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2016年6月21日

社会と健康 その関係に目をこらす(2) 「貧困」と「進行乳がん」関係に気づいた医師は― 福岡・千鳥橋病院 乳腺外科

  社会と疾病の関係を考えるシリーズ・二回目は乳腺外科の医師が着目した「乳がんと貧困」について。福岡・千鳥橋病院で乳腺外科部長を務める髙﨑恵美医師は、同院の乳腺外科立ち上げに招かれ、開設から関わってきました。診療を始めて、気づいたことがありました。初診の段階で、進行した乳がんになっている患者が多いのです。患者の背景に注目した髙﨑医師のリポートから考えます。

(木下直子記者)

「初診で進行」全国調査の4倍

 「先生、たいへんな人が!」。髙﨑医師のもとへ看護師が駆け込んできました。それは、内科を受診した六〇代後半の女性でした。 両足のむくみを訴えて来院しましたが、ダボッとした大きめの洋服の下から、破裂してカリフラワーのように盛り上がった巨大な乳がんが右胸に現れたのです。破裂から五カ月経ち、手術は不能、抗がん剤治療は逆に命の危険もある状態。診断はステージIIIc。ステージIII以上が進行がんです()。「この方のような症例が続きました。他の病院での経験上『重い人が多い』とは感じていたのですが…」と髙﨑医師は振り返ります。

表
 乳腺外科を開設した二〇一三年三月から一年九カ月で、乳がんと診断した人は四二人でした。うち一〇人がステージIII、IV、再発二人とあわせて進行がんは一二人、二八%。国内のデータでは初診時に進行・転移再発と診断されるのは七・三%(「全国乳癌患者登録調査」二〇一一年次)ですから、約四倍の高値でした()。

グラフ

背景追うと「貧困」が

写真 進行した乳がんがなぜこうも多いのか? この一二例を追うと、共通して「貧困」が浮かびました。
 たとえば、冒頭の女性は、夫を亡くし、トラック運転手の息子と二人暮らし。入院までは温泉街での洗濯と新聞配達のダブルワークで生計を立てていました。
 関節の痛みで整形に来て、多発骨転移の乳がん(ステージIV)と分かった四〇代の女性もいました。夫が月収一二万円と低収入で、国保料を滞納、無保険状態だったため受診できずにいました。
 右乳房全体ががんに置き換わった状態で来た女性は、四〇代の元派遣労働者。一年前からしこりを自覚していましたが、無保険のため受診しませんでした。初診の三カ月前は派遣の仕事も切られてホームレスになり、患部の激痛に耐えられず相談した支援団体の紹介で受診に。ステージIIIcでした。
 千鳥橋院にこうした患者さんが集中するのは、低所得者の多い地域にあることに加え、福岡市内で経済的困難を抱えた人のための無料・低額診療事業を行う病院が、済生会と同院だけ、ということの反映とみられました。

治療の成果、出るのに

 一二人はその後、死亡退院、治療で一時改善したが死亡、緩和ケアに移った人など様々。最期に音信不通だった母親と再会し「良かった」と言い遺した人もいます。
 「乳がんの発症と貧困の関連は不明ですが、貧困と進行状態になって初めて受診することは明らかに関係しています」と髙﨑医師。「乳がんはステージ0やI(早期)で見つければ、根治も目指せます。早期でない場合も、元通りでないにしろ、社会復帰の可能性があります。私たちが出会った彼女たちも、もっと早く治療を始められていれば、もう少し良い時間を生涯の中で持てたと思うのです」。
 これらの考察を髙﨑医師は、二〇一五年のHPH国際カンファレンス(オスロ)で報告。進行した乳がんを減らすために、無料の啓蒙活動や低所得の患者への社会的支援、社会的な問題を抱えた患者にも格差のない治療が受けられるよう乳腺チームを立ち上げることなどの解決策も提起しました。
 乳腺外科の看護スタッフは、開設の翌年から「診断後基礎データ」の記入票を作り、患者の背景の把握もしています。抗がん剤の副作用で髪が抜けた人向けに、安価に手作りできるウイッグ付き帽子を考案したり、無料の「おしゃれカフェ」も始めました。
 「目指すのは患者さんを全人的に診るチーム医療」と髙﨑医師。目は病院の外にも向いています。

写真

(民医連新聞 第1622号 2016年6月20日)

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