いつでも元気

2003年6月1日

特集2 「統合失調症」をごぞんじですか?/「精神分裂病」の病名を変更 治療の基本は薬と休息です

誤解や偏見を招かぬように
 昨年「精神分裂病」(以下「分裂病」)が「統合失調症」に病名変更されました。これは患者家族会からの要望もあり、精神神経学会で検討を重ねた結果、 「分裂病」という呼び方には問題があるという認識に至ったためです。「分裂病」という病名は誤解や偏見を招きやすく、患者さんや家族に苦痛を与え、治療や 社会復帰を妨げてしまっている、また治療に必要な病名の告知がすすまないといった問題がありました。
 みなさんは「分裂病」という言葉からどんなことを想像しますか。「肺炎」や「骨折」など、ほかの病気と比べてどうでしょうか。病気がイメージできないか、「治療のむずかしい病気」「恐い」といったような負のイメージしか浮かんでこないのではないでしょうか。
 私自身学生のころ「精神分裂病」という言葉を初めて聞いたときに、「精神が分裂するのだろうか、だとしたらどういう状態なのだろうか」「急に人柄が変わ るのだろうか」といった疑問や、理解しがたい印象をもったことを覚えています。しかし精神科医になり、治療に携わってきて、これまで「精神が分裂している 状態だ」と思ったりしたことはありませんでした。
 私の体験に照らしてみてもこの病名は正確に何かを伝えているとはいえないものでした。
 ところで病名は、「アルツハイマー病」などのように人名がついたものから、「肺炎」のように「肺が炎症を起こしている」と病気の状態を表わしたものま で、つけ方にはさまざまありますが、大切なことは、病名が患者さんや家族に不利益や苦痛を与え、治療を妨げるものであってはならないという点です。
 今回の病名変更はこの点が重視されました。ちなみに「統合失調症」という病名は、もともと外国でつけられた病名「スキゾフレニア」を身近で平易な言葉に 訳し直したものです。もちろん病名が変わればすべてよしというわけではありません。病名変更によって偏見が少しでも減り、病気のことを正確に理解していた だくチャンスが増えることが重要なのです。

統合失調症はどんな病気?
 大まかには「脳(神経系)の働きに不調をきたす慢性の病気」といえます。患者さんは発症の初期や再発した際に、「神経が過敏になり周りが不気味に変化し たように感じられる、リラックスできない、頭の中が騒がしく思考が止められず疲れる、眠れない」といったような体験をするようです。
 決して特殊な病気ではなく、おおよそ100人に1人ぐらいの割合で罹患している人がいます。これまでの報告では世界各国・地域での発症頻度に著明な差はないようです。
 原因は、世間でいわれるような「遺伝病」でもなく、「家族の責任」でもありません。これまでの研究では、素因(病気にかかりやすい性質のこと。「脆弱 性=もろさ」ともいう)と環境因子との相互作用で発病すると考えられています。病気になりやすいかどうかは人によって違います。病気が発病するときはその 人のこうむるストレスが、その人の「もろさ」の限界を超えたときといえるのです。
 また詳しいメカニズムすべてがわかっているわけではありませんが、脳の中で情報をやりとりする働きを持った物質(神経伝達物質)の調整がうまくいかない といわれてもいますし、「追跡眼球運動の障害(動くものを滑らかに追跡できない)」や「注意の障害」といった情報処理における障害があるともいわれていま す。
 つまり統合失調症は「性格の問題」や「育ち」などから発病するのでなく、生物学的な基盤を背景にして、ストレスなどの環境要因がさまざまに関係して生じる病気なのです。

診断はどうする?
 統合失調症の診断は基本的に、症状や病気の経過から判断して行なわれます。生物学的な背景があるのですから血液検査やレントゲン検査などでわかりそうな ものですが、いまのところ検査で診断されることはありません。他の病気との鑑別のために検査をすることはありますが、診断の決め手になることはありませ ん。

●陽性症状と陰性症状
 では統合失調症とはどういう症状が出るのでしょうか。実は統合失調症にはいろいろなパターンがあり、人によって出る症状が違ったり、病気の時期によっても変化しますが、症状を大きく分けると陽性症状と陰性症状があります(図1)

図1 陽性と陰性症状

genki140_02_01

遠山照彦著『分裂病はどんな病気か』より、筆者一部改変

 まず陽性症状というのは幻覚・妄想(幻聴や被害妄想)、いいようもない焦燥(いらいら)、興奮、させられ体験(他の力によってコントロールされている感覚)、考えがあちこちに飛ぶ、といったもので正常の心理状態ではみられない異常な心理状態です。
 これに対して陰性症状は、意欲が低下し無気力だったり、感情の変化がとぼしくて内にこもっていたり、思考や会話の内容が貧困になるなど正常の心理現象が欠けたりとぼしくなっている状態です。
 どちらかというと陽性症状は急性期に目立ち、陰性症状は発症して、一定の期間が過ぎてから目立ってくるといえますが、これも人によって違います。薬物治療との関係でいいますと一般に陽性症状には薬が効きやすく、陰性症状には薬が効きにくい傾向があります。

●臨機応変な対応が苦手に
 また情報処理能力の障害のため、臨機応変に対応したりまんべんなく注意することが困難になります。このため対人関係で苦労したり、作業能力が低下し仕事 がうまくできないなどの「能力障害」や「生活障害」が発生してきます。これらの障害は発症初期ではあまり目立ちませんが、しだいに目立ってくる傾向があり ます。
 医師はこれまで述べたような「陽性症状」や「陰性症状」がいつごろからどの程度出て、いまどのような状態にあるかなどを総合的に判断し診断するのです。

発病からどんな経過を
 発症の時期は比較的若く、10代後半から30代までが大部分で、高齢になっての発症はほとんどありません。発症のごく初期には、幻覚妄想や興奮などは目 立たず、疲労感や倦怠感、憂うつ感、不眠などの一般的な症状が中心となることがあります。この初期の段階で病院を受診されることはまれですし、受診しても ほかの精神疾患との区別がむずかしいことから、しばらくは神経症やうつ病と判断される場合もあります。
 一般的な発症からの経過を図2に示しました。前述の一般的な症状の後、幻覚・妄想・滅裂思考(考えがまとまらない)・興奮など急性期の症 状が出ることが多く、受診するのもこのころが一番多くなります。治療が始まると少しずつ症状は落ち着いていきますが、その後、急性期の反動ともいえる疲れ が出て、全身倦怠感ややる気が出ないといった状態がしばらく続きます。

図2 急性期前後の経過

genki140_02_03

遠山照彦著『分裂病はどんな病気か』を参考に筆者作成。

●のんびり気長に構えること
 急性期を乗り切るのに個人差はありますが2~3カ月はかかります。一般に神経の回復には時間がかかりますので、のんびり気長に構えることが必要です。
 かつて統合失調症は治療がむずかしく、一般的にも悲観的な見方をされていたと思います。統合失調症にかかると一生入院か、入院でなくとも就職や満足できる家庭生活は困難と思われていたかも知れません。
 しかし過去の統計をみてみると、報告によってばらつきはありますが、発病から一定の期間(20~30年)がたった時点でおおよそ6~7割の人が回復しているか、症状があっても一定の社会生活ができる状態にあるといわれています。
 残りの3割前後の人は長期入院になったり重度の障害を抱えつつ在宅で療養せざるを得ないということになりますが、現在では治療や障害に対する援助も少しずつすすんできていますのでこの割合はもう少し減ってきていると期待されます。
 
治療とリハビリテーション
 治療の基本は他の病気と同じように、まず薬物治療と休息をとることです。カウンセリングなどの心理的治療やリハビリテーションももちろん必要ですが、薬 を抜きにしてはこれらの治療も考えられません。主に使われる薬は安定剤です。また不眠が多くみられますので睡眠薬が組みあわされることがあります。

●回復を後押しし再発を防ぐ
 薬物療法の第一の目的は、神経細胞の過剰な興奮をやわらげ症状を緩和し、睡眠をとれるようにして自然な回復を後押しすることです。前述したように、幻覚 や興奮などの陽性症状には安定剤は効きやすいのですが、陰性症状にはまだ効果は不十分です。もちろん医学は進歩していますので、近年、陰性症状にも効果を 示す薬物は出てきていますが、今後の改良が期待されます。
 もう一つ、薬物治療の重要なポイントは再発予防です。この病気の特徴として再発しやすいという点があり、約6割の人が再発・再燃をくり返すという報告も あります。また再発をくり返すと障害の程度が強くなっていく傾向も指摘されていますので、再発予防はとても重要です。再発を防ぐために継続して服薬するこ と、再発につながるストレスにうまく対処することが大切です。
 患者さんにとっては長期間にわたる服薬や通院は大きな負担で、苦労や苦痛は想像以上のものですが、周囲の私たちが病気のことを理解し、少しでも支えになれれば療養がしやすくなるはずです。

●「たたかう」より「つきあう」
 この病気は慢性疾患で、身体障害と比べるとわかりにくいのですが、障害もあります。
 病気と徹底的にたたかってなくしてやるという姿勢ではなく、糖尿病などの慢性疾患と同様に、工夫しながらつきあっていくという姿勢が望まれます。
 能力障害や生活障害は、他の症状とともに患者さんを悩ませ生活の質に影響してくる重要な問題です。これに対しては、患者さんの障害にあった訓練や生活環境の調整、福祉面での援助などが有効で、これらを「生活療法」や「精神科リハビリテーション」と呼びます。
 生活療法やリハビリテーションは患者さんの生活状態を改善するものですが、一方では生活の安定を通じて再発の予防や病状安定につながりますので、治療の上で薬物療法とともに欠かせないものです。

●治療は早いうちがいい
 近年は、薬も進歩し医療福祉の整備が徐々にすすんでいることもあり、通院治療がより受けやすくなってきています。入院も短期間になってきています。興奮 などの症状が著明で、家ではゆっくり休息がとれない場合などは入院治療を行ないます。通院治療がいいのか入院治療がいいのかは、人それぞれです。まずは診 察を受け、相談しながら決めることが重要です。
 治療は早いうちに受ける方がその後の経過をよくします。かりに本人が受診するのがむずかしくても、家族だけで悩まず相談にいくことをおすすめします。当面家族のみの受診で今後の治療について話しあってゆく場合もあります。
 また保健所でも相談を受けつけています。

患者の家族への援助も
 病人を抱えた家族は、不安やとまどい、疲労、絶望感などつらい気持ちを持っていますが、統合失調症の場合も同じです。精神疾患を発症したことで家族自身 が自分を責めたり、周囲から悪くいわれてしまうことがありますし、その結果家族が健康を害したり、患者さんの療養に支障が生じることもよくあるのです。
 こうしたことから、病気を理解しうまくつきあってゆく目的で家族教室が開かれたり、家族会を通じて家族がお互いを支えあうなど、家族を対象とした援助・ 自助活動が行なわれています。家族も、役に立つ知識や知恵を身につけ、ときには周囲から援助を受けたり制度を利用したりすることも大切なのです。

 以上かなり大雑把な説明になってしまいました。統合失調症についてわかりやすく丁寧に書かれた著書を紹介しておきますので、参考にしてください。

遠山照彦著『分裂病はどんな病気か』『分裂病はどう治すのか』ともに萌文社刊

いつでも元気 2003.6 No.140

お役立コンテンツ

▲ページTOPへ