MIN-IRENトピックス

2019年7月5日

けんこう教室 
難聴と認知症

琉球大学名誉教授 沖縄県難聴福祉を考える会附属診療所 耳鼻咽喉科医師 野田 寛

琉球大学名誉教授
沖縄県難聴福祉を考える会附属診療所
耳鼻咽喉科医師
野田 寛

 70歳を超えると約半数の方が難聴になると言われています。日本は超高齢社会ですので、加齢による難聴患者が約1000万人いると推計されます。なんと国民の10人に1人は加齢性難聴者なのです。
 「そんなにいるの?」と思うかもしれません。難聴は傍目には分かりづらいですし、難聴になると人と会うのがおっくうになって引きこもってしまう場合も多くあります。社会的に目立たないために、見過ごされがちな存在になっているように思います。
 難聴によってコミュニケーションがうまくいかなくなると、家族や社会から孤立して、生活の質や生きる意欲まで低下してしまいます。認知症の約8割は難聴の放置が背景にあるとも言われ、とても深刻な問題なのです。

原因は動脈硬化

 加齢性難聴はどのようにして起こるのでしょうか? 私は長年の診療と研究を通じて、動脈硬化による血流の障害が背景にあると考えるようになりました。
 中性脂肪が高いと耳鳴りが起きやすいというデータは20年前からありました。またコレステロールが高いと、めまいやふらつきが起こりやすいということも明らかになっています。中性脂肪を下げると6割以上の方の耳鳴りは軽くなることから、耳の働きと血流が関連していることが分かってきたのです。
 なぜ耳の働きと血流が関連しているのでしょうか? 私たちの耳の構造と音を聞く仕組みから説明していきます。
 音は耳介で集められて外耳道を通り、鼓膜からツチ骨、キヌタ骨、アブミ骨を伝わりながら増幅されます。さらに内耳の蝸牛で音の高低や強弱を分析します(図1)。
 この蝸牛はカタツムリの殻のように2回転半の渦を巻いた形をしています。内部はリンパ液で満たされており、音を感じる聴覚細胞が左耳と右耳合わせて2万個、ピアノの鍵盤のように並んでいます(図2)。空気の振動が蝸牛のリンパ液に伝わると、聴覚細胞の毛が振動して音が認識され、脳に伝えられます。
 このような精緻な構造ですから、聴覚細胞に通っている血管はとても細いのです。加齢による動脈硬化などで血流が悪くなると、たちまち耳の働きに影響してしまいます。早い人では30~40歳代から、高い音から聴き取りづらくなることがよく知られています。
 蝸牛の聴覚細胞は、高い音を感じる細胞ほど外側にあります。高い音を感じる細胞は常にリンパ液の振動にさらされて劣化しやすく、また血流から見て最も末端にあるため、加齢によって働きが鈍くなりやすいのです。

予防とセルフチェック

 動脈硬化をはじめとする生活習慣病を防ぐことが、加齢性難聴の予防にもつながります。
 食事はカロリーを控えめにして腹八分目を心がけます。DHAの豊富な魚類、ビタミンが豊富な野菜類を積極的にとってアンチエイジングに努めましょう。
 運動も自分の好きなことを無理のない範囲で行って、エネルギーを消費するように心がけます。
 また、定期的に健康診断を受けてください。健診結果には、コレステロールや中性脂肪の正常範囲が書いてあると思います。コレステロールや中性脂肪の数値が“ギリギリ正常”ではいけません。正常範囲の中間より下になるようにコントロールすると、加齢性難聴の悪化を防げると考えられます。non-HDLコレステロールは90~120、中性脂肪は30~90を目安にしてください。
 耳鳴りが起こりはじめたら「昨日ご馳走を食べ過ぎたかな」など、意識して思い出してみましょう。耳の働きが全身の健康状態を知るバロメーターになりうるということを知っていただければと思います。
 聴こえのセルフチェック(下表)も紹介しておきます。加齢性難聴は比較的若い頃から徐々に進行するため、自覚しにくいのが特徴です。表を参考に耳の状態を常々チェックしてみてください。

認知症の最大要因

 2017年、ある論文が医学雑誌「Lancet」に掲載されました。その中で、十分なエビデンス(証拠)が確認された9つの認知症発症のリスク要因のうち、一番大きな要因として難聴が挙げられました。
 アルツハイマー型認知症は、脳の中にアミロイドβというタンパク質が蓄積して起こると考えられています。このタンパク質の蓄積に難聴が直接関わっているというわけではありません。
 まず考えられるのは、難聴による社会的な孤立が認知機能の低下につながる可能性です。聴こえづらくなると、家族の会話の中に入れなかったり、相手に何度も聞き返すのをためらったりして、会話に消極的になってしまいます。
 会話というのは相手が話したことを受けて、喜びや悲しみなどの情動を反応させながら、それにどう答えるかを思考しています。会話の機会が少なくなると、脳の情動と思考を司る部分が衰えて、認知機能が低下すると考えられます。
 また聴覚から入った音の刺激は、脳幹を経由したあと7カ所のシナプスを経由します。実に複雑な神経伝達回路をたどっているわけで、聴覚刺激が減ること自体、脳の萎縮につながる可能性も指摘されています。 

補聴器使用は少数派

 加齢性難聴者のうち、補聴器を使っている方は1~2割程度と思われます。ほとんどの方は聴こえないまま放置しており、これでは難聴が悪化してしまいます。日常生活に支障が出るだけでなく、先述のように認知症のリスクも高まります。
 私はNPO法人を設立して、補聴器の選び方についても相談に応じてきました。補聴器については、来月号でお話しします。

いつでも元気 2019.7 No.333

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