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2019年4月2日

駅前のテントで100回目 
中野なんでも街頭相談会 東京

文・奥平亜希子(編集部) 写真・五味明憲

 毎月第4木曜日の夜、多くの人が行き交う東京・中野駅北口広場にテントが立ちます。
 健友会(東京民医連)の有志が2010年10月に始めた「なんでも街頭相談会」が、
 5月に100回目を迎えます。

東京都中野区と杉並区で1病院、9診療所、10介護事業所を展開

 1日30万人以上が利用する中野駅。午後5時半、駅前広場にテントが立ち机やイスをセット。冬はカーテンをつけて寒さをしのぎます。
 川島診療所事務長の松本明彦さんが呼びかけます。「私たちはこの近くの中野共立病院、中野共立診療所、川島診療所の職員です。身体のこと、仕事のこと、介護のこと、相続のこと、何かお困りのことはありませんか。医師・看護師・弁護士・区議会議員が無料で相談に応じます」。ほかのスタッフも「なんでも相談実施中」と書かれた旗やポスターを持ち、声をかけながらチラシを配ります。
 道行く人の反応はさまざま。立ち止まってポスターを読む人や遠くからテントを見つめる人。「今は大丈夫だけど、いつかよろしくね」と言う人も。「お疲れさま」とお菓子を差し入れてくれたり、「川島診療所? こんど健診受けに行くんだよ」と声をかけられるのも地元ならではです。

医療機関につながれない現実

 「毎日多くの患者さんが来院するので“忙しい=多くの人に医療を提供できている”と思っていた」と振り返る松本さん。ある日、中野駅前で社会保障拡充を訴える宣伝をしていると、駅で客を待っていたタクシー運転手が声をかけてきたそうです。「仲間がどんどん死んでいく。どうにかならないか」─。
 生きるために仕事をし、しかし働き過ぎで医療機関につながれないまま命を落とす現実が目の前にありました。
 「2009年の“年越し派遣村”をテレビで見て、姿が見えていないだけで実は生活に困っている人がいっぱいいることが分かった」と松本さん。同じ健友会の仲間に声をかけて「なんでも相談会」を始めました。
 始めてみると、相談に来るのは若い現役世代が多いことに気づきます。話のきっかけは「腰が痛い」など身体の悩みでも、聞くと働き方や住まいの悩み、介護や子どもの教育など、不調の原因が別にあることも見えてきました。
 「私たちが『いつでも来てください』と門戸を開いていても、医療機関にたどり着けない人がいる。事業所で待っていては、そういう人には出会えない」と松本さん。
 健友会組織部の大野菜々子さんは「相談に来る20~30代の男性は仕事を持っている人が多い。人と接する機会はあるはずなのに、身近なところに相談相手がいない孤立状態なのでは…と心配になりますね」と話します。

マイクで呼びかける松本さん(左)。周囲のネオンに照らされ、駅前は明るい

マイクで呼びかける松本さん(左)。周囲のネオンに照らされ、駅前は明るい

「自分にできること」で

 相談会が近づくと、診療所周辺にチラシを配布。地域を歩きながら「最近はボロボロの家がなくなった」と大野さん。見た目はきれいになる一方、外観からは生活が見えにくくなったと感じています。
 ポスティングには「夜は参加できないけど昼間なら」と参加してくれる職員も。「小さなお子さんがいる人や、夜勤がある人などそれぞれに生活があります。それでも『何か自分にできることを』と、一緒に地域を歩いてくれることが嬉しい」と松本さん。事前に配ったチラシを握りしめて相談会に来る人もいて、地道な活動が少しずつ浸透しています。

「半年前から来たかった」

 昨年11月の相談会には健友会職員のほか、弁護士や中野区議会議員ら10人以上がボランティアで参加。谷川智行医師(東京民医連)の声かけで、東葛病院(千葉県流山市)の研修医も参加しました。
 しばらくして、赤ちゃんを抱いた女性が胃腸の不調を訴えてテントの中へ。検査を勧めると「検査の間、子どもを見ていてもらえる病院はありますか」と言います。子どもを預けるあてがないために、受診が後回しになったことが分かりました。
 ほかにも、ネットカフェ暮らしで保険証のない男性や、暴言を吐く夫との離婚を考えている女性、3年半ほど毎回顔を出す人など、訪れる人はさまざま。なかには「半年前から来たかった。今日はカーテンがあったから声をかけることができた」という人も…。
 中野共立病院看護師の内沙織さんは「人通りが多いため、人目を気にして立ち止まりづらいのかなと思うことも。相談会はどんな人や相談があるか分からないので、まだ緊張しますね。でもみんなと一緒なので楽しいです」と笑顔で話してくれました。
 1月の相談会には中野共立病院の「高校生1日医師体験」に参加した高校1年生も見学に訪れました。「今までは世界の貧困に関心が向いていた。この活動を知り、日本にも医療にかかれない人が多くいると分かったので」との参加理由に、スタッフからは自然と拍手が湧きました。

雑踏のなか、目を引くテントに足を止める人も多い

雑踏のなか、目を引くテントに足を止める人も多い

理解と協力があってこそ

 毎回相談会のあとには短時間の報告会を開き、参加者で情報を共有します。「報告会がなかったら、相談内容がテントの外にいるスタッフには分からないままです。呼びかけをする人も、事前のチラシまきに協力してくれる人も、事業所に残って仕事をしている人も、みんなの理解と協力があって成り立つ。だからこそ、共有することが大事ですよね」と谷川医師。
 相談会を始めて数年は、駅前の再開発で場所を確保しづらい状況が続きました。中野区との対話を重ね、今は区から正式な使用許可を受けています。多くの人の協力を得て、この8年間で延べ1000件以上の相談を受けました。
 相談件数の少ない日もありますが、松本さんは「継続することと、医療機関の名前を出してやることが大事」と言います。「『あぁ、あそこの病院ね』と分かってもらえるから怪しまれない。無料低額診療事業も知らせながら、事業所の中に留まらず外へ出て行く活動を続けていきます」。
 人に寄り添いたいとの願いがつながり続け、ゆっくりと活動を広げています。東京に初夏の気配が訪れる5月23日、相談会は100回目を迎えます。


当事者の声を聞くことは私たちの責務

東京民医連 谷川智行医師

 相談会で出会う人たちとは“短時間の真剣勝負”です。なかには行政の相談窓口で心ない対応に傷ついた経験がある人も。だから相手は、「この人は信頼できるのか」と探り探りの状態です。飛び込みで来るため、自分の状態を整理して話せない人も。「病院に来てくださいね」と言っても、来てくれるとは限りません。
 まずは話を聞き、訴えを受け止めます。抱えている困難、事情はさまざまで「こうするべき」と押しつけてはダメなんです。最後は本人が決める、これが一番大事。そのためには私たちが制度をよく知り、いくつかの道を提示できるように日々勉強することが欠かせません。
 この8年間、寒い日も暑い日も毎月必ず相談会を開きました。そのなかで感じたことは「やればやるほど、できていないことの方が見えてくる」という現実です。
 今の社会保障制度は、国や自治体が定めた「道」を受け入れるかどうか。それができなければ網目からこぼれてしまいます。その人の状態や希望に合わせた個別支援こそ必要です。
 かつて、高齢者もサラリーマン本人も医療費の窓口負担はありませんでした。働き方も正社員が当たり前の時代。今はどうでしょう。民医連は「誰でも診ますよ」と言っていますが、住む場所や収入、保険証がない人は、具合が悪くてもなかなか病院へ行けません。医療費も働き方も、決めているのは“政治”です。今の制度には何が足りないのか、現場にいる私たちが当事者の声を聞き、実態をつかみ発信することが重要です。そのためには医療機関の外へ出ること、そして、誰もが使える制度になるように国や自治体に働きかけていくことが、私たち医療従事者の責務だと思います。

いつでも元気 2019.4 No.330

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