いつでも元気

2011年3月1日

放置された放射能被害 アメリカのウラン鉱山開発に日本企業が出資 写真家・森住 卓

土壌汚染・健康被害に苦しむ先住民

ヒロシマ・ナガサキの悲劇はここから

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閉鎖されたユナイテッド・ニュークリアー社のウラン精錬工場(チャーチロック)

 米国南西部のニューメキシコ、コロラド、アリゾナ、ユタの四つの州にまたがる地域は「フォーコーナーズ」と呼ばれている。
 広島・長崎に投下された原爆の原料になったウランは、この地域から掘り出された。第二次世界大戦後、核開発に血道を上げたアメリカ政府と企業はこの地域 にウラン鉱山の開発ラッシュをもたらした。ここはアメリカ国内最大のウラン産地でもある。この地に住む先住インディアンは労働力として雇われていった。企 業は労働者と環境への影響を考慮せず、その結果、広大な地域を汚染し住民の健康被害をもたらした。鉱山労働者の肺がん罹患率(病気にかかる率)は、先住民 ナバホ族平均の二八倍、子どもの骨がん罹患率も全国平均の五倍にもなっている。

危険を知らされず働かされた

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ウラン鉱滓を土台や壁の建材に使ったナバホ族の住宅(チャーチロックのテッドさんの隣の家)

 「レインコートのようなジャケットを着て、水が滴る地下一三〇〇フィート(約四〇〇メートル)のトンネル内でダイナマイトをしかける仕事だった。放射線 の強い時にはマスクをつけ、その後いっしょに働いた仲間はいろんな病気になった。なかでも、肺がんが多かったよ」とニューメキシコ州チャーチロックに住む ピーターソン・ビルさん(55)は当時の坑内の様子を話してくれた。彼は一九七四年から一九八二年の閉山まで働いた。
 「検査を受けたいが病院は五〇〇マイル(約八〇〇キロ)も離れている所にしかないのでとても行けない」とピーターソンさんは健康への不安を語ってくれ た。驚いたことに、自宅のすぐ目の前に鉱滓(精錬の際に出る岩石や不純物などの残り滓)の捨て場がある。雨が降れば流れ出し、乾燥すれば埃が舞い、風で遠 くに運ばれていく。こうして汚染が広がっていった。「安全でクリーンな土地に引っ越したいが、そのお金もない」と言った。「ポスト71」(元鉱山労働者の 会)の世話人のリンダ・エバーさん(52)も次のように言う。「町のハンバーガー屋さんで働くより六倍もいい給料で、あこがれの職業だった。坑内は、蒸し 暑くてほこりが充満していた。会社から支給されたのはヘルメットと長靴だけ。マスクも手袋もなかった。放射能が危険だなどと一度も教えてもらわなかった。 仕事が終わると汚れた作業着のまま帰宅し、手や顔を洗う前に子どもたちとキッスをかわすのは日常の光景だった。汚れた作業着は、家族の衣類と一緒に洗濯し ていた」
 いま、ポスト71は被害補償を国や企業に求めるため、アメリカ全土に散り散りになった元鉱山労働者に、健康調査などを呼びかけている。しかし企業は作業中の被曝線量を記録したデータを労働者に渡していないケースが多いため、被曝の立証が難しいという。

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汚染物質は除去されないまま

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テディー・ネッズさんが毛のない羊が生まれたと写真を見せてくれた(チャーチロック)

 ウラン鉱山の谷筋の丘に上ると下流にテディー・ネッズさん(65)の家が見える。ウラン鉱山入り口からわずか一五〇メートルしか離れていない。
 「昨年、汚染している表土を五〇センチほど削り取った。表土は自然界の平均の二〇倍も汚染していたよ」と言って家の中から一枚の写真を持ってきた。その 写真にはピンク色の肌をした毛のない羊の赤ちゃんが写っている。「時々このあたりで放牧している羊の中にこんな赤ちゃんが生まれるんだ」と言った。テ ディーさんは大腸がんにかかり闘病中で、五〇代半ばの妹もがんだという。
 ニューメキシコ州議会調査局は「州北西部の鉱山開発跡周辺では、汚染物質の除去がおこなわれていない」と指摘した。たとえ汚染した表土をはがしても、地下水の汚染は続くという。

“先住民への差別だ”と憤り

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テーラー山の麓にある閉山されたウラン鉱山。汚染は放置されたままだ(ミラン近郊)

 一九七九年、史上最悪の放射能事故が起こった。カーマギー社のウラン精錬所から出た鉱滓を貯めていたダムが決壊。コロラド川の支流のプエルコ川に流れ込んだ。
 この川を水源としているナバホ族一七〇〇人が被害にあった。汚染した水や草を食べたり飲んだりした羊や家畜が被曝した。
 その後、ろくな除染もおこなわないまま同社は一九八五年に撤退。ラリー・キングさん(55)は精錬所の閉ざされたゲート脇で放射線を測ってみせた。自然界平均の二倍以上の放射線が出ていた。
 ダム決壊事故の四カ月前には史上最悪と言われたスリーマイル島原発事故が起こったばかりだった。「マスコミはスリーマイル島事故を連日報じたが、ダムの 事故は何も報じなかった。ナバホ族の住む土地で起こった核事故だからだ。これは先住民への差別だ」とテディーさんは怒りをあらわにした。

浮上するウラン鉱山開発計画

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雨が降ると汚染した水が住宅まで流れてきた。汚染した表土をはがした跡には樹木がなくなった。ナバホ族にとって大切な儀式をおこなう森もなくなってしまった(チャーチロック)

 二〇〇〇年以降、ブッシュ、そしてオバマ政権は「原発はクリーンエネルギー」だと原発推進政策をとり続けた。ウランの国際価格の高騰も相まって、閉山した鉱山の再開と、新たなウラン鉱山開発計画がはじまっている。
 ニューメキシコ州西部のミラン郊外に静かな住宅地がある。かつてウラン鉱山労働者が多く住んでいた地域だ。「あの家庭は、夫婦とも鉱山で働いていて、二 人ともがんで亡くなったんです。その家を会社が買い取って、更地にしてしまった。証拠隠滅のためにね」とキャンディス・ニード・ディラさんは話してくれ た。
 住宅地の四〇〇メートルほど北には、ウラン精錬所から出た汚染水を蒸発させて濃縮する池がある。濃縮した水をどうするのか。住民には何の説明もないという。
 近くには閉山されたマウント・テーラー・ウラン鉱山があった。正面ゲートに「ここは汚染されているかもしれません」という、へんてこな看板がかかっている。放射線測定機器のアラームが鳴り続けた。測定器は通常の一〇倍近くの値をしめしていた。
 この町の東、テーラー山の裾野ロカホンダで、ウラン鉱山開発がはじまろうとしている。この山は、先住民の間で「聖なる山」と崇められている。テーラー山の鉱山開発計画には、日本の住友商事が出資している。
 その土地所有者は同じ町の住民だ。彼らは「自分たちの土地なのだから、何に使おうと勝手だ」と鉱山会社と契約してしまった。周辺住民たちは「閉山したウ ラン鉱山からの汚染を放置して、さらに新しいウラン鉱山を開発するなんて認められない。日本企業が出資さえしなければ、この計画は中止される」と訴えてい る。
 ナバホ族の長老は「トウモロコシの花粉とウランの粉は同じように黄色い。トウモロコシは自然の恵みだが、ウランは使い方を一歩間違えば人間に不幸をもたらす」といった。
 被爆国・日本の企業が新たな放射能被害拡大に手を貸すことを黙ってみているわけにはいかない。

被害・汚染に触れず

ニューメキシコ州・ミラン ウラン鉱山博物館

genki233_06_07 ニューメキシコ州の州都アルバカーキから西にルート66を走ると、2時間ほどでミランに着く。町の中心にウラン博物館がある。受付の女性が「どうぞ何でも写真に撮っていいわよ」と愛想良く言った。
 展示されているのは、ウラン鉱山がいかに町に繁栄をもたらしたかという当時の記録写真や、ウラン鉱石の採掘の様子を表した模型。

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天然ウランがガラスカプセルに入れられている

 驚いたのは、ガラスのカプセルに入れられた天然ウランの粉末が無造作に展示されていたことだ。硬い石や金属がぶつかれば、簡単に割れてしまうガラスカプセルに入れられている。その無神経さには驚いた。
 しかし、多くのウラン鉱山労働者や住民の被ばく被害や環境汚染については何も語られていない。そして、博物館に面した道の反対側には「ウラニウムカ フェ」というネオンサインのかかったカフェがあった(写真上)。この町でウラン汚染や被害の声を上げることはいかに大変かを示しているようだった。

いつでも元気 2011.3 No.233

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