いつでも元気

2007年7月1日

特集2 うつ病は治る病気です 働き過ぎは、はやらない時代に 家族の協力が回復の大きな力

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辻 武史
岡山ひだまりの里病院精神科

 誰でも落ち込むことはあります。仕事がうまくゆかないとき。生活費が苦しくなる給料日前。失恋や家庭の不和、家族との別れ、看病疲れ、身体の病気など様々。学生なら落第(留年)もショックでしょう。そんなとき、みなさんはどうしますか?
 「早く寝る」「カラオケで歌う」「癒し系の音楽を聴く」など、それぞれのストレス解消法があるでしょう。お酒もよいですね。飲み過ぎて依存症になってはいけませんが…。
 ストレスが解消しきれず、慢性的なストレス状態になって、限界を超えるとうつ病になります。うつ病にはさまざまありますが、働き盛りのうつ病についてお話しします。

ストレスになりやすい人は
 やりたい仕事とは違う持ち場に配属され、人間関係もギクシャクしていたら、ストレスはすぐに限界を超えてしまうでしょう。厚労省の調査では仕事や職場で 強いストレスを感じている人は6割を超えています(図1)。逆に、どんなにやりがいのある仕事でもストレスは生じ、気づくのが遅れる場合もあります。
 うつ病になりやすいのは、「生真面目で目標が高く努力する人」といえます。何事にも全力でとりくみ、手を抜かないことに誇りをもっているような人です。 そして仕事がこなせないのは「仕事量が多すぎる」のではなく「自分の努力が足りないのだ」と考えていっそう努力を重ねます。
 さらに、いわゆる仕事中毒に陥ると、残っている仕事がないと不安になります。そして「俺はこんなに仕事がたまるくらい働いている」と自己満足する一方、 たまった仕事がいつも気になっています。こうなると慢性ストレス状態に入っており、黄信号が灯っています。

休日返上で働いて

 私が担当した患者さんで、診療所の事務長だった方がいます。若いころは医療生協の加入をすすめるため、休日返上で地域を走り回っていました。40代で法 人理事になり、いつも帰宅は終電でしたが、少しも苦にならなかったそうです。事務長になってもこの習慣は抜けませんでした。定時に仕事が終わっても何か仕 事を見つけてきては、若いころと同じように終電まで診療所にいました。
 うつ病になったのは妻の病気がきっかけです。入院中の妻を毎日見舞い、一人で家事をする生活になって、家庭を顧みず仕事一途に生きてきたことに初めて気 づき、訳もなく不安でたまらなくなりました。やがて妻が退院した後、なぜか出勤できなくなりました。精神科を受診して休み、故郷に帰って生活するなど工夫 をしてもよくならず、入院となりました。

図1 仕事や職業生活での強いストレス等の状況
    (厚生労働省:労働者健康状況調査より作成)
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精根つきはて体にも
 うつ病になると、精神面に次のような症状・変化が起こります。
 ▽何も面白くない、興味が持てない
 ▽何を食べてもおいしくない
 ▽外出したくない、人と会いたくない、電話にも出たくない
 ▽疲れやすい、眠れない、朝早く目が覚める(早朝覚醒)
 ▽ささいなことに腹が立つ
 ▽何事もどうでもよくなる
 ほかに、頭痛・肩こり・便秘などの身体症状も現れます。
 私なりにまとめると、うつ病は「精根つきはてて、何もかもがどうでもよくなり、夢も希望も失い、前向きに生きていくことができなくなった状態」といえます。幻覚を見たり、妄想を抱くこともあります。
 また抑うつ感はほとんどないのに、精神的な葛藤が頭痛や肩こり、便秘など体の症状に現れることを心身症といいます(表)。内科や脳外科、整形外科などを 受診したのに心療内科を紹介され、「なぜ私が心療内科なの?」と疑問や抵抗を感じる人も多いでしょう。「慢性的なストレスを心が受けとめるとうつ病にな り、受け止めずに抑えこみ、それが身体に現れると心身症になる」と考えられています。身体の病気が心から生まれていることをご自分が認識し、「心も身体も 悲鳴を上げている」ことを理解するだけでも大きな前進で、治療は半分すんだといえるくらいです。

呼吸器系 せき、気管支ぜん息、過換気症候群(呼吸しすぎで苦しくなる)
循環器系 狭心症、心筋こうそく、高血圧症、低血圧症、不整脈
消化器系 胃・十二指腸かいよう、過敏性腸症候群(下痢や便秘などをくり返す)、潰瘍性大腸炎
内分泌・代謝系 バセドウ病、心因性多飲症(水分をやたらとりたくなる)、糖尿病
神経・筋肉系 緊張性頭痛、偏頭痛、まぶたけいれん
泌尿・生殖器系 おねしょ、神経因性膀胱(排尿障害)、勃起障害
婦人科 更年期障害、月経前緊張症(いらいら、手足のむくみ、乳房や乳首の痛みなど)、心因性無月経症
耳鼻科 耳鳴り、めまい
皮膚科 じんましん、アトピー性皮膚炎
その他 線維筋痛症(全身が痛む)、慢性関節リウマチ、顎関節症(頭痛、こめかみの痛み、肩こりなどの原因にも)

まず、うつ病だと理解を 
 治療は、自分がうつ病だと理解することから始まります。納得しないと、休養や睡眠など最初の一歩も踏み出せません。「私は睡眠時間が5時間しか取れない ほど忙しいのだ」と、内心は満足していたりしますから。「早寝、早起き、朝ごはん」といってもすぐにはその気になれません。
 次に薬を使います。うつ病では、寝つきが悪い、夜中や朝早くに目が覚めるなど不眠をともなうことが多いため、まずはよく眠れるようにします。睡眠剤を 使ってでも十分な睡眠を確保することが大切です。ぐっすり眠れて疲れが取れるだけでずいぶんよくなるのです。次の段階で、抗うつ剤を使います。

再発に注意 
 薬でうつ病から抜け出しても、再発することがよくあります。価値観や行動の仕方が変わらなければ、うつ病へ逆戻りするからです。
 そこで最近注目されているのが、認知行動療法で す。「考え方を変える治療法」といってもよいでしょう。もともとの性格や気質を変えることは難しいのですが、生活習慣や仕事へのとりくみ方を変えること は、それほど難しくありません。どのように仕事をしてきたか、どうして慢性ストレス状態になったのかなどを振り返り、同じ状態にならないためにはどうした らよいのかを一緒に考えます。「倒れるまで働く」「朝早く出勤して最後までいる」のがよいと思い込んでいたのをやめ、「仕事はサッと切り上げて定時に変え るのがカッコいい」と切り替えるのです。

家族の協力が大きな力に
 うつ病の治療には、家族の理解や協力が欠かせません。うつ病の人は自分を責め、人間失格、社会人失格のように感じて、自己評価は非常に低下しています。 また「孤立無援だ」と思い込んでいます。家族がうつ病を理解し、支えることが早期回復の大きな力となります。家族の対応のポイントは、つぎのようなもので す。
 (1)あわてず・あせらず・あきらめず見守る。
 (2)回復する病気だと理解して待つ。
 (3)大事な決定(退職や離婚など)は先延ばしにする。
 (4)「もうだめ」「死にたい」など、SOSのサインを見つける。
 (5)本人と家族だけで問題を抱え込まない。
 (6)「がんばれ」と励ますのは逆効果。本人を追い込んでしまいます。
 (7)「気分転換」に旅行や遊びに誘っても、うつ病の人は楽しめません。
 (8) 本人に嫌がられるからと、声をかけなかったり、逆にかまいすぎるのはどちらも不適切です。
 うつ病は必ず治ります。本人への愛情を忘れずに寄り添えば、きっと回復への光明が見えてきます。

回復しかけが要注意

 残念なことに重いうつ病では自殺に至るケースがあります。休職しても自宅では安心して療養できない人も出てきます。この場合は入院が必要です。
 自殺は重い症状のときより、徐々に回復に向かい始め、本人も家族も安心しかけた時期に多いのです。うつ病は、最悪の時期には死を意識しても行動に移せま せん。ある程度回復して気力や体力がついたときに「やはり自分は生きていないほうがよい」と判断してしまい、この世を去るための行動を起こす「勇気」がわ いてしまうのです。
 自殺するときはほとんどの場合、一人です。そのため私たちは閉鎖病棟から開放病棟に移ったり、退院して自宅に移った時に、自殺のサインがないか、注意深く見守ります。

労働者の自殺、7割がうつ病
 日本の自殺者は1999年から8年連続で3万人を超え、中でも働き盛りの中高年労働者の自殺が目立ちます。労働者で自殺する人の7割がうつ病だとの報告 も。労働者の自殺は今日、約9000人にもなります(図2)。うつ病は必ず治るのですから、治療さえ受けていればかなりの人は自殺せずにすんだはずです。 残された家族や職場に悲しくつらい思いが残るだけでなく、社会にとっても大きな損失です。過労からうつ病になり自殺にまで至るとするなら、その自殺は病死 だといえます。

図2 労働者の自殺が毎年、約9000人に
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※自殺した労働者数は、「管理職」と「被雇用者」の合計
(警察庁生活安全局地域課:平成17年(2005)中における自殺の概要資料2006年より作成)

「人生の転機」ととらえて
 うつ病を経験し克服することは、人生にとって有意義な成長の一段階だと私たちは考えます。心の問題でつまずき、悩み、乗り越えてゆく経験は、その人を深 みのある人物にしていく人間的な営みともいえます。「人生をリセットして一からやり直そう」という決断もありえます。どのような決断でも、患者自身が見出 した「新しい生き方」に価値があるので、医者が指示することはほとんどありません。
 しかし退職や転職、離婚などという大きな決断は、うつ病が回復するまで待ってもらうようにすすめます。うつ病のまっただ中にいるときは自信も失い、判断 力も鈍っているからです。まして入院中は社会や家庭とは隔てられた生活を送っているため、判断を誤ることが多いのです。

職場復帰はゆっくりと
 職場に復帰するとき、急に以前のような仕事をするのではなく、徐々に慣らすことが大切です。その手順は、厚労省『心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き』にも採用されています。
 前述した事務長さんは退院して自宅療養をした後、「リハビリ勤務」と称して休職扱いのまま定時に「出勤」。伝票整理など単純作業をこなして、ゆったり過 ごし、定時に帰る練習をしました(職場復帰プログラム)。彼は資格をとっていたので上司や私たちと相談し、ケアマネジャーになりました。もとの事務長では ありませんが、お年寄りの家を回ってじっくりお話をしたりお世話をすることに喜びを感じることができました。
 彼はその後、ケースを70件も抱え込んで飛び回るうちにダウンし、再入院。「やりすぎるとよくないんですね」と反省し、倒れない程度に仕事を抑えることを悟りました。

うつ病の発症から職場復帰まで
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イラスト・井上ひいろ

職場復帰が難しい職種も
 職場への復帰が難しい職種がいくつかあります。私の経験では、学校の先生がこれにあたると思います。治っても校長から復帰を拒まれたり、教え子に発症時 の姿を見られていると、教え子や父母の信頼を回復することが困難だからです。
 精神疾患で休職中の教師は、公立の小・中・高校で4178人もいます(2005年度)。ところが教育再生会議は教員を増やさず、教員免許の更新制を導入 しようとしています。「不適格な教師だ」と免許を奪われるかもしれない人の中には、夢と理想を持ち困難な教育現場へ立ち向かった後に、うつ病で倒れた心優 しい先生もいるに違いありません。

過労自殺は事業主にも責任
 ストレスは悪い面ばかりではありません。試験や締め切りのある仕事など、日常生活にストレスはつきもので、その度に心のエンジンの回転数を上げて課題を 克服します。私も医師になるまで数え切れないほどの試験やレポート提出など、いくつもの関門を通り抜けてきました。「知的向上意欲」だけでは今の私はあり ません。ストレスを克服して課題をやり遂げたときには満足感を味わうことができます。
 しかし働き過ぎでうつ病になると、治っても職場に復帰できなかったり配置転換や降格になる場合があります。働きすぎで倒れたのに割に合いませんよね。仕事が好きでもホドホドにして自己管理しましょう。
 一方でノルマを課せられ、長時間働かざるをえない労働者が多いのも現実ですが、最近では過労死・過労自殺の裁判例などから、従業員の精神面へのケアは事 業主にも責任があるとされてきています。厚労省も対応を迫られ、企業も産業医をおき、心の健康を保つ「従業員支援プログラム」を取り入れるようになってき ています。働きすぎてうつ病になるのは、はやらない時代なのです。
 早く帰宅して、家事の手伝いをすれば家族も喜びますよ、きっと!

いつでも元気 2007.7 No.189

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