いつでも元気

2004年8月1日

特集2 脳梗塞 予防にはまず日常生活の改善を

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田代 隆
北海道・勤医協中央病院脳神経外科科長
 

“前ぶれ”あればすぐ受診して

早期治療で後遺症も軽減できる

 「先頃、元巨人軍監督の長島茂雄さんが脳梗塞で倒れてから、当院の脳神経外科の外来では脳の検査を希望する患者さんが急に増えた時期がありました。今回 は脳梗塞とはどのような病気なのか、治療や予防もふくめ、解説していきたいと思います。

血管がつまる脳梗塞

 いわゆる脳卒中には、脳の血管がつまっておきる「脳梗塞」と、脳の血管が破れておこる「頭蓋内出血(クモ 膜下出血と脳内出血)」の二つがあります。1997年に厚生省が調査した脳卒中死亡率の推移をみますと、1960年には約4分の3を占めていた脳内出血は ぐんと減り、かわって脳梗塞が約3分の2を占めるほど大幅に増えました。脳梗塞が現在の脳卒中の主流といえます。

 脳梗塞とは血管がつまって、その先の脳細胞に血液がいきわたらなくなり、酸素や栄養分を送ることができず、脳に障害が生じる状態です。病態の違いから現 在では次の3つに分類されています(図)。

〈ラクナ梗塞〉
 脳の中の細い動脈(穿通枝)が高血圧のために狭くなり、ふさがってできる小さな脳梗塞(多くは直径1・5センチ以下)です。日本人に多いタイプで、全脳 梗塞の約50~60%を占めます。症状は軽症の場合が多いものの、くり返すと脳血管性痴呆の原因にもなります。

〈アテローム血栓性脳梗塞〉
 頸動脈や頭蓋内の太い動脈の内腔に、血液中のコレステロールや脂肪がくっついてかゆ状のかたまり(アテローム)になって血管を狭くし、そこに血栓(血の かたまり)が付着しつまってしまうものです。症状は比較的ゆっくり進行します。

〈心原性脳塞栓症〉
 不整脈などによって心臓内にできた血栓が、脳の動脈に流れ込んでつまってしまうものです。全脳梗塞の約20%を占め、他のタイプにくらべおこり方が突然 で、梗塞の範囲も広範になりやすく、重症例が多いのが特徴です。

脳梗塞の病態
ラクナ梗塞
 
アテローム血栓性梗塞
 
心原性脳塞栓症
脳の中の細い動脈が狭くなって、血管が詰まるタイプ(日本人に多い   脳の中の比較的太い動脈の内腔が狭くなり、そこに血栓が付着するため血管が詰まる   心臓でできた血栓が血管内を流れてきて、脳の血管が細くなったところで流れをせき止め、血管が詰まる
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こんな症状のときは受診を

 以下にのべるような症状が出てきた場合には、脳梗塞の可能性があります。

・急に手の力が抜けて、持っているものをぽろりと落とす(片まひ)
・力はあるのに立てない、歩けない。あるいは歩くとき片足を引きずるようになる(片まひ)
・片方の手足がしびれる(感覚障害)
・ろれつが回らない(構音障害)
・食べ物、飲み物をうまく飲み込めない。またはむせる(嚥下障害)
・物が二重にみえる(複視)
・片方にあるものに気がつかずぶつかってしまう(視野障害:同名半盲)
・片方の目にカーテンがかかったように一時的にみえなくなる(一過性黒内障)
・めまいがしてまっすぐに歩けない(小脳失調)
・相手のいうことをよく理解できない。思っていることが言葉で出てこない(失語症)
・思うように字などを書きにくい(高次脳機能障害)

 こうした症状が一時的(多くは数分~1時間以内)におきて、その後はもとに戻ってしまう場合もあります。これは一過性脳虚血発作(TIA)とよばれ、本 格的な脳梗塞の「前ぶれ」であることが多いため、もとに戻ったからと安心せず、早急に医療機関を受診する必要があります。

CTやMRIで画像診断

 医療機関を受診した場合、問診や神経学的検査の後、画像診断として脳CT(コンピュータ断層撮影)や脳 MRI(核磁気共鳴画像)が行なわれます。脳CTは出血か梗塞かの鑑別に有効で、脳MRIはきわめて早期の脳梗塞をみつけたり、脳動脈の狭窄や閉塞などの 情報を得るのに有用です。

 太い脳動脈に狭窄や閉塞がみとめられた場合には、脳血管造影や脳血流シンチグラフィー(注)などの検査がさらに必要になることがあります。

 脳梗塞の診断が確定した場合には早急な入院加療が必要です。脳の組織は壊滅的なダメージを受けると修復はほとんど不可能ですが、程度が軽いうちに再び十 分な血流を送り込めば回復する可能性があります。つまり治療開始が遅れると手足のまひなどがさらに悪化したり、後遺症として残ってしまいますが、発症して ごく早い時期に治療を始めれば後遺症を軽くしたり、あるいはなくすこともできる場合があるのです。

どんな治療法があるか

内頸動脈狭窄症に対する血栓内膜はく離術
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術前 術後
→部分の血管のつまり(術前)をとり、血液が太く流れているのがわかる(術後)=脳血管造影

〈急性期には〉
 発症して約2週間の間の治療法には次のようなものがあり、症状や病型に応じていくつかを組み合わせて行ないます。

 血栓溶解療法 血栓を溶かして血液の流れを改善します(ウロキナーゼの点滴静注)

 抗血小板療法 血液を固める働きをもつ血小板の機能を抑え、血液の流れを改善します(オザグレルナトリウムの点滴静注)

 抗凝固療法 血栓がつくられることを予防します(ヘパリンまたはアルガトロバンの点滴静注)

 脳保護療法 脳神経細胞の障害の進行を抑えます(エダラボンの点滴静注)

 脳浮腫軽減療法 浸透圧利尿剤を用いて脳の浮腫(腫れ)を軽くします(グリセオールまたはマニトールの点滴静注)

〈再発を予防するには〉
 急性期の治療が終わっても、その後に予防的治療をつづけなければ再発する危険があります。

 ラクナ梗塞の再発予防には、抗血小板剤(アスピリンまたはチクロピジン)が、心原性脳塞栓症の予防には抗凝固剤(ワーファリン)の服用が必要です。

 アテローム硬化性脳梗塞は、首や脳内の太い動脈がひどく狭くなったりつまったりしているために、脳に送り込まれる血液量が減って脳梗塞をおこすもので す。一般に前記のような内服薬だけでは症状の進行や再発を予防できないことも多く、その場合には血液の量を増やすために外科的な治療が必要となります。

 首の頸動脈が非常に狭いときは、直接血管を切開

して中のアテロームを取り出す血栓内膜剥離術を行ないます(写真)。

 頸動脈が完全につまっていたり、脳内の太い動脈が高度狭窄や閉塞している場合には、頭皮の動脈を脳内の動脈にぴったりつないで血液を送り込むバイパス手 術を行ないます。

脳梗塞急性期のリハビリテーション
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〈リハビリテーション〉
 リハビリの目的は、まひを軽くすることと、残された機能をうまく活用して、できるだけ自立した生活を取り戻すことにあります。

 脳梗塞のリハビリは発症した当日から始まります(左図)。まひした手足を動かしたり、体の向きを変えたりすることが必要で、これを怠ってしまうと筋肉の 萎縮などにより、動くはずのものも動かなくなってしまうことがあります(廃用症候群)。

 症状が安定したら、まひのない方の手足を使ってベッドに座り、立ち上がれるようにします。次に歩行訓練、利き手交換、片手動作の訓練を行ないます。さら に社会復帰にむけて、耐久力訓練、応用動作の訓練も行ないます。

 失語症など言語障害をともなう場合には、言語療法士によるリハビリもあわせて行なう必要があります。

起こしやすい素地の人は

 脳梗塞の発症を予防するのにもっとも大切なことは、日常生活の改善です。とくに次に述べるような、脳梗塞をおこしやすい素地がある場合にはその管理が大切です。

 高血圧 高血圧は脳梗塞にいたる動脈硬化をきたす重 大な危険因子です。1日の食事の塩分摂取量を10グラム以下に控え、適度な運動(歩くことが望ましく、量より継続が重要)が血圧を下げる効果があります。 降圧剤の処方を受けている場合にはきちんと内服をつづけることはいうまでもありません。

 高血糖 糖尿病の人は動脈硬化がおきやすく、血液がドロッとして流れがわるくなるために血管がつまりやすくなり、健康な人よりも脳梗塞の発症率が高いことが報告されています。きめられた食事療法や服薬をきちんと守ること、適度な運動が大事です。

 高脂血症 脳梗塞は高齢者に多い病気ですが、若い人でも血液中の総コレステロールや中性脂肪が高かったり、HDLコレステロール(善玉コレステロール)が少なかったりすると、脳梗塞をおこしやすくなる可能性があります。

 心房細動 ふだんは正常な調律の脈拍がときどき不整をおこす発作性心房細動の場合、心臓の中に血液のかたまりができやすく、脳塞栓症をおこしやすくなります。

 その他の危険因子 肥満と喫煙は脳卒中の危険因子です。太り過ぎに注意すること、タバコと縁を切る生活を心がけることが大切です。大量の飲酒、ストレスなども血圧をあげたり、動脈硬化を進めたりします。ただし、飲酒に関しては少量(1日1合程度)であれば問題ありません。

 食生活では動物性脂肪の摂取は控えめにし、野菜、魚とくにサンマやイワシ、アジなどエイコサペンタエン酸(EPA)を多く含む食物は積極的にとりましょ う。高齢者では脱水も血液の粘りけを高め、危険因子になります。夏の多汗や、発熱時などには注意し、十分に水分を補給してください。

 現在では当院も含め、脳神経外科のある多くの医療機関で「脳ドック」が行なわれています。CTや脳MRI を行ない、症状としてあらわれない程度の脳梗塞や脳動脈の狭窄、あるいはクモ膜下出血の原因となる脳動脈瘤の発見などが可能です。不安や心配に思うところ があれば、気軽に受診してみてください。

(注)脳血流シンチグラフィー 脳の血管に集まる性質をもったラジオアイソトープ(放射性同位元素)を注入し、放射能検出装置で測定し、血流の状態を見る。

いつでも元気 2004.8 No.154

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