いつでも元気

2004年6月1日

特集1 おかしいぞ?マスコミ1 被害者なのに犯人扱い 報道被害者としての苦しみを経験して

松本サリン事件被害者 河野義行さん

日本中を震撼させた「松本サリン事件」からこの六月で一〇年。被害者の一人、河野義行さんは、事件当時、警察の見込み捜査やマスコミの過剰な疑惑報道な どで犯人扱いされました。河野さんは、今もサリンの後遺症に苦しむ妻澄子さんの看病をしながら、人権問題にとりくむ活動を続けています。当時の状況と報道 のありかたについて聞きました。

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全国の犯罪被害者の救済支援にとりくむ河野さん。現在長野県公安委員

 六月二七日夜、飼っていた二匹の犬のようすがまずおかしくなりました。妻も倒れて全身が痙攣している。す ぐ一一九番に通報したのですが、救急車がきたときには、妻は心停止状態でした。私もおかしくなり、立っていられなくなりました。「助からないのではない か」と思い、当時高校一年生だった息子に「だめかもしれない。あとを頼む」と託しました。
 病院では「食中毒ではないか」と問診をうけましたが、そのうち救急車がどんどん入ってきて、病院内がパニック状態になりました。私は点滴をうけて三時間 後にようやく吐き気がおさまりました。
 翌朝、警察がきて、「変な物音を聞かなかったか」「窓はあけていたのか」といった簡単な質問だけしていきました。夕方には自宅に強制捜査が入り、息子が 警察に立ち会い、薬品が押収されたと聞きました。そのときは特別疑われているという意識はありませんでした。

話していないことも記事に

 その日の夜、「被疑者不詳で会社員河野義行宅を強制捜査し、薬品類数点を押収した。その中には殺傷力のあるものが入っていた」「容疑は殺人罪」と警察が記者会見で発表しました。翌日から私が犯人扱いで、自分が言っていない内容がどんどん記事になっていきました。
 七月八日に、「友人が作ってくれた」という新聞の切り抜きのファイルを娘がもってきてくれたのですが、そこには私が「薬品の調合をまちがえた」とか、私 と妻が警察に行って「薬の調合をしていたら白い煙がバッとあがった」と供述したなどと書かれている。妻は意識不明のままの状態が続いているのにですよ。
 「捜査本部の話によると」とあったので、警察に問い合わせると、「そんなことはまったく話していない。お疑いなら、われわれの記者会見議事録を全部おみせしますよ」というのです。

マスコミはどうなっているのか

※「松本サリン事件」一九九四年六月二七日深夜、長野県松本市の住宅 地にサリン(有機リン系の神経ガス)がまかれ、死者七人、重軽傷者五〇〇人以上という大惨事が発生しました。この「松本サリン事件」は、オウム真理教(現 アーレフ)が裁判官宿舎をねらって、噴霧したといわれていますが、当初警察は、被害者で第一通報者の河野義行さんを容疑者扱いしました。

 三三日間の入院後、帰宅してほかの新聞をみても同じ内容でした。「マスコミがメチャクチャな記事を勝手に書いている。この国のマスコミはいったいどうなっているのか」と憤りを感じました。
 新聞というのは大きい記事をひとつドーンと載せると、つなぎの記事が必要になってくるようですね。当時私はとても取材を受けられる状況にはなかったの で、私の話を載せることもできない。何もなくても書かなくてはいけないということで、近所の人とか、会社の同僚とかいろいろ取材して、この男がこんなに怪 しい、という記事を出していくわけです。
 それが疑惑を増幅させ、多くの人が「この男がやった」という確信をもってしまうという状態になっていったようです。

「情報」という商品に責任を

 マスコミの出しているものは「情報」という商品です。きちんとチェックして「不良品」を出さないようにしてほしいですね。そういうシステムを作ってほしい。
 それから品質の「良品」「不良品」の基準を各社統一してほしいと思います。
 たとえば事件の容疑者報道において、松本サリン事件では「人権に配慮して匿名に」ということでしたが、二つの新聞社は最初から最後まで実名報道をしまし た。この実名報道がA新聞にとっては「不良品」でも、実名報道したB新聞にとっては「良品」という扱いですよね。
 人権に配慮するというのなら、すべての新聞社が匿名にしなければ意味がありません。一社でも実名を出せばそれをみた人がインターネットでだしたりします から、結果として深刻な報道被害が起こってしまう。

報道被害とは

 報道被害とは、「マスコミで出される」というより「報道を信じた人が行動を起こす」という被害だと思うのです。多くの場合、その間違った報道によって風評被害が出たり、あるいは直接的にいやがらせをする人がでてきたりとかいう被害です。
 私は実名で、しかも最初は被害者として住所まででてしまいましたので、中傷電話や夜中の無言電話などが半年ぐらい続きました。そちらの被害がつらいです ね。「死ね」とか「町からでていけ」とかそういうことを一方的に自分の名も告げずに言う。報道が真実だと思った人が「おれが制裁してやる」ということなの ですね。法を犯したものを制裁できるのはマスコミでも警察でもなく裁判所です。「罪」には相応の「罰」を、というのが原理原則です。そういうものがいまお かしくなっているというか、守られていないということだと思います。
 事件の容疑者についても、犯人とは決まっていないのに家族、友人にまで同罪だというような動きになってしまう。本当はこのような人たちをこそ、マスコミ がきちんと批判しなくてはいけないはずなのに。

本来の使命を果たしてほしい

 マスコミ本来の使命は読む人に有益な情報を正確に伝えるということですが、一番大きな使命は、権力の批判 とか監視をすることにあると思うのです。個人が権力に対してものをいってもおそらく門前払い、それが正論であっても。そういうときにマスコミがきちんと批 判していくことによって、権力は変わらざるを得ないという部分がある。一番大事なのはそこじゃないかと思っています。
 マスコミは自分たちの使命をきちんと果たしてほしいものです。
聞き手・斉藤千穂記者
写真・若橋一三

いつでも元気 2004.6 No.152

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