いつでも元気

2007年9月1日

特集2 子どもの睡眠不足はなぜ悪い? 夜更かしっ子大国、日本 生活習慣病、イライラ、学力低下招く

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前背戸公明
大阪・西淀病院小児科

 みなさん、よく寝ていますか? 「最近よく眠れないなあ。夕べも残業で遅かったしなあ。あぁ眠い」という声が聞こえてきそうですね。おとなもつらい睡眠不足。子どもの場合は成長にも影響します。子どもと睡眠をテーマにお話ししましょう。
 
大人の睡眠不足が子どもにも

 ご存じの方も多いかもしれませんが、日本の子どもは世界有数の「夜更かしっ子」です。図1を見てください。日本の乳幼児(ここでは0~48カ月児)は欧 州諸国に比べ、就寝時刻がとても遅くなっています。日本国内の調査でも、午後10時以降に就寝する3歳児の割合はここ20年間増え続け、日本小児保健協会 の調査(2000年)では半数を超えています(図2)。

図1 乳幼児が寝る時間

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図2 夜10時以降も起きている3歳児

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 なぜ子どもの就寝時間が遅くなっているのでしょうか? 主な原因に、街や生活、労働などさまざまな面で、日本が「眠らない」社会へと変わってきているこ とがあげられます。24時間営業のコンビニやスーパー、ゲームセンター、マンガ喫茶、インターネットカフェ。街に出れば、夜遅くでも光が至るところにあふ れていますね。
 家庭にも急激にインターネット、携帯電話、テレビゲームなどが普及したことで、多くの人々が睡眠時間を奪われています。TV放送も深夜遅くまで、場合によっては24時間放送されているものまであります。
 また、労働者を追い立てる成果主義や、労働規制が不当に緩和されたことで、多くの労働者が低賃金で長時間の労働に従事させられたり、厳しい交代制勤務のもとで働かされ、健康な眠りは蝕まれ続けています。
 そして大人の睡眠が妨げられることにより、子どもたちの眠りもまた危機に瀕しています。仕事帰り、繁華街で遅い時間に幼児を連れて出歩く家族連れを見かけることも多くなりました。

午前2時に寝る赤ちゃんも

 私が勤務している病院、診療所でもそれぞれ1994年度と2004年度に乳児の就寝時刻を調べてみました(図3)。結果はほぼ同じ傾向ですが、04年の 方が24時以降に就寝する子どもの割合が多いのが気になります。
 赤ちゃんの就寝時刻は21時から22時が多く、22時をピークに、なんと午前1時~2時に就寝している赤ちゃんもいました。睡眠は生活リズムの基本を成 すものです。こんな小さなころから十分な睡眠がとれずにいて、生活リズムの基礎づくりは大丈夫なのでしょうか?
 また保育所、幼稚園、学校に通う子どもは始業時刻が決まっていますから、朝は無理にでも一定の時刻に起きなければなりません。ですから遅寝をすると、その分睡眠時間が削られてしまいます。

図3 乳児の就寝時刻

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時を刻む生体時計

 睡眠不足が悪いのは、子どもに限ったことではありません。どうして体に悪いのでしょうか。
 睡眠と体の関係は、研究が進んで、ずいぶんいろいろなことがわかってきました。地球上に生活している生物は、24時間という地球の自転周期の影響を受け ています。そしてこの周期にあわせて体内の各機能を調節する時計(生体時計)を身体のなかに組み込んでいるのです。
 ほ乳類でいうと視交叉上核という脳の一部が眼の網膜から入る光の情報を感知して、約24時間の時計周期を生みます。ところが実に不思議ですが、この生体 時計の本来の周期は約25時間で、24時間よりも少し長いのです。実験的に光を遮断した真っ暗な部屋で生活してもらうと、その人の生体時計は少しずつ地球 時間とずれてくることが確認されています。
 私たちは毎朝、無意識の内に朝日を浴びることで、この“時計”を地球時間に同調させていると考えられています。これがずれるとちょうど海外旅行をしたと きに経験する時差ボケと同じ状態になります。生体時計調整には日光、とくに朝の光を十分浴びることが、とても重要なのです。

生体時計がズレて

 生体時計を同調させる強力な作用があるのが、メラトニンというホルモンです。別名「時計ホルモン」とも呼ばれます。脳の深部から分泌され、日中はほとん ど分泌されず、夜間に分泌のピークを迎えます(図4)。
メラトニンは周囲の明暗、照度に敏感に反応して分泌され、周囲が一定以上明るいと分泌が抑制されます。
 メラトニンには酸素の毒性から細胞を守る抗酸化作用や、性成熟抑制作用があることも知られています。そのためメラトニンが不足すると、生体時計の同調が うまくいかず、地球時間とのズレが生じ、慢性的な時差ボケの状態になります。また性的に早熟し、抗酸化作用が低下することで、発がんの可能性が高まること も危惧されます。
 しかもメラトニンの分泌量は、年齢によって分泌に著しい差があり、人の一生では1~5歳がもっとも分泌量が多いのです。この時期の子どもたちが夜更かし をして、夜間に強い光を受け続けると、メラトニンの分泌量が減少し、メラトニンを十分浴びられないことになります。

図4 睡眠と放熱、糖質コルチコイドおよび
メラトニン分泌リズムの相互位相関係

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老化にも影響!?

 生活習慣病と睡眠の関係を調査した報告が1999年シカゴ大学の研究によって発表されています。この調査は成人を対象にしたものですが、11人の健康な 若い成人で、1週間の睡眠を毎晩4時間に制限した場合と、制限をといて毎晩12時間の睡眠を許可したときの血糖値や耐糖能検査(血中インスリン値)、血液 中の甲状腺ホルモン、血中および唾液中の副腎皮質ホルモン(コルチゾール、糖質コルチコイドという物質の一種)などの変化を検査しています。
 この調査では、睡眠時間が少ないと血糖を下げるホルモンであるインスリンが効きにくくなり(インスリン抵抗性)、早朝のインスリンの分泌も少なくなって います。また、午後から夕方にかけて減るはずの甲状腺ホルモンやコルチゾールが、十分減らないことがわかりました。
 これらは血糖を下げる能力の低下、交感神経(自律神経の一種)の過度の緊張を意味します。つまり、糖尿病になりやすくなり、過度の緊張から高血圧にもな る可能性が高いということです。さらに、寝不足の子どもは肥満になりやすいことが知られていますが、コルチゾールの増加が原因になっている可能性もありま す。
 夕方になってもコルチゾールの値が高いのは、視床下部(自律神経を統括する脳の一部)│下垂体(ホルモン分泌を調整する脳の一部)│副腎(腎臓の上にあ り、ホルモンを分泌)へとつながっているホルモン分泌の調節機能がうまくいっていないためで、加齢にともないインスリンの効きが悪くなり、記憶力が落ちた りすることと関連していると考えられています。つまり睡眠時間が短いと、こうした老化現象と類似した現象が見られるわけです。
 また、この調査では、慢性的な睡眠不足は糖尿病や高血圧のような、老化にともなう病気の重症度を上げる可能性があるとしています。
 睡眠不足は単に“眠い、美容の大敵”というだけではなく、私たちの生活習慣病や老化にも関係しているのですね。

イライラの原因にも

 セロトニンといって、脳内の情報伝達にかかわる物質(神経伝達物質)があります。セロトニンが関連する神経(セロトニン系神経)は、脳内の広い範囲に分布しています。
 ラットを使った実験では、セロトニンが不足するとセロトニン系神経の働きが低下し、攻撃的行動が増えます。他の動物実験でも群れから孤立したり攻撃的な行動が増えることがわかっています。
 このセロトニン系神経を活発にするには、歩行、咀嚼、呼吸運動などのリズミカルな筋肉運動や朝日を浴びるのがよいとされています。しかし夜更かしで朝起 きられず、朝日を浴び損ねて時差ボケ状態でぼんやりしていれば、運動どころではありませんね。運動が不足すれば、よけいにセロトニン系神経は活発になら ず、イライラの原因にもなります。

睡眠不足で成績も低下

 睡眠習慣と学校の成績を調べた調査があります。1994年に米国ロードアイランドの中高生3120人を対象としたアンケート調査です。
 この調査によると、学校成績のよいグループは学校成績が下位のグループよりも、平日(学校のある日)は30分以上長く睡眠をとっています。平日の就寝時 刻も、上位グループの平均は下位グループよりも1時間早く就寝していました。
 また週末は就寝時刻、起床時刻とも平日より遅くなりますが、上位グループは平日より一時間半程度就寝時刻が遅くなり、起床も平日より3時間程度遅くなっ ています。一方、下位グループは週末の就寝時刻は平日より2時間以上遅く、起床は4時間以上遅くなっていました。つまり、下位グループの方が平日と週末の 睡眠スケジュールの差が大きいことになります。
 アンケート方式という調査法の制約はありますが、睡眠が学習にとっても重要であることを示す一つの資料になると思われます。
 また、富山県の先生たちの調査では、3歳時の就寝時刻が遅かった子は小学4年になっても遅寝の傾向が強いことがわかっています(図5)。幼児のときの遅 寝が、その後の生活習慣にもつながっていくとして、警鐘
を鳴らしています(図6)。
 子どものころの睡眠不足解消、生活リズムの確立は、ただちに生命に影響はしないかもしれません。しかしこれまで見てきたように子どもの将来の生活や健康にとって重要だと思われます。
 遅寝をせず、規則正しい生活リズムを確立するために、どうすればよいのでしょう?
 家庭の事情もあり、簡単に実行できない部分もあるでしょうが、まず、できるところから始めてはいかがでしょうか。

図5 3歳時の就寝時刻と小学4年生の就寝時刻との関係

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図6 生活習慣の連鎖

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まず朝日を浴びることから

 神山潤先生(東京北社会保険病院)たちが、次のようなことを提唱しています。

 (1)毎朝しっかり朝日を浴びる。
 (2)ご飯はしっかりよく噛んで、とくに朝はきちんと食べる。
 (3)昼間はたっぷり運動する。
 (4)お昼寝は3時過ぎには切り上げる(3時を超えての昼寝は、就寝時間への影響が大きい)。
 (5)寝るまでの入眠儀式(トイレに行く、おやすみのあいさつをするなど)を大切に=寝付きやすい習慣をつくる。
 (6)暗い部屋で寝る。
 (7)まずは早起きをして、夜更かし→朝寝坊→慢性時差ぼけ→眠れない、の悪循環を断ち切る。

 睡眠不足解消とはいえ、12時に寝ていた子どもに8時に寝てもらおうとしても、無理がありますね。そんな場合も、まずは(7)を実行して朝日を浴び、生体時計のリズムを取り戻すことから始めましょう。

いつでも元気 2007.9 No.191

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