いつでも元気

2015年1月1日

特集2/線維筋痛症/原因不明の痛みと多様な症状をともなう

患者の痛みや苦しみを理解し、受け入れて

genki279_03
石川・城北病院
村山隆司
(リウマチ科)

 線維筋痛症は、全身の広範囲にわたって慢性的に痛む病気です。その痛みは激しく、寝床から起き 上がることができないケースもあります。原因は不明で、痛みは鎮痛剤に反応しづらく、強い疲労や倦怠感、目や口の乾燥感、胸やけ、下痢・腹痛、頻尿、不眠 や抑うつ気分など、多様な症状をともないます。

慢性疼痛と線維筋痛症

 一般的に痛みは、やけどやケガ、突然の病気などによって起こる「急性疼痛」と、原因の治療をおこなっても何カ月も痛みが続いたり再発したりする「慢性疼痛」の2つに大別されます。
 「急性疼痛」はからだを守る反応のひとつで、重要な役割を持っています。脳が「痛い」と認識することによって、病気やケガで傷ついた部分を一時的に安静にさせるのです。
 一方、「慢性疼痛」は痛みの原因が治りにくいために痛み続ける、あるいは痛みの原因がなくなっても痛み続ける状態です。痛みの存在自体が病気となって、 日常生活にも支障が出るようになります。線維筋痛症の痛みは、こういった「慢性疼痛」のひとつです。

痛みの種類

genki279_04

 さらに痛みは、以下の3つのタイプに分けられます(図1)。
(1)侵害受容性疼痛
 骨折やケガで、体の組織が損傷を受けたときに起こる痛みです。関節リウマチなどのリウマチ性疾患もこれに属します。
(2)神経障害性疼痛
 神経組織そのものに障害が起きたときに起こる痛みです。代表的なものに帯状疱疹後の神経痛、三叉神経痛、坐骨神経痛などがあります。
(3)非器質的(心因性)疼痛
 痛みの原因になるケガや病気が見つからない痛みです。過去に何らかの肉体的な外傷や負荷を受けた経験があり、なおかつ心理・社会的ストレス、筋肉の過剰 な緊張が起こった場合に起こると言われています。線維筋痛症は、この「非器質的疼痛」に含まれる病気です。
 線維筋痛症の患者さんは、健康な人なら痛みを感じないような刺激でも痛みを感じます。その痛みは、「ズキズキとする痛み」「鈍い痛み」「ヒリヒリする痛 み」「刺すような痛み」「焼けるような痛み」など多様に表現され、重症化すると「爪を切るのも痛くてできない」ほどです。
 また、天候の変化や肉体的・精神的ストレスなどによっても症状が悪化します。身体を動かしているときよりも、夜間など、じっとしているときの方が痛みを強く感じるのも特徴です。

原因は

 線維筋痛症患者さんにみられる痛みは、どのようにして起こるのでしょうか。くわしいことはまだ解明されていませんが、現在、考えられていることを紹介します。
 痛みとなる刺激は、皮膚などの末梢神経にある受容器で感知します。感知した痛みのシグナルは、脊髄後角と呼ばれる部分に伝えられます。シグナルは、脊髄 後角からさらに脳に向かっていく神経(脊髄視床路)に伝えられて最終的に脳に届きます。
 脳で痛みを感知すると、今度は脳から脊髄後角に向かっている下行性疼痛抑制系神経が働いて、痛みを抑えようとします。このように、脊髄後角では車のアク セルとブレーキの関係のように“痛みを起こす刺激”と“痛みを抑える刺激”を調整しています。線維筋痛症は「この調整がうまく働かなくて、痛みをおこす刺 激がより強くなっている状態の痛みではないか」と考えられているのです(図2)。また、線維筋痛症の患者さんに脳の機能を調べるMRI検査(注1)をおこなうと、脳の一部に健康な人よりも痛みに過剰に反応する部位が認められることから、脳内の異常(脳内炎症)も原因のひとつに挙げられています。

注1)電磁波で身体の断面を調べる検査の一種。血流をとらえて、脳の働いている部分をとらえる

genki279_05

診断

 線維筋痛症は原因が不明なので、決め手となる診断手段はありません。医師の診察や血液検査はもちろん、CT(X線による断面撮影)や一般的なMRI検査などでも異常を発見できません。
 したがって、痛みをおこす原因となる病気が見当たらず、3カ月以上続く上半身・下半身を含めた左右対称の広範囲の痛み(慢性疼痛)があり、痛み以外の自 覚症状(疲労感や起床時の不快感、思考や記憶力の障害、頭痛、うつ症状、下腹部痛など)をどれだけともなっているかによって診断します(図3)。そのため、これまで線維筋痛症を治療したことのある経験豊富な医師でないと診断が難しい場合があります。

genki279_06

治療法

 線維筋痛症には残念ながら根治療法はありません。治療には、痛みを起こす神経の興奮を抑えた り、痛みを抑える神経の働きを強めたりする薬剤を、症状にあわせて投与します。主には抗けいれん薬、常習性の少ない麻薬系薬、抗うつ薬、抗パーキンソン 薬、睡眠導入剤などです。以下、型別に紹介します。
■筋緊張亢進型
 線維筋痛症では、筋肉が過度に緊張する(筋緊張の亢進)ことによる症状や、筋肉が骨に付着する部位の痛みによる症状、さらには心因的要因による症状が複 雑に絡み合って、さまざまな症状が出現します。筋緊張亢進型は比較的若い年齢層に発症する場合にみられ、かなり激しい痛みをともないます。痛みを起こす神 経の興奮を抑えるプレガバリン(商品名リリカ)の投与を中心に治療をおこないます。
■腱付着部炎型
 外傷やリウマチ性疾患が原因で発症し、アキレス腱・鎖骨や肋骨の関節・膝などの腱が付着する部位が痛みます。非ステロイド系抗炎症薬や抗リウマチ薬であるサラゾスルファピリジンなどの投与が効果的です。
■うつ型
 心因的要因から線維筋痛症を発症します。抗うつ薬や抗不安薬を投与します。
 以上、紹介した3つの型は重なり合うのが一般的で、治療法も組み合わせておこなうのが通常です(図4)。しかし、治療で投与する薬剤のうち、線維筋痛症の治療薬として保険適用されているのは、唯一プレガバリンのみです。こういったところからも、わが国における線維筋痛症対策の遅れがみてとれます。

genki279_07

代替療法

 そのほか、鍼灸療法、マッサージ、リラクゼーション、ヨガ、気功などを含めた各種代替・補完医療もおこなわれています。このなかで、科学的に有効性が確認されているのは認知行動療法と有酸素運動療法です。
 認知行動療法とは、認知(物事の受け取り方や考え方)に働きかけて気持ちを楽にする精神療法(心理療法)の一種です。誤った認識やおちいりがちな思考パ ターンの癖を、客観的でよりよい方向へと修正して、考え方のバランスをとってストレスに上手に対応できるこころの状態をつくっていきます。自分自身で手引 きを参考にしながらできる手軽な方法から、専門の医師やセラピストの治療を受ける方法まで、患者さんの状態に合わせておこないます。
 有酸素運動療法とは、息をとめずに長時間続けることができる軽めの運動で、筋肉の緊張をとって、痛みを和らげ、筋力を維持し、十分な睡眠がとれるよう改善していきます。
 “症状がすぐに改善しないから”とドクターショッピング(医療機関を転々とすること)を繰り返す患者さんや、医療不信になり怪しげな治療薬・治療法に 頼ってしまう患者さんも多く見受けます。さきほども述べたように、線維筋痛症は根治療法がなく、信頼できる医療機関で薬物療法・認知行動療法・運動療法な どをうまく組み合わせて、気長に治療する必要があります。どの病気でも同じですが、症状の軽い時期に正しい治療をおこなうことで多くの患者さんが改善しま す。

社会・経済的問題も

 線維筋痛症は30~50代の女性にもっとも多く発症しますが、子どもにも発症します。厚労省の調査では、人口の1・7%、約200万人が罹患しています。欧米の約2%と大差なく、関節リウマチ患者より多くの方がこの病気にかかっています。
 それにもかかわらず、客観的に診断する手段に乏しく、患者さん以外には理解しがたいさまざまな症状をともなうため、就業困難・家事労働困難・離婚などの 社会・経済的問題を抱えている患者さんが多くおられます。「線維筋痛症友の会」(以下、友の会)がおこなったアンケート調査によると、83%の患者が就労 に深刻な困難を抱えており、患者本人に収入があるのは21%に過ぎず、多くが家族の収入に頼って生活している実態が浮き彫りになっています(2011 年)。子どもに発症した場合は、引きこもりや不登校の原因にもなっています。子どもが「背中が痛い」「お腹が痛い」から「学校に行きたくない」と訴えても 病院では「異常なし」と診断され、親や教師も「怠けているのではないか」と判断し、患者本人の痛みを周囲が理解しないまま病状が慢性化するケースも報告さ れています。
 介護保険制度においても、線維筋痛症は特定疾患(注2)に認定されていないため、65歳未満では要介護認定がされず、介護サービスが受けられません。 「痛み」という自覚症状があっても、身体や手足の機能に目に見えた障害がないために身体障害者手帳が交付されず、障害年金や生活保護などの社会保障制度が 受けにくいという実態もあります。
 一方、友の会がおこなった医師へのアンケート調査では61・1%の医師が“患者を受け入れたくない”と回答するなど「医師が診療を避けている」現状も報告されています。
 このように、社会・家族だけでなく医療従事者からも痛みの原因を正しく理解されないまま、痛みを抱えながら孤立無援の深刻な状態になっているのが、線維筋痛症患者さんの実態です。

患者を支えるネットワーク

 このように、線維筋痛症患者は確実な治療法が見つからず、社会・経済的に困難な状況に置かれています。
 日本線維筋痛症学会では線維筋痛症を診る医療機関が国内に少ないことから、学会員を中心に診療ネットワークをつくり、患者さんが少しでも早く専門医を受 診できるように学会ホームページ上で線維筋痛症の専門医療機関を紹介しています(現在138施設)。また、ひとりでも多くの理解者を増やし、患者同士で情 報交換ができるように、前述した友の会も設立されています(現在の会員数は約3000人)。
 線維筋痛症の原因究明と治療法の開発が望まれるのは当然ですが、なによりも家族・社会・医療機関が線維筋痛症患者さんの痛み、苦しみを理解し受け入れて あげることが、今いちばん求められていることではないでしょうか。この記事をきっかけに線維筋痛症に対する理解がひろがれば、と思います。

イラスト・井上ひいろ

いつでも元気 2015.01 No.279

お役立コンテンツ

▲ページTOPへ