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2021年3月16日

“勝った” 生活保護基準引き下げは違法 大阪地裁が国の裁量権の逸脱認定

 生活保護基準を大幅に引き下げた厚生労働大臣の判断過程には「過誤、欠落」があり、裁量権の逸脱や乱用があったと認められ、違法である―。2月22日、大阪地裁(森鍵一裁判長)は原告勝訴の判決を出しました。29都道府県で約900人の生活保護利用者が原告として立ち上がった「いのちのとりで裁判」。全国で2番目に出た地裁判決で、初めての勝訴判決となりました。(丸山聡子記者)

 裁判は6年に及びました。42人の原告と弁護団、そして支援団体である生活保護基準引き下げ違憲訴訟を支える大阪の会(通称‥引き下げアカン! 大阪の会)が一体となり、勝ち取った判決です。

■政治にゆがめられた

 国が引き下げたのは、生活保護費の中でも衣食などの生計費である生活扶助費です。国はデフレによる物価の下落率などを考慮するなどとして、2013~15年の3年間に最大10%(平均6・5%)もの引き下げを行いました。
 判決は、この「デフレ調整」を2つの点から指摘しました。1つ目は、原油や穀物の価格が特異に高騰した08年を算定の起点としたことです。翌年以降の下落率が極端に大きくなり、「合理性を欠く」と判断しました(図1)。
 2つ目に、算定の際に総務省公表の消費者物価指数ではなく、厚労省独自の指数を採用したこと。その結果、生活保護世帯がほとんど購入しないテレビやパソコンなどの価格下落が過度に反映され、引き下げが過大となったと認定(図2)。「合理的関連性や専門的知見との整合性を欠く」と指摘し、生活保護法3条、8条2項に違反するとしました。
 弁護団の小久保哲郎弁護士(生活保護問題対策全国会議事務局長)は、「健康で文化的な最低限度の生活の具現化という観点から見て、生活保護法に照らし違法とした画期的な判決だ」と強調します。
 生活保護基準は住民税非課税基準に連動し、就学援助や医療費の限度額などの制度や最低賃金にも影響します。だからこそ、生活保護基準の設定には科学的で客観的な数値を用い、専門家の知見を踏まえた議論と検討が必要です。しかし、当時、社会保障審議会生活保護基準部会の部会長代理を務めていた岩田正美さん(日本女子大学名誉教授)が「(デフレ調整による引き下げは)議論もしていないわけで、容認していない」と裁判で証言するなど、専門家の議論もなく決まった経緯があります。
 生活困窮者支援を行う「つくろい東京ファンド」代表理事の稲葉剛さんは、「12年12月に発足した安倍政権(当時)が真っ先に行ったのが生活保護基準の引き下げだった。直前の総選挙で、自民党は生活保護の1割削減を公約に掲げていた。本来、中立であるべき行政が、政治によってゆがめられたのではないか」と指摘します。

■病気が悪化、地域で孤立

 生活保護基準引き下げの結果、生活保護利用者の暮らしや健康はどう変化したか―。長野県民医連が生活保護を利用する患者の生活実態を調査しました。引き下げ後の16年の調査では、35%が「満足な食事ができていない」と回答し、1日2食以下も3割近く。高血圧の女性(70代)が3食「ご飯・ふりかけ」のみなど、病気の悪化を招きかねない状況でした。
 教養・娯楽にかける費用は「月ゼロ円」が30%から38%に増え、地域行事に「全く参加しない」88%、外出は「月0~5回」が4人に1人、冠婚葬祭には「全く参加しない」が60%にのぼり、孤立する生活が浮き彫りになりました。

* * *

 引き下げあかん! 大阪の会に参加する大阪民医連の大島民旗会長は、判決を歓迎し、引き下げ前の基準に戻すことを求める声明を発表。全日本民医連の増田剛会長も同様の声明を発表しています(全日本民医連HPに全文)。
 日本弁護士連合会は3月4日、「恣意(しい)的になされた生活保護基準引下げの見直しを求める会長声明」を発表。判決を評価し、コロナ禍で生活保護制度の重要性が再認識されていると指摘。「13年8月以前の生活保護基準に早急に戻すことを求める」としています。
 被告である大阪府内の12の市は3月5日、控訴しました。


苦しんでいる人たちの力に

原告・小寺アイ子さんに聞く

 判決を聞いた時、前に座っていた弁護士さんがこぶしを握りしめたのを見て、「勝ったんだ」と実感し、仲間と「良かった」「おめでとう」と言葉を交わしました。
 子育てが一段落した頃に夢をかなえ、13年間、カラオケ喫茶を経営していました。開店から5~6年後に心臓を悪くして手術し、4カ月も店を休業。その後、肝臓の難病になり、薬の副作用も重く、休業した時の借金もかさんでいたため、69歳で店を閉めました。
 医療費窓口負担は月3万円ほどかかります。少ない年金では生活できず、2013年から生活保護を利用しています。医療費の自己負担がなくなったおかげで手術が受けられました。はじめは、年金と生活保護を合わせて月12万円ほどでしたが、今は11万1000円。病院では「バランスのとれた食事を」「おかずは3品」と言われるけれど無理。煮物など多めにつくって冷凍し、おかずはそれだけで1週間食べたりしています。
 つらかったのは、孫から「ばあばは、お金ないねんな」と言われたこと。以前は、孫4人にそれぞれ本やお菓子を買ってあげましたが、それができず、「ごめんな、今お金ないんや」と説明したことを覚えているのでしょう。
 憲法25条は、「健康で文化的な最低限度の生活」をうたっています。けれど、生活扶助を引き下げる国の姿勢は、「健康でも文化的でもなくていい」「ただ生きるだけの最低限度の生活でいい」というものです。でも、人はみな、ひとりでは生きていけませんから。
 苦しい思いをしている人たちの力に、と原告になりました。国はせめて生活保護基準を元に戻し、「生活保護は権利」「生活保護を使って生きよう」と、広く知らせてほしいです。


「扶養照会しない」を原則に

 コロナ禍で困窮する人が増えている今、生活保護申請をためらわせる要因となっているのが、祖父母や孫などの親族にまで行う扶養照会です(本紙2月15日付2面)。2月8日、つくろい東京ファンド、生活保護問題対策会議など支援団体は、扶養照会の見直しを求めるネット署名約3万6000筆を厚労省に提出しました。その後、厚労省は扶養照会の一部改正を求める通知を自治体宛てに発出。虐待やDVを受けた場合は照会しない、これまでの「20年音信不通は照会しない」を「10年」にするなどの内容ですが、明確に扶養照会を禁止したわけではありません。
 全日本民医連の増田剛会長は緊急声明で、扶養照会を行わないことを原則とし、照会は申請者の了承があった場合にすべき、と求めました(全日本民医連HPに全文)。

(民医連新聞 第1733号 2021年3月15日)

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