いつでも元気

2007年12月1日

特集2 保険で良い歯科医療を 国民の願いは“保険の範囲広げて” 口と全身の健康は深く関係している

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江原雅博
愛知・みなと歯科診療所所長

 歯科医院の数は今日、コンビニエンスストアよりも多いといわれています。一般の病院や診療所に比べ、「歯医者さんが近くになくて、かかれない」と困ることはあまりないでしょう。
 しかし歯や歯茎の調子が悪くても、医療保険で治療が受けられるのか、それとも自費診療になるのか、不安に感じる人は多いのではないでしょうか。
 風邪や腹痛など一般の医療は、ほとんどすべて保険で治療が受けられますね。新しい技術も基本的には保険が適用されています。それなのに、なぜ歯科医療は 保険で受けられないことが多いのでしょう? その原因は、国が長い間「歯科の病気は命に直接影響しない」と考え、保険を歯科医療に積極的に適用してこな かったことに大きな原因があります。
 06年4月には厚生労働省が条件を厳しくしたため、歯周病の長期管理が保険で実際にはできなくなりました。事実上の「保険はずし」です。

うつ、糖尿病、早産にも

 しかし近年、科学的解明がすすみ、口の健康が全身の健康と深く関わっていることがわかってきています。
 高齢者では口の中を清潔に保つ「口腔ケア」が、大きな死亡原因のひとつである誤嚥性肺炎の防止に効果があることや、残った歯が多い人ほど、うつ病になる人が少ないことがわかっています。

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 糖尿病が悪化している人は、同時に歯周病を起こしていることも多いとわかっています(図1)。また、歯周病の細菌が血管に入り込むと動脈硬化の一要因になります。
 妊婦がつわりで歯磨きが十分にできず歯周病にかかると、歯周病にかかっていない妊婦に比べて早産(37週以前)や低体重児(2500グラム以下)を出産する危険性が7・5倍にもなるという報告もあります。
 兵庫県の歯科医師会の調査でも、80歳で20本以上歯が残っている人は、20本未満の人と比べて年間の医療費が約2割も少ないと報告されています(図2)。口の健康を保つことは、全身の健康の維持・向上にとっても非常に重要なのです。

日本人の80%が歯周病

 とくに歯周病には注意が必要です。歯周病は、歯の周囲に付着したプラーク(歯垢)が歯と歯肉のすき間に入り込み、歯を支えている骨を溶かし、やがて歯が抜け落ちてしまう慢性疾患です。しかし初期は自覚症状がほとんどないため、かかっていても気づかない人が多いのです。
 45~54歳では88%が歯周病にかかっているという調査もあります。初期の歯周病である歯肉炎には、何と15~24歳の約半数がかかっているといいます。日本人が歯を失う原因の半分は歯周病です。
 ですから虫歯も含め、歯と歯茎の定期健診をおこなうことが重要です。虫歯も歯周病も原因と治療法はわかっていますから、健診を受ければ治療につながり、口の健康を大幅に改善できます。
 しかし年間の歯科受診率は日本では約4割程度で、諸外国と比べて低く、定期健診が目的で受診する人はもっと少ないのが現状です。

歯科医療の将来が危ない

 また、保険から医療機関に支払われる診療報酬は、歯科では医科以上に低く据え置かれています。30年以上も診療報酬が変わらない診療行為もあります。
 歯科でも感染対策など安全・安心の医療をおこなうことが求められていますが、低い診療報酬では大きな困難がともないます。また、実際に多くの若い歯科医 療従事者の希望が奪われ、働き続けることが困難になっています。
 入れ歯やかぶせ物をつくる歯科技工士は低賃金・長時間労働が長年続き、若い世代で技工士を辞める率が非常に高くなっています。技工士学校は定員割れとなり、閉鎖された学校もあります。
 現在の歯科技工は50歳以上の技工士に支えられています。この年代の人たちが退職すると、入れ歯やかぶせ物の作り手がいなくなっていくのです。「安価な かぶせ物はつくらない」「かぶせ物ができあがるのに、長期間待たされる」という事態が目前に迫っています。
 入れ歯やかぶせ物を海外でつくる方法もありますが、品質、材料の安全性をどう確保するか。粗悪品が日本人の口の中に入るということになりかねません。
 歯科衛生士も技工士と同じように一生涯働き続けられる環境ではなく、辞める人が多いのが実態です。

お金がないとかかれない歯科

 医科診療代と比較して歯科診療代は所得の格差の影響が大きいといえます。図3を見てください。医科ではいちばん所得が低い層(I階級)を除けば、診療に使うお金の差はほとんどありません。
 しかし、歯科は家計収入の多い階層ほど診療にお金を使っています。所得が高くなければ歯科受診が抑制され、満足な歯科医療も受けられずにいるのです。
 一般的に普及している治療技術なのに保険が適用されていない例として次のものがあります。
 メタルボンド(セラミック冠) 歯の欠けた部分に金属の土台をつくり、その上にセラミックス『陶材』を使用したものです。自然の歯の色に近く、固くて傷がつきにくい、変色しないなどの長所があります。
 金属部分床義歯 入れ歯の土台部分に金属を使用した入れ歯です。金属を使用するため土台部分の厚みが薄くなって違和感が少なくなり、強度も増すため壊れにくい長所があります(図4)。
 インプラント 失った歯のかわりに人工の土台(チタンなど)を骨の中に埋め込み、その上に冠をかぶせる治療です(図5)。入れ歯の治療に比べ違和感が少なく、噛む力も増します。ブリッジは両側の健康な歯を土台にするために削る必要がありますが(図6)、インプラントは失った歯の部分だけを治療すればすみます。

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税金のムダ遣い削れば

 歯科の自費診療は解消できます。
個人にとっては重い負担となる自費診療ですが、現在の歯科の自費診療費は、日本全体でおよそ3500億円程度です。これをすべて健康保険で給付するには、 国が約1000億円程度の予算を用意すればよいのです。在日米軍に2000億円以上もの「思いやり予算」を出し、米軍再編に3兆円ものお金を投入しようと していることを考えれば、まったく無理な負担ではありません。
 国が税金の無駄遣いをほんの少し削り、政策を変えれば、歯科の自費診療の問題は簡単に解消できます。

「保険で良い歯科医療を」

 1992年にNHKが「噛めない、話せない、笑えない入れ歯の話」という番組を放送しました。 「原因は低い保険点数だ」と指摘、「解決のために入れ歯の保険点数を引き上げてはどうか」と提言して大きな反響をよびました。これがきっかけとなり、全国 の半数以上の自治体が国へ意見書を出し、国会でも討議されるなど大きな国民運動となって、入れ歯の診療報酬が改善されました。
 同時に「保険点数を上げれば本当によい入れ歯ができるのか」という疑問の声も寄せられたため、患者さんと歯科医療従事者がお互いの意見を述べあい、とも に考え運動していく場として、「保険で良い入れ歯を」全国連絡会が結成されました。
 そして2000年6月、運動のさらなる発展をめざし「保険で良い歯科医療を」全国連絡会と名称を変え、現在も活動を続けています。

国民の求める歯科医療は

 「保険で良い歯科医療を」全国連絡会が、2006年8月に実施した歯科医療に関する患者アンケートでは、「歯科医療への要望」でもっとも高いものは「保険のきく範囲を広げてほしい」で、79・1%でした(図7)。お金の心配なくいつでもどこでも安心して、保険で歯科治療を受けたいというのが患者・国民の最も強い要望なのです。「夜間や休日も治療が受けられるようにしてほしい」との願いも53・5%と、たいへん根強いものがあります。
 歯科診療では国民皆保険ができてからも長い間、とくに入れ歯やブリッジなどで差額が徴収されていました。1976年にそれが社会問題化し廃止された後 も、抜本的な歯科の保険診療制度の改善はおこなわれてきませんでした。
 歯科ではすでに全国的に一般化しているセラミック冠、金属の入れ歯などの治療も保険が適用されず、全額自己負担の自費診療を余儀なくされてきました。こ のため患者さんの歯科治療の窓口負担はとても大きくなっています。
 また歯科では、国民の間でも「保険の医療は必要最低限の治療」というイメージがあり、固定化されています。十分な医療が受けられる、国民が納得できる歯 科医療を確立する上でも、保険の適用範囲を広げることは必要不可欠です。

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広がる運動と署名

 日本の歯科医療の危機を突破するには、噛んで食べることの大切さ、口の健康の大切さと、歯科医 療の現実を多くの人に知ってもらうことが必要です。「保険で良い歯科医療を」全国連絡会は、『みんなの願いは「保険のきく範囲をひろげて」』というパンフ レットをつくり、対話と学習をすすめています。
 衆参両院議長に向けた「医療にまわすお金を増やし、保険で良い歯科医療の実現を求める請願署名」にもとりくみ、連絡会では全国で50万筆をめざし、がんばっています。
 民医連も連絡会の一員として、10万筆を目標に掲げました。事業所や往診先、班会やまちかど健康チェック、労働組合の集会、開業医などを訪問し、さらに 民医連歯科のない県でもとりくみ、職員や共同組織の手で署名はどんどん広まっています(10月28日現在、10万2000筆、目標突破!)。
 なかには「一生懸命働いている姿をみたら手伝いたくなった。通院してる整骨院や趣味の無線の仲間に頼んだよ。誰だって、この内容なら賛成。断る人はいな いよ!」と、1人で300筆以上集めてくれる力持ちの人も出てきました。
 各自治体に陳情書を届け、議会関係者の方々に「保険で良い歯科医療を」の理解を深め、自治体決議をおこなうようはたらきかけるとりくみもすすんでいま す。東京・国立市や、茨城・大洗町、群馬・前橋市などをはじめ、27市町村で決議が採択されています。

さらに運動を大きく

 この「保険で良い歯科医療を」の運動は、日本で医療保険制度ができて以降、ずっと今日まで続いてきた国民の願いを実現する運動です。
 署名運動への協力のお願いで私もあちこちの団体を訪問しています。「『保険で良い歯科医療』は、医療従事者だけの運動では実現しないのです」と訴える と、「私たちもガンバるのは当たり前です。それは『国民みんなの願い』ですから」などのうれしい反応が返ってきています。
 この反応を確信にして、「保険で良い歯科医療」の運動をさらに大きくしていきたいと思います。みなさんもご協力ください。

いつでも元気 2007.12 No.194

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