いつでも元気

2016年2月29日

けんこう教室 軽度外傷性脳損傷 誰でも起こりうる身近な病気 MRIに現れず、症状は多岐にわたる

石橋 徹 東京・ひらの亀戸ひまわり診療所 (整形外科医)

石橋 徹
東京・
ひらの亀戸ひまわり診療所
(整形外科医)

 軽度外傷性脳損傷(Mild Trau-matic Brain Injury=MTBI)はごくありふれた病気ですが、日本ではあまり知られていません。
 私がこの病気に出会ったのは約10年前、むちうち症と診断された患者さんが「目が見えない」と訴えたことがきっかけでした。疑問に感じた私は「むちうち症をいろいろな角度から神経学的に詳しく調べてみよう」と思ったのです。それ以来、約1800人の患者さんを診察してきました。
 日本にはいまだ診断基準がなく、軽度外傷性脳損傷を適切に診断できる医師も限られています。最近では新聞などでの報道を見て、「自分の症状と似ている」と気づいて受診される方が増えました。

どのような病気か

 WHO(世界保健機構)は軽度外傷性脳損傷を「物理的な外力から頭部にもたらされる機械的なエネルギーによって引き起こされた急性の脳損傷である。最大の原因は交通事故による」と定義しており、診断基準は表1・2のとおりです。
 「頭にものがぶつかる」「急に頭が動かされる、もしくは急に動きが止まる」などによって、脳の神経細胞の軸索が損傷すると外傷性脳損傷(TBI)を発症します。
 外傷性脳損傷は表2にあるグラスゴー昏睡尺度の点数が低いほど重症で、13~15を軽度、9~12を中等度、3~8を重度と判定します。外傷性脳損傷の発生頻度は、10万人あたり150~300人と言われています。
 今回お話しする軽度外傷性脳損傷は、外傷性脳損傷と診断された方のほとんどを占めています。病名に軽度と付いているために「軽症だ」と誤解されることが多いのですが、これは「受傷時の意識障害が軽度である」という意味です。

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原因

genki293_16_02 原因は交通事故のほか、転倒・転落事故、暴力、乳児の揺さぶり、けんかやドメスティックバイオレンスによる暴力、スポーツによる外傷、爆弾などによる爆風被害など、多岐にわたります。
 アメリカの疾病対策センター(CDC)の連邦議会への報告のなかで「人口の2%が軽度外傷性脳損傷患者である」と報告されました。アメリカでは、研究によって野球選手の死球(頭部へのデッドボール)やアイスホッケー選手の激しいプレーが軽度外傷性脳損傷を引き起こしていることがわかりました。
 さらに1996年、アメリカ連邦議会では、患者の増加にともなって外傷性脳損傷法が成立しました。それ以来、歴代の大統領が修正を加え、2010年にはオバマ大統領が「軍医療上の重要課題のひとつ」と位置づけ、予防や治療などの対策を強化しています。
 また、アメリカンフットボール連盟は、度重なる脳しんとうや軽度外傷性脳損傷を繰り返して慢性外傷性脳症を発症した選手に対して、補償金を支払うことで合意しています。

症状

 症状は、(1)意識障害、(2)高次脳機能障害、(3)脳神経麻痺、(4)自律神経障害、(5)運動麻痺、(6)知覚麻痺、(7)小脳症状、(8)精神障害、(9)膀胱直腸障害など、さまざまです(表3)。
 これらの症状は受傷後すぐには現れず、数時間後もしくは数日~数週間後に現れることがあります。そのため、なかなか診断がつきにくい病気です。
 動物実験では、脳の神経細胞の軸索は、衝撃を受けた瞬間ではなく、ゆっくりと影響をうけて断裂することがわかっています。

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診断

 この病気は、さまざまな症状が現れます。そのため一つの診療科だけではなく、神経眼科・神経耳科・神経泌尿器科・リハビリテーション科・精神科・脳神経外科・整形外科などの複数の科で、患者さんの全身を診断することが必要になります。
 また、MRI検査で異常が見つかりにくい病気であることも、この病気の特徴です。外国の文献でも、MRI検査で異常が見つかる確率は50%前後です。6種類の脳画像法を駆使して検査したわれわれの報告()でも46%でした。最近の京都大学の報告によると、CT検査で異常が見つかる確率は20%にすぎません。
 WHOは2004年の報告のなかで、「軽度外傷性脳損傷ではMRI検査は今後の課題である」と報告、CDCも2003年のアメリカ連邦議会報告書のなかで「軽度外傷性脳損傷ではMRI検査に異常所見が見られない」と報告しています。
 このように、画像検査で異常が現れることが少ないうえに、この病気についてはまだまだ広く知られていません。そのため、現在も労災申請や自動車損害賠償責任保険の請求をしても、軽度外傷性脳損傷患者が補償対象から外される事例が後をたちません。

治療・予後

 現在のところ、確立された治療法はないため、頸椎の安静を図り頭部への負荷を避けながら、症状に対する治療をおこないます。
 吐き気が強い場合には点滴をして栄養や水分を補います。頭痛・めまい・うつ傾向・不眠の症状には、薬物療法をおこないます。手足が麻痺している場合には、装具や杖、車いすを使用します。また、治療中にさらに脳に損傷を受けないよう、交通事故や転倒・転落、暴力などを回避する必要があります。
 私のこれまでの経験では、回復までに6カ月~1年ほどかかる場合や、症状が慢性化して、障害が残る場合もあります。

この病気を広く知らせて

 これまでお話ししたように、軽度外傷性脳損傷はちょっとしたことでも起きやすく、誰でも起こりうる、ごく身近な病気です。多くの方は受傷時に意識を失うことがほとんどないため、「たいしたことはないだろう」と思いがちですが、除々に症状が現れるのが特徴です。
 しかし、日本ではまだまだ知られていないためにさまざまな症状が現れても「気のせいだ」「MRI検査では異常がない。どこも悪くないはず」など、正しい診断を受けられてない患者さんはたくさんいらっしゃると思われます。
 今後は、WHOが万国共通の診断基準を作り、軽度外傷性脳損傷について広く知らせることが必要だと思います。

注)
石橋徹、相馬啓子(川崎市立川崎病院耳鼻咽喉科)、安田耕作(安田泌尿器科クリニック神経泌尿器科)、篠田淳(木沢記念病院脳神経外科)四氏による「軽度外傷性脳損傷の実際 学際的アプローチと多重的脳画像診断学」『労働者住民医療』(2015年10月号)掲載

いつでも元気 2016.3 No.293

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