってみた方がためになる」。誰でも経験したことがあるのではないでしょうか。これは、脳の機能を保つ上でも大事なことです。
 脳の情報を手や足の行為として具体化する、その結果、生まれたもの(たとえば物作り)を触る、見る、使う。そこからまた新たな情報が脳に入力されるというサイクルが作られることは前述しました。
 このようなサイクルを回すためには「実用性の高い」手や足を確保しておくことが必要です。そうすれば、より多くの情報を手足を通じて得たり、出力できるようになります。
 実用性は「パワーが出せる」だけでは高まりません。複雑な情報にも対応できる精緻な器官でもなければなりません。それには子どものころから運動したり、 手足を使って物を作ったり、作業する習慣づくりを意識することが大事です。

(3)血管の健康を保つ

 脳はとてもぜいたくな組織です。たくさんの酸素と血糖を消費するにもかかわらず、蓄えを持っておらず、常時、血液からの補給に頼っています。ですから脳 の機能を維持する上では、▽体全体の酸素・血糖の摂取量と、▽脳に酸素と血糖を送り込む心肺機能、▽補給路である動脈の弾力性を保ち続けることがカギにな ります。つまり、動脈硬化を予防するということです。
 動脈硬化の危険因子である高血圧症・糖尿病・脂質異常症や心臓病などの生活習慣病対策(食事や運動、規則正しい生活など)が肝要です。

(4)悪いものから遠ざかる

 喫煙は「百害あって一利なし」の典型です。一時期、喫煙が認知症に対して「発症を抑える役割をしているのでは」と考えられた時期がありましたが、今では 間違いとされ、「多くの方が喫煙の害で、認知症になるまえに死んでしまっていたからだ」と言われています。喫煙は、動脈硬化の危険因子でもあります。
 飲酒も「過ぎれば害」になります。一般的に、アルコールに換算して1日あたり20g以下(ビール400ml、日本酒140ml、焼酎80mlに相当)に 抑え、さらに週2回、飲酒しない日をつくれば、脳にはあまり害はないと言われています。もちろん個人差もありますが、それ以上の飲酒(とくに50g以上の アルコール多飲者)では認知機能の低下や脳出血の危険因子になる可能性があるとされています。
 もうひとつ、注意しなければならないことがあります。薬の副作用です。現代社会はストレスが強まっていることもあり、全体的に精神安定剤や睡眠導入剤な ど、精神・心理状態に影響を及ぼす薬の使用量が増えています。長期にわたる連続使用によって、脳にどんな影響が出るのか不明なところも多いのですが、医 師・患者ともに注意すべき問題だと思います。
 頭部のけがについても注意が必要です。脳に損傷を受けてしまうような大けがはもちろん、そこまで重傷ではなくても、脳の振動が繰り返されると、脳の機能 に影響が残ることがあります。サッカーのヘディングやラグビーのタックル、ボクシングなど頭部への衝撃を繰り返すものなど、スポーツによる振動も含めて気 をつけなければなりません。

脳ドックの意味と使い方

 脳の健康を保つ上で脳ドックを活用するのもよいでしょう。脳ドックはMRI(電磁波による断面撮影)で主に脳そのものと、脳内の比較的大きな動脈の病気の有無をみます。
 近年、脳ドックをおこなう医療機関が増えています。脳ドックで、気づかないうちに起きていた脳梗塞の跡が見つかることもあります。脳卒中を起こしたこと があるのかどうか、また脳卒中の原因となる血管病の有無などがよく分かります。脳腫瘍の有無についても同様です。
 くも膜下出血の主な原因となる動脈瘤(動脈の弱くなった部分に血液が流れ込んでこぶになる)もかなりの確率でわかります。特に兄弟や姉妹、両親などにく も膜下出血を起こした人がいる場合、定期的に脳ドックを受けることをおすすめします。
 認知症ではMRIによる画像上の変化よりも先に、機能の障害(記憶障害など)が出てくることが多いようです。認知症の有無を判定しようとしても、初期の 段階ではあまり役割を果たせません。こうした脳ドックの利点と限界をよく知って、脳の健康維持に活かすことが得策です。

支えあいの輪を広げよう

 日本が「健康で長生き」を達成している要因については、医療技術水準の高さや国民皆保険制度による医療機関へのアクセスのよさ、良好な衛生環境などが指 摘されていますが、一昨年にはハーバード大学のイチロー・カワチ教授が「社会関係資本」論をとなえて注目を集めました。
 「社会関係資本」論とは、簡単に言えば「他の先進国と比べると日本には地域住民のネットワークや支えあいが色濃く残っており、それが長命・長寿の主要因になっているのではないか」という説です。
 このような住民の支えあいやネットワークは、脳に情報を入力したり、出力する点からも望ましいものと言えるでしょう。まさに共同組織の出番です。

イラスト・井上ひいろ

いつでも元気 2014.4 No.270

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