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2019年2月19日

すべての子どもが公平にまもられる世界に

 子どもの心身の不健康の背景には、貧困が隠れていることがあります。今回で4回目となる「貧困と子どもの健康研究会」では、全国から「子どもと貧困」の問題にさまざまな角度から目を向けて、活動してきた発表がありました。また、国を越えてスウェーデンからウメオ大学のアネリ・イヴァルソン教授を迎え講演が行われました。概要を報告します。
 (代田夏未記者)

 2018年11月25日、名古屋市内で「第4回 貧困と子どもの健康研究会」が開催されました(主催‥貧困と子どもの健康研究会実行委員会、日本外来小児科学会「子どもの貧困問題」検討会)。医療者や専門家のほかに一般市民や学生など125人が参加しました。

■広がる子どもの貧困

 日本の子どもの相対的貧困率は13・9%。およそ7人に1人、全国では約270万人もの子どもたちが困難な暮らしをしていることになります。中でも、ひとり親家庭の貧困率は高く、50・8%と、OECD加盟国中ワースト1です()。「お金がない」ことで、ほかの子どもたちには当たり前にできることが、制限される場合が多くあります。例えば食事が十分にとれない、病気になっても受診できない、クラブ活動や修学旅行に参加できない、など…。
 日本と平均寿命や乳幼児死亡率、人口比率などが似ているスウェーデンでは、子どもに対するさまざまなとりくみが行われています。そこで今回は、メイン企画として、小児科医であり、自身も2人の子どもを育てた母でもあるウメオ大学アネリ・イヴァルソン教授の講演「すべての子どもにとってのよき人生のスタート」が行われました。

■よき人生のスタート

 スウェーデンでは「すべての子どもたちが公平に擁護され、自分たちの権利が社会によって守られる」ことを国が保障しています。「子どもは親の所有物ではなく、子ども自身に権利があるからだ」とイヴァルソンさんは説明します。
 スウェーデンの父親の育休取得率は24%で日本の約5倍です。それでもスウェーデン政府は「取得率が低い。男性も休みを取るように」と呼びかけています。また、出生から18歳までは子ども手当が支給され、子どものいる家庭には所得に応じた住宅補助が支給されます。学費に関しても、大学まで授業料は一切かかりません。
 しかし、子どもの貧困は撲滅されていません。スウェーデンは難民の子どもたちの受け入れをしています。スウェーデン生まれの両親の家庭の子どもの貧困率が1・4%なのに対して、外国生まれのひとり親の家庭の子どもの貧困率は42%に上ります。
 イヴァルソンさんは、すべての子どもに人生のいいスタートが迎えられるように適切な支援を呼びかけ、「子どもの健康が将来の国の投資になる」と締めくくりました。

大学、小児科、保育園…
“現場から見える貧困”を報告

 ほかにも全国からさまざまな発表がありました。

(1)長野・信州大学医学生の伊東元親さんは、この会に参加して貧困が身近にあると知り「貧困をなくしたい」との思いから、大学で学生の貧困について実態調査を行いました。バイトをしないと生活ができない感覚があると答えた学生は54%と半数を超えました。
 「自身が貧困だと思う人の半数は、将来の選択肢が狭まると感じていることが浮き彫りになった」と報告しました。

(2)福島・わたり病院初期研修医の照井稔宏さんは、子どもの入院時に保護者が困ることを調査。貧困家庭では、収入、支払い、食事が非貧困家庭より困りごととして多くあげられました。また、入院に際して父親や祖父母などから協力が得られない場合が多く、家庭と仕事のバランスが不安定になりやすいと報告しました。

(3)千葉・松戸市立総合医療センターの小児科医の内山知佳さんは家族支援チームを立ち上げ、異物誤飲や外因性疾患で受診した子どもと家族の支援を行っていると報告。異物誤飲の46・9%は市町村が介入している患者で、外傷で来た7・7%の患者が虐待、または虐待の疑いがありました。「貧困単独で見つけるのは難しい。気になる家庭には貧困が隠れていて、ほかの困難も抱えている」と指摘しました。

(4)大阪の保育園で保健師として働いている春本明子さんは事例を交えて報告。貧困をめぐる問題では、「給食費が払えない」「卒園式の服が用意できない」などがあります。登園が続きにくい、予防接種がすすみにくい、発達面が弱いなど不安定な生活は子どもの姿にも表れます。「困ることは多いけれど、保育園は笑顔で全力で受け入れる。どんな環境で育っても、生活の主体者として生きる基盤となる場だから」と話しました。

(5)沖縄大学教授で元児童福祉司の山野良一さんは、日本の子どもの貧困の現状について講演。「子どもは大人より周囲の差に敏感。『つらい』『苦しい』といえない社会になっている」と言います。共働きの家庭が増えているにもかかわらず貧困率が下がっていません。母親の正規労働も少なく、教育費の公的負担も低い。「子どもは集団に溶け込むことで自尊心を保っている。周囲から取り残されないために、お金に困っていることを知られたくないと思っている」と語りました。

(6)順天堂大学教授の武田裕子さんは、日本プライマリ・ケア連合学会が発表した「健康格差に対する見解と行動指針」について、その策定の経過や内容を報告。「指針」では「社会的な要因への働きかけを行い、健康格差の解消にとりくむ」としています。

(7)みえ医療生協SWの田中武士さんは銚子市母子心中事件(家賃滞納のため自宅を強制退去させられることになった母親が、無理心中をはかり中学2年生の娘を殺害)の背景を報告。母親は、生活保護の申請のために2度市役所を訪れていましたが、申請を受理されませんでした。「生活保護基準の引き下げがすすめられている。これは子どもの貧困対策に逆行している」と、貧困がつくり出される社会構造の改善を訴えました。

(8)岐阜・みどり病院の小児科医師の日野明日香さんは学習支援室「こもれび」を紹介。カンファレンスや親の精神科受診から精神疾患や発達障害と貧困が絡む例が少なくなく、学習支援を開始。半年後には市内の学習支援団体と共同で「ぎふ学習支援ネットワーク」を設立しました。「子どもにとって、寄り添ってくれる大人や仲間の存在が大きい。貧困対策は予防医学でもある」と話しました。

(9)香川・へいわこどもクリニック所長の中田耕次さんはネグレクト家庭にアウトリーチを行っている事例を報告。初めは母親とのラインからスタートしましたが、予約日に来院がなく連絡も途絶えてしまいました。そこから行政、学校と多職種カンファレンスを開始。母親は不安定な気持ちからネグレクトとなることがわかりました。今では、カンファレンスで支援方法を決め、5年になる活動を続けています。中田さんは「医療機関は、アウトリーチを行いやすく、公的機関の支援の隙間を埋めることができる」と話しました。

(10)和歌山・生協子ども診療所所長の佐藤洋一さんは学校医をしている小学校に出向いて、健康相談を行うなかで出会った事例を紹介。「学習困難やいじめなどの背景には社会的経済的に困難な状況が隠れていることがある」と話しました。

*  *  *

 実行委員長の和田浩さん(長野・健和会病院小児科医師)は「教育や医療は家庭の収入に関係なく、すべての子どもに保障されて当然というスウェーデンの考え方に共感した。今回は特に若い人の参加が多く頼もしく感じた」と話していました。

(民医連新聞 第1686号 2019年2月18日)

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