いつでも元気

2012年3月1日

特集2 スロートレーニングで健康づくり 筋肉の力を緩めずゆっくり動くことがポイント

軽い負荷でも筋力アップできる方法

筋肉の機能を高めよう

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石井直方
東京大学大学院・生命環境科学系 教授(医学博士)

 健康・長寿のためには、(1)メタボリック・シンドローム、(2)運動器症候群(ロコモティブ・シンドローム)、(3)認知症の3つの予防が重要です。
 これらはいずれも、筋肉の機能が深く関わっています。メタボリック・シンドロームを予防するためには、身体を動かすことで、心臓や血管、呼吸器のはたら きや、糖質・脂質の代謝を活発にすることが重要です。そのためにはまず、筋肉をはじめとする運動器がしっかりしている必要があります。
 さらに、そもそも「運動器症候群」は、筋肉や関節などの機能が衰え、転倒や介護の必要性が高くなった状態を言います。適度な運動は、脳の機能の維持・改 善にも効果が期待できますが、そのためには、やはり運動をするための筋肉が必要になります。
 しかし、筋肉は普通に生活していても、加齢とともに萎縮し、衰えてしまいます。ここでは体力の低い方や高齢の方でも、無理なく筋肉を増やし、筋力を高めることができる「スロートレーニング」についてご紹介します。

足腰体幹の筋肉が重要

図2 大腿四頭筋(太もも前面)による膝伸展筋力の加齢に伴う変化
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 全身の筋肉の中で、太もも前面(大腿四頭筋)、おしり(大殿筋、中殿筋など)、腹部(腹直筋、腹斜筋群、大腰筋など)、背中(脊柱起立筋、広背筋、僧帽筋など)の筋肉、つまり「足腰体幹」の筋肉ほど加齢の影響を強く受けて萎縮することがわかっています(図1)。 
 30歳を過ぎると、これらの筋肉は1年に0・5~1%という速度で萎縮し、ほぼ同じ速度で筋力も低下します。例えば、30歳から80歳までの間、普通に生活をしていても、太ももの筋力はほぼ半分になってしまいます(図2)。 
 困ったことに、これらの筋肉はすべて、「立つ」「歩く」「直立姿勢を維持する」など、元気に生活を送る上で重要な筋肉です。したがって、できれば早いう ちから、これらの筋肉を衰えさせないようにするのがよいでしょう。しかし、衰えが進んでしまってからでも、決して手遅れではありません。

図1 加齢に伴って萎縮しやすい筋肉
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スロートレーニングとは

 年齢、性別を問わず、筋肉を太くしたり筋力を強化したりするためには、筋力トレーニングが最も効果的です。
 アメリカの研究例では、平均年齢96歳の高齢者でも、筋力トレーニングによって筋肉が太くなり、筋力が増したという報告があります。しかし、通常の筋力 トレーニングによって筋肉を太くするためには、最大筋力の約65%以上という、かなり重い負荷を使う必要があります。このような重い負荷は、特に高齢の方 や体力のない方にとっては、血圧が急上昇したり、関節などに強いストレスがかかるなどの危険をともないます。
 そこで、「より軽い負荷でも筋肉を太くし筋力を強化できる方法」として私たちの研究グループで考案した方法が「スロートレーニング」です。この方法は、 正式には「筋発揮張力維持スロー法」と言い、2006年にアメリカ生理学会誌に論文として掲載したものです。国内では「スロトレ」という名称で広く知られ るようになりました。
 スロトレでは、「筋肉の緊張を維持したまま、なめらかにゆっくりと動作する」ことがポイントになります。たとえば、足腰を強化するスクワットでは、「中 腰」の姿勢から、3~4秒かけてゆっくりとしゃがみ、3~4秒かけてゆっくりと中腰に戻るという動作を繰り返します(図3)。「太極拳に見られるような、ゆるやかな動作」とも言えます。

図3 スロートレーニングの方法(スクワットの例)
常に太ももの筋肉に力が入っていることが重要です
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スロートレーニングの効果

図4 スロートレーニングの効果の例
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太もも前面の筋肉(大腿四頭筋)を対象としたトレーニ ング(3カ月)後での、筋横断面積の増加率で比較。スロートレーニングの負荷強度は最大筋力の約50%。「通常高強度」は、最大筋力の約80%の負荷。 「通常低強度」は、スロートレーニングと同じ負荷強度で、普通の動作スピードでおこなった場合(Tanimoto とIshii.2006)

 スロートレーニングでは、負荷の強さが最大筋力の30~50%程度でも、強い負荷で普通のトレーニングをおこなった場合と同様に、筋肉の中の酸素が減少し、代謝産物(筋肉の活動に伴って生成される物質)の濃度、ホルモン分泌などが変化することがわかりました。
 長期的な効果としては、若齢者を対象として、最大筋力の50%の負荷で、膝を伸ばすトレーニングを3セット(1セット8回)・週2日・3カ月続けること で、約6%の筋肥大(筋横断面積の増加)と、約15%の筋力向上が見られました。この効果は、最大筋力の80%という高い強度でトレーニングした場合とほ ぼ同等でした(図4)。
 一方、同じ50%という負荷で普通の動作のトレーニングをおこなった場合には、全く筋肉は肥大しませんでした。
 最近の研究では、平均年齢70歳の高齢者を対象として、最大筋力の30%負荷強度で12回を3セット、週3回というトレーニングを3カ月続けることで、約10%の筋肥大と、約15%の筋力向上が見られています。
 また、ゆっくりと筋肉を伸び縮みさせることにより、筋肉の中でのタンパク質の合成が高まることが、動物実験でもヒトの筋肉でも確かめられました。

効果を上げるためのポイント

 スロートレーニングは、特別な道具を使わず、家庭などで手軽におこなうことができます。反面、負荷そのものは軽いので、的確に動作をおこなわないと効果が得られません。そこで最後に、確実に効果を上げ、元気な生活につなげるためのポイントをまとめておきます。

(1)重要な筋肉をしっかり鍛える

 前述したように、元気な生活には足腰体幹の筋肉が重要です。これらをターゲットとした種目を選びましょう。
 もし、1種目だけというのであれば、スクワットがよいでしょう。スクワットは、太腿と殿筋を主に鍛える種目ですが、腰部と体幹筋も同時に鍛えられます。 痛みのないフォームと、無理のない動きの範囲でおこないます。膝や腰に痛みのある場合には、足幅の広いフォームを試してください(図5)。

図5 膝・腰への負担が少ないワイドスクワット
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足は肩幅の2倍くらいに開き、つま先は斜め45 度に。息を吸いながら、つま先の方向に膝を曲げ、ゆっくりもどします。しっかり胸をはり、膝を伸ばしきらないように気をつけます。

(2)筋肉の緊張を緩めない

 一瞬でも筋肉の緊張が緩んでしまうと、効果が減ってしまいます。スクワットでは、特に「立ち上がりきる」と力が緩んでしまいますので、中腰より上に立ち上がらないことが重要です。

(3)筋肉で「感じる」こと

 効果のあるスロートレーニングができた場合には、筋肉に「熱い」「疲れた」「重くなった」などの比較的強い疲労感が生じます。最初は回数にこだわらず、 このような感覚が生じるくらいまで繰り返します。このような感覚が生じず、10回以上楽にできるような場合には、動作が的確でないか、負荷が軽すぎる可能 性があります。

(4)終わったら柔軟体操

 筋肉の疲労を長引かせないために、スロートレーニングを終えたら、使った筋肉を伸ばす柔軟体操(ストレッチ)をおこなってください。 
イラスト・井上ひいろ

図6 スロートレーニングの流れの一例
まず、足腰体幹をよく使ったウォームアップ(ひねり足踏み)をおこないます(普通のテンポで)。
次にスロートレーニング(スクワット、膝の引き寄せ)を各種目2~3セット(1セット5~10 回)おこないます。
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いつでも元気 2012.3 No.245

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