いつでも元気

2016年2月29日

へき地医療にかけた医師の半生が映画に 
「村に健康な人が増えていく。こんな面白いことはない」

 岩手県沢内村(現・西和賀町)はかつて豪雪と貧困、多病多死に苦しめられていましたが、深沢晟雄村長のもとで改革がすすみ、一九六〇年、全国で初めて老人医療費を無料化し、一九六二年には乳幼児死亡率ゼロを実現しました。そんな沢内村で四〇年、住民の健康を守るために奔走した増田進医師の半生が、映画「増田進 患者さんと生きる」になりました。映画や増田医師の考える医療についてうかがいました。聞き手・寺田希望(編集部)

─ご自身の映画を作ると聞いた時はどう思いましたか。
 監督の都鳥君たちに「先生を撮ってもいいですか」と聞かれて、何か記録を撮っているとは思っていたけれど、まさか映画になるとは。僕の映画だと聞いたときは恥ずかしかったですよ。
 友人の医師が主人公の映画ができた時に、当時勤めていた病院の職員に「先生は映画にならないんですか」と聞かれたので、僕は「ならないよ」と笑って答えました。映画がドラマチックになるには、人が死ななければいけないじゃないですか。でも僕の場合は誰も死なない。「村の人がみんな健康になりました」─。こんな当たり前のことでは映画にはならないと思っていましたから。知り合いの医師からは「とても穏やかな時間が流れている、いい映画ですね」と言われました。

─なぜ沢内村の医師に?
 二九歳の時、大学病院から派遣されて沢内村に来ました。本来なら二年で大学病院に戻るはずだったけれど、後任の医師が来なくなったんです。ちょうど僕たちが医師になったころから、診療科が細分化され始めましてね。手術するのにも僕は一人でやっていたけれど、今度は外科医と麻酔科医が必要になった。医師が足りなくなったんです。
 もちろん、地域にいる患者さんのために残ろうという思いが一番大きかったですよ。「住民たちのために何をするか」を考えてやっていくと、やりがいを感じました。だって村がどんどん変わっていくのが、目に見えて分かるんですから。健康管理課をつくって、保健婦さんたちと検診や衛生教育をする。全村民の健康管理台帳も作りました。そうしていくうちに健康な人が増えていく。医師としてこんな面白いことはありません。僕は幸せ者ですよ。

─先生は現在、緑陰診療所の所長をされていますね。開業したきっかけは。
 雫石の診療所にいた時に「ペンションにお年寄りのための福祉施設を作りたいから手伝ってほしい」と声をかけられたことがきっかけでした。福祉施設を作るのは規制が厳しく難しいと分かり「それなら先生、開業してみたら」と言われましてね。
 その後、七年前に今のところに移ってきました。一度閉鎖したホテルを再開するというのを看護師が聞いてきて、どこか一室使わせてもらえないかと交渉しました。静かでのんびりしていて温泉もある、いい施設に出会えました。
 開業するにあたって、僕は自由診療を選びました。患者さんと僕の間には医療保険も行政もいません。僕は僕の責任で医療をします。
 ここに来る患者さんは、今の医療に翻弄されて行き場をなくした人たちです。耳鳴りやめまいが治らないと他の病院で言われた人が、ここに来ると症状が軽くなったり治ったりする。治療しているこっちも不思議だけれど、だからこそ面白いんです。
 患者さんに「歳のせいだからしかたないですね」とは言いたくありません。歳をとっても健康な人はいます。だから僕はなんとかしてみたい。そのために、ここで患者さんと向き合って医療を続けていきたいんです。


増田進(ますだ・すすむ)
 一九三四年、岩手県盛岡市生まれ。東北大学医学部を卒業後、岩手県沢内村(現・西和賀町)の国保・沢内病院に副院長として着任。一九七五年に同病院院長となる。現在は「ホテル森の風 沢内銀河高原」(西和賀町)内で緑陰診療所を開いている。


若い人に知ってほしい

監督 都鳥伸也さん
撮影・編集 都鳥拓也さん

 今回の映画は監督を伸也が、撮影と編集を拓也が務め、兄弟二人で制作しました。僕たちが初めて増田先生に出会ったのは二〇〇五年の秋。「いのちの作法」という沢内村のドキュメンタリー映画づくりがきっかけでした。そのときは村の若い人がメーンでしたが、「いつか増田先生の映画を撮りたい」と、ずっと思っていました。
 僕たちは増田先生の人柄が大好きで、先生のような大人になりたいと思っています。先生は人と関わることが好きで、患者さんを診ることで得られる価値をちゃんと見いだしています。自己犠牲ではなく、楽しんで医療をしているからこそ、きっと先生は最期まで患者さんを診続けるでしょう。
 今回「増田進」という人を追いかけることで、沢内医療の全体像が見えてきました。患者さんや住民が抱えている問題をいかに解決するかを考えてきたのが増田先生であり、沢内村でした。これは医療だけでなく、社会全体に応用できると思っています。映画をきっかけに、見てくれた人たちがそんな議論をしてくれれば幸いです。
 僕たちは沢内村の隣にある北上市の出身ですが、沢内村のことは知りませんでした。今の若い世代は知らない人がほとんどだと思います。だから、この映画はそんな人たちにもどんどん見てほしいと思っています。


ドキュメンタリー映画
「増田進 患者さんと生きる」

genki293_13_01■2月20日~
東京・アップリンク(渋谷区)
問い合わせ:03-6825-5503
*公開初日には増田医師と都鳥伸也監督によるトークショーも開催
■3月19日~ 
大阪・シアターセブン(大阪市)
問い合わせ:06-4862-7733
■自主上映会も募集中
 「増田進 患者さんと生きる」は自主上映会を開催してくださる方も募集しています。「地域や病院で上映をしてみたい」という方は、ロングラン・映像メディア事業部(0197-67-0714)までお問い合わせください。

いつでも元気 2016.3 No.293

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