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2017年1月5日

世界医師会 マーモット会長の著書 民医連医師らが翻訳チーム 社会治す視点、日本にも

 わくわくする作業を民医連の医師有志がすすめています。前世界医師会長(2015~16年)、マイケル・マーモット医師の著書『THE HEALTH GAP』の翻訳作業です。せっかく病気を治療した患者を、なぜその病気を生んだ環境に戻すのか―。マーモットさんは、人々の健康が経済格差や貧困などの社会環境に大きく影響されること、そして世界中の医師が命を守る専門職のプライドをかけてその解決に動くべきと訴えています。こうしたメッセージや実践が詰まった本書の日本語版を出版し、特に若い医療者に届けたい、というのが願い。夏の刊行に向け、作業もたけなわです。(木下直子記者)

先生が抱える“赤い本”

 山口の野田浩夫医師(宇部協立病院、民医連副会長)がきっかけを作りました。マーモットさんの著書『ステータス症候群―社会格差という病』を読み、その研究に興味を持っていました。春先にマーモットさんの下で学ぶ知人から「先生が最近、赤い本を持ち歩いている」と聞きました。それが『THE HEALTH GAP』でした。すぐにとりよせ、序文を訳してSNSへ投稿。「全文を訳しませんか?」という提案もつけました。
 「やりましょう」。東京の伊達純医師(大田病院)が真っ先に反応、ほどなく篠塚雅也医師(みさと健和病院)も参加。労働問題にとりくむ医師や、原書を読み心動かされた研修医、翻訳経験のある職員など九人が集結し、序章含め一二章の全訳に挑むことになりました。アメリカ人研究者のヘイムス・アーロンさんも助っ人に。
 「正義感のある人に読んでほしい。『世界中の弱者のために、こんなことができる』と示した本。イギリスの下級公務員、グラスゴーの不良少年、糞便を頭に乗せて運ぶ仕事のインドの女性―。エピソードは医療者でなくても興味深いはず」と、伊達医師。「世界を歩くマーモット先生に僕は漫画の『ワンピース』を重ねました」。

離ればなれの共同作業は

 医師たちは普段はそれぞれ離れた地域で現場を持っており、簡単には集まれません。作業は、インターネットで文章を共有してすすめています。一つの単語の説明がつかず、インターネットを漂流したり、海外留学中の娘さんに言い回しを相談し、容赦のないチェックを受けたり…。翻訳には「読む」のとは違う苦労がたくさんありました。
 担当部分を訳せば、ネット上で共有して皆で吟味します。「やっとできた!」と息をついても、翌朝にはたくさんの修正が入っています。「それでも、本になると思えば、徒労感はありません」と中村賢治医師(大阪社会医学研究所)。

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 それにしても、世界医師会長と日本の民間医師の間にどんな接点があったのか。実は一度、出版社に翻訳の企画を持ちかけましたが、自費出版に回されています。
 「私たちが出版に関われたのは幸運が重なったから」と野田医師。知人をたどってマーモットさんにメールを送り、同書の翻訳を考えていた研究者の栗林寛幸さん(一橋大学)とつながり、翻訳にこぎつけました。

現場の医師だからこそ

 作業にはそれぞれが熱い思いであたっています。
 「世の中を良くすることに医師はどう関われるか? という問題意識で民医連に入り、今の日常活動は民医連的だろうか? と考えていた時にこの本に出会った」という篠塚医師は、作業のペースメーカー的存在。「生から死、地域から世界へと話題が全面展開していますから、社会と健康を捉える『入門書』になる」と期待します。
 中村医師は「保健予防活動をする消防署員や地域のおばちゃんが出てきて、翻訳しながら感動しました。僕は行政関係者にもすすめたい」。
 愛媛の二年目研修医・水本潤希医師(愛媛生協病院)は、本書を元に健康講話をしました。社会が健康に影響する問題は医学生時代から意識していましたが、民医連で研修を始め、困っている患者さんたちに出会い、社会と健康の関わりは「実感」になりました。そんな時期に読んだこの本は「世界には問題解決に動いている人たちがこんなにいる」と、希望をくれました。講話では、病気だけ診るのではなく、病気を生み出す地域に目を向け、改善のために動く大切さ、病院が差額室料を取らなかったり、無料低額診療事業をするのは、社会に目を向けた活動の一環であること。「地域の健康づくりに協力してほしい」と、組合員さんたちに話しました。
 「マーモット先生の問題提起を、地域で奮闘する医師たちが実感を込めて訳している意味は大きい」と榎宏朗さん(健和会 臨床・社会薬学研究所/臨床疫学研究所、主任研究員)。

*     *

 九月には、来日したマーモットさんと対面も果たしました。マーモットさんは、この本を専門書でなく、医学生や一般勤労者向けに書き、発刊間もなく英語圏で二万部を売り上げたと報告。「日本でも訳されて読まれるなら嬉しい」と笑顔。ベテラン医師たちも少年のような顔を見せました。

(民医連新聞 第1635号 2017年1月2日)

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