Medi-WIng

2000年1月1日

医療研究室 性格や行動に変化をもたらすコミュニケーション障害

北海道勤医協 吉澤朝弘
【札幌西区病院 耳鼻咽喉科 医師】

老人性難聴の概要と補聴器公的支給へのとりくみ

はじめに

 「えっ?」という高齢者の聞き返しが多くなってきたら、それは聞こえが悪くなったという合図です。耳も年をとるにつれて、その機能が衰えてきます。人の話が聞こえにくい、聞こえていても何を言っているのかよく分からない。これが”老人性難聴“です。
 年齢の増加とともに聴力が次第に低下していくことは、ヒポクラテスの時代から知られていたとされています。加齢にともなう聴力障害は音の聴取の低下のみ ならず、言葉の弁別が障害されるのが特徴ですが、後者の問題は高齢者の社会生活を困難にするという点で重要です。

加齢による聴力の変化

 

図1 日本人の年代別聴力
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 横軸は周波数で音の高さを、縦軸は聞こえる音の大きさを表しています。折れ線の右にある数字は年代を示し、20歳代の平均を0デシベルとして年代別の聴力を表しています。折れ線が下になるほど、聴力が低下していることになります。

 図1は日本人の聴力の経年変化ですが、聴力の障害は30歳代から高音部にはじまることが分かります。聴力の低下は年齢とともに進行し低音部も障害してくるというのが諸家の結論です。
 また、加齢にともなう聴力低下を促進する因子の存在も指摘されています。騒音については、静寂な地域居住民であるアフリカのカラハリ族、オランダの人里 離れた修道院の尼僧は聴力の低下は軽度であったとの研究が1960年代からあります。これと比べ、文明社会は常に社会騒音=環境騒音にさらされて、常に聴 力低下を促進する因子に囲まれているといえます。

老人性難聴

 老人性難聴の定義は現在でも明確なものはありませんが、一般には”加齢による変性現象以外に原因の見あたらない難聴“(Schuknecht 1974)と定義されています。この難聴は、単に聴力が低下するだけではなく、言葉の聞きとりが悪くなる(語音明瞭度の低下)、大きい音が響く(補充現象)のが特徴です。
 また、聴力の低下だけではなく、コミュニケーションの障害を生じさせ、性格・行動の変化をもたらします。
 したがって老人性難聴の方は、「人の話を正確に聞きとれなくて何回も聞き返す」「話の内容が分からないまま相づちを打つ」「引っ込み思案になりがち」などの状態になります。
 老人性難聴は治療によって改善することはありません。周囲の人および自分自身がこの難聴や難聴にともなって生じる性格の変化などをよく理解することが重要です。
 ゆっくりと分かりやすい言葉で口の動きを見せながら話すことが必要で、聞きとれないときには簡単な言葉に言いかえること、大きな声で怒鳴ったりするような話し方ではなく、近づいて話しかけましょう。

補聴器

 補聴器は、本来伝音難聴の方が有効ですが、老人性難聴においても適応があります。ただし、補聴器は音を大きくするだけで、語音の明瞭度を改善させるはたらきはないことを理解する必要があります。

補聴器をつくるには

 老人性難聴=高齢者における難聴ではありません。高齢者における難聴には、耳垢栓塞、滲出性中耳炎などもありますの で、補聴器を使用することなく聴力が改善することもあります。補聴器を手に入れるには、まず耳鼻咽喉科を受診し、診断を受けてから補聴器の専門店を紹介し てもらうのが望ましいといえます。

補聴器の支給

 現在補聴器は、公的支給が身体障害者福祉法、児童福祉法、厚生年金保険法等によって行われています。身体障害者福祉法では6級(両側の聴力が70dB以上の者)に該当すると補聴器が支給(交付)されます。
 厚生年金法では医師より使用が必要と認められた者が該当しますが、地域により支給状況に違いがあります。
 補聴器が必要(適応)となる聴力レベルは、良聴耳の平均聴力が40~45dB以上とされており、公的支給可能な聴力にまで悪化すると実際には補聴器が役立たないことが多いという矛盾が存在します。
補聴器は安価なものでも数万円以上ですから、補聴器が必要であっても(適応があっても)経済的理由で購入できない人が少なくないのが実状です。北海道勤医 協札幌病院の調査でも、補聴器の使用を希望する方で、補聴器を購入できない理由として「高価である」ことをあげた方が半数もいました。
 そこで70dB未満の聴力の人(高齢者)にも補聴器が公的に支給されることを求める運動を計画中です。その際、私たち民医連の共同組織だけでなく、札幌 市各区の老人クラブなどにもよびかけ、広く実行委員会をつくります。また今後調査をさらにすすめますが、医学的根拠をもとに札幌市の耳鼻科医会などにも申 し入れ、賛同を得ながらこの運動を成功させたいと考えています。


病理組織学的には内耳病変は、(1)sensory type;らせん器感覚細胞およびそれに付着する神経線維の変性、(2)neural type;聴神経線維の変性減少、(3)metabolic type;血管条の萎縮、(4)mechanical type;基底板の弾性低下の4型に分けるのが一般的。中枢性病変には神経伝導路核や皮質(側頭葉)の神経変性が存在するとされている(図2は高齢者にお けるラセン器外有毛細胞の聴毛の走査電顕像)。

 

図2
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正常像 変性像=巨毛をもつ聴毛

●よしざわともひろ……旭川医科大学 91年卒

Medi-Wing 第16号より

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