いつでも元気

2003年1月1日

特集2 笑う門には福きたる 笑いは抵抗力・免疫力をたかめる 生存率を向上させる「積極的な生き方」

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 石川 徹
東京・小豆沢病院内科

 このごろはあまり見かけなくなりましたが、かつては正月の遊びとして羽根つきなどとならんで「福笑い」が定番だったのではないでしょうか。子どものこ ろ、目隠しをして福笑いに挑戦し、できあがった面白い顔に家族みんなで大笑いしたことを思い出します。
 さて「笑う門には福きたる」ということわざはみなさんご存じのことと思いますが、おおいに笑うことが健康のためによい影響をあたえることがわかってきています。
 笑い、あるいはストレスと免疫、「がん」などとの関係についてお話しましょう。

頼もしい味方NK細胞
 私たちの体のなかには、外部からの病原菌や体のなかで自然に発生した「異型細胞(がんの前段階のようなもの)」を排除する仕事をしている細胞がもともと あります。一般的に「体の抵抗力、免疫力を高めている細胞」と理解してもよいでしょう。
 この細胞はナチュラル・キラー細胞(NK細胞)とよばれています。日本語に訳せば「自然の殺し屋細胞」ということになります。殺し屋とはおだやかでない 名称ですが、私たちの体にとって有害なものを取りのぞいてくれるわけですからこの際、頼もしい味方としておきましょう。
 このNK細胞の活性(働く力)は、さまざまな精神状態によって強くなったり弱くなったりと、おおいに影響をうけているのです。

ストレスで免疫力が低下

図1 精神的ストレスと
NK細胞の活性度
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 ある医学部で、卒業試験のとき医学生に協力してもらった実験があります。卒業試験は、精神的にも肉体的にもたいへんなストレスになります。そこで卒業試験の最中と、試験の二週間後とに、10人の医学生についてNK細胞の活性を測定してみたのです。その結果が図1です。
 試験の最中にはほとんどの学生で通常の時期に比べて活性がかなり低下し、二週間後には上昇しています。このようにストレスは、NK細胞の活性つまり抵抗力・免疫力を低下させ、ストレスから解放されると免疫力が強くなります。
 図をよくみていただくと試験後にさらにNK細胞の活性が低下してしまった学生が2人います。この2人は卒業試験に失敗してしまった学生でした。ストレスが持続すると、免疫力はどんどん低下するわけです。
 95年におきた阪神淡路大震災のあとの調査では、震災のストレスにより精神状態が不安定だと答えた方のNK細胞の活性は、精神的に安定していると答えた方の半分以下であったという結果もでています。

がん患者のNK細胞活性は
 がん患者さんとNK細胞の活性との関連はどうなのでしょうか。「がん」になるということ、あるいはその告知をうけるということが大きなストレスになることは容易に予想できます。
 外国での研究でこんな報告があります。ある部位のがん患者さんについて、まず診断の時点で個々の患者さんのNK細胞の活性を調べてみました。そして活性 の強かった人にも弱かった人にもまったく同じ治療をしました。そして3年後の状況を調べたところ、活性の弱かった人はその60%が死亡していたのに、活性 が強かった人は15%の死亡にとどまったというのです。
 私は日ごろたくさんの患者さんを診察するなかで、不思議に思っていたことがあります。それは同じ程度の病状の患者さんでも、その後の経過は一人ひとり、かなり違いがあるということです。
 原因はいろいろあるのでしょうが、ひとつにはどうもこのNK細胞の活性の差が経過に影響を与えているのでないかと思います。残念ながら今のところ、NK細胞の活性を実際の医療現場で測定することはできませんが。

ストレスを持続させない
 現代社会においてストレスは避けがたいものです。ストレスがいやだからと卒業試験を受けないわけにはいきませんし、好きこのんで病気、がんになる人はいません。
 大事なのはストレスを持続させないことであり、そしてNK細胞活性を上昇させる工夫をすることです。ここで登場するのが「笑う」ということです。
 「生きがい療法実践会」の伊丹仁朗医師が、漫才などのお笑いで有名な吉本興業の演芸場で行なった実験をご紹介します。
 19人のボランティアにここでおおいに笑ってもらい、笑う前と後とでNK細胞の活性を測定してみました。じつに19人中14人が、笑った後では細胞活性 が大幅に上昇していたとのことです。上昇しなかった残りの5人は、笑う前からすでに細胞活性が高かった人でした。
 よく笑うことによってNK細胞の活性が上昇し、免疫力が高まる。まさしく「笑う門には福きたる」です。
 プロ野球の熱心なファンについて、それぞれひいきのチームの応援に野球場まで出かけてもらった実験もあります。これらの方ではすでに野球の応援にいく前 からNK細胞の活性は高めでした。これから応援にいくという期待だけですでに上昇しているわけです。
 試合の終了後は勝ったチームのファンはもちろん、負けたチームにおいても、さらに細胞活性が増加していたとのことです。「好きなことに一生懸命とりくむ」ということがこのような好結果を生みだすのです。

「病気に負けない」気構えが

図2 乳がん患者の気構えと生存率
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 サイコオンコロジー(精神腫瘍学)という学問があります。がん患者さんを中心に「こころ」と「からだ」と の関係を研究するものです。海外では以前からこの研究が盛んに行なわれています。がんを単なる体の病気としてのみとらえるのではなく心のケアを行なうこと も欠かすことができない、といわれています。
 イギリスでの研究をご紹介しましょう。乳がんの患者さんについて心のもち方とがんの進行について調査したものです(図2)。
 乳がん患者さんを4つのグループにわけ、病気の経過をみてみました。 第1は「病気には負けない」と積極的に前向きに立ち向かい、日常生活にも積極的な グループ、第2は病気であることを忘れようとする否認の立場にたつグループ、第3は病気のことを深刻に考え、いつも病気のことばかり考えているグループ、 第4はもうダメだとあきらめて絶望的になっているグループです。
 これらについて10年間経過をみてみました。いちばん経過のよかったのは、一番目の積極的に前向きに考えるグループ、もっとも経過が悪かったのは絶望的になっているグループでした。
 この二つのグループでの生存率の差は、じつに4倍にもなったとのことです。本人の心の状態、病気に対する気構えの違いが免疫力に影響を与え、その結果、病気の経過にこれだけの差をもたらしてしまうわけです。

共感してくれる存在が重要
 「病気に負けないで前向きにくらしていこう」という気持ちになるうえで重要なのは、共感して話を聞いてくれたり、助言をしてくれたりする家族や友人の存 在です。医療従事者やご家族からの援助も必要ですが、私がとくに大切だと考えているのは同じ病気の患者さん同士のふれあいです。
 私は20年近く地域の肝臓病の患者会にかかわっていますが、いつも感心するのはこのことです。患者会では患者の立場からの治療法に関する具体的な情報が得られますし、患者会に参加することによって孤独感、不安感が癒されます。
 「がんの治療法の具体的なことがよくわかり安心した」「私よりずっと病気が重い方があんなに元気なのをみてびっくり」「今までの私は体の病気だけでなく 心まで病気になり?病人?になっていたことにはじめて気づいた」「同じ体験をしている患者同士で話しあうときが、もっとも心が安らぐ」「みんながいっしょ にいてくれるので安心」「私だけが苦しんでいるのではなく、みんなでがんとたたかっている感じがして気が楽になる」「毎日を前向きに生きることができるよ うになった」など、お互いに支えあうことによって「元気」になる患者さんがたくさんおられます。

グループ療法の有効性も

図3 移転のあるがんの人でも心理的なサポートを続けると長生きできる
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 さらに最近では、がん患者さん同士が互いにささえあうグループ療法という試みがはじまり、海外では「がん」に対する最先端の治療法とならんで注目されています。
 グループ療法では、同じ病気の方に定期的に数名集まってもらい、毎回、自分の病状や治療、考えていることなど参加者全員が発表します。参加者が単に人の 話を聞くだけでなく、全員が発言できるよう参加する人数を多くしないことが大切です。問題点や悩みについて意見や体験、自分の解決方法などをお互いに出し あいます。
 医療従事者からは、病気や治療法に関する講義や助言をします。楽しい話、笑いの時間も設けたり、がん細胞が消滅していくところをみんなでイメージしたりもします。
 こうしたことで、抑うつ感や不安感、漠然とした怒りなどの症状がやわらげられ、前向きの考え方になり、生きる勇気を与えるといわれています。悩みを自分 一人で抱え込んでくよくよすることが少なくなり、医師をはじめ医療従事者や友人に積極的に相談し解決方法をさぐるようになっていきます。
 アメリカからの報告では、転移のある乳がんの患者さんに、グループ療法を一年間行なったところ、行なわなかった人たちに比べて生存期間が2倍に延びました(図3)。
 やはり「がん」にたいしては、「からだ」に対する抗がん剤や手術などの治療法と、「こころ」に対するグループ療法などの治療法が車の両輪といえるのではないでしょうか。
 がんだけではありません。人間は機械ではありませんから、壊れたところを「修理」すればよいということにはなりません。このことは患者さんの心構えとい うことばかりでなく、むしろ私たち医療従事者がよく理解して日常の医療活動にとりくまなければいけないことでしょう。

◇ 

2003年は、免疫力をたかめる楽しいこと、愉快なことをみんなでたくさんつくりだし、ストレスをためずにおおいに笑って、元気に前向きに生活していきましょう。

いつでも元気 2003.1 No.135

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