MIN-IRENトピックス

2020年1月10日

ウイルスと向き合いながら カンボジア

安田菜津紀

積んであったわらをアスレチックの代わりに、思い切り飛び回るトーイくん

 カンボジアの首都、プノンペン郊外。中心街を抜けて、田んぼに囲まれたガタガタ道を1時間ほど走ると、のどかな農村にたどり着きます。
 そんな村の木々の奥にひっそりと隠れるように、コンクリートの長屋が建ち並ぶ一角がありました。そこにはHIV(ヒト免疫不全ウイルス)に感染した人々や、その家族30世帯ほどが身を寄せ合って暮らしていました。
 HIVは粘膜や血液、体液などを通して免疫細胞に感染するウイルスです。このウイルスが増殖すると、免疫に大切な細胞が体の中から少しずつ減ってしまい、ふだんはかからない病気にも罹患しやすくなります。こうしてさまざまな病気を発症してしまった状態がエイズです。
 ただしHIVの感染力は弱く、空気感染することはありません。しかし、「同じ場所にいると、うつるのでは」など誤解や偏見はいまだに根強く、患者が学校や職場で差別を受けたり、地域から排除されることもあります。長屋で暮らしている人々も、政府によって強制的にここに移住させられたのです。
 この集落で暮らすトーイくんは、初めて会ったとき12歳でした。けれども痩せて背が小さかったため、見た目は5~6歳に見えました。彼はHIVに罹患しているお母さんの血液や母乳から、「母子感染」によってうつりました。
 もしお母さんが事前に診察を受けて薬を飲んだり、母乳以外の栄養で育てていれば、子どもに感染する可能性を減らすことができました。
 けれどもトーイくんの家族は貧しかったため、お母さんは体調が悪くても病院に行けませんでした。検診なども受けずに自宅で出産したため、お母さん自身が自分の感染に気が付かなかったのです。
 トーイくんはお母さんと一緒に毎日薬を飲んでいますが、近隣のクリニックでは薬を受け取ることができません。集落から大きな病院までは遠く、交通費を工面するのも一家にとっては一苦労です。
 それでもトーイくんは毎日のように集落を駆けまわり、住人たちにとって“元気印”のような存在です。「将来は警察官になって、この村の人たちを自分で守るんだ」と、いつも得意そうに話してくれます。
 ウイルスと向き合いながら生きるうえで大切なのは、薬だけではありません。人と人のつながりや、将来への希望を失わずに生きることができる環境ではないでしょうか。


安田菜津紀(やすだ・なつき)
フォトジャーナリスト。1987年、神奈川県生まれ。上智大卒。東南アジア、中東、アフリカなどで貧困や難民問題などを取材。サンデーモーニング(TBS系)コメンテーター。著書・共著に『写真で伝える仕事~世界の子どもたちと向き合って』(日本写真企画)『しあわせの牛乳』(ポプラ社)など

いつでも元気 2020.1 No.339

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