民医連綱領、方針

2023年9月11日

第45期第3回評議員会方針

2023年8月20日 全日本民医連第45期第3回評議員会

はじめに
第1章 第2回評議員会以後の情勢の特徴1
 第1節 民医連の2つの調査と困窮のさらなるひろがり
 第2節 新型コロナウイルス感染症「5類化」の影響と課題
 第3節 戦争準備、いのちとくらしの破壊に暴走する
     岸田政権とひろがる市民の運動
 第4節 旧優生保護法調査報告書の特徴について
第2章 総会に向け、平和と人権・いのち優先の社会をめざす運動の飛躍を
 第1節 大軍拡ではなく、ケアを 戦争させない、
     いのちを守る大運動を全国ですすめよう
 第2節 医療と医師のいのちを守るために、
     絶対的医師不足の解消をめざす大運動を
 第3節 いまこそ、事業と経営を守り抜く「たたかい」に全力を
 第4節 共同組織の前進、まちづくりの推進へ向けて

おわりに

はじめに

 6月7日、全日本民医連は創立70年を迎えました。民医連はコロナ禍にあっても、職員を守りながら、いのちの平等をゆずることなく奮闘してきました。
 8月19日には、全日本民医連創立70周年・全日本民医連共済創立50周年記念式典を、各界、海外からの来賓、各県連代表、理事、評議員など400人近くが参加し、開催しました。
 今春、3000人を超える仲間が民医連に新たに参加。人びとの困難あるところに民医連あり、たたかいのあるところに民医連あり、この歴史を引き継ぎ、未来を創造していきましょう。
 第2回評議員会は、「いま日本は、大軍拡し戦争する国になるのか、憲法を生かし平和と人権・社会保障が充実した国になるのか、岐路に立っている」との時代認識のもと、46回総会へ向け、民医連が組織をあげて現在の危機に挑んでいくことを呼びかけ、各地で奮闘してきました。
 第211国会において岸田政権は、大軍拡・国民負担増へ憲法違反の異次元の大暴走をすすめ、「戦争する国」に向け「大転換」をはかりました。しかし、いのちと人権を多数の力で踏みにじり、突きすすもうとする暴走に、連日、市民、当事者が国会周辺や全国の地域で抗い、声をあげています。45期の最大の課題とした「憲法を守り抜く」点では、岸田政権が日本維新の会、国民民主党などの野党の一部を巻き込みながら改憲策動を強めてきましたが、私たちは学び行動し、市民と立憲野党の共同の力で、改憲発議を行わせず憲法を守り抜いています。民医連綱領の実践、いのちとケア優先の社会をめざす上で、決定的に重要な到達です。
 評議員会では56人が発言(文書含む)し、全会一致で方針案、46期の役員定数案の決定、決算の承認、会費基準案を46回総会へ向けて各県連討議を行うことを確認しました。
 全県連、法人、事業所で方針を学び、具体化し、平和と人権の時代を切り開く決意を固め合い、奮闘することを呼びかけます。

第1章 第2回評議員会以後の情勢の特徴

 第2回評議員会は、情勢の特徴を「『転換点』の情勢~進行する危機を綱領の視点で」とのべ、①健康権を侵害する困窮のひろがり、②岸田内閣の政策動向について戦後最悪の大暴走、③国連障害者権利委員会の審査と勧告の意義、④ロシアによるウクライナ侵略の即時停止を求める、の4点から深めました。
 第3回評議員会では、①民医連が実施した2つの調査によって明らかとなった今日の生活困窮のひろがりと健康権の侵害状況、②5月8日から第5類感染症へと位置づけられ、新たな段階に入った新型コロナウイルス感染症の対策の課題、③かつて経験したことのない異常な国会となった第211国会の内容、④6月19日に公開された旧優生保護法に関しての「一時金支給法」(2019年4月制定)第21条にもとづく、国会としての調査結果について、特徴と問題点に触れます。

第1節 民医連の2つの調査と困窮のさらなるひろがり

 コロナ禍は、失業と休業、住居、生活保護など制度面での困窮状態と非正規雇用、女性、外国人、学生、高齢者、単身者などへの緊急的な支援の必要性をあぶり出しました。しかし、それらはコロナ禍以前から存在した、低所得で不安定な就業・生活状態に置かれ、各種のセーフティーネットが十分には届かない人びとの存在が表面化したものであり、私たちは「つくり出された困窮」としてとらえてきました。現在、コロナ禍の影響が続き、さらに物価高、社会保障の機能の後退が続くなか、深刻な事態はさらに進行しています。今年の上半期の企業倒産件数は、前年同期比で3割増加、コロナ禍の2020年以来、3年ぶりに4000件を超え、今後、コロナ禍で行われていた実質無利子・無担保融資の元本返済が始まるなかで、さらに増加していくことが予想されます。格差と貧困に立ち向かう私たちの事業と運動が、ますます重要となります。

(1)2022年経済的事由による手遅れ死亡事例調査
 60代男性の事例では、体調悪化で仕事を休むようになりましたが、保険証がなかったため受診できず、貯金を切り崩して生活していました。姉が、役所に生活保護の相談をしても、車の所有を理由に対象にならないと説明され、保険証を出してもらえないかと相談しても、無料低額診療事業を案内されて帰されてしまいました。この男性は姉に連れられて受診につながりましたが、入院後わずか19日で亡くなりました。
 50代女性の事例では、非正規雇用で給与は月10万円程度、無保険でした。母の介護費用で多額の借金があり、体調が悪くても受診を我慢していました。コロナ禍での生活相談会に訪れ、無料低額診療事業を案内して受診につながりました。心臓に異常がみつかり、総合病院で精密検査が必要となったため、ソーシャルワーカーが同行して国保44条の一部負担金の減免を受けることができました。翌日総合病院で精密検査を受ける予定でしたが、来院せず、自宅訪問すると自宅で亡くなっていました。
 23県連から寄せられた46事例のいずれもが、非正規雇用や低すぎる年金などによる経済的困窮が背景にありました。そのもとで、保険料が支払えず保険証を失ったり、保険証を所持していても医療費の一部負担金の支払いが困難となる、本来であれば生活保護の受給要件を満たしているにもかかわらず申請させない(水際作戦)などの結果、受診を我慢し、手遅れとなって、死亡に至っています。

()高齢者の受療権とくらしを奪う75歳以上医療費窓口負担2割化の実態
 全日本民医連は、1割から2割に負担が引き上がった75歳以上の高齢者を対象としたアンケートを実施し、医療費の一部負担金の負担感および受診抑制などの受療権への影響について、調査報告をまとめ、公表しました。
 回答は、全国から1万5368件(このうち2割負担になった人は7615人)が寄せられ、2割化がもたらす受診抑制はもとより、高齢者の厳しい生活実態を赤裸々にしました。
 2割になってからの負担感は、それ以前と比べ「とても重い」と「重い」の合計が58%から81%に跳ね上がりました。アンケートに記載された当事者の声として「一回の支払金額を、2カ月に分割してカードで支払っている」、「受診はしなくてはいけないと思っているが、負担は重いのでリハビリなどのサービスを減らそうと考えている」など、医療費の負担増によって、生活を圧迫され、なかには受診控えや医療を削ることを余儀なくされるほどに、苦しんでいる実態がうかがえます。
 2割になった人の52%は、受診を減らすか、生活を切りつめるなどの選択を強いられていることがわかりました。「2割への負担は、家計全体にとって重いし、他を削るしかないが、方法が見つからない」「必要な治療・薬なので受診しなければならない。負担が増えるのは苦しいが、生きるために必要なので他を削ってでもと思う」など、いのちに直結する医療費の負担増により苦しむ高齢者の声は切実です。他を削りたくても削れないという声は、窓口負担増により、すでにいのちや健康を脅かしている実態を表しています。窓口負担増は、多くの高齢者の受療権を奪っていることを示しています。

第2節 新型コロナウイルス感染症「5類化」の影響と課題

() 「5類化」 による感染拡大と政府の責任
 5月5日、WHO(世界保健機関)は前日に開催した専門家委員会の勧告を受ける形で、新型コロナウイルス感染症について、3年3カ月におよんだ「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」の宣言を終了すると発表しました。この時点での世界の感染者数は7億6500万人、死亡者数は692万人以上でしたが、テドロスWHO事務局長は実際の死亡者数は少なく見積もっても2000万以上と発言しています。ちなみに厚労省の研究班によると、この3年間の国内超過死亡は13万5000人におよぶとされています。
 日本においては、ゴールデンウイーク前から感染者数が増え始めていた状況でしたが、岸田内閣は予定通り5月8日をもって、新型コロナウイルス感染症を「2類相当」から、季節性インフルエンザと同等の5類に分類しました。毎日の感染者数発表もなくなり、ブラックボックスに入ったと言えます。その後は毎週金曜に発表される定点観測データから、全体の感染状況を把握することになりましたが、6月26日~7月2日の1週間の全国平均は7・24人で上昇し続けています。
 特に沖縄では48・39人と急上昇しており、「移行措置」も整えられていないなか、救急搬送困難事例が増加、医療機関では入院患者や職員の感染者が同時多発するなど、医療提供体制に重大な影響が出ています。現在のところ、新型コロナウイルス感染症については、他の5類定点把握感染症のように、定点あたり報告数による警報・注意報レベルの設定はありませんが、季節性インフルエンザに置き換えると、全国の現状は「流行」状態であり、沖縄でいえば「警報」レベルと言えます。
 都道府県の入院調整機能がなくなった影響も出ており、各医療機関が独自に入院先を探さざるを得ず、日常診療に大きな影響が出ています。ある県では、後期高齢者の呼吸不全患者の入院調整をめぐって、高齢を理由に人工呼吸器の使用を拒否されるなど、重大な倫理問題も発生しています。
 政府による「5類化」の動きは、経済優先が最大の動機であり、拙速感が否めないと多くの識者が指摘していました。専門家からも懸念が表明されていましたが、科学的検討内容が国民に開示されないままにすすめられました。全日本民医連は今年2月、「5類化」に対して見解「新型コロナウイルス感染症法上の位置づけ変更にあたって」を発表し、そのなかで「(施設への)留め置き」解消と医療提供体制の整備、患者負担とせず公費医療を継続、医療介護事業所への財政支援などと併せて、国民へのリスクコミュニケーションを徹底することを政府に求めました。しかし、現政府の対応はそうした声に耳を貸さず、「3密」や「5つの場面」など、感染機会に対する警戒が一気に緩んだと言えます。
 このことは小児医療へも甚大な影響をおよぼしており、コロナ以外にもRSやヘルパンギーナなど数種類の感染性疾患の大流行を招いています。都市部を中心に、病床も外来もひっ迫する状況が見られ始めており、発熱外来を予約数制限している施設が多いため、発熱した子どもの受診先が見つからないという事態がひろがっています。
 5月24日の「朝日新聞」の記事「コロナ5類、専門家たちの葛藤」という特集のなかで、京都大学の西浦博医師は「5類移行は科学でなく空気感で決まった」「大きなリスクが残ったまま」、東北大学の押谷仁医師は「多くの人が亡くなっている事実を無かったことにしてはいけない、政府もメディアも」「医療が維持出来なくなることは『起きないこと』になっていた、原発事故と同様に」「『感染対策に万全を期して経済を回す』はおとぎ話でしかない」と批判的な意見を表明しました。
 さらに西浦医師は、7月8日の毎日新聞のインタビューに答えて、「今回の波の社会的特徴はコロナを以前のように社会的な問題として意識的に見ないようにしている人がいること。医療がひっ迫し、助かるいのちが助からなくなるかも知れない」とのべ、第6波での心疾患の超過死亡のうち、7割は医療ひっ迫が原因だったことを紹介しました。
 医療ひっ迫や高齢という要因で、適切な医療が受けられない状況は断じて避けねばなりません。政府には一般診療とコロナ診療を両立させる責任があります。
 全日本民医連は7月12日付で「政府は一般診療とコロナ診療を両立させる責任があることを自覚し、新型コロナウイルス感染症第9波への対応を国の責任ですすめることを求める(声明)」を発出し、①年齢のみを理由とした治療制限は、決して許されるものではなく、適切な医療が保障されるよう指導を徹底すること、②国民に事態を正確に伝え、手洗いや換気、「密」状況でのマスク着用など、行動制限をしない形での必要な感染対策の推奨・リスクコミュニケーションを強化すること、③補助金カットや検査体制の縮小など、後退させた公的施策を早急に再開すること、を政府に求めました。

()専門知を重視し、感染者と職員のいのちと健康を守るための継続したとりくみを
 4月19日のアドバイザリーボードに「新型コロナウイルス感染症のこれまでの疫学と今後想定される伝(でん)播(ぱ)動態」という論文が、資料として提出されました。そのなかでは、最大の死者を出した第8波では恐らくもっと多くの感染者がいたであろうこと、第6波以降の感染拡大の原因の一つとして対策の緩和があったことが示され、加えて、すでに自然感染者の割合が86%以上の英国が「減衰振動」という段階に入り、定常状態に向かっていることが紹介されています。それに対して、今後の見通しとして、自然感染した割合が英国ほど高くない日本においては、第9波が来る可能性が高く、「(自然感染とワクチンによる)ハイブリット免疫」により、重症者・死亡者を極力抑えながら、英国のような状況に移行するといった予測がのべられています。その際に、自然感染者の割合の低い高齢者層が大量に控えている日本の特徴から、施設などでのクラスター発生や、そのなかでの死亡者数の拡大に注意を払わなければならないことが指摘されています。
 自然感染後に獲得される抗N抗体の調査は、宮城、東京、愛知、大阪、福岡の5都府県での住民調査(20歳以上)と、全都道府県での献血検体を使用した調査(16~69歳)が行われています。自然感染者割合が若年者ほど高いので、後者の数値が高く出る傾向があります。その献血検体を使用して行った最新の調査(5月17~31日)の結果によると、全国平均は42・8%で、英国の半分程度という結果でした。
 海外の感染数の推移をみると、いまのところ大きな感染拡大は認められていないようです。収束に向かっていることは間違いないと思われますが、日本においては、当面の間、対応が続きます。今後の医療・介護現場での感染対策においては、これまで以上に難しい判断を要する可能性がありますが、共同組織の仲間と結束して、乗り越えていきましょう。

第3節 戦争準備、いのちとくらしの破壊に暴走する岸田政権とひろがる市民の運動

(1)第211国会~政治が憲法と切り離され暴走した国会
 第211国会は、かつて経験したことがない、いのちと人権が軽視された異常な国会となりました(図表1)。成立した主な法律をみてみます。
 第一に2023年度予算、大軍拡財源確保法、防衛産業支援法です。
 昨年12月、国会での議論なく、内閣の「閣議決定」で決めた「安保3文書」改定により、2013年特定秘密保護法、2014年集団的自衛権行使容認の閣議決定、2015年安保法制(=戦争法)の強行と続いてきた戦争する国づくりが、実行段階に入りました。敵基地攻撃能力保有に向け、5年間で43兆円の防衛費をまかなうための「防衛財源確保法」、軍需産業の保護・育成に税金をつぎ込む「防衛産業支援法」が成立しました。「台湾有事」を口実に、沖縄や石垣島など南西諸島のミサイル配備や基地建設が、これまで「防護的」とされていたものから、この改定を機に長距離を射程とした攻撃的ミサイル配備へ、日本全国283地区の自衛隊施設を5年かけ強(きょう)靭(じん)化(核戦争も想定した地下シェルター化など)する内容が予算化されるなど、私たちの住む地域が戦争準備に巻き込まれ始めています。
 第二に原発推進法です。
 原発事故から12年を経ても被害者の困難が続くなかで、原発利用を国の責務とし、老朽原発の永久的な使用を事実上容認、新規の原発建設も認めることを柱とする「原発推進5法」を成立させ、原発回帰への大転換をすすめています。
 また、東京電力福島第一原発の処理水放出を強硬にすすめています。処理水放出計画に対して国際原子力機関(IAEA)が、「国際的な安全基準に合致している」とする報告書を公表しました。しかし、国際原子力機関の報告書が安全基準に合致しているとのべたからと言って、政府と東電が海洋放出を許される理由には全くなりません。一番大切なのは、8年前政府と東電が漁業関係者と交わした「関係者の理解なしに、(処理水の)いかなる処分も行わない」との約束であり、この約束を国と東電が守ることです。福島県漁業協同組合連合会(県漁連)は6月30日の総会で、海洋放出に対して「反対であることはいささかも変わらない」とする特別決議を全会一致で決議しました。決議は「将来にわたる不安を拭い去ることはできない。風評を決して起こさない安全性の担保をはかり(国が)全責任を持って対処するように求める」と訴えています。
 みやぎ生協、コープ福島が呼びかけ、私たちもとりくんでいる「アルプス(ALPS)処理水海洋放出に反対する署名」は、25万人以上にひろがり続けています。自治体でも地元のいわき市議会、全国市長会、宮城県議会などが「県民合意のない海洋放出反対」「強行するな」の決議を採択しています。
 福島では、処理水の増大を食い止めることができない要因となっている凍土壁でなく、広域遮水壁による対策も提案され、県民参加で廃炉の道筋を検討するための「復興と廃炉の両立とALPS処理水問題を考える円卓会議」が結成されました。政権が強行している海洋放出が唯一の解決策ではなく、さまざまな英知を寄せ合い不安と被害に応え抜く、信頼される復興と廃炉計画をつくりあげていくことを求めます。
 第三に、マイナンバーカードと健康保険証の一体化・保険証の廃止、マイナンバーの利用範囲拡大です。
 企業の儲けのため、個人情報、健康情報を成長戦略に活用するという財界の要求に応え、来年秋に健康保険証を廃止し、任意であるマイナンバーカードの使用を、人権無視のやり方で強要する改定マイナンバー法が強行されました。
 参考人質疑では、マイナ保険証カードリーダー機器設置の義務づけに伴って課される負担により、小規模医療機関が廃業を決断し、地域医療に大きな影響が生じている状況、健康保険証の廃止に伴い創設される資格確認証は自ら申請しなければならないため、多数の無保険者を生みかねず国民皆保険制度を崩壊させること、各種手続への障害者のアクセスが保障されておらず、医療から取りこぼされること、マイナンバーカードとの一体化により高齢者施設・障害者施設などで、保険証を預かることができなくなることなど、多くの弊害が明確になりました。全国保険医団体連合会(保団連)の調査で、マイナ保険証を使用している医療機関の65%で「被保険者の情報が正しく反映されない」、転職・退職などで加入する保険の変更や個人情報が何カ月も変更されなかったため、保険資格確認ができず「いったん窓口で10割負担の請求」となった、後期高齢者医療保険の負担割合が誤って表示される、別人の医療情報がひもづけられたなど、いのちに直結する問題も発生していることが明らかになっています。
 これらの深刻なトラブルの全容は未解明であるにもかかわらず、政府はデジタル施策に関する「重点計画」を閣議決定し、母子健康手帳とマイナンバーカードの一体化も打ち出すなど、利用範囲を拡大しようしています。政府が行うべきは、改正法によるさらなるマイナンバーの利用拡大ではなく、健康保険証の廃止を直ちに撤回し、さまざまな問題の解消を最優先にすることです。法成立後の世論調査(7月3日の時事通信社の調査)で、「来年秋に保険証廃止する政府方針を撤回もしくは延期すべき」は73%にものぼっています。
 第四に入管法改定です。
 改定された入管法は、3回目以降の難民申請者を原則、送還可能にすること、退去命令に従わない場合、逃亡した場合に刑事罰を科すことなどが盛り込まれ、送還先で迫害や拘束を受け、いのちを奪われる懸念などを拡大しました。現在の難民が置かれている実態は、私たちが行った「外国人医療に関わる事例調査」によれば、46%が治療期間1年以上におよんでいるにもかかわらず、医療費の公的保障がないケースが91%、医療費の支払いは無料低額診療事業44%、未払い33%、支援団体からの支援5%です。医療を受ける権利すらないがしろにされ、国際社会が到達している人権保障の水準から大きく立ち遅れています。現状の改善こそが必要な課題です。
 第五にLGBT理解増進法です。
 自民党、公明党案に日本維新の会、国民民主党が修正案を示し可決された同法では、第12条に「全ての国民が安心して生活することができることとなるよう、留意するものとする。この場合において、政府は、その運用に必要な指針を策定するものとする」と書き加えられました。多数者の理解が得られないことを理由に、差別や偏見に苦しむ少数者の権利保護を後退させる本末転倒の修正です。これにより、すでに存在する各自治体の同性パートナーシップ証明制度や差別禁止条例に対し、住民や政治家から「安心できない」といった声があがれば、抑制される可能性にもつながります。また、全国民への留意条項では、政府が必要な指針を策定することも明記され、一部自治体や民間団体による先進的なとりくみの萎縮も懸念されます。「多数による少数の排除」という、差別・分断と偏見を助長しかねない今回の法律の廃止と改正を強く求めます。

(2)憲法審査会と改憲の動向
 2021年10月31日の総選挙、2022年7月10日の参院選で、改憲をめざす政党が議席を増やすなかで、明文改憲へ向けた動きが憲法審査会ですすめられてきました。2022年通常審査会は、第211国会において衆議院15回、参議院で7回開かれました。
 審議の特徴は、大規模災害や戦争などの緊急事態で選挙が行えず、衆議院議員が不在となった場合、憲法に規定がある参議院の緊急集会で国会の機能が維持できるかなどを論点に、緊急事態における議員の任期延長を明文化する改憲原案づくりがすすめられました。また自民党・公明党とともに、日本維新の会と国民民主党が改憲へ向けた議論を推進していることも特徴です。6月15日の衆議院審査会では、緊急事態における参議院の緊急集会と議員任期延長について、衆議院法制局の論点整理が出されました。
 立憲野党や主な憲法学者からは、東日本大震災やコロナ禍でも、緊急事態条項がないため対応できなかった事態は起きておらず、既存の法律で対応でき、憲法審査会で審議する必要がないこと、参議院の緊急集会は緊急事態の際も民主主義を徹底させ、国民の権利を十分擁護することが根本趣旨で、その機能強化の議論をすすめるべきであり、議員任期延長のための憲法改正には反対すること、などがのべられ、改憲の議論の必要性はないことが示されて、「任期延長明文化の改憲案のとりまとめ」は阻止されました。
 しかし、岸田首相は会期末の記者会見で、あらためて「目前の任期中」、来年9月までの改憲実現の決意を表明しています。

(3)全世代型社会保障構築会議報告書の実行へ向けた第211国会の動向
1)全世代型社会保障構築会議報告書の特徴

 第2回評議員会は、全世代型社会保障構築会議報告書の特徴を、以下の内容で整理しました。めざすべき社会の方向性として、①「少子化・人口減少」の流れを変える、②これからも続く「超高齢社会」に備える、③「地域の支えあい」を強めるとし、今後の人口減少に伴う労働力を補うため、雇用・労働改革を重点とした内容となっています。内容は、労働規制がかからないフリーランス化の拡大、定年を大幅に伸ばし長く働かせること、そのための公的年金の受給開始年齢の引き上げ(老齢基礎年金は2022年4月から75歳開始が可能に)などがメニューとなっています。また、岸田政権が軍事大国化へ向けた財源確保に狂騒するなか、医療・介護・社会保障の充実へ「財源確保」のすべを持っていないこと、その根源にある社会保障を「世代を超えたすべての人びとが連帯し、困難を分かち合うためにある」など社会保障の権利性、人権としての社会保障という視点をないがしろにしていることに、警鐘を鳴らしました。

 第211国会では、「全世代対応型の持続可能な社会保障制度を構築するための健康保険法などの一部を改正する法律案」が、11もの関連法を束ねる形で提案、成立させられました

2)法案の特徴と「高齢者優遇論」
 法案の概要は、「こども・子育て支援の拡充」、「高齢者医療を全世代で公平に支えあうための高齢者医療制度の見直し」、「医療保険制度の基盤強化等」、「医療・介護連携機能強化及び提供体制等の基盤強化」の4点が柱となっています。全世代型社会保障改革では、給付と負担のバランスや現役世代の負担上昇の抑制をはかることを大義名分に掲げ、「給付が高齢者に偏っている」「高齢者に応分の負担を」など、「高齢者優遇論」とも言える言説をふりまき、世代間対立をあおって改悪をすすめ、今回、子育て支援の費用を後期高齢者の保険料でまかなう制度を導入しました。
 「高齢者優遇論」の実態は、図表2「高齢化率社会保障の給付規模の国際比較」(2022年版厚生労働白書)にあるように、日本は高齢化率が高い国でありながら、社会保障費を支出していない国であることを覆い隠しています。
 高齢者世帯の収入は51・8%が「年金・恩給のみ」と、年金でささえられています。しかし、年金制度の実態は深刻です。
 老齢基礎年金のみの受給者は557万人、平均支給月額は4万9820円です(厚生労働省国民生活基礎調査2018年)。平均的な年金収入のみの高齢者単身世帯は、平均的な生活保護基準(高齢者単身世帯で年収160万円)を下回っており、基礎年金だけの単身世帯(女性が多数)では、資産がない場合は生活保護を受けなければ、生活できない状況にあります。生活保護の利用世帯162万世帯のうち、65歳以上の高齢者世帯は89万5247世帯と、55%を占めています(2022年4月)。厚生労働省の調査でも65歳以上の相対的貧困率は他世代より10%程度高く、なかでも高齢女性単身世帯の貧困率は56・2%にもおよんでいます。
 同時に年金制度の現状は、新自由主義的施策による雇用の非正規化のひろがりを最大の原因として、国民年金、厚生年金とも未納・滞納が増大、将来無年金となるケースの増加も懸念されています。安倍政権以後の実質6・4%年金減額、今般の物価高騰、コロナ禍による生活困窮のひろがりは、高齢者の生活の困窮にさらに追い打ちをかけています。現在の高齢者の困難は、現役世代の将来です。真実を確認し、対立ではなく全世代の社会保障拡充をめざすことこそが求められています。
 これまで、超高齢化社会が来ると、社会保障の負担で国家財政の危機がひろがる、医療費が国を亡ぼす、高齢者の医療費を抑制しなければならないと宣伝された結果、後期高齢者医療制度の導入など、公的医療費全体の抑制策がすすめられました。あげくコロナ禍で医療崩壊が起きました。同じ轍(てつ)を踏んではなりません。高齢者の困窮実態を覆い隠し、高齢者への社会保障をさらに抑制する世論が形成されれば、すべての世代の社会保障が抑制されることにつながります。

 この国会審議と並行して閣議決定された「骨太方針2023」は、「新自由主義は格差の拡大や気候変動のような『弊害』を生んだが『成長の原動力の役割を果たした』」と、これまでの新自由主義的な改革を賛美すると同時に、「令和9(2027)年度までの5年間で防衛力を抜本的に強化」「日米同盟の抑止力と対処力を強化する」一方、「医療、介護等の不断の改革により、ワイズペンディング(効果的・効率的な支出)を徹底」と、大軍拡予算を前提に、医療・介護の削減をめざす方針を鮮明にしました。防衛費43兆円の確保を前提とした呪縛のもとで、目玉とする少子化対策すら財源の先送りとなり、「骨太」はその目的である予算編成の指針の体すらなしていません。

()医療費抑制政策のもとでの絶対的医師不足をめぐって
1)医師の働き方改革の開始が迫るなかで起こっていること
 政府は2040年を展望した医療提供体制に向け、三位一体の改革(地域医療構想の実現、働き方改革の推進、医師偏在対策)を、コロナ禍で浮き彫りになった医療費抑制政策による日本の脆(ぜい)弱(じゃく)な医療提供体制を省みることなく推進しています。そして、すべての勤務医に時間外労働の上限(年960時間)が適用される医師の働き方改革が、2024年4月にスタートします。しかし、働き方改革の開始が迫るなか、医師の時間外労働は悪化しています。全国医学部長病院長会議は本年4月、大学病院勤務の約3割の医師(約1万5000人)が、2024年度に時間外労働の上限を上回る見込みと報告し、大学病院と言えども人手不足と長時間労働が常態化している実態が明らかになりました。
 日本病院会による2019年度勤務医不足と医師の働き方に関するアンケート調査報告書(413病院が回答)によれば、勤務医確保は、依然として「大学医局からの派遣」によるものが90%を占めており、勤務医確保を「困難だと感じる」病院は97%にのぼり、派遣機能の低下が地域の病院の勤務医不足に直結することが示され、働き方改革が地域医療の崩壊を招く危険性があるとした病院は、59%にのぼっています。81大学病院中69大学(85・2%)が地域医療の担い手としての派遣機能を維持するとしていますが、宿日直許可の有無にかかわらず、地域の病院への医師派遣を見合わせる通達を出した大学病院もあり、今後、地域の医療体制が守れるか不透明な状況です。
 宿日直許可の取得に関しては、全国医師ユニオンに寄せられた相談から、厚生労働省が労働実態を無視し、地域医療を守る複数の医療機関に積極的に宿日直をとるよう指導していることが明らかになりました。これを受け本年2月、医師ユニオンは「医師の働き方改革に逆行する厚労省の宿日直に関する指導に抗議する」との緊急声明を表明し、医師の健康確保と医療安全の観点から、①連続勤務時間制限・勤務インターバルの保障・代償休息の付与を遵守すること、②安易な許可申請を指導せず、宿日直に関する厚労省通達を遵守することを求めています。

2)医師の偏在ではなく、絶対的医師不足
 厚労省は、医師需給推計について、「マクロでみて2029年ごろにはバランスが取れる」との立場を一貫して崩していません。しかし、2029年に訪れるとされる均衡は、労働時間を週60時間程度に制限するなど(1カ月80時間の時間外労働=年間960時間の時間外労働)、過労死水準で仮定されている上に、日当直許可の場合は実労働時間のみを算定し拘束時間は含んでいないなど、労働実態を無視した推計となっています。
 この間、医師不足を一貫して認めず、医師偏在論に固執する政府は、医師偏在解消の対策として、医学部定員と将来の医師需給の検討、地域枠の設定、臨床研修制度・新専門医制度におけるシーリングの導入などを行っています。しかし、臨床研修制度における定員削減は、年々多くのアンマッチ者を生む結果(2022年929人、9・4%)をもたらし、シーリングのもとでも都市部に専攻医が集中し、地方においては大学病院といえども専攻医が集まらない事態や、労働負荷の比較的少ない診療科が専攻医に選択される一方で、入局者が減り過酷な労働環境が続く診療科をうむなどの事態が起こっています。背景には絶対的医師不足の上に、相対的な医師の地域偏在があり、医師増員にかじを切ることが、偏在対策の上でも必要な施策となることは明らかです。
 4病院団体協議会(日本病院会、全日本病院協会、日本医療法人協会、日本精神科病院協会)は、医師養成数の抑制に反対を表明(2021年6月)しています。また昨年7月には、地域医療を担う医師の確保をめざす知事の会が「地域医療の現場では医師の絶対数の不足や地域間・診療科間の偏在などが極めて顕著となり、いわば『地域医療崩壊』の危機的状況」にあるとして提言を取りまとめ、文部科学省および厚生労働省に医学部の定員増を要望しています。
 そもそも、日本の人口当たりの医師数はOECD(経済協力開発機構)で最低レベルであると同時に、医学部卒業生はOECD最下位(人口10万人当たり7・1人)です。2000年以降、欧米では医学部定員を1・5~2・0倍に増加させています。現状の国家試験合格者数(2023年度9432人)のペースでは、将来の急性期医療の現場に若手医師を増やすことは困難であり、医師増員に転換することが求められています。

()ひろがる市民の運動・共同のひろがり
 第211国会は、多数の当事者の反対意見を聞かず、法案の問題点が露呈しても、立ち止まることなくブレーキなき暴走をくり返し、敵基地攻撃能力保有についても、憲法論議をまともに行わないなど、憲法と切り離された政治の暴走、立憲主義と議会制民主主義の形骸化がいっそう深まった最悪の国会と言えます。数の力で、次々に市民のくらしやいのち、人権をないがしろにする悪法が強行される状況は、軍事大国化、戦争準備の動きが強まる状況と重なり、「新しい戦前」への懸念を増大させています。それだけに、戦争させない、人権と民主主義を守れの市民の声と運動が大きく発展しています。
 大軍拡とのたたかいは始まったばかりです。具体化されればされるだけ、各地域での自衛隊、米軍基地の強化や社会保障がないがしろにされる予算編成など、あらゆる面で深刻な矛盾が噴き出します。「核兵器禁止条約に日本は参加を」の意見書は、岩手(県議会と全市町村議会)、長野、三重、沖縄の県議会をはじめ、可決した地方議会は4割に到達しようとしています。
 保険証廃止、マイナンバーの強要は不安と大混乱をひろげ、法律成立後の世論調査(7月3日の時事通信社の報道)で「来年秋に保険証廃止する政府方針を撤回もしくは延期すべき」は73%にものぼっています。岩手県議会をはじめ埼玉県鳩山町・三芳町、神奈川県座間市、長野県松本市、京都府長岡京市、奈良県河合町で、保険証廃止を中止する意見書が採択されました。神奈川県では、県・市町村、国保組合、後期高齢者医療広域連合の連名で、厚生労働省に対し「マイナンバーカードと健康保険証の一体化に対する要望書」も提出されています。
 入管法、LGBT理解増進法は、当事者や支援団体による廃止を求める運動がスタートしました。
 こうした力強い歩みは、各地域での無数にひろがっているスタンディング行動など、職員、共同組織の仲間が市民や他団体の仲間と力を合わせ、自主的、自発的に参加し声をあげてきた結果です。
 コロナ禍で国として制度化した看護師の処遇改善は、わずか35%の看護師しか対象とならず、不平等と不団結を招いています。すべての看護師の処遇改善を求めたナースアクションは全県連でとりくまれ、民医連外の医療機関などにも共感がひろがりました。個人署名は11万4006筆、団体署名は991筆、紹介議員は党派を超えて43人となり、確信につながっています。県看護協会や関係団体との懇談もすすみ、看護師増員や診療報酬の改善を求める運動としてさらにひろがり続けています。
 「史上最悪」の介護保険改悪案に対する怒りがひろがるなか、改悪中止を求める介護請願署名は過去最多となる42万筆(民医連23万筆)を集約し、ケアプランの有料化、要介護1、2の生活援助の総合事業への移行など制度の全面改悪を中止させ、介護分野での全世代型社会保障改革を押し戻す大きな力となりました。自治体に向けて、コロナ感染症対策の強化、物価高騰に対する事業者への財政支援を求める要請行動が旺盛にとりくまれました。いくつかの自治体で、制度改悪の中止を求める意見書を議会で採択する成果もありました。
 いま、岸田政権が日本の平和を壊し、多くの愚策をすすめていることに、怒りと不安がひろがっています。岸田首相は、国会終盤に衆議院の解散を持ち出しましたが、急速な支持率の低下にたじろぎ、見送らざるを得ませんでした。

 日本維新の会が一定の支持をひろげていますが、岸田政権に失望した人たちの期待に沿う改革は期待できません。国会審議のなかで明確になったのは、日本の核武装をすすめること、大軍拡をすすめること、9条を改憲することなどを主張し、入管法審議では、亡くなった外国人に対して「詐病」発言をくり返し、性的マイノリティーの差別を肯定するLGBT理解増進法をめぐっての修正など、戦争推進、排外主義の立場で公然と差別をすすめていることです。私たちは、平和、人権尊重、民主主義擁護、医療と介護、社会保障を守る視点、憲法と民医連綱領の立場から、事実による批判を強めていきます。

第4節 旧優生保護法調査報告書の特徴について

 6月19日、衆参両院で旧優生保護法下の強制不妊手術問題についてとりまとめた報告書の全文が、公開されました。全体で1400ページにおよび、国会としては初めての本格的な調査報告となるものです。

()旧優生保護法下で何が行われたか―非人道的な手術の実態
 国、自治体が保有する資料、医療機関・福祉施設などに保管されていた記録、新たに実施された関係機関・関係者への聞き取り調査を通して、民医連の見解が指摘した、「不良な子孫の出生防止」を目的とした旧優生保護法の制定過程の問題点、ずさんな運用の経過、人権侵害の深刻さ・影響の大きさが、あらためて浮き彫りになりました。以下、報告書の概要を紹介します。
 同法施行後の約半世紀の間に、2万4493人に手術が実施されたことがあらためて確認されました。そのうち女性が75%を占めており、手術を受けた年齢は男女とも30~40代がもっとも多く、最少年齢は男女ともに9歳という記録が残されています。「本人同意不要」(法4条)の手術が最多で、全体の65%にのぼっています。
 旧優生保護法の制定過程に関して、強制手術の実施や対象疾病などに対する批判的な観点からの議論がなかったことや、法施行後は、厚生省(当時)内で法の目的や手術の適用事由に基本的な問題があると認識されていたにもかかわらず、法改正などの措置が講じられなかった経過をのべています。また、高校の保健体育の教科書だけではなく、中学校の生物の教科書に、「国民の遺伝素質を向上させるために、国民優生に力を注いでいる」などの記述があったことも紹介しています。
 国の資料には、厚生省の通知などを通して、身体拘束、欺(ぎ)罔(もう)などの手段を用いて手術を強制することが許容され、それが憲法違反ではないとの解釈が周知された事実が記載されています。さらに、都道府県優生保護審査会の定足数を欠いた状態での開催、書類の持ち回りによる審査といった不正常な対応のほか、放射線照射や子宮摘出、睾(こう)丸(がん)摘出など、法が認めていない手術が横行していた事実もあらためて明らかにされています。「不幸な子どもを産まない運動」などの啓蒙活動が自治体でとりくまれ、なかには、患者負担が発生する法12条による手術の費用に対して、独自の助成制度を実施していた都道府県が一部にあったことも記載されています。
 医療機関、福祉施設を対象とした聞き取り調査では、他の手術と偽っての実施、子宮摘出などの事例が報告されています。なかには「盲腸の手術時に本人にわからないうちにした」という事例もありました。障害者団体への調査では、生理時の介助を省くことを理由に、子宮摘出が勧奨されていた事実が紹介されています。国立ハンセン病療養所からは、手術の実施が結婚の条件とされ、手術の有無の記載欄が設けられた婚姻届が療養所内で作成されていたことが報告されるなど、人権を無視した手術が広範にひろがっていたことがうかがえます。
 当事者への聞き取り調査は、回答数が40人(女性30人、80代が20人)と少ない結果となりましたが、このうち27人が「子どもができなくなる手術である」という説明を受けておらず、手術を受けることになった経緯・理由として、「家族等の意向」「結婚の条件」「別の病気と偽って」などがあげられています。
 さらに、一時金支給請求書にもとづく調査では、優生手術に至った経過として、「育児が困難」「病気・障害が遺伝するおそれ」「性被害等のおそれ」などがあげられており、医師、医療機関、福祉施設が関与した事実のほか、法定外の放射線照射、子宮摘出、睾丸摘出の事例があったことも報告されています。

()一刻も早い被害者救済と、 旧優生保護法問題に対する検証・総括を
 報告書から浮かび上がった被害の実態は、「公益」を根拠に国策としてもたらされた「戦後最悪の人権侵害」そのものであり、旧優生保護法の重罪性をあらためて浮き彫りにしています。今回の調査報告をふまえ、民医連の「見解」が提起している以下の内容を政府に重ねて要請するものです。
 第一に、政府として、すべての被害者の救済、尊厳の回復に直ちに着手することです。現在、全国12の地裁、高裁に38人が提訴して裁判がたたかわれています。判決では旧優生保護法の違憲性を指摘するとともに、強制不妊手術が「著しく正義・公平性の理念に反する」ことを理由に、除斥期間を機械的に適用せずに原告の請求を認めたものも、あい次いでいます。一方、2019年に議員立法として制定された一時金支給法の認定者は、わずか1041人(2023年4月末現在)にとどまっており、救済が行き渡っているとは到底言えません。一時金支給法の前文で「おわび」が記載されているものの、責任の所在はあいまいなままです。国賠訴訟では、すでに5人の原告が亡くなっています。原告・被害者の救済には一刻の猶予もありません。政府として、被害当事者への謝罪を行うこと、これまでの国賠訴訟において政府が行っている控訴・上告をすべて取り下げること、現在の一時金支給法の改正などを含め、すべての被害者への補償、尊厳の回復に向けた措置を、早急に講じることを求めます。

 第二に、今回の調査報告書にとどめず、政府の責任により、旧優生保護法問題に対する全面的な検証・総括を行うことです。こうした事態を二度とくり返さないためには、旧優生保護法が差別、偏見を固定化、助長してきた事実に対する検証・総括は欠かせません。社会全体が誤った障害観を克服し、障害者を排除する優生思想と決別するために、基本的人権を掲げる日本国憲法のもとで、なぜ旧優生保護法が制定され、その後約半世紀にわたって強制不妊手術が続けられ、母体保護法に改正された以降も、被害実態の把握や被害者救済が行われてこなかったのか、政府の責任において第三者委員会を設置し、全面的な検証、総括を行うことが必要です。

第2章 総会に向け、平和と人権・いのち優先の社会をめざす運動の飛躍を

 第2回評議員会以後の半年間、私たちは、人権と倫理センターのスタート、病院長会議の開催、LGBTQの全職員学習運動、全国課題としたPFAS汚染へのとりくみなどに挑戦してきました。
 総会へ向かう半年間は、情勢を切り開く重要な時期です。予想される解散・総選挙は、岸田政権の退陣と、改憲勢力が衆議院の3分の2を下回ることをめざします。
 人権の抑圧と戦争政策は一体です。性的マイノリティーや外国人など社会的弱者への差別、ジェンダーギャップ指数下位(国際経済フォーラム2023年発表、146カ国中125位)であることは、戦争政策と無関係ではありません。戦争する国にさせない岐路にあるいま、「人権を守り公正でいのちとケアが大切にされる社会の実現をめざし、すべての活動場面において、個人の尊厳とジェンダー平等を基本に据え」る(45回総会)という提起が、ますます切実さを増しています。
 受療権を守り抜くための保険証廃止反対の運動、医療を守るための絶対的医師不足の解消やナースアクション、介護ウエーブの運動、多様性を尊重するダイバーシティーのとりくみなど、私たちの運動は、戦争を止め、いのちとケア優先の時代を切り開くたたかいです。
 「綱領を掲げながら人権を阻むものとたたかい、民医連運動を前進させていくには、職員に確かな人権意識と共同のいとなみへの理解と実践、それらに裏打ちされた高い倫理観と時代が求める変革(自己変革、組織変革、社会変革)に主体的に取り組むことが要求されています」(職員育成指針2021年版)。今まさにこのことに果敢に挑み、運動の飛躍をはかり、46回総会へ向かいましょう。

第1節 大軍拡ではなく、ケアを 戦争させない、いのちを守る大運動を全国ですすめよう

 戦争させない、いのちを守り抜いていくこと、そのためにたたかうことは民医連らしさそのものです。県連、法人、事業所の幹部集団で情勢を深め、運動の展望を語り、全職員が参加する、できるとりくみをつくり、ひろげていきましょう。
 5年間で43兆円の大軍拡のもとでは、いのちも暮らしも守れません。戦争させないこと、医療と介護、社会保障の充実を一体に「大軍拡ではなく、ケアを。戦争させない、いのちを守る大運動」を呼びかけます。
 本節では第211国会をふまえ、総会までの運動の重点を提起します。

()憲法を守り、戦争でなく平和の準備を
1)憲法を学び、確信を持ち、地域の世論を変え、平和を守り抜こう
 いま、ウクライナ侵略の影響もあり「攻められたらどうする」という声があります。しかし、ウクライナの現実は、戦争が始まったら多くのいのちが一瞬で奪われ、領土は焼け野原になるだけで、軍事の抑止力で戦争は防げないことを示しています。こうした複雑な世論のなか、学ぶことがますます大切であり、戦争を止める力となります。
 日本は78年間、一度も戦争することなく、国民の8割以上が一度も戦争を経験していない平和な国をつくってきました。「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使」を「国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」ことをうたった日本国憲法の力です。
 私たちが戦争に反対する声と姿勢を崩すことなく、「戦争でなく9条にもとづく対話と外交を」と求めることこそ戦争を止める力であり、その土台は、9条の持つ力を職員、共同組織で学び、地域にひろげていくことです。「沖縄戦」「原爆被害」など、戦争の実相を映像や体験を聞くことを通じて、想像力を持ち学びましょう。全日本民医連として、学習用映像を準備します。原水爆禁止世界大会や辺野古支援連帯行動への参加、地元でのフィールドワークなどの体験学習を大切にして、五感で戦争を感じる活動を大規模にすすめましょう。一人ひとりの疑問を解消できるよう、ていねいな学習運動をすすめましょう。幹部が憲法・平和・人権・民医連綱領をテーマに講師を担いましょう。70周年事業と連動し、事業所・職場での9条の碑、平和宣言づくりにつなぎましょう。
 地域でのとりくみを強め、平和の声を多数にしていきましょう。九条の会、九条の会医療者の会のとりくみを強めましょう。強化されようとしている地元の自衛隊基地、米軍基地の学習や視察、地域での反対の運動を他団体、地域住民と共同してすすめていきましょう。ウクライナ戦争の即時停止を求めるとりくみを継続しましょう。

2)核兵器禁止条約批准、核兵器廃絶、原水禁世界大会のとりくみ
 原水爆禁止2023年世界大会は、「被爆者とともに、核兵器のない平和で公正な世界を―人類と地球の未来のために」をテーマに開催され、国内外からのべ9900人が参加しました。全日本民医連の職員・共同組織は広島・長崎の現地、オンライン合わせてのべ1881人が参加しました。台風接近の影響で、予定していた民医連参加者交流集会は中止としましたが、独自の交流会、報告会などが各地でとりくまれました。また韓国代表団15人を招へいし交流しました。
 各事業所での原爆展など、被爆の実相、核兵器の非人道性をひろげましょう。「国際会議宣言」「広島からすべての国の政府への手紙」「長崎からのよびかけ」を学び、被爆者の声、真の市民社会の声を世界に発信し、すべての核保有国に核兵器禁止・廃絶にかかわるすべての合意の実行を迫り、岸田大軍拡を阻止し、非核平和、禁止条約に参加する日本の実現をめざす行動にとりくみましょう。

3)辺野古支援連帯行動
 第50、51次の行動にとりくみます。「辺野古新基地建設反対! 支援連帯行動第50次記念行事」を行います。各地協からの支援連帯行動も、すすめていきましょう。

()脅かされる受療権と暮らしを守り抜こう
1)国民皆保険制度を守り抜くため、マイナンバーカード強制をやめ、保険証の廃止撤回を求める一点の共同行動をすすめます
 医療団体連絡会として、現行の健康保険証を残す一点で請願署名運動を行います。医師会・歯科医師会、看護協会、薬剤師会、すべての医療機関・介護事業所、老人クラブ、弁護士会などに申し入れ、「いのち綱の保険証を取り上げるな」の列島騒然の声を集めましょう。地方自治体からの中止・再考の議会請願にとりくみます。各県で、立憲野党に対する申し入れ、市民連合への申し入れ、総がかり行動への申し入れをすすめましょう。

2)共同組織とともに1職場1アウトリーチ、いのちの相談所の活動をさらにひろげよう
 福岡・千代診療所の「とりあえず行きます隊」は、通院中の患者の在宅孤独死をきっかけに2006年に始まり、看護師と事務を中心に気になる患者や中断患者の自宅を訪問し、さまざまな支援課題を見出し実践し、ときにはぎりぎりに追い詰められたいのちを救ってきました。コロナ禍のなかでの「行きます隊」の実践は住民の生活困難や感染への恐れなどで、さらに重要な役割を果たしてきました。「病院のなかだけでは助けられない、いのちがあると知った」「『救えた』と思うたび、やめてはいけないと痛感する」。とりくんできた職員の声です。
 共同組織とともに、すべての職場が総会までにアウトリーチの計画を持ち、とりくみましょう。目の前の困窮に応え、医療・介護、暮らしの改善を支援しましょう。共同組織とともに、いのちの相談所、食糧支援など旺盛にとりくみましょう。いのちを救えた事例が豊富にあります。事例を寄せ合い、事例集を発行します。
 2023年経済的事由による手遅れ死亡事例調査をすべての県連でとりくみます。

()医療・介護を守り抜く社会保障予算の大幅増と診療報酬・介護報酬の抜本的改善を
1)大軍拡でなく、診療報酬・介護報酬を引き上げ、社会保障費の増額の運動を年末政府予算の編成へ向けて、集中してとりくみます
 2024年は診療報酬・介護報酬・障害福祉サービス報酬などの、トリプル改定の年です。
 さらなる急性期の絞り込み、高齢者などのいのちの選別、医療・介護労働者の過重な労働を強いる改悪を、許すことはできません。ゆとりある医療・介護の提供体制の実現、すべてのケア労働者の処遇改善へ向け、抜本的な引き上げを眼目に運動を強め、実現していきます。民医連として「2024年診療報酬・介護報酬改定へ向けた要望書」を作成し、運動を強めていきます。2023年「医療・介護・福祉に国の予算を増やせ!10・19いのちまもる総行動」を大規模にとりくみます。
 介護保険の見直しでは、利用料2割負担の対象拡大など、一部の改悪案について検討を継続させ、夏までに結論を出すとしていましたが、「骨太方針2023」のなかで、結論を年末まで先送りすることを明記しました。この背景にあるのが、岸田政権が新たに打ち出した「異次元の少子化対策」です。巨額の軍事費を「聖域化」したまま、約3・5兆円におよぶ少子化対策の財源の多くを、医療・介護給付費などの社会保障費を徹底的に削減して確保しようという方針です。根底にあるのは、高齢世代と現役世代の間に分断をもち込んで社会保障を削り込む〝全世代型〟の発想に他なりません。少子化対策の財源を調達するために、介護では利用料2割負担の対象拡大などの改悪案、介護報酬の改定や介護従事者の処遇改善にかかわる予算が、少子化対策と一体的に検討されていくことになります。「ミサイルではなく、ケアの充実を!」を高く掲げ、軍事費の削減と、社会保障費、少子化対策の予算を抜本的に増やすことを求める声と共同を、大きくひろげていきましょう。社保協とも連携し、制度の見直しや報酬改定に向けた新たな介護請願署名などにとりくみます。
 全日本民医連として「診療報酬・介護報酬の在り方への提言(案)」、「民医連の医療・介護保障提言(案)」を準備しています。いのち守る大運動でシンポジウムなどを計画します。

2)コロナ第9波に対して、すべての地域で医療と介護への十分な体制と支援を求め、いのちと暮らしを守るとりくみをすすめます
 ①感染によりいのちの危険にさらされる高齢者や、状態の良くない人びとのケアを重視し、感染した場合には、いのちが軽視されることなく適切な診療が受けられるよう力を尽くしましょう。
 ②医療崩壊を招かぬよう、これまで以上に地域での連携を強化するとともに、行政に対して、無料検査の再開・拡充や適切な財政補助など、必要な改善提案を共同して行っていきましょう。
 ③長期に渡るとりくみで、職員が想像以上に疲弊していることを想定して、面接やアンケートなどで状況を把握し、個々の状況に配慮した職場環境づくりにとりくみましょう。
 全日本民医連として、ひきつづき現在の対策本部機能を維持して、多くの情報を各県連・事業所に発信していくとともに、補助金がほぼ終了し、燃料費や種々の物価高騰という条件も加わり、経営環境が悪化するなか、医療・介護事業所がその役割を果たせるような支援を、国・行政に対して働きかけていきます。

3)認知症基本法の対応について
 議員立法として提案されていた認知症基本法が、第211国会において全会一致で成立しました。認知症施策の推進に法的な根拠が定められた点で、大きな意義があり、認知症の人の個性や人権が尊重され、希望をもち安心して暮らせる社会づくりに向けた重要な一歩となるものです。基本法の理念を生かし、日常の医療・介護・福祉、まちづくりのなかで、認知症の人とその家族に寄り添った実践をいっそうすすめるとともに、具体的な施策や予算措置を行政に求めるなど、要求実現の課題としてもとりくんでいくことが必要です。今年9月30日、「第10回認知症懇話会in奈良」を、「こころの声を聴き、光る想いをみつけたい-人によりそう、人とともに生きる」をテーマに開催します。

()原発ゼロ、福島との連帯
 原発推進法の成立を受け、各地で原発再稼働の動きが加速しています。とりわけ稼働から40年超の原発4基、30年超(40年未満)13基と、半数の原発が運転期間終了を迎えようとしているにもかかわらず、運転延長がねらわれており、専門家からは安全性が担保できないと指摘されています。各地の原発再稼働反対とともに、40年超の老朽原発の再稼働は絶対許さないとりくみを強めます。
 ALPS処理水の海洋放出ありきの動きに対し、福島では県民・国民が、その議論と意思決定の過程に参加していく新たな枠組みとして、「復興と廃炉の両立とALPS処理水問題を考える円卓会議」を7月11日に結成しました。性急な海洋放出をやめ、いま一度、対話・参加・中立的な場づくりによる問題解決をめざすものです。これらのとりくみをささえる全国募金運動をすすめるとともに、福島や漁業関係者に寄り添い連帯し、性急な海洋放出を許さないたたかいを強めます。

第2節 医療と医師のいのちを守るために、絶対的医師不足の解消をめざす大運動を

()いまなぜ、 大運動にとりくむのか~真の働き方改革をめざして~
 医師を含めた医療従事者の勤務環境の改善は、地域医療を守る上でも重要な問題となっています。働き方改革をすすめること自体は必要なことですが、現状の医師の働き方改革がこのまますすむことを許容すれば、過労死水準の時間外労働を固定化し、医師の犠牲的な働き方を放置することで、医師の絶対的不足を覆い隠すこととなります。働き方改革のために、医療提供体制の縮小や医療機関の統廃合がすすめば、置き去りにされるのは地域住民です。患者の受療権を抑制すれば、コロナ禍でみられたように、高齢者や医療機関にかかれない社会的弱者を医療から締め出し、本来存在する医療需要の切りすてがいっそう拡大することになります。また、医療側がそのことを是認することとなれば、倫理的な問題として、さらに深刻化せざるを得ない状況も生まれます。
 2006年の医師の需給に関する検討会資料によれば、ドイツ、フランスにおける医師の労働時間は週40~50時間、全米の医師で平均51時間と報告され、当直や宅直オンコール、外勤も勤務時間に含まれ、当直明けの保障も行われています。欧米での医師の働き方を見ても、日本は異常な事態であり、日本の医療のあり方と、医療界のジェンダー不平等を主因とした医師の業務構造そのものの問題ととらえて、対策を取る必要があります。
 2019年に公表された医学連の調査では、50大学2186人の回答者の67%が「将来の働き方を不安に思う」と回答しています。また、男女別で見ると、「とてもそう思う」と答えた女性の割合は31%で、男性よりも17ポイント高かったと報告されています。次代を担う青年医師・女性医師が、安心して働き続けられる働き方へ変化させ、医師の社会的な使命を果たせるような環境をつくり出すことが必要です。
 医師の働き方改革は、医師の労働者としての人権を守ると同時に、地域の医療提供体制を確保し患者の受療権を守り、医療を受ける国民への安心、安全の医療の提供に資するものでなければなりません。医療安全の面からも、深夜労働を含む連続長時間労働をなくすためにも、交代制勤務を導入する必要があり、抜本的な業務構造の見直しを求める局面にあります。多くの医師のなかにある、現行の医師の自己犠牲的な働き方(業務構造)を是認する意識は、本質的に家庭生活と両立せず、世代間ギャップの原因やハラスメント、女子学生の入試差別にもつながっています。健康的な人間らしい働き方とは何かを、あらためて医師一人ひとりが問い直し、仕事そのもののあり方を見直すことが必要です。お互いの多様性を認め合い、新たな働き方を構築することが求められており、それを達成するには、医師自身のパターナリズム、その根底にある男性医師中心の権威勾配、ジェンダー差別を乗り越える意識改革と組織変革が求められます。働き方のなかに人権の視点を落とし込んで、改革をすすめていくと同時に、医療界と社会全体のジェンダー平等をすすめる運動も、並行してすすめることなしに、この課題の前進をはかることはできません。あわせて、政府がすすめる医師の働き方改革によって、医療機関や働き方改革そのものへ、国民から批判が起こるような分断を起こしてはなりません。医師労働の現状や政府がすすめる医師の働き方改革の矛盾を、共同組織や国民と共有し、国民本位の医療のあり方と医師増やせの運動をともにすすめる必要があります。

()絶対的医師不足の解消を
 本年7月、今期2回目の都道府県連医師委員長会議を開催し、医師増やせの運動づくりに焦点をあて、議論を行いました。参加した医師委員長からも「絶対的医師不足であるとの認識が深まった」「医師を増やすための運動の必要性をこれまであまり意識していなかったが、重要だと思った」「医師自らの課題として責任を持ってとりくまなければならない」との思いが寄せられ、医師自らが立ち上がる運動を、それぞれの地域で起こしていくことを確認し合いました。
 真の働き方改革を求める「医師増やせの運動」は、「国民のいのちを守る」ための運動です。絶対的医師不足の解消なしに、一人ひとりの医師の健康を守りながら、いま以上の医療需要を切りすてないということは不可能であり、いのちの切りすてを許さない国民世論と一体となった運動が求められています。
 全日本民医連は、ドクターズ・デモンストレーションで積み重ねてきた運動を生かし、さらなる共同の輪(医療団体、開業医、地域医療を担う医師の確保を目指す知事の会、労働組合、患者団体、医学連など)をひろげていきます。各地域では、特に未来の医療の中心を担う青年医師および家庭でのケアを担いつつ医療実践に参加している多くの女性医師の思いとアイデアを生かし、学習を深め、医師が当事者として声をあげる運動をつくり、賛同の輪をひろげていきましょう。
 具体的な行動として、ドクターズ・デモンストレーションでは、①秋にかけ、「危機に立つ日本の医療~医療崩壊を防ぎ地域住民と医療従事者を守るための政策(仮)~」シンポジウムを開催する、②声明を出し、各医療団体や著名な医師などに協力・共同を要請し、賛同人になってもらえるよう懇談や呼びかけを行う、③今年度中に中央集会、デモ行進、国会議員および厚労省へ要請を計画する、④あわせて「医師増やせ」の署名行動の提起も検討します。各地協・県連では、①地協を軸に推進体制をつくり、シンポジウムや学習会の開催を検討する、②県連では、第2回医師委員長会議の問題提起を、医師委員会はもちろん、県連理事会、事業所管理部、全医局で学習し討議を深める、③各県・地域の医師会や行政との懇談を積極的にすすめることを、呼びかけます。
 いまこそ、医師一人ひとりが当事者として運動の先頭に立つことが、重要な局面となっています。「医師を増やせ」「国民のいのちを守れ」の声をそれぞれの地域から巻き起こし、多くの医師・医療従事者・共同組織・国民と一体となった運動をつくり、医師増員と真の働き方改革を実現させましょう。

第3節 いまこそ、事業と経営を守り抜く「たたかい」に全力を

 民医連医科法人の2022年度決算状況(経営実態調査差中間集計等より)は、かつて例を見ないほど厳しい結果となっています。事業収益が前年より減収となり、コロナ補助金を含めても経常利益が予算未達、前期比減益となる法人が急増しています。
 厳しい経営結果を受けての2023年度予算編成方針で、予算利益目標が本来の「必要利益」ではなく、単年度での資金流出を止めるという利益や、「できる予算利益目標」となっていた法人も少なくありません。さらには、2023年度予算利益が、「必要利益に届かない予算編成目標」にすら達していない法人もあります。
 こうした状況のもとで、2023年度第1四半期は、容易ならざる経営状況となっています。コロナ禍前から借入金返済が重く(年収比4%以上法人約4割)、 獲得できる事業キャッシュで借入金の返済をまかなえない構造が、常態化している法人もあります。コロナ補助金で資金繰りを保っていた法人では、5類移行後に急速に資金流出している例も見られます。本来の「必要利益」を確保できない状況は、急速な資金流出となり、経営危機となることが懸念されます。とりわけ、資金状況が厳しい法人は、資金が枯渇しないうちに損益両面から経営を立て直す議論をすすめ、対策を実践に移す必要があります。2023年度中に対策を立案・実行し、2024年度までに必要利益を生み出す経営構造を築けるのであれば、補助金などの手持ち資金を取り崩してしのげます。しかし、そうでないならば、直近で大胆な構造転換をはかる決断と実行が求められます。
 民医連薬局法人も、この間の厳しい状況が継続しています。調剤報酬が「モノ」から「ヒト」へシフトしていくなかで、技術料収益を確実に伸ばすことが重要となっています。薬剤師1人あたり処方せん枚数や、加算・指導料の算定状況など稼働統計資料を「見える化」し、経営管理を強化していく工夫をすすめましょう。民医連社会福祉法人(介護事業)は、クラスターやそれによる利用制限、稼働減に対する経済的補てんの少なさなどの影響で、大きく利益を減らしている法人もあります。過年度の剰余と資金の蓄積により事業を継続できている法人も、2022年度の経営水準の継続で資金繰りは大丈夫か把握し、必要な対策を打つことが求められます。
 昨年12月の理事長・専務・経営委員長会議問題提起で、すべての県連・法人・事業所でのリポジショニングを呼びかけています。コロナ後の出口戦略とその実践の課題でもあります。コロナ禍で経営構造などが測りづらく、先行きも不透明な状況が続いてきたこともあり、「予算管理」が全体的に弱まっている傾向も見受けられます。経営をリアルに認識するためには、「複眼で経営をとらえる」こと、つまり、従来に増して経営結果である各残高を多面的、多元的にとらえ、分析し、全職員で共有し、必要な手立てを具体化する力量が試されることになります。月次決算などにおいて、決算評価や予算差異分析をしっかり行い、「コロナ後」の経営構造や医療・介護活動に対応できているかを機敏に見極めながら、経営管理をすすめましょう。とりわけ、民医連中小病院は情勢の変化に応じたなんらかの「転換」を迫られています。民医連の病院経営は多額の赤字を抱えてきています。中小病院の経営改善なしに、経営困難の突破はありません。医療活動の立ち位置と経営構造の転換に正面から向き合い具体化をすすめましょう。
 5月8日以降の補助金削減、不十分な「移行計画」での対応準備不足の状況など、経営を取り巻く情勢はますます厳しくなっています。診療報酬・介護報酬の大幅引き上げをかならず勝ち取ることなしに、自己努力だけで現状の経営困難を突破できないことは明らかです。まさに、「たたかいと対応」の強力な推進が必要な時です。医療団体も「病院経営は異常な状況」「診療報酬の構造的矛盾がある」と訴えるなど、かつてなく声をあげています。
 インボイス制度は、事業者側には何らメリットはなく、徴税強化のためのしくみに他なりません。物価急騰で多くの市民・小規模事業者が苦しんでいるなかで、このような制度を強行することは決して許されません。インボイス制度反対の運動を共同してすすめ、制度の撤回を求めます。
 いまこそ、経営と事業を守り抜く「たたかい」を優先課題の一つとして全力でとりくみましょう。

第4節 共同組織の前進、まちづくりの推進へ向けて

 コロナ禍を経て、共同組織の役割、存在意義が輝いています。コロナ、物価高、増税や負担増が市民のくらしを直撃するなか、民医連とともに、困窮者への食糧支援や子育て支援、「地域の困った」に寄り添い地域で奮闘する共同組織は、安心して住み続けられるまちづくりに不可欠な存在であることが、共同組織活動交流集会で全国の確信となりました。この秋、地域に打って出て、存分に共同組織の役割を発揮する転機としましょう。

()あらためて、共同組織の役割を全職員が学び活動への参加を
 コロナ禍の3年間、地域での班会、行事の開催などが困難でした。そのなかで、職員も共同組織のとりくみに十分に参加できずに過ぎました。またこの3年間に民医連に参加した職員のなかには、とりくみの機会がないまま過ぎている職員もいます。
 共同組織の活動をさらに強めていく上で、共同組織について全職員の規模で学習すること、すべての幹部が共同組織の活動の先頭に立ち、全職員参加の共同組織活動をすすめることが、いま必要です。大阪・同仁会は「理事長のたまり場訪問」を継続しています。コロナ禍での地域での孤立は深刻でしたが、幹部を先頭に、職員が共同組織のなかで困りごとを聞き、対話を重視するとりくみは、地域から歓迎され喜ばれています。
 共同組織は、民医連のあらゆる分野のパートナーです。民医連のすべての活動を共同組織とともに、すすめましょう。職員の班会参加や、共同組織とともに行う地域訪問は、職員が地域での事業所の役割を確信できる学びの場になります。今年の共同組織拡大強化月間での班会参加や、「大軍拡でなく、ケアを。戦争させない、いのちを守る大運動」など全職員の参加をすすめましょう。
 2023年6月に開催した共同組織委員長会議の問題提起では、多世代が気軽に参加できる、楽しくわくわくする活動を通した健康増進活動の推進や、地域での助け合い活動、ネットワークづくり、国や自治体に対する要求実現をめざす運動を呼びかけました。また、環境・平和を守る運動、そして民医連事業所を発展させる運動の推進も提起しました。共同組織担当者がリンクワーカーのような役割を発揮しようと提起し、そのための担当者の育成に向けた研修会や交流会を具体化します。
 共同組織委員長会議の問題提起を県連理事会、法人事業所管理部で、学習し、議論して具体化していきましょう。

()46回総会に向け、すべての共同組織・『いつでも元気』読者の量的前進を
 今年の共同組織拡大強化月間では、全日本民医連として「5万の仲間増やし」「1万人の『いつでも元気』読者」を目標とします。
 人口減、高齢化など地域は大きく変化しています。そのなかで、健康なまちづくりをすすめるために、行政区や中学校区、小学校区などにどのくらいの共同組織をつくるのか、中長期的視野での仲間増やし目標を確立しましょう。
 月間は、仲間増やしの目標を明らかにした行動方針を持って、全職員・共同組織構成員参加でとりくみましょう。
 『いつでも元気』の魅力を知り、あらゆる場で活用して、購読者を増やし、早期に5万部を回復し、6万部をめざしましょう。すべての県連で職員の読者比率50%の達成をめざしましょう。

 配達集金の心配なく『いつでも元気』を家族、知り合いに、購読してもらいやすくするため、保健医療研究所の「一年間の購読プレゼント制度」を活用しましょう。積極的な活用を期待します。

おわりに

 すべての職員、共同組織のみなさん。究極の医療・介護は戦争させないことではないでしょうか。
 九条の会呼びかけ人の故大江健三郎さんは、2014年の戦争法反対の国会前集会で、市民に語りかけました。
 「僕が12歳のときに憲法ができた。学校で9条の説明をされて、もう戦争も軍備もないと聞いて、その2年前まで戦争をしていた国の少年は、一番大切なものを教わったと思った。自然な展開として、作家の仕事を始めた。9条を守ること、平和を願うことを生き方の根本に置いている。われわれは戦後70年近く、ずっとそうしてきた。次の世代につなぎたい。
 僕も、すぐ80歳。デモに参加すると2日間は足が痛むが、集会で話すこともする。そのような自分ら市民を政府が侮辱していると感じるから」。
 46回総会まで、半年。45回総会運動方針と評議員会方針を指針に、これからの半年間、平和、いのち、くらし、憲法を守り、笑顔で希望ある時代を沖縄で語り合える総会としましょう。
 コロナ禍で私たちと共同組織の団結した力、医療、介護の仲間との連帯の力が無数に生まれたのは、偶然ではなく私たちが、いのちとケアが何より大切にされる社会、平和な社会にこだわってきた実践があったからではないでしょうか。

 70年の歩みを未来に引き継ぎ、希望を開く半年間となるよう、理事会は先頭に立ちます。互いに健康に留意し、いっしょにがんばりましょう。

以 上

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