民医連新聞

2024年4月2日

2024年介護報酬改定 訪問介護が報酬削減の標的に 国は介護現場の困難解決に本腰を

 政府は今年4月、3年に1度の介護報酬改定を実施。国は「全体で1・59%のプラス改定」だと言いますが、訪問介護は身体介護、生活援助などすべてマイナスで(表1)、介護現場からは怒りの声があがっています。(多田重正記者)

リハビリも生活援助のささえがあってこそ

 現在、「生活支援ハウスからたち」(千葉・千葉勤労者福祉会)で暮らす、Aさん。パーキンソン病を発症後、急速に症状が進行し、2年あまり前に転居してきました。最初は起き上がることも困難でしたが、今では歩行器を使って、短い距離なら歩けるまでになりました。
 「部屋でじっとしているだけでなく、やっぱり外を歩きたい。この前は、近所のコンビニまで歩けたよ」とAさん。次の目標は「まくはり診療所(千葉勤医協)まで歩くこと」と教えてくれました。
 現在の要介護度は2です。週2回、老健まくはりの郷(千葉勤医協)のデイケアを利用し、歩行や階段の上り下りの訓練も行っています。
 リハビリに安心して励むことができるのも、普段の生活をささえる支援があってこそ。週1回、ホームヘルパーに入ってもらい、部屋やトイレの掃除、洗濯などの生活援助を受けています。Aさんは「ヘルパーさんに、週1回は来てもらわないと。回数が減ったら困る」と話してくれました。

訪問介護報酬の削減理由「収支差率が高いから」

 なぜ訪問介護が削減の的にされたのか。昨年度厚労省が実施した介護事業所対象のアンケート調査(「介護事業経営実態調査」)では、訪問介護の収支差率が平均7・8%(2022年度)でした。国は、介護事業全体の平均2・4%と比べて収支差率が「高かった」ことを引き下げた理由としています。
 しかしこのアンケートは、国が抽出した事業所だけが対象の上、調査項目が膨大なため、人員の少ない小規模事業所ほど回答が難しく、「実態を正確に反映していないのでは」と言われています。その調査結果を見ても、のべ訪問回数が一番少ない事業所群(月200回以下)の収支差率は、わずか1・2%(表2)です。もっとも回数の多い事業所群(月2001回以上)は13・2%で、大きな開きがあります。
 回数が多いほど、収支差率が高くなるのはなぜか。全日本民医連事務局次長の林泰則さんは、「高齢者住宅併設で、その住宅の入居者のみを対象にする事業所ほど、収支差率が高く出ると言われている」と指摘。逆に、地域を一軒ずつまわる小規模な事業所ほど収支差率が低くなります。これらの事業所をまとめて平均を出し、削減の理由にすること自体が無理筋で、国が掲げる「地域包括ケア」(※)の理念にも反すると批判されています。

※地域包括ケア 医療・介護などが必要となっても可能な限り、その人が最期まで自分らしく地域で暮らせることをめざすもの。2003年、厚労省がそのしくみづくりを打ち出した

訪問介護で発揮される専門職の役割

 訪問介護の報酬を削減する根底には、介護は家庭内で女性が担う無償労働で、職業化しても家計の補助労働にすぎないものとみなす「ジェンダー規範・差別もあるのでは」と林さんは指摘します。
 専門職が訪問するからこそできる役割がもっと評価されるべきです。ヘルパーステーションなのはな幕張事業所(千葉勤労者福祉会)の所長、小松幸子さん(ホームヘルパー)は「訪問先で私たちは毎回、本人の表情、動作、部屋の状態、冷蔵庫のなかなども観察している」と話します。冷蔵庫に前回調理した料理が残っていたり、普段きれい好きな利用者の部屋が散らかっていたら、体調や日常生活動作(ADL)、認知能力などに変化がないか、声をかけながら確認。調理も、利用者の好みや病状、ADL、食材の入手先や経済状況など、多くの点を考慮しなければなりません。
 調理器具も、そろっているとは限りません。それでも「退院したばかりの利用者の場合、入院していた病院の栄養士と連携して、とろみをつけたり、舌でつぶせるようなきざみ食をつくることもある」と小松さんは言います。
 生活の場から見える利用者の変化や、会話のなかでつかんだ要望を、スタッフ同士や他の介護事業所と共有して対応したり、リハビリや治療など、医療機関に相談し、つなげることも日常的にあります。
 千葉勤労者福祉会の介護部長、門脇めぐみさんは、「訪問介護は、これまでの報酬改定で、単位も時間も削られてきた。しかし訪問介護、とくに生活援助が削られれば、利用者の全体像が見えなくなり、介護の質にもかかわる。老々介護や、主たる介護者も介護が必要だったり、経済状況、家庭内の虐待、最期をどう迎えるかといった課題も家族のなかに放置されてしまう」と話します。

「処遇改善加算」効果は限定的

 今回の介護報酬改定で、国が目玉としている介護職員の「処遇改善加算」も問題です。2~5月まで補助金による処遇改善が実施されていますが、国が見込む賃金増は一人あたり月6000円。しかし介護従事者の平均給与は、民間産業平均よりも月約7万円も低いのが現状です。門脇さんは、「桁が一つ違う」と訴えます。
 しかも処遇改善の対象から居宅介護支援事業所(ケアマネジャー)、訪問看護、福祉用具事業所ははずれています。医療機関の病棟で働く介護職も対象外です。
 また、この6000円は、介護事業所における最低人員の配置基準をもとにした額。門脇さんは、「私たちの法人では、配置基準を満たすだけでは体制が厳しいため、努力して人員を増やしてきました。よい介護を提供しようと、配置基準以上に職員を配置している事業所ほど、実質的な賃上げは少なくなる」と話します。
 6月からはこの補助金が介護報酬の加算に組み込まれます。新たな処遇改善加算には4段階の加算率(高い順にI~IV)があり、賃金体系の整備、職員の研修計画の策定や実施、職場環境の整備、一定割合の介護福祉士を配置することなど、それぞれ要件が定められています。人材不足が叫ばれる介護業界で、どれだけの事業所が要件を満たせるのか。「実際に小規模の事業所が上位の加算を算定するのは、かなり厳しいのではないか」と林さん。
 この加算は、基本報酬に「率」をかける算定方式です。「もとの基本報酬が下げられているので、賃金増は難しい」と門脇さん。とくにホームヘルパーは、有効求人倍率15倍以上という、もっとも人材不足が深刻な職種。今回の改定は「さらなる人材不足を招く」と批判されています。

制度改善のためにいっしょに声をあげて

 今回の介護報酬改定では、改定率1・59%のうち、処遇改善部分が0・98%を占めます。「実質、残りの0・61%が、介護事業所に入ってくる収益部分としてのプラス改定部分」と林さん。物価高で、水光熱費のほか、訪問介護やデイケアの送迎などで使うガソリン代など、経費がかさむなか「とても見合った改定率ではない」というのが介護現場共通の声です。
 「体制が困難で、ヘルパーが訪問する時間帯も、利用者の要望通りにはいかなくなっている。洗濯も午前中の希望が多いが、午後しか都合がつかないことも多い。私たちは、もっとその人らしく生きることをささえる介護がしたい」と門脇さん。
 介護現場の人材不足の要因と言われる低い処遇の改善も、林さんは「介護報酬の加算として対応する限り、利用料に反映する。加算ではなく、公費で手当てすべき」と強調します。
 小松さんは「大きな企業を中心に、給料があがったと報道されていますが、介護職員の給料はあがっていません。私たちヘルパーは、昨年の夏も猛暑のなか、新型コロナウイルスの感染対策をしながら、利用者をささえるために訪問を続けてきました。もっと多くの人に介護の制度や現場の実情に注目してもらい、いっしょに改善のために声をあげてほしい」と話しました。

(民医連新聞 第1803号 2024年4月1日号)

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