いつでも元気

2017年1月31日

医療と介護の倫理 心肺蘇生を試みない指示

堀口信(全日本民医連 医療介護倫理委員会 委員長)

 医療は本来、人命尊重、救命を目的としています。世界医師会の「医の倫理綱領」には、患者に対する医師の第1の義務は「人命尊重」で、第2の義務は「患者の最善の利益」と書いてあります。
 一般的な医療、例えばけがや肺炎では、人命を尊重し救命することが患者さんの利益にもつながります。しかし、がん末期や老衰で患者さんやご家族が延命治療を望まない場合、心停止や呼吸停止で最期を迎えても、人工呼吸や心臓マッサージのような心肺蘇生を希望しないケースがあります。
 こうしたケースでは、最期の場面で人命尊重、救命を行うことは患者さんの意思と一致しません。医師は「人命尊重」と「患者の意思・利益」のいずれを優先すべきか、迷うことになります。

DNAR指示とは

 救急現場や病棟では、心停止や呼吸停止に遭遇した場合、直ちに心肺蘇生を試みます。医師、看護師など全ての医療・介護スタッフはそのように教育を受けています。もし患者さんやご家族が心肺蘇生を希望していない場合でも、その意向が医師らに伝わっていなければ、心肺蘇生を試みることになります。
 患者さんやご家族の「心肺蘇生を希望しない」という意向に、医師が合意してカルテに明示したものを「心肺蘇生を試みない指示」、略して「DNAR指示」(Do Not Attempt Resuscitation)といいます。読者の皆さんの中にも、ご家族やお知り合いが終末期を迎えたとき、病院でこのDNAR指示を交わした経験をお持ちの方もいると思います。
 以前、私の病院ではDNAR指示の出し方に取り決めがありませんでした。あるとき、終末期の入院患者さんが夜間に心肺停止となりました。前もって主治医とご家族で、DNAR指示を確認していました。
 そのことをカルテにも記録していましたが、夜勤の看護師や当直医は、この指示を見落としたまま心肺蘇生を試み、ご家族と主治医が到着してから蘇生術処置を中止しました。
 このことがあってから、病院倫理委員会はDNAR指示の「ガイドライン」をつくりました。患者さんが終末期にあるとき、本人、家族と医師、看護師らで、心肺蘇生をするかどうか、協議を始めます。
 蘇生を希望しない方も多くいますが、近くの家族が病院に到着するまでは人工呼吸などを行ってほしいと希望する方もいます。一度決めても、本人や家族から申し入れがあればいつでも変更できます。ガイドラインに沿って、DNAR指示が出たらカルテに明示し、病棟看護師、病院の全医師に伝わるようにしました。

DNAR指示の問題点

 今ではDNAR指示は多くの病院で実施されるようになっています。一方で、この指示にはいくつかの問題があります。
 1つは、対象となる患者さんを「終末期でもう助からない状態」と判断してよいかどうかです。助かって退院できるかもしれないのに心肺蘇生をしないとなると、医療本来の目的、人命尊重を損なうことになってしまいます。
 もう1つは「心肺蘇生を希望しないのは本当に患者さんの意思なのか」ということです。特にひとり暮らしで身寄りがなく、なおかつ重度の認知症があったりすると、医療者だけで心肺蘇生の是非を決めなければなりません。
 こうした難しいケースの場合は、急いで判断するのではなく、時間をかけて関係者間で協議することになります。判断に迷うときは「一度に決めない、一人で決めない」という、民医連の倫理原則に立ち返って考える必要があります。

いつでも元気 2017.2 No.304

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