MIN-IRENトピックス

2020年10月30日

けんこう教室 
コロナ禍と高齢者の健康

石川・城北病院 総合診療科 原 和人

石川・城北病院 総合診療科
原 和人

 頸椎の病気のために、両手のしびれや筋力の低下がある88歳の患者さんが、20年ほど私の外来に通院されています。先日、1カ月ぶりに受診されました。順番が来たのでお呼びすると、いすからスムーズに立つことができず、よろよろと倒れそうになりました。
 私が「随分、体力が落ちたみたいですね」と言うと、「そうなんです。いつも行っている高齢者センターは休館になるし、近所の人たちと散歩もできないし」とおっしゃいました。新型コロナによる外出自粛によって、高齢者の皆さんの身体に異変が起きています。

◇外出自粛の影響

 3月末頃から、テレビのどのチャンネルを見ても新型コロナに関する情報ばかりになりました。その中には「若者は感染しても無症状か風邪症状のように軽くてすむが、高齢になるほど重症化して死亡率も高まる」「糖尿病や呼吸器疾患などの持病があればさらに危険」など怖い話ばかりで、とても不安になりました。そういうことも影響してか、外出の自粛が始まり、自宅で過ごされた皆さんも多かったと思います。
 高齢者施設での集団感染も報道され、デイサービスなどの介護サービスを利用するのも躊躇するようになりました。元気な高齢者が利用していたフィットネスクラブは一時休業となり、地域にある体操教室、ゲートボールなどのスポーツ施設や趣味の講座、さらには高齢者サロンもほとんど休止となりました。
 シニアライフ総研が“介護を必要としない元気な高齢者”666人を対象に行った調査(5月下旬)によると、新型コロナによって「外出をほとんどしなくなった」47・6%、「運動不足を感じるようになった」37・7%と回答しました(表1)。男女別の調査結果もあり、すべての項目で男性よりも女性の数値が高く、女性の方がより影響を感じたようです。

◇運動は健康の秘訣

 スポーツ庁は毎年、国民の体力・運動能力調査を実施しており、高齢者の運動能力は毎年向上しています。2014年度には、高齢者のスポーツ・運動習慣と日常生活活動の調査が行われました。
 それによると、“ほとんど毎日運動している”高齢者は「1時間以上歩くことができる」割合が男性7割、女性6割以上であったのに対し、“運動をしていない”高齢者の場合は、男性4割、女性3割にとどまりました(表2)。また“運動をしている”高齢者の方が「何にもつかまらないで、立ったままズボンやスカートをはける」割合が高いという結果でした。
 高齢者の運動能力が毎年向上している背景には、高齢者が積極的に運動するようになったという事情がありそうです。ところが、新型コロナによって、外出自粛が始まりました。
 15年、デンマークのコペンハーゲン大学が、「2週間足を動かさないと、どれだけ筋力が低下するのか」という研究を行いました。この研究には平均年齢23歳の若者17人と、平均年齢68歳の高齢者15人が参加しました。その結果、若者で28%、高齢者で23%も筋力が低下したそうです。
 さらに参加者は実験の後、週3~4回の自転車トレーニングを6週間続けました。すると高齢者は失った筋力をこの6週間で取り戻すことは難しく、体力を元に戻すためには3倍以上の時間を要することが分かりました。
 日本老年医学会も「2週間寝たきりの状態で失われる筋肉量は、通常の7年間で失う筋肉量に匹敵する」と警告しています。身体を動かさないと一気に“浦島太郎”状態になってしまいます。

◇フレイルチェック

 最近、「フレイル」という言葉をよく耳にします。フレイルというのは、介護が必要とまではいかないけれど、さまざまな機能が衰えてきた状態です。
 家の中に閉じこもってばかりいると、食欲が落ちて低栄養になり、筋肉が衰えてさらに生活動作が鈍くなって外出も難しくなります。そういう悪循環によって、一気にフレイルが進む可能性があります。
 人間は順応性が高いので、状況に慣れてしまうと自分の身体の変化に気が付かない場合もあります。新型コロナの感染拡大が始まって半年ほど。いま一度、コロナ前と現在の自分の身体の状態をチェックしてみましょう。
 表3はヘルスケアラボに掲載されている「フレイルチェック」です。5つの項目のうち3つ以上該当する場合はフレイル、1~2つ該当する場合はプレフレイル(予備軍)、いずれにも該当しない場合は健常と判定します。

◇コロナより大きなリスク

 フレイルチェックで今年初めの段階より点数が悪くなっている場合は要注意です。感染が収まってから頑張ろうと考えていると、コロナに罹るよりもフレイルによる健康リスクのほうが大きくなってしまいます。コロナ前の運動量を目標にして体力の回復に努めましょう。
 その場合、注意しなければならないことがあります。この間の外出自粛によって筋力が落ちていることです。一気にコロナ前の運動量を行うのではなく、体調を見ながら少しずつ増やしていきましょう。無理な運動によって転倒して骨折などしてしまったら元も子もありません。また筋力が低下しているために、心血管系により大きな負担がかかることもあります。不安な方は医師や理学療法士、健康運動指導士などの指導を受けましょう。
 一番簡単にできる運動は歩くことですが、群馬県中之条町の研究(コラム)では、1日平均歩数8000歩ほど、そのうち中強度の活動時間20分以上が推奨されています。中強度のウオーキングとは“少し大股で早歩き”“会話が可能だけれど歌を歌うことはできない”程度です。歩くことが難しい場合には、家の中で体操や筋力トレーニング、ストレッチを行うのも有効です。『いつでも元気』には毎号、楽しく取り組める体操が紹介されていますので参考にしましょう。
 また共同組織などの活動に参加することも大切です。一人で頑張るよりも、共同組織の皆さんと励ましあいながら頑張ることはとっても楽しいことです。
 新型コロナ対策は3密を避けることであって、家に閉じこもることではありません。筋力は高齢になっても鍛えることによって強くなるものです。頑張って、新型コロナに打ち勝つ体力をつけましょう。


運動は万能薬!

 運動が高齢者の日常生活や健康に大きく影響していることは以前から知られていましたが、最近これらを科学的に証明する研究成果が報告されています。
 2019年5月、オーストリアのウィーン医科大学は、65歳以上の高齢者3308人を対象に運動と「ADL」(食事や排せつ、入浴などの日常生活動作)の関係を調べました。ヨーロッパでは高齢者に対して健康増進のための運動の基準が示されていますが、この基準を満たしている人はADLを実行できる能力が3倍もありました。
 掃除や料理、買い物などADLより少し複雑な動作を「IADL」(手段的日常生活動作)と呼びます。先述の運動の基準を満たしている人は、IADLを実行できる能力が2倍に達しました。
 日本でも2000年から群馬県中之条町で全住民を対象に大規模な調査が行われています。東京都健康長寿医療センター研究所の青柳幸利氏によると、適度な運動が体力の維持だけでなく、うつ病、認知症、心疾患、脳卒中、がん、骨粗鬆症、高血圧、糖尿病に有効であることが分かってきました。

いつでも元気 2020.11 No.348

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