いつでも元気

2018年7月31日

まちのチカラ・北海道下川町 
若者を惹きつける林業の町

文・写真 牧野佳奈子(フォトライター)

五味温泉の裏手に広がる「体験の森」。散策はもちろんのこと、林業体験も行われている

五味温泉の裏手に広がる「体験の森」。散策はもちろんのこと、林業体験も行われている

 年間の寒暖差60℃と厳しい自然環境の町に、全国各地から移住者が集まっています。
 町の約9割を覆う森林を活用し、エネルギー自給を図る北海道下川町。
 若者を惹きつける魅力を探しに行きました。

木材から化粧品まで

 旭川空港から車で北上すること約2時間。冬はマイナス30℃という極寒の地にも関わらず、下川町では5年ほど前から若者の移住者が増えています。第3セクター「産業活性化支援機構」が昨年度支援した新規移住者は11人。
 移住者を惹きつける町の宝は、総面積の9割を覆う森林です。戦後の復興期には、本州からの出稼ぎ労働者や職人たちで大いに栄えたそう。近年は町が掲げた新しい林業の可能性が注目を浴びています。
 新しい林業とは、1本の木から多種多様な製品を生み出すというもの。たとえば製材する時に出るおが屑はキノコ菌床資材や家畜の敷料に。細めの木は円柱材や炭材に。炭化する際の排煙から木酢液をつくって消臭剤にしたり、木酢液に材木を浸して防腐資材にしたり。さらに針葉樹の葉を蒸留して精油をつくり、化粧水や芳香剤にも。木材を余すところなく利用することで付加価値を高め、雇用につなげようという町をあげての振興戦略です。
 それでも余る端材は細かく砕いて燃料用チップにし、町内にある11基のボイラーで燃やして30施設に熱供給。年間1900万円の燃料代が削減されたそうです。そして交通の便が悪い一の橋地区に「バイオビレッジ」という集合住宅を建て、エネルギー自給率100%の街を目指すなど新しい取り組みも注目を集めています。

移住した若者がつくったSORRY KOUBOU(ソーリー工房)のハーブ化粧品

移住した若者がつくったSORRY KOUBOU(ソーリー工房)のハーブ化粧品

チェーンソーアートで命を吹き込む

 20年前に移住し、森林組合で働いている木霊光さんを訪ねました。愛媛県出身で、自然に関わる仕事がしたいと地元の森林組合に就職。その後、憧れだった北海道暮らしを叶えるため、情報収集をして見つけたのが下川町でした。「林業は経験を積めば積むほど技術や勘が磨かれるので、やりがいがありますよ」と木霊さん。
 27歳で移住した後、職場の先輩の影響で「チェーンソーアート」を始めました。大きなもので高さ2m直径1m以上もある丸太を、チェーンソーを駆使して彫刻作品に仕上げます。
 「今は布の質感をどう表現するかが課題」という作品は、まるでヨーロッパの教会にある石像のように繊細で神秘的。10年前からはチェーンソーアートの世界大会にも出場し、何度も優勝しています。
 「林業は、木を伐採して命をいったん断つ仕事。そこに自分の手で新しい命を吹き込めるのがチェーンソーアートです。見た人に感動してもらえるような作品を作り続けたいですね」。
 7年前からは下川町に国内外のアーティストを招いて公開制作する「EZO CUP」を自ら企画開催しています。目の前で原木がみるみる形を変えていく様は、一見の価値あり。是非その迫力を味わってみてください。

森の中に佇むアトリエで、羽根のオブジェをつくる木霊さん

森の中に佇むアトリエで、羽根のオブジェをつくる木霊さん

体にやさしいハーブ化粧品

 下川町に移住した人たちは個性的で魅力的な人ばかり。その中に、昨年オーガニックハーブの化粧品会社を立ち上げた女性がいると聞き、会いに行きました。
 5年前に地域おこし協力隊として町に来た山田香織さんと小松佐和子さん。地域おこし協力隊とは、過疎化している地域に都市住民が移住し、公共団体で1~3年間働くことでその地域への定住を図ろうという国の制度。下川町では現在6人が働いています。
 福島県出身の山田さんと岩手県出身の小松さんは仙台で知り合い、エネルギー自給を目指す町の姿勢に惹かれて協力隊に申し込んだそう。「下川町には移住者を受け入れてくれる地盤があって、新しい活動を町が本気で応援してくれる。イベントも多いので、都会から離れていても刺激的ですよ」と山田さん。「冬の雪かきはつらいですが、地元の人のように上手にできたら下川の人になれた気がして嬉しい」と小松さん。
 協力隊の任期を終えた後、迷わず町に根をおろすことにした理由を「町の規模感と、地元の人との距離感がちょうどいいから」と言う2人。協力隊の頃にお世話になった多くの人たちへの感謝と謙虚な気持ちを忘れないように、「SORRY KOUBOU」(ソーリー工房)という社名を付けました。
 一の橋地区にあるバイオビレッジのすぐ隣にハーブ園をつくり、カモミールなど10種類以上のハーブを栽培。無添加のオイルや石鹸にしてインターネットなどで販売しています。7月にはカモミールの白い花が咲き、2人にピッタリの優しい風景が広がります。

バイオビレッジ裏に広がるハーブ園で作業する山田さん(左)と小松さん

バイオビレッジ裏に広がるハーブ園で作業する山田さん(左)と小松さん

アスパラガスと手延べうどん

 12月から3月まで雪に覆われる下川町では、特産として付加価値の高いトマト、アスパラガス、小麦が栽培されています。
 ちょうどアスパラガスの収穫をしていたので畑を見せてもらうことに。出荷前のコンテナを覗くと、直径1cm長さ20cm以上ある立派なアスパラガスがずらり。札幌や東京の高級料亭向けに、1本100円ほどで出荷されるそうです。4代目農家として家業を継いだ品地一彰さんが「アスパラガスは土壌づくりが大事。太くても柔らかさは変わりませんよ」と自信たっぷりに教えてくれました。
 同じく特産の小麦はハルユタカという希少品種。この小麦を使ってつくる手延べうどんが人気です。ハルユタカは病気に弱いため生産量が少ない一方、高たんぱくで甘みがありもちもち感が強いのが特徴。その美味しさに魅せられて移住したのは、町内でうどん店「みなみ家」を営む南匡和さん。京都の料亭で長年料理長を務めたベテランです。
 「ハルユタカでつくった麺は、コシがあって香りも強い。断面が丸いからツルッと食べられるのも魅力」と南さん。8月下旬には「しもかわうどん祭り」が開かれ、手延べうどん掴みどりや早食い競争などを通して約1万人がうどん三昧の2日間を楽しみます。

大きくても柔らかい、下川町産の高級アスパラガス

大きくても柔らかい、下川町産の高級アスパラガス

北海道にはうどんの有名店が少ないこともあり、道内各地から「しもかわうどん祭り」に観光客が訪れる(しもかわ観光協会提供)

北海道にはうどんの有名店が少ないこともあり、道内各地から「しもかわうどん祭り」に観光客が訪れる(しもかわ観光協会提供)

町民手作りの万里長城

 観光のシンボルは「万里長城」です。桜ヶ丘公園に全長2kmにわたって15万個以上の石が積み上げられているもので、中国領事館も公認とのこと。外部からの侵入を防ぐ目的で造られた中国の万里長城とは打って変わり、町民が結束して観光客を呼び込もうと造り上げました。1986年に役場職員の発案で始まり、毎年5~10月の第3日曜日を「町民石積みの日」と定めて、町民総出で石運びをしたそうです。
 また、すぐ近くにはミニスキー場とジャンプ台が。なんとソチ五輪スキージャンプで銀メダルを獲得した葛西紀明をはじめ、伊東大貴、伊藤有希の3選手は下川町の出身で、幼い頃から練習に励んでいたとか。
 さまざまな魅力と可能性を秘めた下川町に、是非お出かけください。

築32年の「万里長城」。毎年5月には「万里長城祭」が開かれる

築32年の「万里長城」。毎年5月には「万里長城祭」が開かれる

■次回は香川県多度津町です


まちのデータ
人口
3350人(2018年6月現在)
おすすめの特産品
トマト、アスパラガス、
手延べうどん
アクセス
旭川空港から車で約2時間
連絡先
しもかわ観光協会
01655-4-2718

いつでも元気 2018.8 No.322

リング1この記事を見た人はこんな記事も見ています。


お役立コンテンツ

▲ページTOPへ